インクルーシブな社会のために

障害の有無程度に関わらず支え合う社会へ ~ハマジョブネットワーク~

市役所LANへの投稿

2007年04月30日 | 記事
最近、ブログの更新が滞っている。
しかしそのことに触れると言い訳になりそうなので本題へ。

先月(3月)、市役所のLAN掲示板にて、
アントレ(職員提案制度)事業の体験記が連載された。
その連載に、自分も投稿し、最終回にしてもらったのだが、
その文章をここに紹介します。

(下記)
ア ン ト レ 奮 戦 記  連載第10回 (最終回)
誰もがともに働く社会をめざして! ~障害者雇用拡大~


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1. なぜ、障害者雇用なのか?

あなたは、障害者雇用と聞いて何を思うだろうか。福祉? 弱者救済?
では、障害者雇用は誰のために行うのか? 障害者のためか?
私は、障害者雇用は、人財活用であり、社会全体のためだと思っている。障害のある方は、文字通り、いろいろな意味でハンディキャップを持っている。
したがって、障害のある方が、生き生きと働ける社会は、誰にとっても生き生きと働ける社会であり、逆に言うと、障害のある方が生き生きと働けない社会は、誰にとっても生き生きと働けない社会なのだ。

しかしながら、現実にはまだ、障害のある方がその能力を十分発揮している社会だとは言い難い。雇用が進まなければ、その分、手当や施設整備などの施策を打たねばならない。すると、ますます公費がかかるし、本人の自立の意志も弱まっていき、悪循環が生じる。これは生活保護費の例を見ても明らかである。もちろん社会保障は必要であるが、循環を促し、本当に必要なところに注入すべきである。


2. 事業化までの道のり

以上のような問題意識をもって、平成14年12月、「障害者雇用拡大」チームは、アントレ第1期生として発足した。選考を経て決まったメンバーは9人と大所帯だったが、うち5人は20代で若さにあふれ(私もあふれていた)、他のメンバーも柔軟な発想力で活気のあるチームだった。翌年3月、チームは「ENJOYプロジェクト(知的障害者雇用促進事業)」として3つの事業(ア.就労継続支援ボランティア、イ.職場体験実習、ウ.起業家支援)を提案した。ENJOYとは、Encouragement of the jobhunting of Yokohama citizens with intellectual disability(知的障害のある横浜市民の就職促進)の略で、手作りの企画書ができあがった。
だが、検討期間が短かったこともあって、検討継続を言い渡され、9人のメンバーのうち、係長と私の2人だけがその年の4月、都市経営局政策課に異動となった。そこで半年の検討を経て、10月にいよいよ福祉局(当時)障害福祉課にて事業化となった。
今では係長の配置は解消され、事業も形を変えているため、もはや、アントレとしてというよりも普通の事業という感覚で遂行している。

では、3つの提案事業がどう展開し、私が何を学んだかを紹介しよう。


3. 協働の難しさ ~提案1 就労継続支援ボランティア~

最近、若者の早期離職が問題になっているが、知的障害のある方も早期離職が多い。その原因は2点考えられる。就職の際のマッチングが不十分であるのと、就職後のフォローが不十分であるためだ。
1点目は就労支援の専門機関(本市が補助する就労支援センター)に引き続き頑張ってもらうとして、2点目については専門機関がずっと張り付くわけにはいかない。そこで、市民ボランティアを活用しようというのがこの事業だ。

平成16年度にその事務をあるNPOに委託したが、ボランティアの研修は行ったものの、活用がうまくいかなかった。ボランティアの派遣先が確保できなかったのである。この前後から、このNPOと私たちとの間で意見のすれ違いが起きるようになった。NPOの担当者が、当初と変わったのも痛かった。
役所は「担当者がすぐ替わる」とよく批判されるものだが、規模の大きくないNPOの場合、担当者が替わることの影響が大きい。協働の難しさだ。
平成17年度には再び公募を行い、別のNPOに委託した。その後、このNPOが、就労支援センターと結びつき、研修を受けたボランティアが、就労支援に従事している。
最近、このNPOの理事長さんと話していて、しみじみとこう言われた。「ここまで来るのに2年かかりましたねえ」。たしかに、NPOとの協働は、時間がかかる。初めてこの理事長さんとお会いしたとき、私は「怪しい人だな」という印象を持ったし、先方も「怪しい役人だな」と思ったらしい(笑)。だがこのNPOとは、さまざまなプロジェクトでおつきあいしたし、私も休日を使ってその活動を見に出かけて、信頼関係が生まれたのだ。

単なる委託・受託の関係でなく、社会の課題をどう解決するかという理念を共有し、時間をかけて行動をともにしてこそ協働なのである。


4. 役所の体質 ~提案2 職場体験実習~

知的障害のある方は、周囲の働きかけが弱いこともあり、就職のイメージや動機が乏しい。または、職場のトラブルにより離職してしまうと、再び就職する意欲が低くなる。そこで、就職を前提としない体験型の実習を行い、まず動機を高めてもらおうとした。
事業化にあたり、モデルとして、平成15年度に緑区役所と緑政局(当時)にて実習を行った。その後、事業は2つに分かれた。すなわち、実習コーディネートをNPOに委託し、民間事業所で実習を行うものと、市役所にて実習を行うものである。

(1) 民間事業所での実習から
前者では、やはり協働について学んだ。委託事業者を公募した際、手を挙げた事業者の一つは、まったく私が予想していなかった、つまり障害者支援も就労支援も直接取り組んでいないNPOだった。だが、このNPOは、社会参加を理念とし、保育・調理・介護など、知的障害者が体験実習に向く様々な事業を行っていたので、「これはいける!」と判断した。果たして、たいへん大きな成果を上げてくれた。
このことから、協働においては、行政本位の縦割り的な発想をなくすことがポイントであることを学んだ。

(2) 市役所での実習から
一方、市役所における実習を進めるにあたっては、市役所の各部署に受入を依頼するのだが、ここでは、市役所の体質について学んだ。
つまり、障害者施策を推進する立場である市役所でさえ、障害者に対する理解に乏しい。知的障害者は判断能力がない、コミュニケーション能力がないと思っている人がいる。だが実際は、個人により千差万別である。
また、福祉施設においてひと月の工賃1万円で働いているのが普通の知的障害者だと思いこんでいる人もいる。確かにそういう人が多いからこそ問題になっているが、普通に企業などで働いている人も多い。机上の人権研修では知識しか得られないからこうなるのである。
しかし、いったん実習を行うと、障害者のイメージが「社会的弱者」「保護する対象」から「同じ人間」になる。人権研修では得られない、リアルな理解になるのだ。市役所の職員は生真面目な人が多いが、それだけ、学習能力が高く、心が優しいことを学んだ。
これまで、聾学校生徒の実習も含めると、神奈川区、金沢区、鶴見区、中区、西区、保土ヶ谷区、緑区、南区、環境創造局、教育委員会、行政運営調整局、経済観光局、健康福祉局、人事委員会、都市経営局が実習を受け入れてくれた。この場を借りて多くの協力者に感謝!
今後もさらに展開し、市役所の社会貢献力を高め、心の優しさを引き出したい。

また、この実績をふまえ、市役所における知的障害者の雇用も行っていきたい。
障害者雇用は民間企業に任せることで、役所がすべきではないと思いこんでいる役人は多い。しかし、障害者雇用は、役所にとっても法律で定められている義務であり、コンプライアンス推進部署をもつ横浜市役所がこれを怠るのは、社会に対して恥ずかしいことである。
さらに、知的障害者に適した仕事・働き方が役所にはない、という人も多い。そんな人がいる限り、メンタルヘルスに悩む人、出産・育児にかかる人とって、役所は働きにくい職場であり続けるだろう。繰り返すように、障害のある方が生き生きと働けない社会は、誰にとっても生き生きと働けない社会である。
働き方が問われている今、役所自らが範を示すべきである。


5. 情熱と縁の大切さ ~提案3 起業家支援~

起業家支援は、障害者の雇用の場を増やすために、企業に働きかけるのではなく、新たに雇用の場を作ろうとしている人たちへの支援をするものだ。支援といっても補助金やそれに類するものを出すのではなく、経営サポートにかかる費用を出したり、サポーターを募集したりする。
この支援の仕方については、アントレのチーム内でも異論があったが、福祉の世界を見ていて、事業者と行政とが補助金ありきの関係になってはいけないと思い、金は出さないと決めた。
こうして起業家を公募し、雇用創出のプロジェクトをスタートさせたが、結果的に起業にまで結びついたのは1件のみであり(その1件も、現在雇用が止まっている)、力のなさを痛感している。

しかし、情熱を持ち続けることで、この事業が発展し、都市経営局との連携により新たな事業が生まれた。すなわち、市有建物(市大病院だった浦舟複合福祉施設)の一部約700平方メートルについて、障害者雇用を条件に、企画提案方式で入居者を募集するというものである。しかも、整備費は出さず、逆に賃料(月額約80万円)をとる。
これについても果たして応募者がいるのかと疑問視されたが、起業家支援事業の理念を貫いた結果、平成18年5月に民間企業が入居し、数十人の障害者雇用が続いている。
実は、この都市経営局との連携は、かつて、私がアントレの検討継続のため都市経営局に半年在籍していたことと、都市経営局に体験実習を受け入れてもらったことなどが縁で生まれたものである。さらに、この企業に就職した社員の一人は、なんと、かつて都市経営局で実習を行った本人だった。人間って至る所でつながっているものなのだ。


6. 終わりに

アントレをきっかけとして、私は、多くのことを学び、多くの人と出会った。学びや出会いが縁となり、新たな仕事を生んでいる。何より、人の役に立っていることの楽しさ。これで給料をもらえるのだから幸せである。
社会は目まぐるしく変化している。これに対応するためには、斬新なアイデア、柔軟な発想力、機敏な行動力が求められる。
日頃の仕事に閉塞感を抱いている方、自分は役所の古い体質に染まってしまったのではと感じている方、ぜひともあなたの内に眠っている起業家精神を発揮してほしい。社会があなたを求めているのだ。

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検討報告書:障害者雇用の場の拡大 (平成14年度検討)

事業紹介ページ:障害者雇用拡大事業 (健康福祉局 障害福祉課)

検討メンバー:現所属:( )内は当時の所属
比嘉 規之 南区 戸籍課 戸籍係長 (福祉局障害福祉課社会参加促進係長)
木村 和枝 こども青少年局 こども家庭課 (福祉局障害福祉課)
江原 顕  健康福祉局 障害福祉課 (福祉局介護保険課)
岡田 輝彦 戸塚区 福祉保健センター 担当部長 (福祉局職員課長)
原田 智  教育委員会事務局 担当係長 [文部科学省派遣] 
(人事委員会事務局任用課)
柳下 豊彦 教育委員会事務局 総務課 委員会担当係長 (総務局人事課)
松浦 拓郎 健康福祉局 障害福祉課 (中区サービス課)
水原 伸浩 健康福祉局 保護課 (中区サービス課)
奥寺 玲  教育委員会 浦島小学校 (教育委員会勝田小学校)

文責:江原 顕

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4 コメント

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Unknown (高田)
2007-05-03 13:48:14
じっくりと拝読させて頂きました。

 3月に障害のある方6名、コーディネーター1名からなる「懇談会」形式の会を聴講させてもらった時に印象に残った発言がいくつかあったのですが、『「やさしさや、思いやり」で福祉を語るのはもうやめにしてほしい』という言葉が印象に残っています。

 もしかしたら、私のような福祉関係者が知らず知らずのうちに、県民(市民)の福祉意識の醸成とか言って「彼らのような立場の人には、やさしさと思いやりをもって接するように」と彼らを弱者として認識していたのではないかと感じました。

「同じ人間になる」という意識が本当は必要なことで、やさしさとか思いやりという言葉だけでない、わかり合える関係を築くことが大切なのではないかと思いました。

 江原さんの発信される情報から、学ぶことがたくさんあって嬉しいです。

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ありがとうございます (江原)
2007-05-04 00:52:25
福祉って専門的・技術的なことを除く理念的なことは
誰もがもっていないといけないと思います。
人間理解っていうんでしょうか。

僕も、福祉の部署にいるからこそ、
福祉の対象になる人のためだけじゃなく、
みんなのために、というのを心がけています。
返信する
参考になりました (久遠)
2007-05-10 00:09:45
はじめまして、久遠と申します。
江原さんのことは「街のパン屋さん」(だったと思います)で存じ上げています。
ブログまでやられているとは、本当に熱意あるんですねえ。私が知っている福祉系の方は「やってやっている」意識が強くて、何様だ、と聞きたくなる方も多く、このような気持ちで日々障害者の方と接しておられる方がいるのを感慨深く思いました。
ただ、一障害者としては、落とし穴が気になります。健常者と障害者って基本的にわかりあえません。これは私自身が実感しています。どんなにいい方でも無神経なことはなさりますし、障害者のことをわかっていると錯覚して、障害者を困惑させる健常者の方もいます。
わかりあえないけれど、わかろうと努力する、そんな感じの距離感がお互いのためではと思います。
健康福祉局では激務でしょうから、お身体に気をつけて。では。
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ありがとうございます (江原)
2007-05-21 01:39:51
おっしゃるとおり、わかっていると錯覚するのは常に陥りやすいことだと思います。
たぶん僕自身も時折陥っていることでしょう。

「わかりあえないけれど、わかろうと努力する」
これは、健常者と障害者というより、人間一人一人について言えるのではないでしょうか。
わかりあえないからこそ、人間はみな個人なのですよね。
非常に大事な考え方だと思います。

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