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「琴葉と紅葉」26

2018年11月23日 | T.B.2019年

 琴葉の母親は、慌てて病院の外へと出る。
 入り口から、裏道へ。

 そこに

「これは、……」

 黒髪の彼がいる。

 そして

「何て、大きな獲物……」

 母親は、彼を見る。
「いったい、どうしたの」
 母親が云う。
「病院の分なら、ちゃんと分配で回ってくるから、」
「違う」

 彼が首を振る。

「病院の分じゃない」
「え?」
「舅様がいないので、代わりに」
「あ、私に?」

 母親は戸惑う。

 戸惑いながらも、その意味を理解する。

 そうだ。

 彼は、西の結納品として、これを持ってきた。

 琴葉の父親は、普段、西一族の村にはいない。
 だから、彼は母親に渡そうとしているのだ。

「…………」

 母親は、獲物を見る。

 彼を見る。

 彼の弓は、まだ、血が付いている。

「ひとりで?」

 彼は頷く。

「大変だったでしょう?」

 彼は首を振る。

「あなたは、……」

 云いかけて、母親は口を閉じる。
 ただ、彼を見る。

 彼も何も云わない。
 琴葉の母親を見ている。

 母親は思い出す。

 一緒になることが決まって、彼に最初に云った言葉。

 ――どうか、琴葉を見棄てないで。

 この結婚は、お互いを見張らせるものだった。

 琴葉が、村外に出ないように。
 黒髪の彼が、西を裏切らないように。

 どちらかに何かあれば
 もうひとりが、村長によって命を奪われる。

 だから、

 ふたりは、
 それ以上のものではないと、心のどこかで思っていたのだ。

 狩りに行けない役立たずとされる、自分の娘が
 生きて行ければ、それでいい、と。
 黒髪の彼が、娘を裏切らなければ、それでいい、と。

 けれども、

 彼は、村外に出た娘を助け、また、西へと戻ってきた。

 こうして

 結納品も持ってきてくれた。

「……ありがとう」

 彼は、首を振る。

 両手を合わせる。
 会釈をする。

 母親は、その様子を見る。

「それは、……」

 その意味を、母親は判らないが、

 おそらく

「あなたは、そう、なのね」

 儀式的な、あいさつ。

「お願いします」

 母親は頭を下げる。

「どうか、……あの子をお願いします」



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