広く浅く

秋田市を中心に青森県津軽・動植物・旅行記などをご紹介します。

秋田のテレビ人事2018

2018-12-30 23:01:42 | 秋田のいろいろ
これが2018年最後のアップになりそうです。ネタはまだあるので、年明けにおいおい。

2018年にあった、秋田のテレビに関わる「人」の出入りなどで印象に残ったものを思いつくままに。以下、一部敬称略。
テレビ局ごとに。まずはNHK秋田放送局。
・吉田 紗也佳キャスター 降板
正職員(局アナ)でない契約キャスター(旧称アシスタント)を先に挙げたい。
たしか2011年春から7年間在籍、2018年3月で降板(=契約終了ということか)。
当初は「ひるまえこまち」を担当していたはずで、2012年度から夕方の「ニュースこまち」気象コーナー(気象予報士ではない)、2014年度は同番組メインキャスター、2015年度からは阿部由佳キャスターの後任として「おはよう秋田」キャスターを務めた。
阿部さんは異例の7年半の在籍(過去の記事)だったが、それに迫る長期契約。

秋田(秋田市外)出身で、聖霊高校、秋田大学を出て、秋田観光レディー(いわゆるミス観光○○の類)を務めていたとのこと。
採用された2011年春といえば、東日本大震災の直後。番組は特別編成が続き、ひるまえこまちは休止されて当初は出番がかなり限られていたと記憶する。

元から素質はあったのだろうが、2年目以降、出番が多くなるとめきめき上達されて、個人的には、秋田放送局でいちばん上手なアナウンサー・キャスターと言っても良かったと思う。下手は局アナよりずっと聞きやすい。あと、若干しょこたん(中川翔子)に似た雰囲気があるかな。

それから、ニュースこまちでコンビを組む正職員アナウンサーが、事情により途中降板した時(参考)も、代理のアナウンサーとともに、しっかりと進行した。
その時に気づいたこと。当時は途中で東京から全国版の気象情報が入っており、そのような時間が決められている場合、ローカルのキャスターは「続いて東京から全国の気象情報です。その後県内の気象情報をお伝えします」などと、「尺」を見極めながら話してつなぐ。
人によっては、早めにしゃべり終えて、東京に切り替わるまで沈黙が続くこともある。吉田さんは、それがお嫌いなのか、ほんとうに時間ギリギリまで引っ張ってしゃべっていた。代理で隣にいた福井アナウンサー(次項)が、「おいおい、大丈夫か?」といった表情でチラチラ見ているように見えたことがあった(でも見事に尺に収めた)。

契約終了後は、JOY STAFFという事務所に所属してフリーアナウンサーになり、県外でも活動されているようだ。秋にはツイッターも開設。

なお、今年度の「おはよう秋田」は専任キャスターを設けず、局アナが交代で出演するようになった。全国的にはこの方式が多数派。


・福井 茂アナウンサー 転出
2014年夏に、秋田局に久々の“おじさん(50歳代)”のアナウンサーとして着任(関連記事)。
若手に比べると他の業務や出張などが少ないせいか、定時ニュースをよく担当していた。上記、ニュースこまちの代理キャスターをした時は、落ち着いて安心して見ることができた。

ここ数年は、「ニュースこまち」内に不定期放送の担当コーナーもあった。
昔では信じられないが、NHKのアナウンサーの名前が付く“冠コーナー”がある時代(秋田では他のアナウンサーの冠コーナーもある)。
その名は「茂の秋田に乾杯」。どこか(同じチャンネル月曜日の次の次の枠)で聞いたことがある。

ロゴマークも「鶴瓶の家族に乾杯」にそっくり。ただ、フォントは別なので、秋田局で似せて作っていることになる。
初期は、本家のテーマ曲であるさだまさしの「Birthday」も流れていたけど、末期は流れなくなったはず。
内容としては、むしろ酒場放浪記系。福井さんが秋田県内の酒場を訪れる。ただ、店の飲食物や食べるシーンは少なく、居合わせた客や店の人との会話が中心。おそらく5回程度放送されたか。

吉田さんがいなくなった今年度は、おはよう秋田~昼を担当することも多かった。
6月5日朝の最後に「私事ですが、このたび秋田を離れることになりました」とあいさつと感謝の辞を述べた。
「秋田を離れる」だけで、異動先は不明。NHKホームページのアナウンサーのリストから名前が消えたので、アナウンサー職ではなくなったと考えられる。Wikipediaでは6月から「総務局」にいることになっている。

福井さんが秋田に来たのは56歳になる年度で、今年8月の誕生日で60歳。
NHKは役職定年制があって、57歳(前後あり?)で人事上の節目になり、さらに60歳以降の在職は嘱託になるそうだ。
それを踏まえると、役職定年をきっかけに秋田に来て、正職員として定年を迎え、嘱託にはならなかったということか。6月に秋田を離れた後、有給休暇消化などをするため8月までは「総務局付」で在籍したのかもしれない(完全に憶測です)。

NHKのアナウンサーをやめた後、関連団体「日本語センター」のアナウンス教室講師になる人も多い。フリーになる人もいる。もしかしたらそういう形になられているかもしれない。

・NHKその他
福井さんの後任として、東京から秋野由美子アナウンサーが異動。藤井彩子アナウンサーと同期だそうだから、この年代の人が秋田局に来るのも久しぶりだし、新人でない女性は初。中川アナウンサーと女性が2人在籍するのも初。
ほかに、「ニュースこまち」キャスターとして、2015年春に仙台局から来た高橋篤史アナウンサーが、春に「ニュースウオッチ9」フィールドレポーターに抜擢された。



2020年春の新社屋移転を控えた秋田放送(ABS)。
・佐藤美知子アナウンサー ついに退職
「美知子さん」で親しまれる大ベテラン。定年後の嘱託のような扱いだったのだろうか。2016年時点で民放の局アナとしては全国最高齢だったという、美知子さんが退職。フリーアナウンサーになって、ラジオには引き続き出演。

20年ほど前、夕方の「ABSワイドゆう」で秋田駅から中継していた頃と、ほとんどお姿が変わっていなかった気がする。国内最高齢記録をもっとずっと更新してほしかった?!


・椿田恵理子アナウンサー 退職
2007年に秋田朝日放送(AAB)、その後2010年からABSで、それぞれ局アナだった。
AABでの最後のあいさつで「またどこかでお会いできるかもしれません」と言っていて、なんか意味深に受け取ったが、その半年くらい後にABSに現れて、驚くとともに納得した。
2016年から出産育児休暇を取っており、その後、復帰せずに退職という形。

そして、この12月25日から、フリーアナウンサーとして活動を再開されたらしい。

気になるのが、ABSテレビの音声合成式の天気予報。
パーツで収録した音声データを、その日の予報に合わせて組み合わせて放送するもの。感情がこもっていなくて、決まりきったことしか言わない(当たり前)が、今の技術ではつながりなどに違和感はなく、知らない人は生でしゃべっていると思うかも知れない。
秋田の民放は3局とも導入している。ABSはラジオのためにアナウンサーが多いせいか、導入がいちばん遅かった。
音声合成天気予報の声は、局アナの場合と外部のナレーターの場合がある。
秋田テレビ(AKT)はたぶん最初から外部、AABは当初は塩地美澄アナウンサーで退職後に外部の声に全面更新。
ABSでは椿田さんの声だった。育休中はもちろん退職後も使い続けられ、少なくとも9月はまだそうだった。【追記】2019年6月2日時点でも、椿田さんのままだった。
音声合成は、最初にひと通り収録するのが手間らしい。天気予報の場合、今後新たに音声データの追加が必要になる場面は少なそう(バスの車内放送では、改廃時など部分更新が多い)だから、このまま使い続けるのも手か?
【2019年6月16日追記】日曜日11時25分からの天気予報は、2019年6月2日までは椿田さんの声の音声合成が変わらず放送された。6月9日からは、新社屋の建設風景の映像を背景に、画面上部に関わった業者名がスクロール表示され、下に帯状に天気予報が表示されるものに変わった(他局でもやっている広告入り天気予報スタイル)。自社キャンペーンソング「もっと、秋田が好きになる。」が流れ、ナレーションはなくなってしまった。
【2019年9月1日追記】その後、夏は映画の宣伝(?)を兼ねたナレーションなしバージョンが流れたこともあった。しかし、(8月下旬は未確認)9月1日には以前と同じ、広告なしで椿田さんの音声合成が復活した。【2020年1月12日でも椿田さんで変わらず】
【2020年3月29日追記】2020年3月中頃でも椿田さんのまま。3月23日にABSのテレビ放送送出が新社屋へ移転(ラジオはその少し前、完全移転は4月)し、同時に気象情報の画面デザインが一新された。音声合成の気象情報も、画面のほかBGM、そして声が椿田さんでない声(おそらく外部ナレーター)に代わった(オープニングの音楽と季節の自然の映像だけは、変わらず)。データ提供元の気象会社も変更された(関連記事)。

【2019年4月15日追記】ABSなどが主催する(公式ホームページはABSサイト内なので、ABS主導のようだ)「あきたプラチナ世代博」というイベントが数年前からあり、2019年4月にも開催。そのステージイベントの司会(MC)は、田村修アナウンサーと椿田さん。テレビのスポットCMでは「コンビ復活!」的なとの文言も添えられている。


2011年入社の八重樫葵アナウンサーも退職。
あと直接関係ないけれど、元ABSアナウンサーで、フリーになって東京で活動していた伊藤綾子さんは、2018年3月で所属事務所 セント・フォースを退社。


・新人3人
ABSでは美知子さんを含めて3人の女性アナウンサーがいなくなった。その分そのままということか、女性3人を新採用。
新社屋移転を控えて、バタバタしていない今のうちに養成しておく意図もあるのかもしれない。

ABSは昔から県内出身者・県外出身者ともいて、最近は県内出身のアナウンサーの採用が多い感じもしたが、今回は3人とも秋田県外出身。
うち1人はウーデンジェニファーさんという、カタカナのお名前。アナウンサーだから、もちろん日本語は堪能。リサ・ステッグマイヤーみたいな感じ?
まあ、昔も幸田シャーミン(局アナではない)とかいたけれど、最近は多くのテレビ局で外国系の名前のアナウンサー【1月3日補足・特に局アナ】が増えた。国際的になったということか、昔は敬遠して採らなかったのか。


・元アナウンサー役員
20年ほど前に夕方の「プラス1あきた」を担当するなどしていた、菅原実アナウンサーがいた。
10年前にアナウンス職を離れて偉くなっていて、今年は「常務取締役(ラジオセンター・技術統括局・働き方改革推進プロジェクト担当)」という肩書き。

昔は柳沼慎一アナウンサーもいて、やはり後年は役員になった。
今年の異動名簿に「柳沼」があったのでその方かと思ったら、別の柳沼さんだった。秋田放送の役員に柳沼は2人いる(いた)のか。
【2020年8月2日追記】柳沼慎一・元アナウンサーは1950年頃のお生まれらしい。この時点で70歳前となる。
【2023年11月23日追記】秋田放送発行のフリーペーパー(※)「otto(オットー)14」に、2023年の柳沼氏が掲載されていた。ABS現社長、民謡歌手と旧知の3人で飲みながら語る企画。※ABSでは「フリーペーパー」と自称しているが、雑誌の形なので「フリーマガジン」とするべきでは?
柳沼氏は「1972年入社、アナウンス部長、総務局長、常務取締役、専務取締役を歴任し、2016年退社。」「ラジオ局の制作志望で入ったのに、人手不足でアナウンサーになっちゃったんだよね。」


来年10月に開局50周年を迎える秋田テレビ(AKT)。
【2019年1月2日補足】おそらく2019年元日【訂正・コメントによれば1月2日とのこと】から、画面右上のウォーターマークが「AKT50」に変わった。
・石塚真人氏 社長就任
元アナウンサーの石塚さんが社長に。【2019年5月7日補足】読みは「いしづか まさと」。漠然と「まさひと」だと思っていた。
秋田市出身、64歳。1979年入社、2015年から常務取締役。

昔のAKTは、アナウンサーが多くなく、男性は入れ替わりが少なかったので、総人数が限られていた(女性は真逆)。
石塚さんは、塩田、陽悦両氏の後の年代。
少し下かと思うが、加藤寿一さんという人(後に記者だったかディレクターだったかに異動【2019年3月12日補足】加藤氏は1962年生まれ【2020年4月1日追記】2020年4月1日付人事異動で、総務局総務部担当部長から同部労務担当・マネージャー職になった。)がいて、その後は、1994年の武田哲哉アナウンサーまで、採用がなかったはず。

石塚さんも、奥様向け番組、クボタ民謡お国めぐり、夕方のニュースとひと通り担当しているはずだが、存在感があるベテラン塩田&陽悦と、若手武田の間にはさまれ、“永遠の中堅”的なちょっと地味な印象。
最後のほうは論説委員的な職も兼務していて、もちろん実力はおありだった。

全国的にもアナウンサーから社長まで登り詰めた人は多くはあるまい。AKTの、いや地方テレビ局の経営は楽ではないと思われるが、手腕をどう発揮されるか期待。


・久々に塩田さん
その塩田耕一 元アナウンサー。2006年に退職し今年73歳。
ローカルタレント石垣正和氏には「マダムキラー」と呼ばれ、AKTに多いアナウンサーによるCMでも味のある声の“名作”がいくつか記憶にある。
今もエフエム秋田に出演しているらしいが、テレビは退職直後にAKTの番組にちょっと出ていた程度だった。

今年9月15日放送の「土曜LIVE!あきた」に、コメンテーターとして塩田さんが出ていて、久しぶりにお顔を拝見できた。
声は変わらず。姿も年を重ねてはいるが、基本的に変わっていなかった。
「元秋田テレビアナウンサー」の肩書き。司会の武田哲哉アナウンサーはどこかやりにくそうだった。今のところ、その後の出演はないようだ。【2019年5月18日放送でコメンテーターとしてまた出ていた。】
【2019年1月13日補足】年明けから始まる紀行ミニ番組「時を越え あきた」のナレーションを塩田さんが担当することになり、2019年の正月番組や予告スポットでは、また塩田さんが顔出しで出演。



最後に秋田朝日放送(AAB)。
・今もアナウンサー
1992年の開局時から、ずっとアナウンサーを続けている社員が1人だけいる。塩畑弘之アナウンサー。
ただ、ここ10年以上だろうか、テレビ上での存在感は薄い。
夕方の番組のナレーションと、年末年始にニュースを読む程度。

役職は偉くなっていて、12月1日付で報道制作局報道制作部長・報道担当から報道制作局報道制作統括部長になった。さらに偉くなったようだ。
今もアナウンサーとしてホームページに出ているから、今年も登場シーズン?


・良さん降板
後藤 良という人がいる。本業は、大仙市を拠点にするブラジルの柔術? ダンス?である「カポエイラ」のダンサーや指導者。
ローカルタレントとしても活動しており、もっぱらAABに出演。

金曜夕方の「スーパーJチャンネルトレタテ!」には、(2011年の開始から?)今年春まで出演。
そして、土曜朝の「サタナビっ!」では、長きにわたってそのキャラクターを存分に発揮していた。

2003年10月の番組開始時にはまだ出ていなかったのが不思議なほど、欠かせない存在。初出演は2006年8月。
他のレギュラー陣も同じだけど、スタジオに座り、またある時は生中継のレポーターを務め、特集のVTRに出て、ナレーションをしてと活躍。
特集では、多くのキャラクターにふんした。子どもの格好で謎を探る「探検くん」、ランチの店【2019年1月2日訂正】弁当の店を紹介する「ゴト川警部」【2019年1月13日補足・ゴト川警部の外見は、十津川さんよりもどちらかといえば西部警察の大門さん】、司会のZENさんとともにおしゃれな(?)格好で麺類を食べ歩く「麺's CLUB」等々、楽しそうに演じていた。

本業の普及活動や教室に専念するとのことで、11月24日で降板。
番組内で「12月からは(番組放送時間帯である)土曜午前にもレッスンを行います!」と告知して、他の出演者に苦笑されていた。

12月からは、ローカルアイドルグループ「pramo(プラモ)」の元メンバーだった、澤井優香さんがレギュラー入り。
出演者の平均年齢が下がるとともに、ZENさん以外のレギュラー陣はすべて女性になってしまった。

【2019年4月14日追記】年が明けて2019年4月からは、元・よしもと住みます芸人「ちぇす」の長谷川瞬さんが加入し、平均年齢少し上昇・男復活。【2019年7月6日補足】長谷川さんは秋田市土崎の「幕洗川(旧町名)」出身とのこと。
【2019年4月15日追記】その後、後藤良さんは、2019年4月の秋田市議会議員選挙に立候補。45歳、無所属、地元地域は手形山、肩書きは「スポーツインストラクター」。
驚いた。出身地の大仙市ならまだしも、いやそれでもびっくりしただろう。降板にはこういう事情もあったのだろう。3月降板だと、いろいろと余裕がないだろうし。
【2019年4月22日追記】市議選の結果、後藤良候補は4682票を獲得し、なんとトップ当選!(2位と約600票差)これにも驚いた。



以上、余計なことをいろいろと失礼しました。
今年、中国ではCGとAIによるニュースキャスターが登場。かなりリアルだし、読み間違いは絶対にない。日本でも、秋田でも、それで充分じゃないかと思うこともある。
でも、画面を通すとはいえ出会いと別れがあり、それぞれの人間性を感じられるのは、生身の人間だからこそ。紹介させてもらった皆さまの今後のご活躍を期待します。


恒例のアクセス累計記録をとりあえずここに。2018年12月30日時点で、閲覧11,197,706PV、訪問者3,260,402IP。【2019年1月2日追記】2018年1年間では47万5836IP(前年比5万8217増!!)。
今年もありがとうございました。皆さま、良いお年をお迎えください。
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秋田からなくなったもの2018

2018-12-28 00:54:47 | 秋田のいろいろ
2018年に秋田から消えたもの、なくなったものを、ざっとまとめておきます。

【29日忘れていた項目を追加】
秋田県民会館5月末で閉館解体後、新施設建設へ
・バス停「交通公社前」改称 10月から「川反入口」に
(以上追記)

サークルKサンクス消滅(ファミリーマートへ転換) 10月


秋田銀行のキャラクター 鉄腕アトム引退(独自キャラクター「みみより一家」に) 1月末


秋田駅「こまち駐車場」廃止 6月30日
秋田新幹線に限らず一定の距離以上のJR利用客が無料【訂正・下記参照】で使える、秋田駅東側の線路沿いに長い駐車場。跡に体育館や学生マンション建設のため廃止。【29日訂正】料金は「乗車当日と翌日午前4時まで無料、以降1日ごとに500円」で、秋田新幹線で仙台、奥羽本線で福島、羽越本線で新潟・新津よりそれぞれ先と北海道へ行く客が対象。
自宅から駅まで自家用車で来て、秋田新幹線などを利用する人には重宝されていたようだが、予約しないといけないとか手間に感じる人もいたようだ。
代替はなく周辺の民間駐車場を案内(となると有料)。
駅まで徒歩や公共交通機関で来られない/来たくない人は、それでもこまちを使うだろうか。航空機に流れてこまち離れにつながりそうな気もする。
あと、たいへん勝手ながら、駐車場内に立ち入らせてもらえば、ホーム停車中やホームに出入りする車両を間近に見ることができた。【28日追記】工事中の現在はもちろん、完成後は、部外者は立ち入れないような構造になるかもしれず、線路沿いなのに列車が見えないつまらない構造になりそうな予感。

1996年からあったそうだが、当時は「こまち」ができる1年前。名前は別だったのでしょうね。
秋田駅以外のこまち駐車場は継続。


・鹿角市のJR花輪線・鹿角花輪駅の立ち食いそば屋閉店 3月末
【2019年1月3日追記】閉店間際の店舗に「61年間ご利用ありがとうございました」と表示されたそうで、1950年代後半から営業していたことになる。
→秋田県内に残るそば屋は、秋田市の土崎駅(改札外)だけとなる。今春火災に遭うも復活して営業中
※秋田駅のそば屋は、自由通路沿いにあるテーブル席もある店なので、「駅そば風」としたほうがいいと思うので除外。


・夜行高速バス「ドリーム鳥海号」からJRバス東北撤退(休止?) 9月末
東京駅と由利本荘市を結ぶ路線。1992年から羽後交通とJRバス東北によって共同運行されていたのが、10月から羽後交通単独に。JRバス東北は「休止」扱いという話もある。

昔は象潟にJRバス東北の営業所があったがなくなって、今は秋田市の秋田支店がある。
ドリーム鳥海号の車両は秋田支店所属で、かつてはツバメマークにドリーム鳥海の名前入りの車両が、秋田市内を回送しているのを見かけた。末期は名称表示がない車両だったようで、見かけても他の車と区別できなかったようだ。
JRバス担当のドリーム鳥海号を運転する乗務員は、秋田支店ではなく福島支店の所属だったそうで、途中の福島で交代していたらしい。広域営業するJRバスならではの行路だけど、かえって面倒そうな気もする。
回送の手間や乗務員確保がネックで撤退したのだろうか。

【2019年4月14日追記】JR撤退後のドリーム鳥海号は、半年間、羽後交通単独で運行。2019年4月からは関東バスが参入し、名称が「エクスプレス鳥海号」となった。


・秋田市寺内堂ノ沢一丁目のスーパー(ディスカウントストア?)「ドジャース 堂ノ沢店」閉店 5月31日
草生津川の三本橋のたもと、ユーランドホテル八橋の対岸にあった、小さい店。
元はスーパー「ト一屋(といちや※)」だったが、2001年の同社倒産後は、ディスカウントストア「ドジャース」が継承していた。【28日補足】継承当初はト一屋ブランドを存続、後にドジャースに転換。
Googleストリートビューによれば、2012年10月にはまだト一屋、2015年8月にはドジャースになっていた。
※ト一屋は「秋田ト一屋」という企業だった。元は山形県酒田市のト一屋が秋田進出時に別会社にしたそうで、酒田のト一屋は現存。

あまりスーパーがないエリアで何かと便利だったかもしれないが、小さいのと古いのがネックだったのか。今のところ、元ト一屋でドジャースになった他店舗は、古くても営業継続。

【2020年3月31日追記】ドジャース 堂ノ沢店の建物はその後解体、新たに建物が建てられ、2020年3月27日に新しくスーパーが開店。仙台の業務用食品卸売商社「サトー商会」の小売店舗「秋田寺内店」。


・秋田市外旭川字四百刈のスーパー「グルメステーション ビフレ 外旭川店」閉店 11月25日
秋田市卸売市場の向かいにあったスーパー。創業地・湯沢市、現本社・大仙市の企業で、少し前までチェーン名は「ビッグフレック」だった。
この場所は、元々は卸売市場の小売部門みたいな店があった所か?

後に近くの幹線道路沿いにスーパーが2つもできて、目立たない存在になっていたかもしれない。
外旭川店閉店後、秋田市内のビフレは東通店だけになっていたが、12月7日に御野場店がオープンしていた。昔「マルホンカウボーイ御野場店」があった場所のようだ。

【2020年4月8日追記】2019年春頃、ビフレの建物をそのままに、「スーパードラッグアサヒ 外旭川店」がオープン。


「ラグノオささき マックスバリュ泉店」閉店 10月20日
青森県弘前市の菓子店。ここ10年くらいで秋田県内に再進出を進め、秋田駅ビルや秋田市内のスーパー内に(製造はしない販売専門の)店が増えている。
2014年9月に新規開店したマックスバリュ泉店にも、同一建物内のテナントとしては唯一入居。
マックスバリュのサービスカウンターと一体化するも独立した店で、専属の店員がいてケーキ類も置いていた。
【28日追記】閉店後、そのスペースは、後継テナントなどは入らずにスーパーの売り場が拡張された(新たにテナントが入るとなれば、容易に改装できる造りではある)。


・秋田市土崎港南三丁目の「武石豆富(たけいしとうふ)店」自主休業 10月末
スーパーなどに納品される豆腐類も製造。秋田の地元メーカーとしては大きい部類だったろうか。
1947年4月創業、1980年4月からこんにゃくも製造。
休業だから再開はあるか? ※その後


「週刊アキタ」4月27日付1987号で廃刊、発行元「週刊秋田社」8月13日に破産開始決定
秋田市の周辺ではそこそこ知られた、週刊タブロイド紙タブロイド版の週刊地方紙(?でいいのかな)。【28日修正・「タブロイド紙」だとゴシップ紙の意味合いで使うこともあるので表現を変更。ここでは単に紙のサイズがタブロイド版という趣旨です。】
赤い四角に白抜きで「アキタ」の題字が特徴的。泉いちょう通りに面した保戸野原の町の小さいビルに会社があった。
ごくたまに読んだ限り、紙面の内容としては、新聞や他のマスコミが取り上げない話題や視点もあった。地元文化人(?)の寄稿も多かったが、ご高齢の人に偏っていた印象。
秋田市内の金融機関とか床屋とかの待合スペースには、ほぼ必ず置いてあり、事務所や役所で定期購読していることも少なくなかったと思う。図書館でも所蔵していた。

公式ホームページ(現在は閉鎖?)によれば、
「発行地域/秋田県内外(秋田市内が約75%)」「発行日/毎週金曜日(月4回発行)」。

4月27日付秋田魁新報によれば、廃刊は社長(86)の高齢などが理由。
1979年創刊、廃刊時の発行部数2000、社員は社長以下4人。ピークの1985年は5千部、20人だった。

7月1日付産経ニュース(オンライン)によれば、
代表者は「産経新聞政治部出身で、元秋田県知事の小畑勇二郎氏(1906~82)の長男。」「産経新聞から秋田テレビ(秋田市)に転じた後、(昭和)58年から経営を引き継いだ。」
「週刊秋田社(秋田市)は、地元財界の支援を得て設立」そのため、近年でも「秋田テレビや秋田銀行などの有力企業が広告で支え続けた。」。
昭和58年頃は「発行部数は約3千部、20ページのタブロイド紙で一部180円。」「社員は20人あまり、6人の専属記者がいた。」。
近年は230円、12ページで部数は1000部を切っていた(魁はサバ読み?)。

【28日追記】秋田県内の秋田市以外では、市レベルの単位での地方紙が存在する所もあるが、秋田市では、情報誌やフリーペーパーを除けば週刊アキタ以外には存在しなかった。



・潟上市の「湖東ガス」都市ガス事業終了 9月末
1959年設立。昭和、飯田川両地区の約660世帯に都市ガスを供給、関連会社が約400世帯にLPガスを販売。
都市ガス設備老朽化と、関連会社が秋田市黒川で採掘している天然ガスの量が今後減少する見通しであることから、終了を決めた。LPガスに転換。

よその土地のガス事情など知らないとはいえ、こんな企業があったことは知らなかった。(秋田市の東部ガス以外は、公営事業者ばかりだと思いこんでいた。)
油田地帯であるだけに、さほど都市部でなくても都市ガスが整備できていたのだろう。
都市ガスからプロパンに転換するお宅では、ガス器具の改修や交換が必要になるが、もちろん事業者負担だったのだろう。


「男鹿桜島リゾートHOTELきららか」休館 9月末
男鹿市加茂青砂の海沿いに1979年にできた「男鹿桜島荘」という県営温泉宿泊施設を、劇団「わらび座」が取得して2004年4月から営業していた。23室70名収容。
老朽化と人手不足が原因で、併設するバンガローやキャンプ場も休止。
休止発表は8月9日で、10月以降の宿泊を予約済みの客もいたという。再開のめどは立っておらず、今後は検討中。

場所はいいし、温泉もあるのにもったいない。
【2019年5月30日追記】2019年5月10日に、岩手県北上市の飲食店・商業施設運営会社「みちのくジャパン」が、わらび座から買収。改装して「5月末にも開業」との報道だが、5月30日時点では、その話は聞こえない。


【28日まとめを追記】以上、個人的には多少の縁や感傷があるものもいくつかはあるが、強いつながりや思い入れのあるものではない。だからなくなっても、正直、困らない。だけど、身近で慣れ親しんだ人も少なくないだろう。記録としてここに残したい。
その他の2018年の記録は後日。
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ひょっこり標識

2018-12-26 00:24:52 | 秋田の季節・風景
秋田市中央部、通町橋東側の変形四差路交差点。昔は「通町橋」と地点名表示が付いていたのだけど。
南の土手長町通り~広小路西交差点付近から、その交差点方向を見ると、気になるものがある。
左が通町橋。ズームしているので遠近感が圧縮されています
今年流行った芸人、物陰から突然顔を出す「ひょっこりはん」、もしくは「家政婦は見た」というのがあるけれど、
はい、ひょっこりはん
照明柱や標識柱が垂直に整然と並ぶ中、「233」と書かれた標識がひょっこりはんしている。

要は標識が、歩道側に向かって(厳密には通町橋本体・北西向きに)傾いている。角度にして10度ほどか。
近くから
この標識は「都道府県道番号」を示す案内標識。秋田県道233号線であることを示す、秋田県管理の標識。
秋田県では、県道番号の表示を積極的にやらない雰囲気があるが、県道が曲がる地点には、このタイプの標識を設置することがある。ただ、それも気まぐれ、曲がり角が多いこの233号線でも、次とその次の角にはなく、3つ先の曲がり角(保戸野原の町)にやっと設置されている程度で、存在意義は薄い。

北側から見ても、当然傾いている

狭い道では、道路標識の支柱に車がぶつかって、傾いたり折れたりしてしまったものをたまに見かける。
でも、ここは車道と歩道が分離されており、歩道部分に立つ標識が傾いている。しかも支柱ごと全体が傾いているようで、支柱にぶつかったことが原因ではなさそう。
【27日追記】標識が直立していた状態では、横長の標識の端が、ギリギリ車道上スレスレに位置していたかもしれない。そのため、通町橋へ左折する大型車(のミラーなど)がそこに当たり、根本が土だったので標識が曲がったり支柱が折れたりせずに全体が、左折する方向へ傾いてしまった可能性がある。
根本を観察
ここの歩道はタイルが敷かれているが、この標識の根本だけはタイルがなく、土がむき出し。元からタイルが存在しなかったのどうかは分からない。
そこの土に穴を開けて標識の支柱を埋めている。その穴が、支柱の直径よりも(歩道方向に向かって)広くなって空間が生じ、それに応じて傾いてしまったのが原因。
支柱を車道側へ向かって、指3本で軽く押してみたら動く。指を離すと元に戻る。穴で遊びが生じてぐらついている状態。

実はこのことに気がついたのは、今年3月。
傾きだけならともかく、ぐらぐらするのなら抜けたり倒れたりするのではないかと思い、国土交通省「道の相談室」を通して通報した(秋田県に直接言っても、いつもいまいちの対応なので)。当然、直してくれるだろうと思い、返信不要とした。

ところが、半年以上過ぎた今でも、傾いたまま。
県は差し当たって危険はなく、放置して差し支えないと判断したのだろうか。たしかに、その後傾きが大きくなっているようなことはない。

素人考えでは、セメントでも流して穴を本来の大きさにすれば、容易に標識を直立させられて見栄えはよくなるだろう。傾いたままでは、例えば歩行者や自転車がぶつかったり、あるいはぶつかったりもたれかかったりした拍子に、その人と標識もろとも転倒するようなことが起きないとも言えないのではないだろうか。
これでいいのであればいいのですが。※その後
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ボーっと報道してんじゃねえよ

2018-12-24 23:58:03 | 秋田のいろいろ
今春始まったNHKの番組「チコちゃんに叱られる!」内のフレーズ「ボーっと生きてんじゃねえよ!」が、今年の流行語の1つになった。
しかしここでは、NHKに対して「ボーっと報道してんじゃねえよ!」と言わせてもらう。内容としては以前の記事の繰り返しです。

以前から再三述べている、秋田公立美術大学附属高等学院の伝えかたである。
この学校は、中学校卒業者が入学し、3年間で卒業する。卒業者には大学受験資格が与えられる。
だから、高等学校(高校)かと錯覚してしまうが、高校ではなく「専修学校(の高等課程)」。カリキュラムが高校より専門的。
高等学校と専修学校は、法律上違う学校なので、卒業しても高卒にはならない。(上記の通り大学受験資格は与えられるのでややこしいし、学校名が「高等学院」なのも早とちりを助長しそう)

実際のところ、美大附属を「高校」と言ってしまっても、大きな問題にはならない。卒業者の多くは大学など上位の学校へ進学しているそうなので、将来、高卒かどうかが問われる場面は少ないはず。「高校授業料無償化」も、正式には「高等学校等」であって、専修学校高等課程も対象になっている。
しかし、一部大学の推薦入学試験では対象外とされているそうだし、就職先での待遇や何らかの資格試験の受験等の際に、高卒者と区別されてしまうことがないとは言い切れず、勘違いして無駄な労力や費用を費やしてしまうことがないとは言い切れない。

さらに、仮に学校側が自ら「附属高等学校」と称したら、問題になる。※あくまで仮の話です。
学校教育法では、高等学校(やその他同法第一条に定める学校。以下同)でない学校は、その呼称を用いてはならず、違反した場合は10万円以下の罰金が科せられる。
※現状ではホームページで専修学校と高校の違いを説明するなどしており、美大附属ではまったく問題はない。あくまで仮の話です。
部外者が正しくない呼称を使っても、それは単なる言い間違いということで規制はない。でもマスコミがそうしたら、影響力というものがあるわけで…


それなのに、NHK秋田放送局は美大附属高等学院を指して「高校」と呼ぶ。
指摘されていっとき直ることもあるが、その後また。繰り返し繰り返し。
しかも、NHKの以外の各マスコミでは、そのような事例はさほどない(後述)。NHKだけが突出して何度も。

今年2月のニュースでは「高校」だったので、東京のNHK本部へ指摘した。以前から繰り返し間違っていて、それを指摘済みであることも含めて。
それが効いたのか、8月29日のニュースに取り上げられた時は、「秋田市の専修学校、秋田公立美術大学附属高等学院」などと、「高校」が一切出てこない適切な内容。
ところが、12月22日にはまた。
NHKサイトより

さらに今回は秋田朝日放送(AAB)も。
AABサイトより
【25日追記】AABは学校名も「~高校」にしてしまっている。

問い合わせたわけではないが、NHK(とAAB)では「一般視聴者に『専修学校』では分かりづらいので、年齢が同じで理解してもらいやすい『高校』に置き換えている」と釈明するかもしれない。
だが、そうだとすれば、余計なお世話というか不適切な言い換えだ。上記の通り、法律で区別された別物なのだから。
その理屈なら、NHKが主催する「アイデア対決・全国高等専門学校ロボットコンテスト(通称・高専ロボコン)」だって、「高校と(短期)大学」に置き換えてやらないといけなくなるのでは?


また、こんな初歩的なことで表現間違いあるいは事実誤認をしているのなら、NHKの記者の能力・プロ意識が問われる。
秋田放送局にいる記者は、やがて東京や海外支局に配属されることもあるだろう。そこで扱う政治経済、国際などの分野では、このレベルの些細な間違いでも、世の中を混乱させたり、(揚げ足を取られて)国際問題に発展したりする場合だってあるのではないか。
分かりやすい表現に改めることがいい場合はあるが、これはそうではない。聞き慣れて耳障りはいいかもしれないが、間違った表現なのだ。わざと正しくない表現を使って、誤解を招くことはするべきではない。

本件は、勘違いや確認不十分に起因するものなのか、あるいは意識しながら意図的にそうしているのか分からない。
前者なら単に「ボーっと仕事している」ことになり、後者では些細なことだけどミスリードしている。
マスコミ、特に受信料で運営されるNHKならば、どちらであっても許されないだろう。正しく伝えることは基本のはず。


NHKの記者に「美大附属高等学院って高校じゃないの?」と聞いたら、この調子ではきっと正しく答えられない。
チコちゃんのナレーションのフレーズを拝借。
「今こそ日本放送協会に問います。そんなことも知らずに、やれ紅白歌合戦だとか、受信料の微々たる値下げだとか、年末年始の県域ニュース全休などと浮かれている場合なのか」
ぜひともチコちゃんに「ボーっと生きて(受信料を使って仕事して)んじゃねえよ!」と叱ってほしいものである。



まあ、他の秋田の人たちも、さらに学校側(高等学院、大学、秋田市)も、このことは気にかけてはいなさそう。
「診療所(医院・クリニック)」も含めて医療機関を全部「病院」と呼んでしまうような、厳密には正しくないけれど、よくある無意識の誤用みたいにとらえられてしまっているのかな。

来年2月には、毎年恒例の作品展のことが報道されるだろう。その時はどうなっているか。
【2019年2月8日追記】いただいたコメントの通り、2019年2月の作品展では、NHKは再び正しくなった。そして、今度はAKTが、学校名は正式ながら「高校生」「高校生活」という表現を使ってしまった。
【2019年11月29日追記】2019年11月28日には、県立栗田支援学校と附属高等学院が交流した話題が報道。NHK秋田では「美術を専門に学ぶ生徒」「高等学院の生徒」と間違っていない言い回し。学校名も正式だが「専修学校」との言及はなし。
そして、AKTは学校名は正しいものの、またも「高校生」としてしまっていた。

【2020年9月1日追記】2020年8月27日朝、新屋駅から大学まで続く遊歩道において、登校途中の美大附属高等学院の生徒11名(と居合わせた大人1名)がハチに刺される騒ぎがあった。その報道を確認した限り、すべてが校名を正しく伝えていた。
NHKは冒頭では「秋田市郊外」で「専修学校の生徒」と表示したり言ったりしていて、どこの山奥かと思ってしまったけど。
秋田テレビは、現地の映像、騒動を受けて秋田市から委託された駆除業者の作業風景なども伝えたが、学校名は出さず「通学中の学生11人」「学校の保健室で手当てを受けたあと、市内の病院に搬送」と表現。11人以外には触れていない。
それ以外では、学校名のほか、学校種の「専修学校」も正しく伝えていた。これはおそらく、現場に警察が出動していたので、その発表に素直に従って報道したためだろう。
なお、在学生のことをNHKや魁など多くが「生徒」、秋田テレビは「学生」としている。小中高大学では、児童生徒学生の区別は(少なくとも公式には)比較的統一されているが、専修学校などそれ以外ではまちまちの傾向。美大附属の公式ホームページに「生徒募集」などの表記があるので、この場合は「生徒」が妥当のようだ。

【2021年2月9日追記】2021年2月の卒業制作展の報道。NHK秋田は「美術など学ぶ専修学校生の展示会」「美術やデザインを学ぶ専修学校」と問題なし。日曜日だったので仙台放送局発で東北6県にも放送された。
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ハピドラと工藤コッペ

2018-12-22 20:18:27 | ランチパック
先日に続いて、青森から秋田市へ今年進出したドラッグストア「ハッピー・ドラッグ」関係の話。青森の人の一部には「ハピドラ」と略す場合もあるようなので、この記事のタイトルに使いました。【2019年4月17日追記】店内放送で「ハピドラ」の呼称を用いていたので、公式な略称のようだ。
ハッピー・ドラッグの店舗は、以前は赤い外壁の建物が特徴だったらしく、何年か前にできた(20年前にはなかった)弘前桔梗野店は赤い。現在の新設店は赤くなくなっているが、新築であっても統一されてはいない。
7月26日オープンの弘前土手町店は茶色系統のまだら模様。
秋田市の2店舗(7月12日秋田泉北店、12月6日秋田新屋店→その後状況)は、クリーム色。
ハッピー・ドラッグ秋田新屋店。背後が豊岩踏切
新屋店は、JR新屋駅から豊岩踏切を渡ってすぐ反対側、西部工業団地の入口。西部体育館とローソンの間。以前は荒れ地。

僕は今まで、他チェーンも含めてドラッグストアにほとんど行くことがなかったので目新しく、しかも青森の企業ということもあって、どんな品揃えか興味深く見た(その結果、前回のセイコマソフトを発見)。
パック入り卵(そこそこ安く、毎日同価格の模様=これはうれしい)は青森県蓬田村産。
【23日追記】弘前市の豆腐や具入り玉子豆腐(茶碗蒸し風)メーカー「かくみつ食品」のラインナップも、他のスーパーより豊富かも。
パン売り場は、秋田市内のスーパーと大差ない。秋田市内2店舗は、まったく同じラインナップっぽい。青森つながりで期待した工藤パンイギリストーストも、ノーマル味のみ。

パンで珍しいのは岩手のオリオンベーカリーの3個入り入り塩クロワッサンがあった(マックスバリュなどでもたまにある)。
コンビニタイプのおにぎりもパンコーナーにあり、工藤パン系列「幸福の寿し本舗」の「低糖質」と銘打ったものが、数種類。
※幸福の寿し本舗は、秋田のたけや製パンで言うところの、秋田米飯給食事業協同組合とリベールに相当する企業。駅弁も製造していて、今年のJR東日本のコンテストで健闘。

そして、背割れコッペパンに麺類を挟んだものが工藤パン商品であった。
ラップでびっちり包んでシールを貼った、学校の購買で売っているような(※)調理パン。
※秋田ではたけや「学生調理」のような袋入り要冷蔵調理パンがその役目を担っているから、あまり見かけないかもしれない。スーパーでもほとんど置いていないが、確認できた限り、麺を挟んだコッペパンは、たけやの常温袋入りとリベールの大きいサイズのラップ包装が存在する。

工藤パンのコッペパンは、今年9月に弘前のイトーヨーカドーで数種類売っていたのを、1つだけ買った。
(再掲)コッペパン(ナポリタン風焼そば) 230kcal
弘前で買ったナポリタン風焼そばは、シールには工藤パンの名前はなく、製造者として幸福の寿し本舗の名が記載されていた。

秋田市のハッピー・ドラッグには、弘前のヨーカドーにあったが買わなかったもの2種が、都合よく売られている。5~6個ずつくらいは入荷するようだ。2店ともこの2種。常温保存で消費期限はおそらく製造後2日間。
コッペパン(ミートソース焼そば) 233kcal

コッペパン(ソース焼そば) 220kcal
いずれも、金色で縁取りされた、赤地に白文字のシールが貼ってある。
工藤パンホームページでは、ナポリタン風とソース焼そばは、2018年1月新発売とされていた。

9月のナポリタン風焼そばは、ラベルには工藤パンの名前が出ていなかったのに対し、今回買った2つは「販売者」として「工藤パン」名義。製造者の記載はないが、もちろん幸福の寿し本舗だろう。

ヨーカドーもハッピー・ドラッグも、どれも8%税込み105円。
なお、麺類ではないがシリーズと思われる「コロコロチキンカツサンド」というのもあって、青森県のヨーカドーでは116円で売られている。


上の写真の3種類、コッペパンの形状が違う。特にミートソース焼そばは寸詰まり。
パン自体は同じもので、はさんだ麺類の量(それぞれのコストに応じた量)が違うためだろう。びっちりと巻かれたラップ(熱接着されている?)で圧縮されていて、ラップを外すと、若干膨らんで大きくなる。
コッペパン(ミートソース焼そば)

コッペパン(ミートソース焼そば)のラベル。価格は空欄
ナポリタン風焼そば同様、一見、スパゲティだけど「焼そば」という商品名。それに原材料名欄では「中華麺トマトソース炒め」。
おそらく、ナポリタン風焼そばと同じ味付けの麺を使って、それにミートソースをかけている。麺はトマトの味、特に酸味が強めなのが特徴的。
ナポリタン風焼そばは、僕には酸っぱく感じたが、これはミートソースで緩和されていていいあんばい。

コッペパン(ソース焼そば)
こちらの原材料名欄は「焼きそば」。ごく一般的な焼きそば。

各種に共通するコッペパンは、小さめで、柔らかくほんのり甘みがあり、しっとりとした食感。甘さで好みは分かれそうだけど。
コッペパンは、工藤パンの菓子パン「ダブルサンド」に使っているコッペパンとよく似ている(同じかも。ただしサイズは違う)。
まさか工藤パンの調理パンを秋田市で買えるとは。こんなパンでも青森から秋田市まで輸送できるのならば、(ハッピー・ドラッグ以外の各社も含めて)もっといろんなパンを仕入れてほしいな。
【2019年4月24日追記】2019年早々頃からは「カレー焼きそば(205kcal・113円・工藤パンは販売者)」も売るようになった。


ドラッグストアといえばポイントカード。
ハッピー・ドラッグはウエルシアグループ入り後は、グループ他社に足並みをそろえてTポイントを導入。税込み108円につき1ポイント。
ウエルシアグループ他社では毎週月曜日がポイント2倍なのに対し、ハッピー・ドラッグは日曜と月曜がポイント3倍になる。※その後、2019年初め頃から日曜と水曜が3倍に変更された。さらにその後、2019年末(11月17日時点ではまだ3倍)~2020年始までに日曜は5倍(水曜は3倍のまま)になった。
ウエルシアグループ共通で、毎月20日はTポイント200ポイント以上を1.5倍の額分で使うことができ(200ポイント消費して、300円分買い物できる=約33%引き)る制度もあって、何かとお得。

ハッピー・ドラッグのTポイントカードは、店舗で紙に記入して独自のデザインのものが発行されるが、そのカードでないと受けられないサービスは特になく、店内放送でも既に他のTポイントカードを持っている人はそのまま使うよう案内している。
nanacoやWAONのボーナスポイントに相当する、特定期間に特定商品を買えばポイントが付与される制度(ウエルシア本体ではボーナスポイントと呼ぶようだが、ハピドラでは呼称不明)もあるが、どこ発行のTポイントカードでも付与される。
一方、ファミリーマートではこの制度を「Tポイントプラス」と呼んでいて、ファミマ発行のカードでないと付与されない(クレジット有無は問わず)。

だから、新たにハッピー・ドラッグ(またはウエルシアグループ各社)で使うTポイントカードをほしい人で、たまにでもファミマを利用する可能性がある人は、ファミマでカードをもらったほうがいい。
ファミマのレジで「ください」というとすぐもらえるし、登録は店頭の端末ででき、Yahoo! JAPANのIDを持っていればネットでもできる。

共通ポイントカードという割には、ややこしくて分かりにくいTポイント。
僕は昔からYahoo!のIDを持ってポイントをちょこちょこ貯めていた。2013年にYahoo!のポイントがTポイントと統合されてからも、あまり気が進まなくてカードを持たずにやり繰りしていたが、ハッピー・ドラッグ秋田進出のおかげで、持つことになったのだった。

2022年の秋田市のハピドラの状況
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ダブルベルトつり革

2018-12-21 00:33:37 | 秋田市営バス
「乗りものニュース」サイトに「バス「V型つり革」の効果とは? ベルトが2本 しかし新規採用が少ないワケ(https://trafficnews.jp/post/82394)」という記事があって、勉強になった。
秋田市営バスで1985年頃以降の導入車(188号車以降。小型車、貸し切り兼用=ワンロマ車は除く)に設置されていたつり革(吊手)のこと。

1つの丸い輪に対して、ヒモ(ベルト)が2本付いていて、「V」字型のつり革。
(再掲)
以前、札幌市営バスのものを紹介していた。
仙台市営バス、じょうてつバス、弘南バスでも同じものが使われていた。弘南バスでは、2000年代に入ってから(中頃?)、このタイプに変えた。
※各社とも中古車ではそうでないものもある。秋田中央交通では秋田市営バスから譲渡された車だけがこのタイプだったが、今年、少なくとも秋田市内からは全廃されてしまった。

乗りものニュースによれば、神戸市交通局が2004年から新たに採用して好評、仙台市交通局は平成以前から導入とのこと。
しかし仙台市では「つり革の数が減ってしまったり、(車両の進行方向に対して)左右方向の揺れは抑えられなかったり」といったデメリットもあるとしている。東武バスでは2016年からV型をやめてベルト1本タイプにしたという。

現在はバリアフリー対応でつかまる棒が増えているから、つり革への需要は昔よりは少なくなっているだろう。後述のメーカーの話では、今のバスは構造上からもつり革を多くできないとのこと。
秋田市営バスでつり革を握った経験からすれば、前後方向の揺れが低減されることだけでも、かなりの効果、すなわち安心感があった。鉄道とは違い、バスでは横揺れよりも発進・停車時の前後方向の揺れのほうが大きいから、それだけで充分ではないだろうか。


製造元が分かった。
東京の「稲垣工業」が1980年に商品化。「ダブルベルト」と呼んでいる。
札幌市電に乗っていてひらめいた地元の主婦が持ちこんだアイデアが元で、おそらく仙台市交通局が初めて導入したとのこと。

稲垣工業のホームページによれば「路線バス各社様の内装部品製造を手がけています。」そうで、鉄道ではなくバス向け専門に、つり革のほかサンバイザー、名札入れ、ミラー等々を作っている。


乗りものニュースでは、大阪の「三上化工材」にも取材しているが、V字型のことは触れていない。
三上化工材ホームページによれば「つり手つり革のリーディングカンパニー」。いろいろな形状のつり革を作っていて、JR東日本の車両にも「ミカミ」と小さく刻印された、五角形(ホームベース形でほぼ三角形)のつり革が下がっている。

路線バスでも、五角形のつり革を採用しているところはたまにあり、秋田中央交通にも中古車で数台存在する。形状からして三上化工材製かもしれない。近鉄の中古車もそうで、これは関西つながりで地元産を使ったのだろうか。
バスで三角のつり革を握った経験はないけれど、つかまり心地はどうだろうか。前後の揺れに対して不安定そうで不安な気もする。

円形1本、円形2本(ダブルベルト)、三角形。
シェアとしては円形1本が多数派だろうか。個人的にはダブルベルトがバスにはベストだと思うのだけど…

※機会があれば、鉄道のつり革についていずれまた。
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蓬莱泰三 小山田満月

2018-12-20 00:27:17 | 昔のこと
今年接した訃報からお二方。
いずれも、昭和末~平成にかけて、NHK教育テレビ(現・Eテレ)の番組を作っていた放送作家・脚本家。以下、一部敬称略。
以下、内容は訃報にかこつけた、自己満足でどうでもいい学校放送番組の記録です。ほとんど役に立たないと思うので、ご了解の上、物好きな方だけお読みください。

●蓬莱泰三(ほうらい たいぞう。1929年生まれ)
新聞の死亡記事では、放送作家として「できるかな」「中学生日記」、作詞家として「合唱組曲「チコタン」」辺りが代表作とされていた。

僕は小学生の頃から、読めなかったけど、文字の形として存じ上げていた。
幼児向け造形番組「できるかな」のオープニングでは、主演であるノッポさんより先に、画面右下に「作 蓬莱泰三」とおそらく毎回表示されていた。番組初期は別の人も作っていたようだ。
秋田市営バス添川線の行き先表示「添川・蓬田」の「蓬」と同じ文字で、全体に横棒が多い名前だと思いつつ、どう読めばいいのか分からなくて、印象に残っていた。
(再掲)秋田市営バス添川線 下り蓬田上丁行き
その後、中学校の国語で「竹取物語」に「蓬莱の玉の枝」が出てきて、やっと「ほうらい」だと分かった。「たいぞう」か「やすぞう」かは、亡くなるまで分からなかった。

NHK総合テレビ・名古屋放送局制作のドラマ「中学生日記」でも、複数いる脚本家の1人であることを知ったのも、その頃か。なお、2001年までの番組テーマ曲を作っていた熊谷賢一氏は2017年に亡くなっている
※今年話題のTBS「中学聖日記」ではありません。


「チコタン」の作詞者でもあることは、死亡記事で初めて知ったが、歌そのものは前から知っていた。
「チコタン」は関西弁(蓬莱氏は兵庫県出身)による長い合唱曲。男の子の視点で、チコタンへの恋心とその交通事故死を題材にしている。

1986年かと思うが、8月末(=秋田は既に夏休み明け)に東京の西六郷少年少女合唱団(現存するが、いったん解散して再結成されている)が秋田に演奏旅行に訪れ、僕の小学校でも「移動音楽教室」が開催された。そのプログラムに含まれており、コミカルに始まった歌が、後半は「死」を扱った歌になるのに衝撃を受けた(実は僕はさらにそれ以前に歌の存在は知っていたのだが)。

ちなみにこの演奏旅行は、同合唱団の設立・指導者であった鎌田典三郎氏が秋田県男鹿市払戸出身である縁と、首都圏の学校に通っていてまだ夏休み中の団員を、学校が始まっている秋田へ連れてきて、秋田の児童に歌を聴かせようという趣向だったのだろう。
「西六郷」とは合唱団発祥地である東京都大田区の地名(小学校名)。秋田県の美郷町六郷とは関係ない。

【20日追記】蓬莱というのは、筆名かと思ってしまえそうな珍しい姓だが、兵庫県ではそれなりに見られるようだ。大阪発のテレビ番組に出演している気象予報士・蓬莱大介氏も兵庫県出身。



●小山田満月(おやまだ まんげつ。1948年生まれ)
NHKラジオ「サンデージョッキー」や教育テレビ「ピコピコポン」、さらに吉本興業の養成所NSCの講師も務めた。

僕がお名前を知ったのは「ピコピコポン」。
ばくさん(熊倉一雄)とビーバー(という名前の着ぐるみのビーバー)が、数や形の仕組みを教える幼児向け番組「ばくさんのかばん」の後継番組が「ピコピコポン」。
連続するストーリーのある人形劇で、ばくさん~では扱わなかった「ゼロ」の概念を取り上げるなど画期的だったそうだ。「知らないものには『エックス』」というのもあった。
今まで知らなかったが、第1話は毎年度同じながら、以後のストーリー展開は毎年異なる、パラレルワールドで話が展開したそうだ。

1987年に始まったので、僕はとっくに視聴年齢は過ぎていたが、最初の数年は毎回ではないけれどおもしろくて見ていた。クラスメイトでも見ていた人はいて「宝探し友の会」を歌っていた。1991年の放送終了後もファンは多かったようで、2008年にはDVDも発売された。

そのオープニングでは、ドット数も色数も少ない黎明期のCGアニメを背景に、左側に実写の人形が1体ずつ順にクロマキー合成され、右側をキャスト・スタッフが縦スクロールされた。
その中に「作 小山田満月」があって、おもしろい名前だけど本名なんだろうかと不思議だったのが、最初。※ピコピコポンは別の脚本家もいた。
「満月」は筆名。ちなみに小山田姓は東北地方に多いそうで、秋田にもちらほらいる。満月氏も福島市出身。

平成に入ると、幼児向け番組はジャンルを越えて共通化され「ともだちいっぱい」シリーズになって、その一環でピコピコポンも終了。
ともだちいっぱいでも、小山田氏が作った番組があったようだ。記憶では「おーい!はに丸」の後継「やっぱりヤンチャー」→「なかよくあそぼ」を担当していたような気がするが、わくわくさん&ゴロリの「つくってあそぼ」にも関わっていたようだ。


ネット上には明確な記載が見当たらないが、最近、小山田氏が別の学校放送番組も作っていたことを知った。個人的には、または同年代のそれなりの割合の人にとって、インパクトがある番組。
1986~1987年度の「ことばのくに」である。
と言っても、ピンとこないでしょう。
「ユー アンド アイ」といえば思い当たる方は多そう。

「ことばのくに」は小学校2年生国語科の番組。【20日補足】したがって、ここで述べるのは1978~1979年度生まれの人たち向けのバージョン。
Wikipediaによれば、1984~1989年度にわたって放送されたが、設定や出演者は2年ごとに大幅に違って3世代あった。(それぞれの2年目は、全部または一部が前年の再放送というか使い回しだった可能性もある。)

僕自身が2年生の時は初代を見ていたことになるが、ほぼ記憶がない。「王様」がいたらしい。
3代目は「らくらく仙人」がいたのを覚えている。僕が6年生当時のとある曜日は、10時45分:6年生理科→11時00分:ことばのくに→11時15分:6年生社会という番組順の放送。当時は学校でビデオ録画して自由に視聴できる環境ではなかったから、リアルタイム視聴。
理科と社会のテレビを両方とも見るとなると、間に「ことばのくに」で15分間のブランクが生じてしまう。
担任の先生としても、そこが中途半端だったのだろうか。我々児童が見たいとせがむと、「ことばのくに」を見せてくれたことが何度かあって覚えているのだ。
これら初代・3代目の作者は不明。

とてもインパクトがあったのが2代目。といっても全体の流れを記憶する人は少ないかも。
部屋の一角に空き缶や食器やおもちゃの打楽器が並べられており、その部屋の主の若い男が、突然チンチンカンカンとそれらを打ち鳴らしながら、「♪ユー アンド アイ」と歌い出すシーンのみを覚えている人が多そう。

若い男は「新作」という名前の作家という設定。
裕介と愛子という子どもが、「ことばのくに」を目指す旅の道中で、「へんしんタンマ」と闘い(?)ながら、国語を学んでいくというお話を執筆している。
そのお話部分は人形劇で展開される。新作が自室で説明をする部分と人形劇部分の導入部というか切り替え部分が「♪ユー アンド アイ」なのだった。
「まんがはじめて物語」の実写とアニメの移行部分の「ナルナルタンタン へそのゴマ」のような位置づけ。

「ユー アンド アイ」のフレーズが何度か繰り返される歌で、途中で「勇気、愛情」「裕介、愛子、ハイ!」と合いの手も入る。冒頭は新作が歌い、最後は裕介と愛子が歌う。チンチンカンカンとは別に、シンセサイザーらしき伴奏も流れるが、どこか中華風っぽい。
うるさくてしつこいと感じられたのだろうか。どうも番組後期では、繰り返しが短くなり、チンチンカンカンは廃止された(歌うだけ)ようだ。

で、その番組冒頭では「さく おやまだ まんげつ」と出ていたから、そういうことだ。
この番組ではオープニングアニメ(イラスト?)の中でスタッフや声の出演者が、手書き文字・仮名書きで表示されていた。手書き・仮名なのは当時の学校放送番組では珍しくなかった。
だけど、新作だけは、本人が登場する時にゴシック体のテロップで「新作 藤島 新」と、まるでニュースキャスターのように漢字表示されていた。
子ども心に、役名が「新作」で、演じる人が「新」なのが、どこか不思議だった。

藤島 新氏は、1947年生まれの歌手(スタジオミュージシャンとかそんな感じ?)。だからユー アンド アイもうまかったのか。
藤島氏は、槇みちるという人(「ひらけポンキッキ」の歌を歌っていた、ぶんけかな の母)と「みちるとピーカブー」というユニットを組んで、「できるかな」の最後のオープニング曲を歌っていたそうだ。【20日補足・できるかなの歌の収録は、ユーアンドアイと同時期もしくは少し後ではないだろうか。】小山田氏作のことばのくにの出演者=蓬莱氏作のできるかなの歌手という、若干のつながり。
※「できるかな」のオープニングは、曲自体は変わらないが、時期によってアレンジや歌手が違うバージョンが少なくとも3タイプ存在した。


以上、ごちゃごちゃとした記録。
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ダイマル乳品 ワッフルコーン

2018-12-18 00:24:48 | 各地お土産・食べ物
ソフトクリームは喫茶店とかテイクアウトの店でしか食べられないもの。
スーパーやコンビニのアイスクリーム売り場には、フタ付きカップに入ったそれっぽいものもあるけれど、昔は単なるバニラアイスをコーンに入れてソフトクリームの形に見せかけた(しかも表面がなぜかウネウネした模様入り)もので、似ても似つかない(とは言い過ぎ?)ものであった。コーン部分と頭のアイスむき出し部分がぽっきりと折れて分離する場合があった。

ところが、今夏、何気なく久しぶりにその手の“ソフトクリーム風アイス”を食べたら、進化に驚いた。
コンビニのプライベートブランドなのだけど、ソフトクリームにかなり近いレベルになっていた。
セブン-イレブン、ローソン、ファミリーマートそれぞれが、ロッテや赤城乳業に作らせて200円程度で売っている。セブンは300円の高級版もある。

勢いで主要コンビニ3社を全部食べてみたところ、甲乙つけがたいというか違いは小さく感じた。セブンの300円のは100円の差分の価値があるかは微妙。個人的には200円ので充分おいしい。
3社とも、本物のソフトクリームでも最近流行の「ワッフルコーン」。個人的には硬いし、味が強くて主張が強く、好きではない。コーンは脇役であるべきだと考えるので、モナカの皮タイプ(ベーキングパウダーで膨らませたもので「レギュラーコーン」と呼ぶそうだ)が好き。


さて、北海道を中心に展開する「セイコーマート」というコンビニがある。惣菜など自社製品が個性的なのが有名で、以前1度だけ食べてみて納得していた。

また話が変わって、今年夏、秋田市に青森に本社があるドラッグストア「ハッピー・ドラッグ」が進出。「秋田泉北店」に続いて、12月には「秋田新屋店」もオープン。
そのハッピー・ドラッグに行って、大きくはないケースのアイスコーナーをのぞくと、見慣れぬソフトクリーム風アイスがあった。バニラと赤肉メロンと少し違う容器デザインの抹茶。
北海道クリーミーソフト 208円
製造は北海道の「ダイマル乳品」というメーカー。北海道豊富町産の牛乳・生クリームを使っている。
そして、オレンジ色で「Secoma」、すなわちセイコーマートの略称が表示されている。

どうして秋田のハッピー・ドラッグで、北海道のコンビニの名前入りの商品が売られているのか理解できなかった。
でも、セイコマ&北海道産乳製品とくれば、おいしいに違いないと思って買った。

調べると、ダイマル乳品はセイコーマートの関連企業。アイス類を専門に製造しており、カップ、バー、アイスモナカもある。
それが北海道外のセイコマ以外の店で売られているいきさつはよく分からないが、ドラッグストア「ウエルシア」では関東地方でも扱っている。ハッピー・ドラッグは昨年ウエルシア傘下になったので、売っているということになろう。

コンビニ3社のよりは少し小さい
アイスはコンビニ各社同様、種類別「アイスクリーム」。たしかにおいしい。しかもコンビニ各社を上回るような気がしたような。

コーンも同じくワッフルコーン。
しかし、そのワッフルコーンを食べて愕然とした。
「ふにゃ」っとしていて、かつ芯があるような食感。ワッフルコーンの好き嫌いや味がどうこう以前に、こんなコーンがあっていいのか。
そして、下のとんがった部分だけは、カリッとしていた。1つのコーンの上下で食感が異なるなど、通常ではあり得ない。もう1つ買ったメロンのほうも同じ状態だった。
おそらく、ワッフルコーンが水分を吸って柔らかくなったのだろう。

コンビニ各社もそうしていたと思うが、コーンの内側をチョコレートでコーティングして、アイスの水分が移って湿るのを防いでいる。その効果かコンビニ各社では、湿って柔らかくなったような食感はなかった。セイコマのも、上の写真で見えているようにホワイトチョコでコーティングされてはいる。
ダイマル乳品のワッフルコーンは(意図しているもしくは技術的限界により)そういうものなのか、いや、いくらなんでもそれはあるまい。じゃあ、輸送途中もしくは店舗の管理が悪かったのか…


また話が変わって、イオンに行くと、おそらく最近発売開始になったのか、こんなソフトクリーム風アイスがあった。
トップバリュ 北海道牛乳ソフト 170円
こちらは種類別「アイスミルク」。豊富町産牛乳50%使用。

この製造元(トップバリュにしては珍しく明記)がダイマル乳品。セイコマ以外のOEMもやってるじゃないか。
アイス部分の味は、そこそこおいしいけど、なるほどアイスミルクというか、アイスクリームほどではない。
そしてワッフルコーンは、やっぱり芯ありふにゃふにゃ、先端カリッ。
ということで、販売店舗の管理が原因ではなさそう。

ネットでセイコマソフトのワッフルコーンの評判を見てみると、「サクサク」「ザクザク」「カリカリ」「ワッフルコーンがおいしい」と好意的な意見のほうが多い。
一方、「コーンがしなっとしている」「セコマのワッフルコーンだめやな!!!」「サクサクしっとり(好意的なのか否定的なのか判断不可能)」という声も、それなりに複数見られる。
ダイマル乳品のワッフルコーンは、「製造時は硬いが、その後は吸湿して柔らかくなりやすい」特性があるのは確実のようだ。

ハッピー・ドラッグもイオンも、北海道から秋田まで運ばれるどこかで、管理が悪いとかだろうか。
ダイマル乳品さんに問い合わせしたいくらいだけど、ホームページでは受け付けてくれない。とりあえずここに記録しておく。

※ハッピー・ドラッグの別の商品やポイント制度について
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大島商会 移築保存へ

2018-12-16 00:07:50 | 秋田のいろいろ
閉店した秋田銀行秋田支店の建物などで述べたとおり、秋田(県全体なのか秋田市近辺だけなのかは知らない)という土地は「古い建物を残したがらない」地域性があるように思えてならない。
ただ、古い建物を残すには費用もかかるし、新陳代謝があってこそ、人々が暮らす街であり、いつまでも全部が古いままなのがいいということではないのでもあるのだけど。

秋田市中央部で「都市計画道路川尻広面線」が、長い年月をかけて造られている。(造るのは県で完成後は市道になるらしい。)
南大通りから五丁目橋を渡って、新国道のドン・キホーテ横(山王五丁目交差点)へ出て、御休み通りにつながる東西方向の道。
これまで道がまったくなかった西側の「寺町工区」は、2013年に開通
あとは、その東側、現在は西行き一方通行の横町通りを拡幅する「横町工区」の本格着工に向けた準備が進んでいる。

横町は、それなりの商店街であり、昔のたたずまいがあって、それがなくなるのはちょっと惜しい気もする。
その中で、大町六丁目にひときわ気になる建物があった。
(再掲)2009年撮影
赤いレンガ造りの2階建ての大きくはない建物で、今は生花店が入っている。【2020年4月11日追記・秋田魁新報によれば生花店「花京都」が1994年から入居。移築決定後、近くへ移転。】
これは、1901(明治34)年築の国登録有形文化財「旧大島商会」。秋田初の百貨店で、秋田県内最古のレンガ造の建物。
※旧・秋田銀行本店の秋田市赤れんが郷土館は1912年築。

現在の道路スレスレの建っていて、拡幅で影響を受けるのは必至。秋田のことだから、まさかこれも解体されかねないと思っていた。
少し前の新聞に、所有者(=後述)が保存してくれることを前提に買い手を探しているという記事がでていた。


12月15日付秋田魁新報 秋田市地域面に、その処遇が決まったという記事が出た。「旧大島商会 移設、保存へ」。
※建物は幅9メートル、奥行き7メートルとのこと。
まず、所有者というのは、秋田市保戸野で菓子店を営む塚本さん。
通町にある、商品は「りんごもち」や「芭蕉せんべい」が著名で、菓子店の店舗も歴史的な建造物(1918年築、国文化財)として有名な「高砂堂」の経営者である。
※秋田市には「旭南高砂堂」「モン高砂堂」もあり、分家・のれん分けみたいな関係はあるが、別の店なので商品は異なる。
(再掲)右端が高砂堂
20年ほど前の通町の道路拡張の際は、補償金を上回る費用を持ち出して曳き家して建物を残した。

どういう経緯かは知らないが、文化財をもう1つ所有していたとは!【16日追記】これまで2つの文化財を維持管理してきたわけで、そのご苦労がしのばれる。

魁によれば、大島商会の買い手は見つからず、5月に秋田市へ寄贈することにした。秋田市はそれを移設(いったん解体して建て直し)して保存することになるとのこと。文化財登録は継続できる。


さらに、その移設先候補地。
大町一丁目の旧秋田魁新報社跡地である市有地。高砂堂の向かい側を入った、だるま祭りの星辻神社の並び。
ここは2012年に地元有志による商業施設ができる計画が浮上し、早ければ2019年にも…という話もあったが、現時点ではその気配はなかった。
魁によれば、その「事業者からは前向きな反応を得られている」。
大町六丁目5番地から一丁目2番地へ、直線距離では800メートルほどの移動。


貴重な建物を残すことができ、なかなか進展がなかった空き地の活用にもなり、古い建物を商業施設(の一部)として使うことで集客効果も出そう。【16日追記】移築された建物と商業施設の関係性がどうなるかは、現段階ではまだ分からない。商業施設とは別扱いになるかもしれないが、いずれにしても工夫すれば人は呼びこめそう。
移築費用がどのくらいになるのかは気になるが、全体的にうまくつながる展開で、秋田にしては珍しくきれいな流れになりそう。計画倒れにならないことを祈ります。※その後はこちら
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レインボー2中古

2018-12-11 22:57:10 | 秋田のいろいろ
今年3月以来の中央交通の中古バスについて。※高速、貸し切り、秋田市外の営業所・子会社所属の車は取り上げていません。
前回は「秋田200 か1326」まで。その後、いろいろな車がぱらぱらと入った。

新車導入は、紹介済みの秋田市中心市街地循環バス「ぐるる」用日野ポンチョ「13-44」の1台のみ。

中古で確認できたものは以下の通り。前所有者等はネット上の情報も参考にさせてもらいました。
・13-45 臨海営業所
いすゞエルガミオ ワンステップ
中ドアはワイドドア(折り戸2組)、左折警告音ありと、昨年導入の12-90と似た使用だから京成グループの中古か?
【2019年9月5日追記】ドア側前輪上の座席はなし(撤去?)、その後ろ中ドアまではロングシート。運転席側前輪上は鎖で封鎖、その後ろワンステップエリアは1人掛け。中ドアより後方の高い席は2人掛け。運賃表示機は液晶。エアサスでなくリーフサスペンションで、ギシギシとうるさく、そう思えば乗り心地もそれなりのもの。

13-45に乗ったら、車内前ドア付近の製造銘板の隣に「助川車体工業」という見慣れぬステッカーがあった。
調べると、茨城県にある中古バスの仲介や整備をする業者だった。
中古車が導入される時、秋田まで前所有者の塗装で来て塗り替えられるものと、既に中央交通の塗装に塗り替え済みで来るものがあったが、後者はこういう業者が手がけたのだろう。(山形県にも仲介業者があるとは前から聞いていた)
推測だけど、最近中央交通に来る中古車で、古いのに車いすマークに加えてベビーカーマークがあったり、出口の表示に進入禁止アイコンがあったりするのは、助川車体工業が改造(塗装変更)した車なのかも。【追記】先に導入済みの1300にも助川シールがあった。京成系中古であり、ベビーカーマーク等があって、1345と共通点がある。

・13-46 臨海営業所
いすゞエルガ ノンステップ
2003年製 小田急バス中古

・13-48 臨海営業所
いすゞエルガ ノンステップ
2004年製 小田急バス中古
【追記】2019年8月20日時点では、運賃表示器は液晶、運賃表示器は中古品らしきコンパクトでない小田原製(昔からあるのではない少し新しい型)。

・13-51 秋田営業所
いすゞエルガミオ ワンステップ
中ドアは引き戸、オートマ?
東武系列「朝日自動車」の中古らしい。
朝日自動車では、以前はエルガミオなのにツーステップかつ(中央部でなく)後ろにドアがあるという珍仕様の車があって、弘南バスが中古購入して土手町循環100円バスを中心に使用中。日野レインボー(共通化前の純正)の中古もあって、弘南バスやノースアジア大学(自家用登録スクールバス用)に導入されていた。
やっと、まともな仕様のエルガミオが放出され、中央交通が買ったようだ。

・13-61 秋田営業所
日野レインボー(いすゞとの共通化前の純粋レインボー) ワンステップ?
正面に車いすマークがない。左折警告音あり。
京成グループ中古??【2019年5月31日訂正】朝日自動車系列の中古らしい。
【2019年3月29日追記】中ドア引き戸、オートマ。

・13-65 臨海営業所
いすゞエルガ ノンステップ
2003年製 小田急バス中古【2019年5月8日追記】生田営業所にいた2003年式「03-E9045」とのこと。

・13-76 臨海営業所
いすゞエルガ ノンステップ
おそらく小田急中古【2019年5月8日追記】狛江営業所にいた2004年式「04-D9075」とのこと。
【2019年3月20日追記】1376の中ドア付近には、青色の「国土交通省認定ノンステップバス標準仕様」のステッカーがあった。2004年に導入された制度なので、はがれなければあって当然だけど、中古でもそんなのが来る時代になった。


そして今週。新車じゃなさそうだけどピカピカの中型バスを見た。いすゞエルガミオかと思いきや…
・13-82 臨海営業所

ヘッドライトが2灯(左右1灯ずつ)だから、共通車種の「日野レインボー2」だ。ライトがこの形だったのは2007年から2016年まで。

中央交通では、新車では2014年に初導入後、いすゞエルガミオと並行して入れていたが、中古車ではこれは初めてのはず。エルガミオと同じ扱いができるから、中央交通としてはまったく問題ないのでしょう。
おそらくワンステップ。
つり革が前向きの三角形。座席は水色系統で、前輪上の客席と運転席にだけ、白い肩カバーがかぶさっているようだ。

また、前輪上の座席はプラスチックチェーンで封鎖されて座れないようになっている模様。中央交通では、タイヤ上の高い座席からの乗客の転落を恐れて、ノンステップ車ではそのようにする車が多い(もしくは座席を撤去)が、ワンステップ車では珍しい。

リアウインドウには「HINO」表示。正面には一切表示がない。シールだったのがはがれたのかな。
「HINO」の上の青いステッカーは、秋田県(バス協会?)の横断歩行者保護のもの。
前所有者は不明。【12日補足】オートマかもしれない
【14日追記】コメント欄で教えていただいた情報によれば、東横インの宿泊客送迎バス、すなわち元自家用登録だった車とのこと。
【17日さらに追記】東横インではない、別のホテルの送迎バスだったのではないかとの推測情報もある。いずれにせよ、元は自家用だったようだ。
【2019年3月20日追記】やっと1382に乗ることができた。車内もぱっと見は一般的な路線バスと大差ないが、細かい点ではいろいろと違った。
上記の通り初見時には背もたれにかかっていたはずの白いカバーは、なくなっていた。座席の柄は全席で同じようで、シートベルト付き。背もたれは天龍工業製の一般的な薄手のものだが、前方のタイヤ上でなく床に設置された前向き席は、かつての市営バスの130号車近辺のような背もたれが高いタイプ。したがって、前方の背もたれの上端の位置は、座布団の位置に関わらずほぼ揃っている。【2020年3月25日補足・前方の前向き1人掛け席は、左右とも3列ずつ。ひじかけは前方は古いタイプ(市営バス時代からあった)で珍しくパイプが塗装されている。後方(2人掛け)は、金属部が露出せず湾曲して張り出しが浅い新しいタイプだった。】
中ドアの反対側は車椅子スペースだが、ここが前向きでなくロングシートという少々珍しい(臨海営業所では唯一?)配置。ロングシートになっていてもおかしくはない、中ドアの前方は前向き。
整理券発行機は、乗車して左(前)側に仕切り板をくり抜いて穴を開けた中に埋めこまれたように設置されている。
降車合図ボタンは、新車と同じ現行のオージ製の黄色いもの。弘南バスのように配線が露出するようなことはなくきれいに取り付けられているものの、逆T字窓の横の枠のレベルにしか設置されていない。したがって、壁面の低い位置にも、天井やつかまる棒の途中などにも、ボタンが一切ないため、腕を伸ばせない人や立ち客は押しづらい場面がありそう。
オートマは、前モデル(?)では動き出してすぐ変速ショックを感じることがあった。これは「ぎゅん」という音はするものの、そのようなことはなく、スムーズ。


ステッカーといえば公益社団法人日本バス協会ホームページによれば、11月中旬から、同協会会員事業者のバスに貼られる「会員章(NBAステッカー)」が新しくなった。
というか、最近は「COOL CHOICE」に取って代わったと思っていたのに、NBAもまだ現役だったのか。
現行のステッカーは2009年頃から貼られていた(耐久性は低く、当初と同じものを貼っている車は少ないだろう)。
新しいステッカーは、デザインは変わらず地色がグレーから白になり、左上に通し番号が振られるという。

秋田県外の廃車置き場らしき所に、NBAステッカーが付いたままのバスを見たこともあった。中古車の貼付位置から判断して、前事業者時代のステッカーがそのまま残っているように感じられる車もあった。そういうのをバス協会としては好ましく思っていないのだろう。でも、小さな数字を書くくらいで変わるだろうか。
1382には、NBA関係のステッカーは、今のところ貼られていない。


以上、中型ではノンステップでなくワンステップ、非小田急、いすゞに加えて日野の中古が増えている。
対して大型では小田急中古エルガ導入が続いた。エルガは総勢10台に達した。
中型車は今後も継続的に代替が進むと考えられるが、数が多くない大型車は、古い車はそろそろ一掃されそうなので、今後はどうなるか。

秋田市内を走るノンステップバスのまとめ。
●中央交通 計53台
・30台が小田急バスの中古で、そのうち大型車は13台(いすゞエルガ10台、三菱エアロスター3台)。中型車17台はすべていすゞエルガミオ。
・1台が東武バスの中古で、大型車の富士重工ボディのいすゞ。
・1台が京成グループ? の中古で、中型車のいすゞエルガミオ。
・1台が和歌山バス那賀中古で、中型車・日野レインボーHR。
・18台が新車での購入ですべて中型車(いすゞエルガミオ11台、日野レインボー2が7台)。
・1台が都営バス中古の中型ロング日野レインボーHR。国際教養大方面を中心に運用。

・1台が新車の小型車・日野ポンチョ。秋田市中心市街地循環バス「ぐるる」(秋田市が運行主体で中央交通へ委託)専用塗装。

●その他 計3台
・秋田県から委託されて中央交通が運行する(していた?)EVバス 中型いすゞエルガミオ1台。
・羽後交通 本荘営業所(急行秋田・本荘線で秋田市内も走行) 都営バス中古の大型いすゞエルガ2台。【下の追記参照】

※この後、2019年2月上旬に、羽後交通本荘営業所に新車でいすゞエルガミオ3台が導入(この記事最後に少々。詳しくはこの記事)。上記まとめには含んでいません。
※上記の羽後交通本荘営業所の都営バス中古のエルガは、1台が担当エリア固定化、もう1台は廃車になった(2017年後半~2018年頃?)ので、削除します。

【この後のノンステップ車導入状況(ワンステップは一部のみ記載)】以下は、上記ノンステップまとめには含めません。
・14-03 4月中頃までに導入。中古いすゞエルガミオ。ワンステップ。臨海営業所。
左折警告音やベビーカーマーク等の表示からして、恒例の京成系中古か? 乗車したところ、助川車体工業のシールがあった。座席は従来の京成中古と違い、後部も含めてほぼ全席1人掛けで、布地の柄が異なっていた。
・14-07 5月下旬までに営業運行開始。中古いすゞエルガ。ノンステップ。臨海営業所。 例によって小田急中古っぽい。
・14-11 6月4日初目撃。例によってエルガ、ノンステ、臨海。元小田急?
下の14-19と同じと思われる仕様。柄入り座席、7セグメントLED運賃表示器、コンパクト運賃箱。また、優先席はもともとはオレンジ色無地だったものを、ピンクの柄入りに交換していると思われる。床も張り替えたのかきれい。
・14-13 6月中旬。中古日野レインボーHRロングボディ(中型ロング)。ノンステップ。臨海営業所。 東武中古とのこと。都営バス中古の同タイプが秋田営業所に1台あるが国際教養大学方面専属だったので、秋田駅発着路線では現時点で唯一の中型ロング。※この記事にて
・14-23 7月下旬。中古日野レインボーHRロングボディ(中型ロング)。ノンステップ。秋田営業所。 都営バス中古で、同経歴同型の12-50と同じく、国際教養大学方面で運用。※2020年の記事
・14-19 7月末。中古いすゞエルガ。ノンステップ。臨海営業所。 小田急中古か? 乗車したところ、これまでの小田急中古と大きな変わりなし。座席は水色系柄入りで、以前の小田急中古よりも背もたれにクッション性がある。整理券の年は「(平成)31(年)」、運賃表示器は液晶でなく7セグメントLEDで、廃車からの使い回しか。運賃箱はコンパクトタイプ。【追記・13-48とは運賃表示器と運賃箱の新旧が入れ替わっていて、相変わらず統一性がない】
・14-28 8月中頃。東武中古らしきレインボーHRロング、臨海。
※2019年末~2020年2月中旬にかけて、小田急でない複数事業者(珍しく国際興業などもあるそうだ)の中古車がまとまって導入された。日野レインボー(いすゞ統合前)といすゞエルガミオで、ワンステップもあればノンステップもある。以下、ノンステップのみを挙げます。
・14-40 いすゞエルガミオ。秋田営業所。
・14-55 日野レインボーHR(ロングでない)。秋田営業所。正面の車椅子マークの片方がなく「中乗り」と表記。
・14-58 いすゞエルガミオ。臨海営業所。左折警告音あり。
・14-60 日野レインボーHR(ロングでない)。秋田営業所。14-55と似ているが「中乗り」表記なし。左折警告音あり。非常口は車体中央・ノンステップ部分。
座席は青系柄入り。座席はあまり多くなく、前方運転席側は1人掛け4列、ドア側はロング、前輪上にはなし(中央交通で撤去したのかも)。後方は2人掛けが左右とも3列。降車合図ボタンが座席側面や背面の手すり付近にもある。
運賃箱はコンパクトタイプ、運賃表示器は液晶。
この頃の日野製は大型も含めて後方の床は前に向かって低いスロープ状になっているが、この車はけっこう急傾斜。
・15-13 2021年5月下旬頃。いすゞエルガ。秋田営業所。元東京都交通局。
座席はみんくる柄のまま。2004年末にモデルチェンジした「PJ-LV234」系だそうで、中央交通初。
久々の大型で、秋田営業所としては3台目の大型バス(3台ともエルガ、中型ロングを入れても計5台目)。2021年時点では、国際教養大方面と秋田市街地路線で、あまり区別なく運用されているようだ。
・15-19 2021年6月中旬頃。いすゞエルガミオ。臨海営業所。中古。
15-22 2021年9月6日運用開始。いすゞエルガミオ。新車。秋田市中心市街地循環バスぐるる専用。

【2023年2月19日追記・ノンステップバスの台数も増え、一方で廃車になるノンステップバスもちらほら現れてくるようになり、出入りや総数を把握するのが難しくなり、そうする意味が薄れてきたと考えます。そのため、上記を最後に、都度の転入の追記をやめます。珍しい車両が入った際などは、新たな記事としてアップするつもりです。】
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ぐるるバス停は別書体

2018-12-10 23:59:03 | 秋田のいろいろ
秋田中央交通のダルマ型バス停の表示板の文字の書体(フォント)は、現在設置されるものはフォントワークス社の丸ゴシック体「スーラ」であることは、この記事などで再三触れた。

10月に「交通公社前」から「川反入口」に変わったバス停では、ダルマ型でなく、これまで角ゴシック体(市営バス時代設置の写研ゴナ)だったものさえ、
下り側の元バスロケ付き(さらにカラス付き=しばらくこちらを観察した後、飛んで行った)
太いスーラに変更。

もう中央交通はスーラに夢中かと思いこんでいたが、秋田市中心市街地循環バス「ぐるる」用バス停は、実は違う書体だった。細いスーラだと思いこんでいたが、スーラとは違う丸ゴシック体。
線(ウエイト)は細い
ウエイトが違うし形的に「川反入口」では分かりづらいが、「反」の「又」が1画目の横棒よりはみ出ているかどうか、「入」の上の横棒の長さなどが異なる。

もっと分かりやすいのは、
「大町通り」
スーラで特徴的な「町」が分割されたような「田丁」でなく、一般的な形。

「ねぶり流し館前」
「ぶ」が違うし、「前」の上の2つの点の距離が近い(スーラはかなり離れている)。
(再掲)下り側一般路線はスーラ

(再掲)上り側は市営バス設置の写研「ナール」
ぐるるの書体は、よりナールに近いようにも感じられる。

調べると、ぐるる用は大日本スクリーン製造が字游工房に作成してもらった「ヒラギノ丸ゴシック体」。「ぶ」の形からしてユニバーサルデザインでないほう。
ヒラギノ書体は、アップルが採用しているほか、高速道路の新しい標識用書体に採用されている。高品質なイメージがある。スーラほど広く使われているわけではなさそうだけど、スーラよりもクセがなくて、きれいさと読みやすさが両立されているかもしれない。
ぐるるのバス停に使われたのは、中央交通(もしくは運行主体の秋田市)が指定したというわけでなく、表示板のデザインを請け負った人やデザイン会社が選んだのではないだろうか。それも何かの信念があってあえてヒラギノを選んだのか、単に作成したMacintoshにプレインストールされていて使えたからかは分からない。
交通公社前を川反入口に変えるため重ね貼り用を作った時は、一般路線用といっしょにスーラにしちゃってもよさそうなものを、元と同じ書体にしたのは、エラい。単にそのほうが作業しやすかっただけかな?

※この時点では、買物広場以外の前バス停にぐるる専用ポールが置かれていた。その後、買物広場には2021年に設置された。
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やっと積雪/くらた看板

2018-12-09 19:56:26 | 秋田の季節・風景
今冬は訪れが遅かった。秋田市は11月22日に初雪(平年+9日、昨年+6日)を観測するも積もらず、12月に入ると気温が15度まで上がる日もあった。
この週末、やっと寒くなって、初めての積雪となった。
路面の落ち葉に雪が積もって隠れていく
8日はしんしんと、というよりさらさらと雪が降り続いて10センチほど積もり、9日には歩道や日陰の車道はうっすら積もって部分的に凍結する状態。風も強く冷たく、やっといつもの冬になった。
平日でなかったこと、極端な強風・大雪でなかったので、目立った混乱はなし。
内陸南部ではいきなり大雪となり、由利本荘市矢島や湯沢市では50センチ超。
雪化粧していく千秋公園二の丸広場

千秋トンネルの中から千秋矢留町側
ところで、千秋トンネルは1978年12月4日に開通したそうなので、40周年。特にイベントどころか40周年であること自体、誰も取り立てないけれど、それはすなわち秋田市のインフラの1つとして定着している現れだろう。そして相変わらず、なぜかネット上では心霊スポットとされている。利用者としては不本意。※過去の記事


話変わって小変化。秋田市の仲小路のエリアなかいち向かい「くらたビル」のこと。
元は湯沢市の菓子店「くらた」が営業していたが2014年に閉店。2015年にその跡に、通町から移転したスポーツ用品店「竹半スポーツ」が入った
しかし、竹半は2018年5月で閉店。近くのアトリオンの地下に移転して2018年8月から営業を再開した。
(再掲)竹半オープン時
再び空きビルになってしまったわけだが、くらたの店舗がなくなった後、竹半~空き家になっても、壁面や屋上には「くらた」のロゴが残っていた。
11月中旬。屋上看板のところで工事
竹半閉店後、1・2階のガラスの内側が覆われた。3~5階には以前から絵が貼られていたが、その3階部分も隠れた。

そして11月下旬。
屋上の「お菓子のくらた」がなくなった
壁面2か所はそのまま。
細い煙突と避雷針が現れた
今年初夏には、旭川沿いの新秋田ビルで、枠だけ残っていた看板部分が撤去されていた。
風で壊れて飛ばされると危ないのに加え、くらたは看板としては現役なのに店はもうないのだから意味がほぼない、というかお菓子屋が営業中だと誤解させかねない。しかも、屋外広告物条例によって申請(更新)手続き&手数料が必要になるだろうから、やめちゃったのだろう。

そして建物は空き屋のまま(12月に入ってからは未確認)。いつまでこうで、次はどんな変化が起きるか。
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秋田犬バルーン増備

2018-12-08 00:36:47 | 秋田の季節・風景
11月までの観光キャンペーンの期間中、秋田駅中央改札口そばに秋田犬の巨大バルーンが設置されていた。
12月に入ったから姿を消したかと思いきや、
2体に増えた!
これまでのおすわりしたバルーンに加え、立ち姿の秋田犬も登場した。

秋田県の観光キャンペーンは終わったものの、JR東日本の「行くぜ、東北。冬のごほうび」キャンペーンが続くという名目で、継続・増備されたらしい。
12月6日付朝日新聞秋田版によれば、「バルーンは県の所有物」で「来年3月まで置かれる予定」。立ち姿のバルーンの高さは3.2メートルと座っているほうより20センチ高い。

おすわりのバルーンは、以前とほぼ同じ位置ながら、若干、西側へ移動し、囲いが狭くなった。
しっぽが囲いの外にはみ出た

増えた立ったバルーンは、中央改札口寄りに置かれたので、改札口を出た人はこちらが先に目に入ることだろう。
ただし、設置当初とその後(遅くとも12月6日)では、位置と向きが変えられた。
現在は、冒頭の写真のように、やや西寄りの位置に、座ったバルーンと同じ方向を見ているようになっている。新幹線側改札口を出てくる人を見ている。
後ろから

12月初めの設置当初は、改札口の中央部(在来線と新幹線の中間)に、改札口真正面を向いて置かれていた。
改札口と対峙する
それでも大きな問題はなさそうだったが、床面の東口・西口それぞれの施設名の表示が見えにくくなっていたからだろうか。
改札口上の「ハゲ」は「男鹿のナマハゲ」です

多言語でナマハゲがしゃべる顔はめ看板(顔出しパネル)も置かれている(トピコ前の既存のものとは別の絵)。たしか国際教養大学が協力したもので、男鹿駅に設置されていた。それが増備されたのか移設されたのか【20日追記・秋田支社のプレスリリースによれば、男鹿駅にあったものを秋田駅へ移設し、男鹿駅に新しいパネルを設置したとのこと。】。看板がしゃべるとは思わないから、前を通りかかっただけでも驚く。


立ったバルーンの細部は、人が多くてなかなか撮影できないのですが、座ったバルーンに比べると違和感が軽減されている。
目が横長からより円形に近くなり表情がいくぶんリアルになり、顔から胸にかけて毛並みを示す細い線も描かれるようになった。また、バルーン自体の作りも少し違うらしく、生地の継ぎ目が目立たなく(少なく)なった。脚は構造上の必要からか、太くなった。
おしり
座ったバルーンのお尻にある、少しだけ空気が出ている大きな穴は見当たらない。空気抜きする時に使うのか、ヘソの辺りに、まるでヘソみたいな栓のようなものがあるようだ。【25日追記】ヘソの反対側、顔の下の胸の位置にも同じ栓がある。
しっぽは相変わらず体に比べて小さい。

常時送風式インフレータブルバルーンの宿命である送風機は、立ち姿では目立ってしまう。
1台から分岐して両前脚へ送風
この手のバルーン用で一般的な送風機の消費電力は300ワット程度だそうで、その電気代は月数千円レベルとのこと。

【12日追記】12月12日付秋田魁新報社会面「ふきのとう」欄によれば、立ち姿のバルーンは「2017年に東京で開かれた旅行博の際、県が制作したもの」。イベントに出張する際は片方だけ出して、どちらかは秋田駅に残る運用にしているそうだ。※出張中の様子はこの記事末尾。
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白石のマンハッタン

2018-12-06 00:19:54 | ランチパック
岩手の白石食品工業(シライシパン)の12月の新商品。
復刻 マンハッタンチョコドーナツ 392kcal
創業70周年を記念して、同社の過去の商品を復刻させているようだ。秋田市内の店でも売られている。
チョコがけドーナツらしいが、包装裏面には、
「ニューヨーク マンハッタンで見つけたドーナツをイメージしたラシイシ~♪」
「見つけた」ものを「イメージした」「らしい」ととてもあいまい。

実はネットで「マンハッタン ドーナツ」などで検索すると、シライシの商品の情報は見つけられない。包装にも書いていないので、いつ発売されていたものを復刻させたのかも分からない。


代わりにネット上にあふれていたのは、別のマンハッタンドーナツだった。
福岡県のリョーユーパンが1974年から発売している「マンハッタン」という商品。九州では広く販売され、親しまれているようで、漫画「クッキングパパ」にも登場したそうだ。
やや細長いドーナツ型のひねった生地にチョコをかけたもので、リョーユーパン公式ホームページによれば「さっくり食感」。
「弊社の開発担当者が、ニューヨークのマンハッタンで見つけた商品を参考にしたため、そのままマンハッタンの地名をネーミングとして採用」とのこと。


じゃあ、シライシのは…
ねじってあるけどドーナツ型ではない
表面はたっぷりチョコで、裏面は
チョコなし
実はシライシのホームページの紹介にも「さっくり食感のチョコドーナツ」とある。
ところが食べてみると、「さっくり」とは言い難い。
断面はスカスカ
パン生地に近い食感。まずくはないものの、期待外れ。少なくとも「さっくり食感」は不適切。

シライシのマンハッタンチョコドーナツの発売年や開発経緯は知らないし、ほぼ同一コンセプト・名称である福岡と岩手のマンハッタンの関係(両社の間に合意が形成されているのか)も知らない。マンハッタンの現地のドーナツがどんなものなのかも知らない。そもそも深く追求するべきことではないでしょうけど。

それから、フジパンでは、おそらく今年から、その名も「ブルックリン」という、ニューヨークの別の地名を名乗る、ほぼ同じコンセプトのドーナツを、ひっそりと発売(やはり西日本方面?)しているとのこと。
さらに2010~2012年頃には、「マンチェスター」というイギリスの地名の、やはり同じようなドーナツを発売していた。

いつかは九州のマンハッタンを食べてみたい。
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大館駅長不在?

2018-12-05 00:37:45 | 秋田のいろいろ
12月2日の秋田魁新報に、1日付のJR東日本秋田支社の人事異動が掲載されていた。
ちなみに、地元銀行やテレビ局の1日付異動は12月1日付に掲載されたのに対し、JR東日本は発表が遅いということか。

今回のJR東日本の異動は、12名と小規模。
そのうち6名は各運輸区や保線関係を中心に所属はさまざま。残り6名は、いずれも旧所属が大館駅の人たちだった。

具体的には、「大館駅長」が「秋田支社勤務・JR東日本東北総合サービス」に。
「大館駅助役・副駅長」は「出向・JR東日本東北総合サービス」に。 ※助役と副駅長について過去の記事
ほか4名はいずれも「大館駅助役」だった人たちで、1名が「大曲駅助役」、1名が「土崎駅助役」、2名が「出向・JR東日本東北総合サービス」に。
という内容。
余談だが、土崎駅助役は大曲駅助役・県南地区センター副長に。大曲駅助役からどこかへ転出する人は出ていないので、表面的には大曲駅助役が2名増えたように見える。

まず気がつくのが、大館駅長が転出するのに、後任の新しい「大館駅長」は出ていない?
さらに、副駅長・助役が5人もいなくなるのに、その補充もない?


異動名簿だけでは話が見えないが、東日本旅客鉄道労働者組合秋田地方本部の機関紙(ネットに掲載)を見て、ある程度状況が分かった。
11月14日付「JR東労組 あきた」30号に「グループ会社と一体となった駅業務委託の拡大」うんぬんとあり、大館駅の業務が、直営から子会社委託に変わった(あるいは変わる)らしい。

社員(組合員)向け機関紙であり、その前段階の経緯も不明なので、委託化される日付など部外者には分かりにくい点もあるが、とにかくそういうことみたいだ。
委託先は、JR東日本東北総合サービス(通称「Livit」だそう)。
今年春には、大館駅に自動改札機が設置された。

これを踏まえると、元副駅長や元助役は、出向扱いで所属が変わるだけで、引き続き大館駅で勤務すると考えられる。
元駅長は「秋田支社勤務」だから、また違うのだろう。秋田市の秋田支社で勤務するのか。そして、委託駅になれば、駅長はいなくていいはず。

なお、駅近くに拠点が存在しても、乗務員や保線関係等の拠点は、駅とは別組織なので引き続き直営で大館に残るはず。「駅」という組織・業務だけが子会社委託される。


今は東日本もそれ以外の各社も、地方の駅のみならず大都市のそれなりの規模の駅でも、子会社に委託していることが珍しくない。
仙台支社では、塩釜駅や仙台の隣のあおば通駅など、仙台市内や周辺都市の駅の多くが委託されている。
秋田支社では、羽後牛島、新屋、鷹ノ巣、二ツ井等々。Wikipediaによれば、2015年から追分駅と八郎潟駅、今年から男鹿駅も委託されていた。【2019年3月20日追記】2017年には盛岡支社の花巻駅も委託化。
そんな状況では、大館市の中心駅である大館駅が委託されても、驚くべきことではないかもしれない。
だけど、仮にも秋田県北部最大の都市にあり、(本数は少ないけど)特急列車が停車し、奥羽本線と花輪線の接続駅である大館が、例えば東能代や湯沢よりも先に直営でなくなるのは、ちょっと意外。
2017年の1日平均乗車人員(降車数は除く)は、大館911、湯沢652、東能代506と大館のほうが多い。乗客数がすべてではないが。

そうした点は考慮して委託しているのかもしれない。
労組機関紙によれば、これまでの委託駅よりも、配慮は行われるようだ。
例えば、バス代行輸送を行う時は、普通は委託駅では手配(?)できなかったが、大館駅でそうすると東能代駅から社員が来ないとならないので、大館駅で対応させるらしい。【5日補足】ということは東能代駅の管理下に置かれるのだろう。
ただ、山間を走る区間で不通になる頻度は少なくないはずだし、花輪線は盛岡支社管轄であり、スムーズにできるのかなという気もする。あと、東能代駅じゃなく弘前駅で対応させたほうが、人員も多く、距離も少し近いはずで、いいような。(まったくの部外者の感想です)


JR側が地元大館市に対して説明したのかは分からないが、湯沢駅が夜間無人化された時みたいな地元からの反対の声は上がっていなそう。【7日追記】上記労働組合の機関紙でも、駅業務を委託化する前提で会社側と話を進めている内容であり、委託すること自体には、現場でも異論はないと言うか容認されているのだろう。少なくとも表面的には。
とりあえず12月の段階では、窓口の営業時間等の変更はないようで、利用客としては直接的な変化は発生していないようだから、これはこれでいいのかもしれない。
大館駅は新しい駅舎・駅前広場の整備が進められている最中。あと人間の駅長はいなくても、秋田犬の駅長がいるし。

【2019年9月28日追記】2019年9月23日日付 秋田魁新報県北地域面によれば、9月22日に大館駅開業120周年記念式典が開かれた。JR東日本秋田支社と大館駅前振興組合の主催。新聞記事では、駅長については一切言及なし。写真にはJRの白い制服の人が写っている。その人を指しているのかは不明だが、JR東日本秋田支社長があいさつしたとのこと。
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