「あなた、父さんに外に行きたいって、云ったの?」
病院の仕事部屋に入ってきた彼女に、母親が訊く。
彼女は、母親を一瞥する。
長椅子に寝転び、天井を見る。
彼女の定位置だ。
「ねえ。訊いてるの」
母親が云う。
「父さんに、村の外へ出たいと云ったの?」
「いつの話?」
「この前、父さんが戻ってきたときよ」
「云ったよ」
「何てこと……」
彼女の答えに、母親は顔を曇らせる。
「行けるわけ、……ないじゃない」
「なぜ?」
「それは……」
「私の足が悪いから?」
彼女が云う。
「馬車なら、いくつも出てるじゃない」
さらに
「私、父さんがお仕事してるところで、一緒に住みたい」
彼女は母親を見る。
母親は答えない。
彼女は目を閉じる。
母親はため息をつく。
と
呼ばれて、母親は立ち上がる。
部屋を出る。
彼女は、薄く目を開ける。
部屋には誰もいない。
再度、目を閉じる。
そのまま、寝転んでいる。
どれくらい時が経ったか。
ふと気付くと、母親が仕事部屋に戻ってくる。
「まだ、そうしていたの」
彼女は、少しだけ身体を動かす。
「起きなさい」
彼女は首を振る。
母親は、椅子に坐り、持ってきた書類をまとめる。
彼女は横になったまま。
「母さん……」
「何?」
「父さん、次はいつ帰ってくるの?」
「父さん?」
「そう」
「それは、判らないわ」
「……忙しいのかな」
「そうね」
母親が云う。
「あなたのこと、心配してるわ」
「…………」
「あなたが、この村でちゃんと暮らせているのか」
「…………」
「だから」
母親が云う。
「ちゃんと、勉強でもしたら?」
「したくない」
「何を云うの」
母親が云う。
「狩りに参加出来ないのだから、何か勉強を、」
「しないったら!」
「なら」
「しないってば!」
「琴葉(ことは)!」
琴葉は、長椅子の上で、身体を傾ける。
母親に背を向ける。
「何も出来なくたって、いい」
「……琴葉」
部屋の扉を叩く音に、母親が気付く。
「琴葉、起きて。誰か来るわ」
再度、扉を叩く音。
「どうぞ」
母親の言葉に、扉が開く。
村長が、入ってくる。
「……村長」
「話がある」
琴葉は身体を起こす。
村長を見る。
村長と、目が合う。
琴葉は目を背け、立ち上がる。
部屋をあとにする。
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