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「高子と彼」12

2019年05月28日 | T.B.2002年

その日の任務を終えた湶は
そのまま家路に着く。

夕明かりを背に
我が家の前に来て、
まいったな、と息を付く。

「やあ」

合わせる顔が無いなと
思いながらも、
彼女はきっと来るだろうと思っていた。

「高子」

「疲れているところ悪いけど、
 少し良いかしら」

「ああ」

どうぞ、と
湶は高子を招き入れる。

「散らかっているけど」
「気にしないで」

少し片付けておけば良かった、と
湶はお茶の準備をする。

「構わないで良いわ」

「いや」

いいよ、と湶は言う。

「込み入った話になるだろうから」

カップを見つめたまま
2人は暫く無言になる。

「………」
「………」

ねぇ、と高子は切り出す。

「あの時、あなた。
 あの子を探しに行っていたの?」

東一族の村に潜入して
怪我をした時。

彼と行動を共にしていた悟は
湶は深入りし過ぎた、と言っていた。

弟がずっと
あの子の帰りを待っているのは
もちろん湶も知っている。

「いや。
 本当にヘマをしただけなんだ」
「あなた、
 何の考えも無しに動く人じゃないでしょう」
「………買いかぶりすぎだ」

謝るよと、湶は言う。

「仕事の事、言えなかったんだ」
「ええ、分かってる」

諜報員は、
噂話の様なもので
あくまで存在しないと
されている。

村長と、それに携わる者。
村では一部の者しか知り得ない。

「分かっていたのに」

湶が、いずれ
その道を選ぶという事を。

「俺は、これからも
 諜報で動くことになる」

だから。と
湶は言う。

「ええ、そうね」

高子は頷く。

「私達、こうやって
 会えるときだけ会う関係が良いのかもね」

そうじゃない、と湶はため息を付く。

「こうやって会うのは止めようと言ってるんだ」
「さんざん関係を持っておいて
 今さらそれ!?」

「知っているだろ!!」

湶は言う。

「諜報員の家族は
 体の良い人質だ!!
 俺達が裏切らないように!!」

「村を出るつもりなんて無いわ」
「君の足枷になる」
「そういうの、勝手に決めつけないで」
「いずれそう思う」

「だから、私には
 別の恋人を作れ、と!?」

「そうだ」
「だったら!!」

高子も返す。

「最初から声なんてかけないで。
 優しくしないで!!
 放って置いて!!」

「期待して、しまったじゃない」

湶とのこれからを。

「悪かったよ」

その先を考えていなかった訳ではない。

「本当に、もう、関わらないようにと
 思っていたんだ」

誰か相手を見つけて
他の所で幸せになってくれたら
良かった。

南一族の彼女の様に。

「もっと、
 普通の暮らしを選べるはずだ」
「普通って何?」
「いつか分からない帰りを心配しなくてよい
 みんながしているような、あたりまえの生活だ」

わざわざ苦労する方を選ぶな、と
湶は言う。

「いつ。任務で命を落とすかもしれない」
「そんなの、誰でもそうよ。
 狩りでかもしれないし、
 思わぬ事故にあうかもしれない」
「その時に、何故死んだのか、
 理由を誰にも言えない」
「構わないわ」
「会えない日の方が多い」
「いいわ」

「肝心な時に、
 側に居てやれない」

あの時の、
村に戻ってきた時に
湶が言っていた事。

「覚悟の上よ」

ねぇ、と高子は問いかける。

迷惑をかけると、
そればかり言うけれど。

「私は足が他の人より不自由だけど
 それは引っかからないの?」

それに狩りにも行けない。
普通でないというなら、
高子もそうかも知れない。

「そんなの、
 気にした事が無い」

「………私だって、そう」

「いずれ、後悔する」
「そういう日も来るかも知れないけれど」

高子は湶の手を取る。

「それは、
 その時に考えるわ」


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