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オリジナル水辺ノ世界の作品を掲載

「海一族と山一族」45

2018年05月01日 | T.B.1998年

「チハル」

ふと気がつくと、ここにいた。
何も無い、静かな所。

司祭は辺りを見回す。

何も無いと思っていた所に
彼女が立っている。

最後の時と同じ姿で。

「……チハル」

司祭は彼女に詫びる。

「君を、……助けることが、出来なくて」

十数年前のあの時も。
そして、今も。

彼女は首を横に振る。

はっきりと声は聞こえない、
だが、彼女の口元がこう言っている。

もう、いいのよ。
―――ありがとう、イサシ。

「そう、だったのか」

彼女が差し出した手を取る。

気がつけば司祭も
十数年前の姿になっている。

彼女の声に、司祭―――イサシは頷く。

「これからは、
 ずっと一緒にいられる、な」


トーマとアキラは息を呑む。
司祭の体が光り、
次第にその姿が薄くなっていく。

まるで、泡が溶けていくように。

だが、司祭は今まで事が嘘のように、
とても穏やかな表情を浮かべ涙している。

「……司祭様」

次の瞬間には、司祭の姿は消えてなくなる。

洞窟の中には静寂が訪れる。

「何が」

どうなったのだ、と
トーマ達は顔を見合わせる。

「おそらく、だが……」

アキラが答える。

「あの恋人の体に何かが起きたとき、
 自身の力が注がれるようにしていたのか」

「彼女ひとり蘇ってどうするんだ」

かつての恋人は居ない世界で
1人生きていけというのは酷な話し。
それでも、司祭は彼女を諦めなかった。

「………」

「もしくは」
「もしくは?」

「失敗した時のために、
 口封じの術をかけられていたのか」

「口封じ……」

失敗したのなら命はない。
それが、裏一族。

トーマは首を振る。

「何が本当か、分からないまま、か」

できれば、前者であって欲しいと
願いながら。

そうだな、とアキラが頷き
石座に近づく。

「大丈夫か?」

マユリ、と呼ばれた
山一族の少女が薄く目を開く。

「……ここは?」

彼女にかけられていた術が解けたのだろう。

その様子を見ていたトーマは
安堵すると同時に、
その場をアキラに任せ駆け出す。

ということは、彼女もきっと。

「カオリ!!」


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