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「成院と患者」4

2019年05月31日 | T.B.2002年

「そうだ」

 彼は、思い出す。
 いろいろ考えても仕方がない。

 とにかく

「診察を、しようか」

 彼女は、彼を見る。

 彼女の、短い髪の色は白だが、
 その瞳は、東一族本来の、黒。

「診、察……?」

 彼女が口を開く。

「なぜ……?」

「えっと、なぜって、」

「私の、……何を訊いてきたのですか?」
「何って、それは、」
「……少しだけ、待っていただけますか」
「え?」

「少しだけ、……待っていただけますか」

 消え入りそうな声で、彼女が再度云う。

 彼は、彼女の手元を見る。

 よく見ると、
 彼女は、布と針を握っている。

 刺繍。

「これを、……完成させたいのです」

「……それ、は?」

「私の仕事です」
 彼女が云う。
「私は、生まれつき、……この容姿ですから、外に出ることが出来ません」

「…………」
「だから……」

「君は、その……」

 彼は訊く。

「……東一族なの?」

 彼女は小さく、頷く。

「そのはず、です」

「……そっか」

 ごく稀に、
 東一族でも、黒髪以外で生まれることがあると云う。
 そんな、一種の病。
 彼女は、そう云うことなのか。

「東一族の晴れの日の衣装を作ることだけが、私の仕事なのです」
 彼女が云う。
「これを、……完成させたいのです」

 彼女の手元のそれには、きれいに刺繍が施されている。

 けれども、まだ半分、と云うところか。

「えっと」
 彼は彼女を見る。
「でも、それ、診察終わってからにする?」

 完成を待っていたら、何日かかるか。

 自身が予防薬を投与しているとは云え、ここに、長居はしたくない。
 彼女は、あの、流行病かもしれないのだから。

「医師様」

 彼女が云う。
「完成まで、待っていただけませんか」
「でも……」
「それとも、急がないと、医師様が上のお方からお咎めを受けてしまいますか?」
「え?」
「お咎めを……」

 彼は、思わず、云う。
 しらを切る。

「いや、お咎めって、何のことか」

 その答えに、彼女はうつむく。

 ああ。そうか。

 ひょっとしたら、この彼女は、気付いているのかも。
 自身が、流行病で、もう、先が長くないことを。




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