「崇高な理想」と誰が日本を防衛するのか

2019年12月04日 | 歴史を尋ねる
 マッカーサー・ノート(黄色紙)には次の文言が並んだ。
「天皇は国家の元首の地位にある。皇位の継承は世襲である。天皇の義務および権能は、憲法に基づいて行使され、憲法の定める所により人民の基本的意思に対して責任を負う。
 国家の主権的権利としての戦争を廃棄する。日本は紛争解決のための手段としての戦争、および自己の安全を保持するための手段としてのそれをも廃棄する。日本はその防衛と保護を、いまや世界を動かしつつある崇高な理想にゆだねる。いかなる日本陸海空軍も認められないし、いかなる交戦者としての権利も日本軍には与えられない。
 日本の封建制度は廃止される。皇族を除き華族の権利は、現存する者一代以上には及ばない。華族の権利には、どのような政治権力も含まれない。
 予算の型は、英国の制度にならう」

 マッカーサー元帥は、これら項目だけは必ず改正憲法の要目にすべきだ、あとは任せる、ホイットニー准将はケーディス大佐に述べた。まず注目されるのは、第二項目の戦争放棄であった。一切の武力を捨て、外敵に対する自衛権も内乱鎮圧のための交戦権も放棄して、崇高な理想に縋って国家が生存する。日本だけに無防備を強制するのは何故か。ケーディス大佐も一読してびっくりした。憲法改正に関する指令である「SWNCC228」には、①天皇の軍事にかんする権限は剥奪される。②軍隊を文民政府に従属させる、と。軍備を廃止せよとは言っていない。だが、日本が軍隊を持たぬ国家になれば、「SWNCC228」の警戒指令は不要になるし、日本を再び米国の脅威にしないという、対日政策にもかなう。大佐はその構想が誰のものか判らなかったが、誰が考えたにせよ、それを考え出した者は天才だ、と思った。このノートはハッシー海軍中佐とラウェル中佐に内示された。ラウェル中佐は、「SWNCC228」に違反するのではないか、と質問し、ハッシー中佐は、「それで、結局は誰が日本を防衛するのですか。米国ですか」と訊ねた。
 ごく素直な反応である。この辺、児島襄は淡々と事実関係をつづっている。児島氏の記述を追っていきたい。
 この問題は、講和後の独立を回復した日本を考えるとき、不可避の重要テーマである。崇高な理想が世界に受け入れられる前に、反米国家が日本を支配してしまえば、まさに日本は再び米国の脅威になる。米国が国家改造を強制した以上は、その政策の果実である民主日本の存続には、米国が責任を負うべき。その意味では、のちの講和条約と「日米安全保障条約」とは不可分おものであり、米国の対日政策の必然的産物だ、児島氏は語る。
 ハッシー海軍中佐も、米国の責任としての日本防衛を指摘したのだが、さらに質問した。「米国が日本を守り続けるとすれば、米国は日本を打倒するために血を流した後、今度は日本を守るために金を使うことになる。納税者が、その種の費用の負担を納得するでしょうか」 また、米国が日本の防衛を担当すれば、それは実質的な日本の「属領化」を意味する。ポツダム宣言「初期の対日方針」のいずれにも違反するのではないか。
 「諸君、これは最高司令官の命令であり、それ以外の何ものでもない」と准将。二人の中佐に宣言して討論を打ち切り、翌日からの憲法改正案作りを支持した。ただし、戦争放棄条項については特別扱いとし、大佐限りの担当とし、大佐と准将だけの審議対象とする、と。

 民政局会議室に、男女25人が集まった。草案作成の分担は八委員会に分かれた。ほかに「前文」をハッシー海軍中佐、「戦争放棄」条項をケーディス大佐が執筆する。准将は、日本側は民主化の基盤になる憲法改正を準備しているが、内容は不満足であり、マッカーサー元帥は介入の必要を感じた、と説明。最高司令官は、日本国民のために新しい憲法を起草するという歴史的意義のある仕事を、民政局に委託した。作業は、日本側のまったく意表を突き、彼らが効果的な反抗を企て得ぬよう、極度の迅速と機密が要求される。准将は、2月12日に日本側との会談が予定されているので、それまでに草案を用意したい、それを基礎にして日本側に民主憲法の制定以外に天皇を守る道はない、と納得させるつもりだ。「私は説得で承知させたいが、説得が不可能の時は、力を使用すると伝えるだけでなく、力を行使する権限を最高司令官から与えられている」と。

 准将が着席すると、質問が噴出した。真っ先に取り上げられたのは、第二項であった。①戦争の放棄と軍備の廃止とは、別問題である。戦争はやりたくなければ、やらなければ良い。しかし、外敵の侵略にも抵抗しないのは、国家の自己否定になるのではないか。 ②国家の安全と軍備とは、現在の国際秩序ではまだ切り離せない。このような平和条項は、独立後の日本の障害になり、むしろ強力な再軍備志向をさそうだけではないか。論点は、日本側にも共通するものだが、議論はあっさりと終息した。それでは日本に二度と戦争をさせないために、ほかにどんな保障策があるのか、と、ケーディス大佐が反問したためだった。
 天皇に関する質問は、三つであった。①天皇の地位をどこまで認めるか。②国民主権と天皇との関係はどうか。③天皇の権利と権限を憲法に規定するのか。 「天皇の役割は、社会的君主(ソーシャル・モナーク)に留めるべきだ」 その線で憲法案を考えてほしい、と、ケーディス大佐が述べて、天皇論議も一先ず終止符が打たれた。
 とにかく急いでほしい、これはマッカーサー元帥の希望でもある、と准将は述べ、重ねて秘密保持の必要性を強調して、関係書類はすべて最高機密扱いにするよう、指示した。

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