指原莉乃がセンターを務めるラストシングル。奇をてらわないストレートな卒業ソングになっている。秋元康も久々に本気を出したか、しみじみと良い曲だと思う。
誰かが卒業するたびに常に全力を出して卒業ソングを作るのは容易ではない。エピソードが多く、思い入れの強い指原だからこそ、正統派の「桜ソング」が久々に産まれたのだろう。
去って行く「君」への思いを歌った歌詞で、卒業する指原がメインで歌うのは構図としては変だが、それはグループの作品なので仕方がない。卒業する側からの歌詞だと、送り出すメンバーが歌うのは変だということになってしまう。
そもそも指原の卒業を念頭に置いた歌詞ではあるのだが、新しい夢に向かって旅立っていく仲間を送る歌という普遍性があるのが好ましい。いやむしろ、指原は卒業しても器用なタレントとしてこれまでとあまり変わらない活動を続けるはずで、「自分の夢をやっと見つけた」という歌詞には違和感がある。
ここは純粋に、普遍的な桜ソングとして味わいたい。
ミュージックビデオも見た。
これまでの膨大な衣装をディスプレイした中で歌うシーンと、メンバーのオフショットを編集した、カジュアルな内容だった。『黒い羊』や『風を待つ』のミュージックビデオには仰天したが、今作にはしみじみした。正にジワる作品だ。卒業に当たっては、仲間たちと過ぎた日々をまったりと思い出して語り合うだけで充分だ。
カップリング曲のうち『私だってアイドル!』こそ、指原個別の卒業ソングだ。
『それでも好きだよ』の続編と言ってもいいだろう。「スキャンダル心配かけたけど」とか「あのヒットナンバー、センター歌っていたのよ」とか、普遍性は全くない。でもこの曲は本人とファンが楽しめればそれでいいのだ。
「顔もスタイルも中の下くらいのレベル」と歌っているが、さすがにそれは謙遜だろう。「中の上」くらいは行けると思うが、彼女のファンはそういう所ではなく、発言や行動などが好き、もっと言えば人格全体を崇拝しているのだろうから、こういう歌詞が歌えるのだ。正に偶像崇拝。そういう意味で、彼女は確かに正真正銘のアイドルだった。
誰かが卒業するたびに常に全力を出して卒業ソングを作るのは容易ではない。エピソードが多く、思い入れの強い指原だからこそ、正統派の「桜ソング」が久々に産まれたのだろう。
去って行く「君」への思いを歌った歌詞で、卒業する指原がメインで歌うのは構図としては変だが、それはグループの作品なので仕方がない。卒業する側からの歌詞だと、送り出すメンバーが歌うのは変だということになってしまう。
そもそも指原の卒業を念頭に置いた歌詞ではあるのだが、新しい夢に向かって旅立っていく仲間を送る歌という普遍性があるのが好ましい。いやむしろ、指原は卒業しても器用なタレントとしてこれまでとあまり変わらない活動を続けるはずで、「自分の夢をやっと見つけた」という歌詞には違和感がある。
ここは純粋に、普遍的な桜ソングとして味わいたい。
ミュージックビデオも見た。
これまでの膨大な衣装をディスプレイした中で歌うシーンと、メンバーのオフショットを編集した、カジュアルな内容だった。『黒い羊』や『風を待つ』のミュージックビデオには仰天したが、今作にはしみじみした。正にジワる作品だ。卒業に当たっては、仲間たちと過ぎた日々をまったりと思い出して語り合うだけで充分だ。
カップリング曲のうち『私だってアイドル!』こそ、指原個別の卒業ソングだ。
『それでも好きだよ』の続編と言ってもいいだろう。「スキャンダル心配かけたけど」とか「あのヒットナンバー、センター歌っていたのよ」とか、普遍性は全くない。でもこの曲は本人とファンが楽しめればそれでいいのだ。
「顔もスタイルも中の下くらいのレベル」と歌っているが、さすがにそれは謙遜だろう。「中の上」くらいは行けると思うが、彼女のファンはそういう所ではなく、発言や行動などが好き、もっと言えば人格全体を崇拝しているのだろうから、こういう歌詞が歌えるのだ。正に偶像崇拝。そういう意味で、彼女は確かに正真正銘のアイドルだった。