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メカデザイナー山本薫のBlogです~2006・11・30 お仕事募集中 sp2q6z79@polka.ocn.ne.jp

 SF映画 インベージョン物

2019-09-09 23:31:47 | 日記・エッセイ・コラム


 背乗り(はいのり)の話があったので、前々から気になっていたSF映画を購入して鑑賞
してみました。「SFボディースナッチャー」です。合わせて「ヒドゥン」も手に入れて見
ました。
 侵略物のSFはかなり昔からあって珍しいものではなく古典的とさえ言えます。「ボディ
ースナッチャー」も最初はモノクロ映画で作られ、今回観たのは70年代にリメイクされ
た作品になります。原作は1955年のSF小説「盗まれた街」で最初の映画化は1956年、以降
「SF/ボディー・スナッチャー(1978年)」「ボディー・スナッチャーズ(1993年)」
「インベージョン(2007年)」と大体20年おきくらいにリメイクされています。(する
と5年後辺りにまたリメイクされるかも?)
 それぞれのリメイクごとにアレンジがあり、時代に適応したリアリティーがあります。
この映画以外にもインベージョンを扱ったSFはたくさんあって、「遊星からの物体X」等
も有名ですが、「ヒドゥン」の場合侵略側の生物が増殖しない特徴があり、結末が異なり
ます。
 「ボディースナッチャー」の侵略生物は胞子のような形で地球に飛来し、植物形態を経
て人間体になる描写があります。ただし直接人間体になれるわけではなく、ひな型になる
人物の情報を取得して成体になる過程でオリジナルの人物から養分や構成物を吸い取って
成り替わるようです。結果的にオリジナルの人間の記憶を大部分引き継いでいるものの、
考え方や本能の部分ではエイリアンのままで感情や表情に乏しいという特徴があります。
 この映画で人面犬が登場して異様な奇形的成長をにおわせますが、ただのハプニング的
要素以外の意味はないようです。この人面犬のイメージはその後一人歩きして都市伝説化
しました。
 「ヒドゥン」のエイリアンは物理的に人間を乗っ取るもので、無脊椎動物のような袋状
の外見に細い節足が何本かついている外観をしています。普段は人間の内部に入っていて
乗っ取られた人間はその時点で死亡しています。欲望に対する自制がなく、暴力や窃盗を
繰り返し、体が傷ついて使えなくなると他の体に乗り移り同じことを繰り返します。
 本作にはこのタイプのエイリアンが一体しか登場せず、それを追いかける警察役の方は
乗り移りの能力はあるものの光状の外観をしています。いずれにしても社会ごと乗っ取る
ような繁殖能力はなく、脚本では以後に逃げ延びて大統領になるべく去って行くという含
みがあります。つまり征服欲に目覚めたという暗示があるわけですが、映画では退治され
る方へ変更されました。
 
 ボディースナッチャーの原作が書かれた1950年代前半は共産主義の脅威が盛んに唱えら
れていた頃で、レッド・パージ(赤狩り)と呼ばれる共産党員やソ連スパイの排除運動と
マッカーシズムが横行していました。おそらくこうした背景が原作に強く影響していたと
考えられます。

 背乗りの説明でも書きましたが、ソ連のスパイが潜入先で活動するため現地の国籍を手
に入れる方法がその始まりであり、共産主義の浸透=背乗りという図式があります。ある
日、善良な隣人が突然別人のようになってしまい、やがて自分にその魔の手が迫ってくる
という恐怖がSFにおけるインベージョンの大体共通した流れになり、「思想やアイデンテ
ィティが別の何かに入れ替わる」と言う部分が核心となるように思います。それで日本で
は「洗脳」と言った方が「背乗り」より分かりやすいのかもしれません。
 SFですから、実際の背乗りの生々しい部分を別のロジックで置き換えて説明していて、
それが現実的なドラマでないので容認されるクッションになるわけです。つまり原作小説
は「1984」のようなアンチテーゼとして作られた物語であったのでしょう。1954年頃
からアメリカのCBS放送が反マッカーシズムのキャンペーンを開始しており、同年末には
レッドパージは終焉したとWikipediaには書かれています。

 しかし振り返ってみれば「共産主義の侵略」と「レッドパージ」は表裏一体の反自由主
義的な社会現象であったと見ることができます。個人個人の自由な考え方や人間的な感性
を奪ってしまい、全体主義的な社会に組み込んでしまうという恐怖が描かれていると思え
るのです。
 「ボディースナッチャー」ではその辺りの社会的な広がりがストーリーの流れの核にな
っていますが、「ヒドゥン」では個人対個人(宇宙人同士)の戦いに絞られています。

 「ヒドゥン」は1987年のSF映画であり「ロボコップ」と同じ年の作品です。過去にTVで
放送された物を録画して何度か見ており、その後ビデオも入手しましたが、今回はDVDで
出ていたのを改めて購入しました。
 何度も見ている名作がDVDでリリースされると、特典映像がついていたりするので入手
することが良くあります。今回は監督によるオーディオコメンタリー(解説)が入ってい
たので聞いてみました。それでいくつか面白い裏話を知ることができました。監督のジャ
ック・ショルダーはしきりと脚本を短縮して映像化した事を言っていましたが、最後には
脚本のおかげで思いついた映像も多々あり、脚本家のジムに謝意を述べていました。
 なぜか一緒にコメントしていたティム・ハンターという人物(やはりSF系の映画監督)
が最後のクレジットの所で、ヒドゥンとボディースナッチャーとの共通点について話始め
たのには少し驚きました。二つの映画がよく似ている事は分かっていましたが、監督も同
意しているので、二つを並べて観たのは成功だったと思えました。
 ティムが比較に持ち出したのは一作目の1956年版らしく、そちらはまだ未見なので機会
を見つけて鑑賞したいと思います。彼が言うには、個人の欲求を満たすために周囲の被害
を顧みない人物と無欲な人物の間には明らかに違いがあり、それが二つの映画の共通点だ
という話でした。

 つまりリメイク版の1978年版とヒドゥンでは侵略に対する見解や解釈が違っているのだ
と考えることができます。私はヒドゥンのエイリアンに関して非常にサイコパス的である
と考えていました。「個人の欲求を満たすために周囲の被害を顧みない人物」とはサイコ
パスを指しているとも取れます。侵略に対する概念的なとらえ方や対処の方法に変化があ
るとも取れます。
 何者が侵略者なのか、そしてどういう所が我々と違うのか。これは今後も変化を続けて
行くことでしょう。

背乗り(はいのり)とは?

2019-08-30 01:53:32 | 日記・エッセイ・コラム


 前回の「日本のいちばん長い日」のあらすじで、青年将校が師団長を殺害して命令書を
偽造しクーデターの実行戦力を手に入れるという部分についてですが、このような成りす
まし行為全般に関し「背乗り(はいのり)」と称する事を知りました。と言っても最近で
は、特定の組織が構成員を潜伏させるため個人の日本国籍を乗っ取る行為が有名ですが。
 元々は旧ソ連の情報機関によって行われたとWikipediaに書かれていますが、長期的な
スパイ活動の為にこのような手段が常態化していたと考えられます。「日本のいちばん長
い日」のようなごく短時間の場合は、こうは言わないのかもしれませんが、巧妙な詐称と
その為にオリジナルの本人を抹消してしまうという手口はそのものではないかと思います。



 Wikipediaの記事の隅に、機動戦士ガンダムTHE ORIGINのシャア・アズナブルの出自が
背乗りであったことが描かれているとあります。原作の安彦良和氏はこれまで数多の歴史
長編漫画を描かれていたので、その辺りで得た知識が反映しているのでしょう。ファンの
側から疑問の声がないわけではありませんが、その辺りは物語の上のフィクションですか
ら僕は大目に見ています。



 ネット上では成りすましに関して多くの被害例がありますが、いずれも短期間の物です。
いわゆる特殊詐欺等もこれに当たりますが、かなり強引でずさんな手法であることは否め
ません。目的が刹那的な詐欺行為である上に足が付きにくいので、何回でも再犯可能な事
が反復される理由でもあります。
 実際の背乗りはもっと緻密で長期的に行われる慎重な犯罪で、大きな組織によるバック
アップが必要な事は準備の規模からいって想像がつきます。考えようによっては特殊詐欺
のような短期的な背乗りを大きな組織が行えば、非常に大きな効果が得られるのではない
かとも思えます。それはロシアがフェイクニュースなどで他国の世論をコントロールした
というニュースによく似ています。要は実物が目の前にあろうがなかろうが、詐欺的手段
は私たちの隣にいつもあるということでしょう。


  ────────────────────────────────────

 私の個人情報が反復して流されているかもしれない、という事をこれまで何度となくこ
のブログで書いてきた訳ですが、半年ごとにリセットがかかって直ぐに同じことが繰り返
されると言う注意喚起もしてきました。これが実際にどのような形態で行われて来たのか
情報提供が一切ないので私には判断が付きません。しかし長期的に行われている事、成り
すましによる詐称や詐欺に近いことが行われているらしいこと等から、これも一種の背乗
りなのではないかと言う疑念を持ち始めました。
 果たしていかなる組織の元に行われているのかという謎もありますが、形態とその期間
(30年に及びます)から考えて個人のパーソナリティーを合法的に乗っ取る行為である
と思えるのです。
 私自身がそれでも潰されないでいられるのは、年々新しい事を創造して自己のパーソナ
リティーを更新しているからであって、それこそが私の存在意義ではないかと考えていま
す。しかし、それならば毎年繰り返されるパーソナリティーの背乗りに対して何らかの規
制や取り締まり、あるいは情報提供があっても良いと思うのです。
 実質的な損害がないと言っても、私の人生が受ける損害は甚大で取り返しがつきません。
また、そのような前例が存在し続ければ大っぴらに模倣する背乗り犯も出て来るでしょう。
幸いにして私は創造性と言うものを持って生まれたわけですが、一般の方々がそうした犯
罪にさらされれば取り返しがつかない打撃を受けるのではないかと思えます。
 
 苦労して事業を起こしたり著作や新案を残したとしても、背乗りや成りすましが横行す
れば社会は犯罪を何とも思わない輩の思うがままになってしまいます。

 なお正式な意味での背乗りは「書類上は合法で改変なしに本人と入れ替わる事」だそう
ですが、ネット上では個人を特定する情報等を公開できないので、個人を示すパーソナリ
ティーを事細かに模倣して本人と入れ替わる事がこれに当たると私は考えています。
 

 2つの映画 「Z」(1969年)「日本のいちばん長い日」(1967年モノクロ)

2019-08-24 22:09:23 | 日記・エッセイ・コラム


 ここ数年ほどレンタルDVDで多くの映画を鑑賞しました。最新の映画より過去に話題
を聞いて記憶にとどめておいた映画を掘り起こしたものが多く、アニメもシリーズごと
観たこともあります。
 過去に見た映画を繰り返し観る事も結構ありました。最新の映画を見るよりリスクが
低い(時間を無駄にしない)という事もあり、良く使う手法です。

 次に紹介する2つの映画は過去に何回か見て、最近また見返したものです。
「Z」(1969年)「日本のいちばん長い日」(1967年モノクロ)
 
「Z」はDVDも出ていますが高価で入手困難なのでビデオをオークションで落札して鑑賞
しました。最初に観たのは90年代の終わりごろTVで放送していたのを録画して、その後
一回見返しています。存在を知ったのが比較的新しい映画(と言ってももう20年たって
いますが。)で、監督に関して今回初めて調べてみました。それによると大体似た様な
主題で政治的な革命や人権蹂躙に関して告発している作風が多いようです。
「日本のいちばん長い日」は、TVで子供の頃見た後、90年代の初め頃レンタルビデオで
見ています。知る人ぞ知る映画ですが、知識を得た後で改めて見てみると印象が違って
いて、見た意義は大いにありました。

 以下あらすじでネタバレを含みます。

 「Z」
 地中海沿岸の架空の国家(当時のギリシャがモデルになっている)で起きた、Z氏の
謀殺事件に絡む軍部の陰謀とそれを暴く予審判事の追及が主軸になっていて、首謀者が
特定され裁判に召喚勧告される所までがクライマックスになっています。事件の全容が
明らかになったものの、物語は突然の軍部のクーデターによって証人のほとんどが死亡
するという結末を迎えます。実在の活動家グリゴリス・ランブラスキ氏の暗殺事件を元
にしており、軍事政権であったギリシャでは上映禁止になっています。
 上記のようにこの映画はフィクションですが、かなりリアリティーのある内容であり、
アカデミー外国語映画賞を始め多くの賞を受けています。

 「日本のいちばん長い日」
 1945年の日本の敗戦に絡む8月14日から翌15日正午までの政府・天皇・軍部の動きを
史実に基づいて描いた映画です。
 物語は14日深夜に及ぶ日本政府の降伏決定の前半と、それを覆そうとする将校・参謀
のクーデター未遂(宮城事件)の後半部分に分かれています。演出による誇張はあるに
せよ、これがほとんど実際に起きたことだという点に驚かされます。
 史実に関して関心のある方は検索などして調べていただくとして、本作品ではクーデ
ターの方法に関して、軍部自体は統制が取れていて一部将校が実行部隊を動員する為に
師団長の殺害と命令書のねつ造と言う成りすましによって得た半日の叛乱(15日正午に
玉音放送が行われれば敗戦の事実は日本中に知れ渡るため)に賭けたという描写がなさ
れています。 
 現実には、日本の敗戦は半月後の9月2日戦艦ミズーリ艦上の調印を持って正式に成立
するわけで、それまで各所での局所的戦闘や混乱がありますが、日本人のほとんどが15
日正午の玉音放送が終戦の瞬間であるという認識を持っているのはご存じの通りです。

 二つの映画に共通するのは、軍隊による暴力によって物語が大きく動いていると言う
点ですが、それ以外の部分はかなり異なります。
 両作品とも軍事政権下であるので、このような暴力がまかり通るかのような印象を受
けますが、それは不法行為であって法や秩序の元に糾弾されるという描写があります。
 「Z」の場合、最終的には軍部の手による国家転覆によって水泡に帰すという結末に
なっていますが、「日本のいちばん長い日」では敗戦のリミットと虚偽の露呈によって
首謀者は自害します。
 これは、二つの国家に対して外圧が働いているかいないかの違いであると思います。
地中海沿岸の架空の国家では、まかりなりにも独立が堅持されていて隣国は静観するし
かありませんが、敗戦目前の日本という時点で進退は極まっていて、連合軍の攻撃の前
でクーデターを起こしても無意味な喜劇でしかないのです。
 この数式を監督はよく理解していて、「Z」のコスタ・ガブラス監督は「告白」「戒厳
令」と続く三部作を作り国家権力による非情な弾圧を暴いて行きます。監督自身の行動
と映画自体が密接なつながりがあり、世界に対して静観していてはいけないと訴えかけ
ているのです。「日本のいちばん長い日」の岡本喜八監督は、叛乱側の将校を狂気を秘
めた演出で描き、対する政府・指導者側は思慮に富んだ人物という対比を作り、何か抗
す事ができない時間の流れに七転八倒する青年将校と自害という結末を描き切っていま
す。ラストシーンで悠然と自転する地球を見せ、これは必然であると示しているのです。

 私が最初に両作品を見た時、悪を暴く予審判事役のジャン・ルイ・トランティニアン
がかっこいいとか、青年将校が騎馬とサイドカーで叫びながらビラを撒いて皇居横の空
き地でピストル自殺するシーンが怖い(当時小学生だったので)くらいの印象しか持っ
ていませんでした。
 この齢で知識と経験を得て観てみると、この映画は社会の縮図であって現在でも有り
うる事だと考えるようになりました。その時になってZの予審判事のように悪を暴ける
のか、三船敏郎演じる陸軍大臣のように一切の責任を負って腹を切れるのか、という点
は分からないのですが。少なくとも暴力や虚偽でころりと騙されて犯罪者の側に着くと
いう愚行だけは避けたいと思っています。
 

自転車の修理 22

2019-08-07 02:08:51 | 日記・エッセイ・コラム


 先週、左のペダルを縁石にぶつけて反射板を壊してしまいました。その場はそれで済ん
だのですが、しばらくすると右のペダルから異音が出始めました。なぜなのか?ともかく
グリースを注入してみましたが音は消えず、予備のペダル(一山1000円で落札したパーツ)
に付け替えてみましたが、それでも音は消えませんでした。
 となれば、考えられることは一つでボトムブラケットの異常です。以前散々手こずった
こともありベアリングのハウジングが千切れて音を出している事は容易に想像できました。
とは言え連日の猛暑でクランク周りの完全分解は難儀な作業です。



 幸い、以前の修理で使っていなかったベアリングが一個あったので、部品や工具の問題
はありません。あとは時間の問題です。夕方になるのを待って分解を始め、2時間程度で
修理を終えました。

 ボトムブラケット内の横穴

 はたせるかな、右のベアリングのハウジングは3つに千切れていてボールがグリースに
まみれて出てきました・・・数えてみると12個もあります。ボールの数は9個のはずで
すが・・・。どうやら余分な3個は前回の修理の時、ボトムブラケットの横穴にグリース
と共に入り込んでいた物のようです。今回の破損とは無関係ですが、なんとも奇妙なお話
ですね。

 ウレアグリースで塗り固めて再組立て

 しかし、縁石にぶつけたくらいでベアリングを壊してしまうのは、力の加わり方に異常
があったからではないかと考えられました。固着して外れなかった右ワンが予想外に削れ
ていて、変な当たり方をしてるのかもしれません。
 今の僕の能力では外して交換することができないので、なんとか方法を見つけたいもの
ですが。



 修理自体はうまくいって以前の無音の走りに戻りました。秋になって気候が落ち着いた
ら、サスペンションのヒンジの修理をしてみようと思っています。

 京都アニメーション放火事件に関して

2019-07-23 03:35:14 | 日記・エッセイ・コラム

 大変な事件が起きてしまい、ショックを受けています。
私は京都アニメーションとは関わりがなく、ブログにこのような記事を載せる事もはばか
られたのですが、同業者であるクリエイターの大量殺害という報に動揺してしまった自分
の心情を率直に書き記しておこうと考えたのです。
 犯人男性に関しては様々な情報が飛び交ってますが、火傷で意識不明ということで動機
に関するコメントは差し控えたいと思います。しかし、何があったにせよテロ行為による
加害という方法については容認できません。
 被害を受けた京都アニメーション所属の方々が、あの場で何があったのかを考えた時、
私は同じ絵描きといて他人事とは思えない気がしました。私もかつてはアニメーションの
仕事に携わったり漫画のアシスタントをしたりして、机に向かって一心不乱に絵を描いて
いた経験があります。そこは真剣な全精力を傾けた仕事の場です。ふと将来への不安や夢
が交錯することもあったでしょう。そんな暇さえなく気が付けば日が暮れていたと言う時
もあったと思います。
 その刹那の理不尽な凶行による死だったのです。30数名の一級のクリエーターが一瞬
のうちに命を奪われました。全員がおそらく私より優れた技能を持ち、私より若く、前途
有望であったはずです。誠にもって気の毒であると思うし、創作の世界にとっても大きな
損失であることは言うまでもありません。
 犠牲になった方々へ心から哀悼の意を示したいと思います。
 警察諸君はこの事件の原因究明と再発防止に全力を注いでいただきたい。 



 事件の前後に火災や放火が連続していたので、関連は不明ですが記しておきます。

神戸市うなぎ養殖場火災 7月15日 7時45分ごろ
保温のためのヒーター不具合

京都アニメーション放火事件 7月18日 10時30分ごろ

京王電鉄変電所火災   7月19日 4時50分ごろ
原因調査中

韓国日本大使館前放火事件 7月19日 未明
犯人男性は死亡


PCの更新 5

2019-07-07 02:48:06 | 日記・エッセイ・コラム
 立てた時と寝かせた時
 hp純正ケース

 SIMでネットに接続することが出きました。
 申し込みの時にSIMのサイズを間違えてしまったようで、自分でカットする羽目になってし
まいました。解約の時に破損ペナルティーで3000円かかるそうです・・。
 アカウントの設定がSIMのマニュアルにはなく、Windowsなので少し手間取りましたが、そっ
ちもなんとかクリアーしました。

 カットしすぎてしまった・・

 ともあれ基本プランから使い始めることにして、どの程度の使用頻度で容量を使うのか感
触をつかんでいるところです。回線のスピードは自宅の光回線に比べれば全く頼りなく、昔
のダイヤルアップ接続のころを思い出します。それでも場所を選ばず使えるというのはとて
も頼りになります。
 これがうまく行けば更にプランの変更などをして本格的に情報センターとして使います。



 とりあえず、この段階でPCの更新は一段落つけることができました。後の諸々の変更は、
使いながらその都度行うことになります。最終的には同人誌を作るすべての工程をこのタブ
レットでこなせるようにする予定です。



 将来的には内蔵カメラを生かす方向で使いたいと考えていますが、現在は停止しています。
このPCにはGPS機能があり、撮影した写真に位置データが刻まれるそうです。それを自分が任
意に管理できるようになればネットに貼っても安全ですが、それができなければ危険も伴う
からです。


PCの更新 4

2019-07-02 23:24:08 | 日記・エッセイ・コラム


 タブレットへの移行を進めていますが6月末までにやることが多く少しづつやっています。
購入した時についてきたカバーは不便な点が多かったので、それ以前に買ってあったレザー
のケースに入れて持ち運びしています。カバーはそれなりに高級な作りで、開くとそのまま
使えるようにできていますが、表面の滑りが悪くバックからの出し入れがつっかえます。他
にもタブレット本体を固定する4本のゴムバンドが四方のスイッチやポートにかかり邪魔に
なります。角度も固定なのでキーボード仕事ならともかく、絵を描くようにはできていませ
ん。
 そこで、以前秋葉原に行った時にタブレット用に買っておいたケースを使うことにしたわ
けです。買った時は捨て値で300円ほどでしたがhp純正で作りはしっかりしています。
ペンホルダーもついているので本体・キーボード・ペンの三点セットを持ち歩くのに向いて
います。キーボードは軽量でボタンのタッチも十分あり使用に耐えられる物ですが、Enter
キーが小さいのとプリントスクリーンキーがないのが不便です。プリントスクリーンは多分
Controlキー+どこかのキーで使えるはずなので調べてみます。
 それからタブレットを立てて使うためのスタンドを探しましたが、これは100円ショップ
のもので十分使えるので、滑り止めのゴム板を底に貼って使うことにしました。角度は12
段階に調節できて、折りたたむと手帳くらいに薄くなります。




 タブレットにはUSBポートが一つしかついていないので、3ポートくらいのアダプターを
買う予定です。一つと言っても高速の3.0規格のものなので、それで十分でしょう。
 ペンはうまく働いていてこれといった不自由はありませんが、やはり心配なのは電池です。
今の所作動チェック用の電池で動いていて、予備の電池も買ってありますが、はたして一本
でどのくらいの期間もつものか分かりません。ワイヤレス・マウスだと大体3カ月ですが、
それだと年間四本使う計算になります。実は以前、興味から四角い9V電池を分解して6本
の単6電池を取り出していましたが、ネット上の話では危険なので推奨していません。電池
の寿命が極端に短ければ又やるつもりです。
 外付けのハードディスクは、この先必要になるはずですが、SSDにするか従来型の物にする
か決めかねています。電力やスピードに関してはSSDが絶対的に有利で、最近では値段も大幅
に下がっています。機械的な部分もないし磁気に対して強いので持ち運びするには最適では
あるのですが、フラッシュメモリーは書き換えの上限に達するとクラッシュするのがネック
になっています。安定性という観点からは、まだ従来型のハードディスクに分があるのです。
 そこで資金が許すのなら、持ち歩くのはSSDにして小まめにバックアップするというやり方
が一番無難です。今の所これに関しては保留しています。



 タブレットになってよくなった点は、音が良くなったことです。大抵はイヤホンで音を聞
いていますが、それでもよくわかるくらいの差があります。本体のスピーカーも小さいのに
なかなかいい音を出します。実際にスピーカーを使うようなら外付けのスピーカーを使った
方が良いと思いますが、まあ良い点ではあります。
 また、前述のSSDはWindowsの立ち上げが早く、これも良い点の一つと言えます。USBが3.0
規格なので、データーの移動も速やかになることが期待されます。ただしSSDのスピードを
保つには空き容量を半分以上に保つ必要があるという事なので注意して使いたいと思います。
 その他、バッテリーの充電時間が短いのと省電力CPUなので発熱が少なくファンレスで良く
動く。電源アダプターが小さいので持ち運びに適している等、技術革新の恩得がいくつかあり
ます。


一年後に個人的な情報がネット上に再掲載されると何が起こるのか 2

2019-06-22 16:04:44 | 日記・エッセイ・コラム

 前回の最後の加害者が被害者に成りすます部分が少し分りにくかったので捕捉します。


 典型的な被害者と加害者
この時、物理的接触があれば、器物破損・暴行障害・殺人等の刑事事件となり事態は終息
します。騒音・ハラスメント・恫喝や恐喝等の証拠が残り難いケースの場合、長期間継続
する可能性があります。
 Bの動機は様々ですが、翌年(下図)のネット上の第三者の一人である場合があります。


 2年目
前年のショートメッセージが再掲載された場合。普通の人間はこの時点で自分が特定され
る事を恐れ、物理的に逃避して事態は終息します。逃避がかなわない場合、BはC(前年のB)
によって加害されている演技をする場合があります。(図の薄墨の部分)つまりAに成りす
ます訳です。Cはこの時点では存在しない情報だけの存在なので、この点を第三者から追及
されると矛盾が生じる事になります。


 2年目 AとBの逆転
そこでBはうまく立ち回ってC=Aという構図を作ります。その結果をネット上に拡散する事
によって、Aから加害されているという虚構を構築します。これを信じた第三者はC(=A)
に周囲から圧力を加えることで止めさせようとします。これによってAは更に不特定多数か
ら加害される事になり生活は破綻をきたします。
 BはAへの加害を継続できるばかりか不特定多数の人間を指揮しているという実感を得る
事によって、ますますこの状況にのめりこんで行きます。


 3年目
2年目と同様に、前年の状況がフィードバックされBはAの状況が自分に起きている演技を
することで周囲を納得させようとします。すなわち不特定多数から加害されていると訴え
るわけですが、それは実際には情報上の記録でしかないので物理的には存在しません。
 物理的に存在しない不特定多数から加害されているという訴えは、統合失調症の症例に
良く合致するため周囲はそれを疑います。Bはネット情報に従って演技しているだけなので
それを否定するものの物的証拠は提示できません。このような状態を作るに至ったBの実際
の症例は演技性パーソナリティー障害もしくは自己愛性パーソナリティー障害ではないか
と思えます。
 またこの時のAの状況はBとよく似ているので、Aも統合失調症を疑われたりします。
 Bは過去のAに成りすましているので、上記の段階の何時でも物理的に逃避することがで
きますが、Aは不特定多数からの干渉を退けるためにBを合法的に追跡して事実を明らかに
しなければならず、それは困難を極めます。

  11か月の謎
 
 ここ5年くらいの話ですが、1カ月前倒しして前年の情報が流れるという動きがあり、
なぜそのような事をするのか全くの謎でした。しかし上記のような状況でBが不特定多数
の一般人より早く情報を得られれば、被害者としての虚構を作ることが容易になると言う
ことが分ります。
 1年前の情報が再掲載されることは機械的な仕組みによって行われているかもしれず、
意図的な行為かそうでないのか判別がつかなかったのですが、11カ月前の情報に関して
は間違いなく情報のスピードによってアドバンテージを作るためだと分析できます。
 つまりそれは人為的に利得を作り出すためであり、これを行った人物の責任を追及する
事が可能であると考えられます。

 一年後に個人的な情報がネット上に再掲載されると何が起こるのか

2019-06-15 23:03:01 | 日記・エッセイ・コラム


 このブログの記事の掲載元がメールで一年前の記事を告知するサービスをしています。
それは個人的に行われるもので不特定多数へ知らせるわけではありません。ブログは大抵
の場合まとまった記事に表題をつけて投稿され、私の場合1~2週間に一回くらいの割合
で投稿されます。忙しい時の更新は月に一回なので、一年前の告知がメールで来てもこれ
と言って気に留めることはありません。

 私は携帯電話やスマートフォンは持っていないしモバイル環境もまだありません。SNS
がどんな物かわかりませんし、Twitterに登録してはいますがつぶやいたりしていません。
 理由は様々ありますが、まず文章としての体裁をなしていないので著作権の主張が難し
いという部分があります。ああいうショートメッセージは断片的な情報をリアルタイムで
流すことに意義があり、密接なコミュニケーションツールとして有用なことはよく知られ
ています。
 しかしそれ故の危険性も様々あって、不用意なメッセージが炎上に発展して発信した人
の生活を破壊するという事件にまでなっています。
 もし、これらの情報ネットワークで1年前の情報が再掲載されたらどうなるかというの
が今回の疑問です。すでにそういうことは行われているかもしれませんが、それは場合に
よっては害をなすという結論になるかも知れません。



 2019年6月現在、当ブログの1年前の記事を見ると、自転車の修理で後ディレイラーを
付け換えたとあります。私生活ではアパートの隣人との間に2年にわたる騒音問題があり、
度重なる警告が聞き入れられなかったので管理会社から保証人(ご両親のケースが多い)
に直接苦情を言ってもらって多少の改善を得ています。
 同人誌においては戦車サスペンションの本Ⅲが5月5日に発売された後、重版分の為に
誤字脱字の修正とイラスト仕上げの追加をしていたはずです。急いで作成したため、出来
が良くなかったのですが、このころから総集編の製作を念頭に入れていました。
 こうした出来事は普通なら大まかな情報を残して記憶から消えてゆきます。細かい事、
例えばその日何時に起きて何を食べたとか、どのような経路を移動したとかは全くと言っ
ていいほどおぼえていません。

 これがショートメッセージを携帯で書き込めば子細な事までネット上に残ることになり
ます。重度に携帯に依存している人はどこにいるとか何をしているとか、そういった情報
を打ち込むそうですが、それは他の人達との距離を隔てた繋がりを維持するためであって
何日か過ぎると当人の記憶にも残っていないはずです。
 したがって1年後にその情報が再掲載されても、大抵の人は気が付かないと思います。
名前やタイムスタンプや個人を特定できるような情報を削除されていれば、なおさら分か
らないはずです。残っているのはどういう行動をとったとか、どういうことを考えたとか
どこに何時頃いたのかといった情報になります。
 プロファイルに詳しい人にとって、それは情報の宝庫であり個人を特定することも可能
となります。また、その情報の本人にとってもおぼろげな記憶から「これは自分のことで
はないのか?」と思い当ったりします。しかし多くの人にとって一般的に禁止されている
個人情報がなければ個人を特定するのは簡単ではありません。それでネット上でこれらの
情報は規制を受けたりするのは犯罪に関わった等のケースに限定されます。



 そこで世間的にはこれらの情報を自分の人生に生かすという事も行われます。つまり他
人のこういった過去の情報を参考にして自分の行動に反映させてゆくわけです。成功者の
情報はこれから成功を手に入れようとする人たちにとって千金の価値があるはずです。
 それは普通に行われていることです。偉人の情報等は多少美化されて書籍に掲載され、
啓蒙に使われたりもしています。
 そして何かのきっかけでその人物の実物に出会った時、大抵の人はショートメッセージ
を残すはずです。その情報は蓄積され他の人が自分の人生に生かすわけです。

 これが長期間に及び多数の人間が加わってエスカレートすればボランティアストーカー
による監視網となりますが、普通の社会人ならこれが倫理的に許されない事と気が付くは
ずです。また、主催者か管理者が警告を出せば自粛する人もいるはずです。それが持続す
る期間は長くても数カ月ほどではないかと思えます。一般人が特定のものごとに関心を寄
せるのは大体そんなものだからです。
 しかし少数のグループとか個人の活動は、犯罪行為にならなければ規制を受けずさらに
長期間に及ぶこともあります。強硬に違法行為を続ける個人は、停止を命じる強制力が働
かない境遇にあるか、何らかのパーソナリティー障害をかかえていて自制が聞かないため、
自ら能動的に継続する方策を駆使し活動を継続します。
 こうした人たちのよりどころは、自分の匿名性が守られていることです。法的には犯罪
者の個人情報は法的手続きの後、当事者に開示されますが、一般的に知られるわけではあ
りません。それは犯罪者といえど人権があるからです。


 
 ネット上ではこうした法制度に逆らって特定という行為が横行しています。個人情報を
暴いてさらにその人物の生活圏に干渉する行為を突撃と呼んでいますが、これも結局の所
は犯罪行為にすぎません。おたがいが犯罪行為の応酬となれば普通のネットユーザー達も
関わりを断って身を引かざるを得なくなりますが、そうなる前までに被害者のプライバシ
ーは破壊しつくされてしまうのです。
 「特定」や「突撃」が行われる前段階に、その人物を標的として認定する何かの切っ掛
けがあり、常識のある人や知能の高い人はそのような危険を避けようとします。しばしば、
ネット上で違法行為を継続しつつ巧妙に認定を避ける人物を見かけますが、そうした高い
知能を持った人間は、ネット上で認定されない事が特定や突撃を避け、匿名性を保つ唯一
の道だという事を良く周知しているのです。
 ある種の才能を持ったこうした人物を特定して排除することは非常に困難です。


 
 さて、そこで主題の『1年後に個人的情報が再掲載されたらどうなるか』に戻ります。
 「ある人物」の周囲にボランティアストーカーの監視網が形成され、その人物が抵抗も
ままならないと知ると突撃はエスカレートして行きます。彼らは面白がってその人物の反
応をネットにショートメッセージとして残し、ある者は数か月で飽きて離れて行き、ある
者はそのまま1年以上継続します。そして、自分の残したショートメッセージが再掲載さ
れる事に気が付くわけです。
 この時点で自分の過ちを悟り、「ある人物」から離れようとするのが普通の人間です。
接点となった場所から逃避して二度と立ち寄らないようにしたり、場合によっては仕事や
住居を換え、ネット上では匿名性を維持しようとします。(アカウントを削除する場合も
あるかも知れません。)メッセージの再掲載は1年続くわけですから、そうしないと今度
は自分が特定され突撃される危険に晒されるのです。
 逃避した時点で半分は匿名性が暴かれたようなものですが、ほかの理由を上手く作って
危うい逃避をするのが最も安全で妥当な方法だというのは理解できます。
 しかし何らかの事情でそれができない場合、または自分の意志で逃避を拒んだ場合、別
の方法をとる時があります。

 それは「ある人物」に成りきる事によって自分が被害者になるという方法です。私にと
ってはそれは驚くべき選択と思えました。いくら自分の生活を守るためとは言え、自分の
アイデンティティーを捨てきって今までストーキングしていた「ある人物」の真似を1年
も続けられるものなのだろうか?
 確かにネット上の情報の上では、自分が「ある人物」であり、何者か(1年前の自分)
にプライバシーを暴かれているかのような演技を続ければ、周囲を納得させる事ができて
自分の生活の破綻を防ぐことはできるかもしれません。しかし傍から見てもそれは苦しい
弁明にしか見えないし矛盾がいくつも起きてくるはずです。
 最終的にはその試みから離脱して逃避せざるを得ないのは自明です。しかしやっている
本人にしてみれば匿名性を維持する唯一の方法であり、それこそがその人のアイデンティ
ティと言えない事もないのです。

 前者にしても後者にしても事前にこうなることが分かっていれば馬鹿な真似はしなかっ
たはずです。また自分が間違ったことをした動機を「仕掛けた人物」がいる事を告白して
謝罪することだってできるはずですが、そうする人がいないのはもっと小さな損失で自分
の罪を白紙に戻せる方法があるからでしょう。
 いずれにせよ「ある人物」に多大な損害と迷惑を及ぼした事に変わりはないわけですが。



 これらの記事は私の経験則によって導き出した推測です。特定の個人・グループとは関
係ありませんのでご注意ください。

PCの更新 3

2019-06-11 23:39:07 | 日記・エッセイ・コラム

 タブレットの描画能力を試してみました。同時にバッテリーの消費具合もチェックする
ために、動画を再生しながらペンで書くということをしました。
 動画はクラフトワークのライブで110分でしたが、このライブは動きに乏しく電力消費
が少なかったようです。それでもバッテリーの設定で消費電力の割合を調べたら描画に使
った電力のほうがはるかに多く、外付けDVDによる再生より内臓SSDによる再生ははるかに
低電力だという証明になりました。

線の太さ1pix~9pix~1pix

 描画はPhotoshopで線の太さを変えつつ、かけ網(いわゆる4カケと言うもの)を描く
単調なもので、主に描き心地と電力消費のチェックが目的です。
 最初はB5用紙に適当に線を引いてみましたが、描線が手の動きに追い付かずワンテンポ
遅れる感じがしました。そこで用紙をハガキ大(100×148㎜)に縮小してピクセル等倍で
描いてみました。細い線(幅1pix)の時は普通に描けましたが、太い線(幅9pix)にな
ると遅れが出始めることがわかりました。
 この時の解像度は300pix/inchです。描けないわけではないですが多少不自然な描き心地
で工夫が必要だと感じました。これはCPUの能力なのか、メモリーのせいなのかよくわかり
ません。動画の再生をせず描画だけにすれば問題は改善するかも知れませんが、根本的に
能力の低い低電力CPUで妥協しているので致し方ないところです。
 次善の策としてメモリーを増やすといくらか違うかも知れません。メモリーに関しては
今のところは4GBですが8GBまで増やせるとカタログには表記してあります。
 そこでタブレットの裏蓋を外してメモリーのソケットを見てみようとしましたが、それ
らしきものは見当たりませんでした。おそらく4GBを外して新しく8GBの物を挿すのだと
思いますが、今までのPC自作の知識はあまりあてにならないようです。ネットで調べてみ
ると、このPCはタブレットにしては珍しく拡張性が高いという事ですが、同時にトラブル
も少なくないという評判です。最近、メモリーの差し替えに回数制限があるという話を聞
きました。今回は関係ないと思いますがメモリーの交換は慎重にしたいと思います。

 スイッチ類が今までと違うので少々戸惑っています。カバーは専用ではなく小さなバン
ドで四方を固定しますが、スイッチ類に干渉しUSBの挿し口を遮ります。それでバンドを
一か所外して使っています。画面外の下にウィンドウズのマークがあり、触るとタスクバ
ーから操作画面が下りてきてしまいます。絵を描いているときにこのスイッチは邪魔にな
るので 『ペンを使用時はタッチを無効にする。』チェックを入れましたが、このボタン
には関係ないようです。
 
 次は、描画ソフトを換えて丸ペンのように線に強弱とカーブをつけた描画をやってみる
予定です。