広く浅く

秋田市を中心に青森県津軽・動植物・旅行記などをご紹介します。

EV-E801系車内

2017-02-27 23:28:00 | 秋田のいろいろ
2017年春から男鹿線で営業運転が始まる、蓄電池電車「EV-E801系」(交流用としてはJR東日本初、直流用を含めても2例目)。
※この車両はモーターで走る「電車」。エンジンは搭載していないので、ハイブリッド式などの「ディーゼルカー(気動車)」ではありません。また、今年春の時点では1日2往復のみの運行であり、男鹿線の全車両が置き換わるとしても、少し先(あと数年?)になりそうです。

昨年12月に秋田に車両が到着し、試運転が行われていた。
当初は、ダイヤ改正の3月4日より遅れて営業運転が始まる可能性が示唆されていたが、3月4日から投入されることが発表された。順調に進んでいるようで何より。

2月25日・土曜日には、沿線の人(公募したんだっけ?)やマスコミ向けの試乗会が行われ、その後、秋田駅で「車両展示会」が開催されたので、行ってみた。
12時00分から14時30分まで、いちばん東側の8番線で開催。秋田駅に入れるきっぷがあれば、予約など不要で、車内も見学できた。

始まってすぐは混雑すると思って、13時過ぎに行ったところ、思ったよりは見学者が多かった。
親子連れとか、女性がけっこう来ていた印象。メカニズムとしては画期的な車両ではあるが、興味のない人には単なる「色が派手な新しい普通列車」と思われそうだけど、それなりの人気のよう。
脚立持参は新聞記者
秋田寄りが青い「EV-E800-1」、男鹿寄りが赤い「EV-E801-1」。
前照灯が点灯
正面に運行開始記念のヘッドマークが掲出されることになっているが、この時はまだなかった。

正面の大型の行き先表示には「男鹿線(男鹿なまはげライン)」と日英で愛称も併記。展示会では固定表示だったが、営業運転時は、「普通 男鹿」「ワンマン 秋田」など種別・行き先と交互に表示するのかもしれない。(側面については後述)

展示会では、階段に近い青いほうのヘッドライトを点灯させ、その前寄りドアが入口、赤いほうの最後尾のドアを出口とする一方通行(それ以外のドアは、ドアボタンを紙で隠していた)。でも、実際はご自由にどうぞといった雰囲気。パンフレットなどはなかった。
ホームには赤いジャンパーのスタッフがいて、前の運転台には乗務員の制服の社員、後ろの運転台には作業服の社員が何人も陣取っていた。運転台の中には立ち入りできない。
しかも、車内側も運転席付近に見学者が固まっていたので、後で空いたら見ようと思っていたけど、忘れてそのまま降りてしまった…だから運転席周辺の詳細はよく分かりません。


さて、EV-E801系は、JR九州が開発したものをベースに秋田向けにカスタマイズして日立製作所が製造した車両であり、JR東日本のこれまでの車両とは一線を画する。
車両の外観には「JR東日本らしからぬ」というか「JR九州っぽい」点が多々見られたのだが、車内はどの程度か知りたかった。

結論を言ってしまうと、思ったよりもJR東日本らしくなっていた。
JR東日本オリジナルの、最近の普通電車と共通する点が多いようだ。ただし、例外もいくつか。

第一印象は、そんなに斬新さは感じなかった。つり革が多めでちょっとうるさいのと、他の車両より少し前後方向に短いような気もした(これは後述のトイレや機器スペースがあるせいか)。
濃い着色ガラス、LED照明ではあるが、車内の明るさは従来並み。壁は701系電車よりも白く、やはり最近のJR東日本の電車レベル。

座席の座布団がこげ茶色単色なのは意外に地味(名古屋や関西の旧国鉄117系電車みたいだ)。
一方、背もたれは、茶色ベースながら横方向に色の違うラインが入っていて、明るい。
床も同系色の格子というか、濃淡が違う茶色の正方形が交互に並んでいる。
26日付秋田魁新報によれば、「シートと床はなまはげのわらみのをイメージし、黄土色と茶色を貴重基調【3月1日訂正・転記ミスです。魁による誤字ではありません】とした色合いになっている。」そうだ。ナマハゲの「みの」とは、なんかこじつけがましいような…
でも、暗くなく、落ち着いていて、汚れも目立たないだろうし、悪くはない。
優先席は、座布団がグレー、背もたれが赤に白文字で「優先席」と表示してあるもの。ここは山手線の新車両E235系と同じようだ。


実は以前、JR九州の普通列車に乗った時、残念な思い出があった。(この後にも出てきます)
外観はユニークで楽しいし、車内も見た目はそう。でも、座席の座り心地は決して良いとはいえないものだった。滑ってずり落ちるような革張りとか、木に申し訳程度の薄っぺらな布が付いた硬い座椅子みたいなのとか。
そんなのが男鹿線に入るのかと不安だったが、それは打ち消された。
座席の途中には、カーブした縦の棒がついた。棒は優先席付近だけ黄色
首都圏などの最近の車両に乗り慣れた方なら、見覚えがある形状のはず。座布団、背もたれとも、1人分ずつ区分された布製クッション。
首都圏の電車では、導入時期や形式によっては座席がとても硬いものがある(E231系の初期車?)けれど、EV-E801系は、なかなか悪くない座り心地。701系レベルか、それ以上だと思う。まあ、旅行客が秋田から男鹿まで1時間、これに座ることについては、賛否が分かれるでしょうけれど。

首都圏の電車同様、座席下の暖房機がコンパクトになっており、足や荷物を座席下に入れることができる。

ドアとドアの間の座席は10席。
同じ3ドアの701系では12席あるのだが、これは1人分の幅が広くなったのか、機器の設置スペースで場所を取られた分減ったからか。
赤いほうの連結部付近
赤い方の車両では、後ろ(運転席と逆)のドアから連結部までは、座席がなく、両側とも部屋状のものがある。何らかの機器が入っているのだろう。
そこに液晶ディスプレイがある(赤いほうにも設置)。
「ただいまの電気の流れ」
この時はパンタグラフから集電していたので「架線からの電力で空調・照明を動かしています」と表示されている。
プレスリリースによれば、バッテリーの電力を使っている時は「蓄電池で~」と表示され、左右にナマハゲが現れるらしい。


窓ガラスの色が濃いせいで、外の景色は色がだいぶ違って見える。【3月4日補足】701系も黒系統の着色ガラスだが、EV-E801系のほうがより濃い。
背もたれと窓の位置関係や、窓かまちの幅は701系とほぼ同じで、違和感なし。

荷棚(いわゆる網棚)は、従来よりもやや低い。上の写真をよく見ると分かるが、窓の上端より下にパイプがきている。
JR九州の電車では、荷棚が金属の板でできているものがあった。以前乗った時、ここにホコリが積もっていて、荷物の底が白くなってしまって閉口したが、EV-E801系ではパイプなのでその心配はなし。

青いほうの連結部付近
青いほうも、後部ドアから連結面は座席がなく、トイレ(写真左)と車いす・ベビーカースペース(床がピンクの所)になっている。

現在の鉄道車両のトイレは、車いす対応になっていて、JR東日本の普通列車では、かなり大きいものが設置されている。
EV-E801系では、縦に長くは感じたが、東日本のものほど大きくないような(つまりちょっと狭い)気がした。

ここで、上の写真のトイレの天井付近を拡大。
赤い線を書き入れました
JR九州タイプの車両では、運転席やトイレはよそで作ったものをはめこむユニット構造になっている。電話ボックス状のものを中に入れたイメージ。
そのため、車両そのものの天井より下に、別にユニット部分の天井がある(それが赤い線)。その上の本来の天井に照明があるが、光はユニットの中へ透過するらしい。トイレの場合、上から覗けないようにはなっているとか(そりゃそうだ)。
でも、701系などもたしかユニット構造のはずだが、天井は車両本体と一体化して一致している。“二重天井”はコストを追求した結果なんだろうか。

で、これもJR九州でがっかりした点。
荷棚がそうだったくらいだから当然だが、このユニットの天井にホコリが積もっていたのは言うまでもなく、車両本体の天井や壁との間に、クモの巣が張っていたのだった!
まあ、これはJR九州の車両の管理体制が悪いことが原因だが、そうなってしまう構造にしない選択もあったのではないだろうか。
この点は、東日本へも受け継がれてしまったことになる。秋田車両センターには、こまめなお手入れをお願いしたい。


その他、ネット上で見かけたものも含めていくつか。
・運転席もユニット構造。前後方向はけっこう広そう。
・運賃表示器や整理券発行器(※3月1日付補足参照)は、現行と同じ。整理券は今までは1両につき1台だったのが2台に増えた。【3月1日補足】運賃表示器はレシップ製液晶2画面のもの。701系や秋田中央交通のバスの一部ではおなじみだが、男鹿線(キハ40系)では初採用かな。
・半自動ドアの押しボタンは、改造後の701系と同じような、黄色い枠付きのもの。車外同様、車内側も、ボタンがドアの右にある所と左にある所がまちまち。以前も指摘したように統一(右に)したほうがいいと思う。
・ドアの開閉予告チャイムは、701系やキハ40系(後付け)のような甲高いのではなく、現在主流の柔らかい音。細かい音の違いまでは認識できなかったけれど、ネット上の情報によれば、(かつての?)東京メトロだか名鉄だかの車両と同じ音で、JR東日本では初採用の音なんだとか。
・車内のドア上に液晶やLEDによる案内表示装置はなし。
・ネットによれば、ワンマン自動放送は、JR東日本標準の英語入りではなく、新潟支社などと同じ汎用版。【3月4日追記】英語放送はあるらしい。声が標準とは違うようだ。
・吊り手(つり革)は、一般的な三角おにぎり形。優先席部分もそのオレンジ色版。JR東日本で採用されている、縦長の三角形ではない。(701系では、優先席だけ縦長三角に交換されている)
・座席の端・ドアとの境は、JR東日本標準の白くて凹凸がある板ではなく、透明で平らな板。「ACCUM」または「OGA」のロゴや線が白で入る。天地方向は少し短い。
従来は板の凹凸がひじ掛け代わりになったし、高さがあって寒風防止と立ち客との隔絶感に効果があった。透明でやや低い板では、その効果はどうだろう。
白い仕切り板は701系辺りから採用されていた


最初に乗りこんだ時、701系やキハ40系よりも、足元が広く空いている、つまり段差が大きいような気がした。
車両とホームの間は?
秋田のような地方の駅は、かつて主流だった客車に合わせて、ホームの高さが少し低い。だから、床が高い電車や気動車では、ホームと車両の床に段差が生じる。そこでの乗降を安全にするためということなのか、車両の出入口側にホームとほぼ同じ高さのステップを設けているものが多く、701系やキハ40系でもそうだった。
ただし、仙台の新しいE721系では車両の床を低くして段差をなくしたし、ミニ新幹線区間のようにホームのかさ上げ工事をすることもある。
701系ではドアのところに1段のステップがある
EV-E801系では、どういう理由かステップが廃止されてしまった。
段差の高さとしては、ステップがあってもなくても変わらないことになるが、車体とホームとのすき間の関係で、なんとなく恐怖感がある。
ステップがある車両なら、段差でつまづいても転ぶだけで済んだのが、これでは下に転落してしまう危険性が増えてしまった気がしなくもない。ワンマン運転するから乗務員の目が届きにくいだろうし。
車内側の床に黄色い線は引いてあるけれど、もっと目立つようにしたり、放送で注意喚起したほうがいいのではないだろうか。

側面の行き先表示も、愛称併記。パンタグラフは無塗装なのね(こまちでは色を塗っているが、上げ下げを確認しやすくする目的がある)
男鹿線の車両がパンタグラフを上げているとは、男鹿線100年の歴史上画期的なこと。
1両に3つドアがある車両も、左右に両開きするドアも、男鹿線にとっては初めてだろう。
細かな点はともかく(できれば改善されることを願って)、快適な新車両に大いに期待したい。

【3月6日追記】無事に運行が始まった。3月6日時点では、どうもワンマンではなく車掌が乗務しているようだ。正面の行き先表示は、駅停車中は分からないが、走行中は「普通 男鹿」が固定表示されていた。
【3月9日追記】3月7日頃からワンマン運転開始。ただし、案内係や技術者らしき複数の社員が乗っているらしい。行き先表示は「ワンマン 男鹿」。停車中は、それと展示時の路線名が交互に表示されるとのこと。

続き(乗車した話)はこちら
※その後、2019年12月3日に、JR東日本から男鹿線にEV-E801系を追加投入(量産ということ)し、EV-E801系で統一することが発表された。詳細は未定のようだが、「2020年度以降」投入する計画で、2両1組・ロングシートなど変更はなさそう。4日付秋田魁新報社会面によれば「5編成(10両)」を追加投入。→2020年に増備され、2021年春から統一される。
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魁の書体変更

2017-02-26 23:31:25 | 秋田のいろいろ
24日・金曜日の秋田魁新報の1面左上に、大きな「魁」が2文字。

それは社告で「文字が読みやすくなります/25日付から順次導入」との見出し。
「新しい文字を使った紙面を読者の皆さまにお届けします。」
「25日付から順次導入し、3月末までに全面移行する予定です。」
「新しい文字の導入は、新聞製作の基幹システム切り替えに合わせて行います。」
とのこと。

新しい文字については、
「本文に使う文字はユニバーサルデザイン(UD)フォントと呼ばれるもので、一文字一文字が太くなり、見やすくなります。」
「画数の多い漢字でもつぶれないように工夫され、読みやすくなります。」
「拡大した「魁」の文字はその特徴がよく出ています。」

社告の文面も、新書体で印刷されており、上の大きな「魁」は、現行書体と新書体の明朝体を拡大して並べたものだった。
記事(社告)全体をぱっと見た感じでは、たしかに文字の大きさは従来とほぼ同じながら、太くてくっきりしている。
大きな「魁」は、拡大してしまっているので太さはさほど感じないが、「ム」や「斗」の点が明瞭になった。(でも、今後の見出しは別デザインの書体なんだろうから、本文用の書体を拡大して見せても、あまり意味はないのでは?)

以前取り上げたように、秋田魁新報では、「モトヤ」という書体メーカーの「モトヤ新聞明朝」というフォントを本文に使用している。
見出しも基本的には同社の別書体(正方形や太い明朝体やゴシック体)を使用しているようだ。(一部、モリサワの「新ゴ」など他社製も使うケースがある)

青森の東奥日報では、「UDモトヤ新聞明朝」を使っているらしかった。魁のモトヤ新聞明朝の雰囲気を保ちながら、見やすくした書体。

じゃあ、魁でも、UDモトヤ新聞明朝を使うことになったのかと思ったが、そうではない。
東奥日報のモトヤのUD書体では、「さ」や「き」の最後の部分が手書き文字のように分離しているが、魁の新書体では、従来通り曲線でつながっている
ほかにも「あ」「か」などだいぶデザインが違うし、明朝体独特の漢字の横画の止め部分の三角形の「うろこ」が目立たない。
東奥日報よりも魁新書体のほうが全体的に文字が太い印象を受けるし、細部を見ると“モトヤ”らしさがないような…


実は、社告の下では横書きで「明朝体とゴシック体融合」というのも。
「ミンゴ」という新書体も導入するそうで、「明朝とゴシックの長所を併せ持つすっきりした書体です。」「3月1日付から、テレビ欄の番組表で使う予定です。」。
※現行のテレビ欄では、記事本文とは少し違うデザインの正方形のモトヤの明朝体が使われている。

最近は、各メーカーが独自のデザインの新しい書体を作っている。「ミンゴ」もその1つだろうと調べたら、「イワタ」社の製品だった。
ということで、明朝体など本文用書体もイワタの製品と考えられ、「イワタUD新聞明朝」というのが該当しそう。

イワタの公式ホームページによれば、同社が以前から作っていた新聞明朝体を元に、「日本で初めて生まれたUD(ユニバーサルデザイン)を意識した新聞書体です。」「2009年信濃毎日新聞社殿と共同開発」し、「全国で25紙にご採用いただいております。(2015年9月現在)」。
ミンゴも新聞向けに改良した「イワタミンゴNP」を2015年に発表していた。

ちなみに、イワタでは「朝日書体」として朝日新聞のフォントを発売しているが、これはイワタがイチからデザインしたわけではなく、朝日新聞で開発した書体を市販する権利を得ている形のようだ。
また、秋田市をはじめ多くの小学校で採択されている、光村図書出版の国語の教科書では、「光村教科書体」という書体が使われている。その実体は「イワタ教科書体」かと思われる(モリサワの教科書体にも似てるけど微妙に違う)。
イワタはユニバーサルデザイン書体の開発に熱心なようで、電気製品(Panasonicのリモコンのチャンネルボタンなど)や街中の表示類で、同社の文字を目にすることがある。
 (いずれも再掲)

ということで、魁はモトヤからイワタに鞍替えすることになるらしい。
したがって、社告に「拡大した「魁」の文字はその特徴がよく出ています。」とあるけれど、それは「ユニバーサルデザイン書体としての特徴」よりも「モトヤとイワタというメーカーごとのデザインの特徴」にもなってしまっていそう。
比率は厳密ではなく不鮮明ですが、左からモトヤ(現魁)、UDモトヤ(東奥)、イワタUD(新魁)


新書体が導入されるという、25日付紙面。
ところが、1面も社会面も従来のモトヤ書体。

めくっていくと、投稿欄「声の十字路」の10面、「中学自習室」やキップ情報などが掲載される「情報ひろば」の20面だけが新書体になっていた。
翌26日は、日曜で声の十字路はないので、情報ひろば面だけ。
それらの面では、広告と中学自習室(アドビシステムズ製書体を使用)を除き、見出しも含めてほぼ全部がイワタ書体に切り替わったようだ。
紙面上部の「第3種郵便物認可」や日付も、それらの面だけ新書体。(扁平の「秋田さきがけ」は同じ文字)
上が新書体、下が従来書体。「6」の違いが目立つ
「株式」面や「全面広告」「企画特集」の面も、上部は新書体になっている。


新しい書体でも、1段当たりの文字数や幅は変わらない模様。
繰り返しになるが、やはり今までよりはいくらか見やすい。
ちょっと気になるのが、それがユニバーサルデザイン書体の特徴ではあるのだが、割り当てられた枠いっぱいに各文字の線が配置されているせいで、隣の文字とのバランスが若干不自然なこと。
上の3書体比較を見ると分かるかと思うが、「秋田」の「田」は、モトヤのUD書体よりも枠をギリギリまで使っているようで、大きい文字。
他の漢字も同じ傾向で、「県体協最高栄誉賞」みたいな漢字が連続する部分ではきゅうくつそうだし、「男鹿中中学校」と「中」が連続する箇所は、縦棒がつながってしまっている(だからといって「串」とは読めないけど)。
「美しさ」よりも「個々の文字を認識させる」ための文字だから、仕方ないのだろうけど。紙面の制約もあるから難しそうだけど、文字間隔をちょっとだけ広げたら、より見やすいのでは?


全部新書体になるには、あと1か月かかるらしい。ワープロソフトのように、「標準で使うフォント」の設定を変えてしまえば、全部いっぺんに切り替えられそうなのに、そうでもないのかな。
新聞製作基幹システムとやらの制約なのか、書体メーカーとの契約の都合か、急に変わって読者がびっくりしないようにとの配慮なのか。

魁でいつからモトヤ書体が使われていたのか知らないけれど、以前の記事で触れたように、かつてはワープロ専用機で、ほぼ同じデザインの書体が多く使われていたので、なじみのある文字。
これからは接する機会が減ってしまいそう。
現行の小さい見出しのモトヤ明朝。ひらがながきれいで好き
レーザープリンターでA4の紙に印刷した、簡易版の号外でも、これまではモトヤ書体(おそらく新聞用でない、一般の明朝体)が使われていたが、これはどうなるだろうか。

【追記】
この後、テレビ欄(ラジオ欄も)がミンゴになった3月1日水曜日付からは、地域面も新書体に。1面、スポーツ面、社会面は旧書体。
3月7日火曜日付は、1面と社会面も新書体になり、30面中、16・17面のスポーツ面だけが旧書体。
3月11日土曜日付からは、スポーツ面も新書体になった。たまに折り込まれる別刷り特集も新書体が使われており、これで書体置き換えは完了したようにも思われる。予定よりも早まったのか、まだどこかでひっそりと旧書体が残っているのかは不明。

2018年3月9日に発行されたA4版の号外では、モトヤでないフォントが使われていた。おそらく号外もイワタフォントに代わったようだ。

※テレビ欄のミンゴなど関連記事
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上柴のおじさんの別の顔

2017-02-24 00:27:23 | 昔のこと
1974年度から1995年度まで放送されていた、NHK教育テレビの小学校1年生音楽科の学校放送番組「ワンツー・どん」。※過去の関連記事
我々の世代には、ドラマーの「石川のおじさん(石川晶=いしかわあきら)」のインパクトがあることだろう。石川のおじさんは1977~1987年度に出演し、2002年に67歳で亡くなっている。

石川のおじさん降板後の後任的存在であったのが、ピアニストの「上柴(うえしば)のおじさん(上柴はじめ)」。
実際には、1985~1991年度の出演だそうなので、石川のおじさんと共演していた期間があったことになる。(さらにそれ以前にも、バンド【3月3日補足・「カウント・バッファローズ」】の一員として出ていたのかもしれない)
現在、NHKアーカイブスや市販DVDに収録されている「ワンツー・どん」は、上柴のおじさん時代のものが多く、鮮やかなピアノの演奏や、人形の“どんくん”との(石川のおじさんと比べて)ちょっとぎこちないかけ合いを見ることができる。

上柴氏は作曲家でもあり、「ワンツー・どん」でも出演だけでなく、番組の音楽も担当。この番組では、オリジナルの曲が多く歌われていたので、その作曲も手がけた。
遅くとも1980年代前半時点で既に歌われていた「だれにだっておたんじょうび」「あおいそらにえをかこう」などは、番組終了後も広く歌われている。個人的には「学校ケンパ」という、どこか哀愁を帯びたケンケンパの歌が印象深い。
※ちなみに、「宇宙人のテレパシー」は小六禮次郎作曲。上柴氏の前任の音楽担当だったらしく、交代後も歌い継がれていたようだ。

上柴氏は、ワンツー・どん降板後も、小3向け「ふえはうたう」の音楽を担当(おそらく1990年前後の末期【27日補足・笛を教えるのが吉澤実先生の時代】)して「赤いやねの家」「ソラシドマーチ」なども作曲した。
ほかにも、「名曲アルバム」やこどもの日前後のアニソン特番など、NHKの複数の音楽番組で作編曲やピアノを担当。
「みんなのうた」を担当していても不思議ではなさそうだが、番組公式サイトによれば1曲も関わっていない。


また、演歌歌手・大月みやこと高校の同期だそうで(大月さんはテレビで「中学の同期」と言っていた気もする。学生時代は互いに存在を知らなかったらしい。【24日追記】団塊の世代で人数が多かっただろうし、大月みやこは芸名だからね)、その縁で10年くらい前に上柴氏の編曲・ピアノ伴奏で歌っていたのをテレビで見た。



やっと本題。
今年1月8日放送のテレビ朝日「題名のない音楽会」は、「テーマ曲の秘密を知る音楽会」という回で、出演者に上柴氏のお名前があった。
映画やドラマのテーマ曲が演奏されるらしいので、作編曲者やピアノ演奏として出演するのかと思って見たら、上柴のおじさんには別の顔があったのだった!

最初に紹介されたのが、テレビ朝日のドラマ「ドクターX」の「ドクターXのテーマ」。
ドラマを見ていないので知らなかったけれど、その曲では西部劇のイメージで口笛が印象的に使われている。

上柴はじめ氏は、このテーマの作曲をした、わけではない(作曲者は沢田完)。
なんと、曲中で口笛を吹いていたのが、上柴はじめ氏。
「題名~」でも、「オリジナル奏者」として口笛を吹いて、ピアノも演奏した。口笛とピアノが同時に出てくる部分はないようで、口笛はピアノの脇に立って吹いていた。
トークや出演者からの紹介は特になかったが、テロップでは「口笛・ピアノ」として紹介され、「上柴さんは作曲家でピアニストですが実は音楽業界No.1の口笛吹きです!」との説明も。

上柴氏は、口笛奏者でもあったのだ。
ネットの公式(?)プロフィールでは「作曲家・編曲家(改行)ピアニスト・口笛奏者」という肩書き。
Wikipediaによれば、1991年のアニメ映画「ドラゴンボールZ 超サイヤ人だ孫悟空」の作中でも、上柴氏の口笛が使われたとのこと。
何人か別の口笛奏者はテレビで見たことがあったけれど、上柴のおじさんもそうだったとは。

同日の「題名~」では、「君の名は。」「七人の侍」「荒野の七人」も演奏され、實川風氏が演奏した「君の名は。」以外の各曲でも、上柴氏がピアノを演奏した。
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みみきかんじ

2017-02-22 23:56:02 | 秋田のいろいろ
「みみきかんじ」という言葉が、たまに頭をよぎる。
初めて聞いたのは、幼稚園か小学校入学直後頃。クラスメイトが使っていた。
※以下、誤解を招く表現があるかもしれませんが、差別する意図はないことをご承知おきください。

意味は「耳が聞こえない人・状態」。
当時の周囲では、生まれながら、あるいは加齢等により、聴力が低いとか耳が遠い人はいなかったから、そうした人を指すものではなかった。
話が通じない相手だとか、言うことを聞き入れない人に対して、使っていた。「お前の母さんデベソ」みたいな口喧嘩の文句としても使っていたか。
「みみきかんじん」という子も一部にいたし、語呂からわざと「みみ機関銃」と言う子もいた。

学年が上がるにつれ、耳にする機会は減っていった。
中学校では、とある理科の先生が、授業中に騒がしい時【24日訂正】先生の話を聞くべき時なのに、騒いでいる生徒がいる時「ん? みみきかんじがいるぞ」とたまに言っていたのが、久々かつ最後だった。


その中学生の頃に疑問だったのが、「みみきかんじ」の漢字表記や語源。
「耳聞かん」は想像に難くないが、「じ」は?
「耳聞かん児」で、だから子どもにしか使わないのかなと思ったりもしたが、違いそう。
【23日追記・余談だがリポビタンDの「肉体疲労時の栄養補給に」を「肉体疲労児の~」だと勘違いしたことがある人は、けっこういる。】
我が家の大人は、使わないばかりか言葉自体を知らなかった。だから、秋田弁でもなさそう。
じゃあ、幼児語なのかと思っていた。



最近、また頭に浮かんだので、ネットで調べると、意外なことが分かった。
「みみきかんじ」は幼児語ではなく、方言。しかも青森県のものだそう。
以前から触れているように「青森弁」という方言は存在せず、エリアで津軽弁、下北弁、南部弁の3つに大別されるが、いずれにも存在するようだ。「みみきかんず」と言うことも、「耳」がない「きかんじ」とするものもあった。

「秋田弁である」との記述もわずかに存在するが、圧倒的に青森の各方言とするものが多い。
秋田でも一部地域では使うのかもしれないが、もともとは使わず、近年(明治以降とか)になって秋田へ伝わったのかもしれない。それが、回り回って秋田市の子どもも使うようになったのだろうか。

青森での「みみきかんじ」の意味としては、「耳が聞こえない人」、そして「話が通じない/他人の言うことを聞かない人」。我々の子どもの頃と大きくは違わない。さらに転じて「強情な人」という意味(秋田弁の「肩っぱり」相当?)の場合もあるようだ。
ただし、地域や人によって、ニュアンスや解釈は微妙に違うようだ。特に「耳が聞こえない人」については、差別的な意味あいを含むこともあるようだ。

差別的な意味があることを知らずに使う人も多くいる感じ。(繰り返すが、僕たちが子どもの頃も、そのような意図はなかった。バカにする意図はあったけど)おおっぴらに使うには、注意が必要な言葉かもしれない。


では、「じ」(または「ず」)の由来。※素人の憶測です。信憑性はありません。
「負けじと」みたいな否定を意味する「じ」もあるが、そうだとしたら、「聞かん」と既に否定されているのを再度否定しているから違う。
「聞かじ」の間に「ん」が入ったとしても、「じ」は厳密には「否定推量」だから、ここで推量する必要もなさそうだから、違うのでは?

東北の方言であることを踏まえれば、「じ」よりも「ぢ」のほうが適切な気がする。
「ぢ」は「やぢ」、すなわち「やづ(奴)」の短縮かも。
つまり、「耳聞かん奴」が転じて「みみきかんぢ」になったというのは、いかがでしょう。

【2020年1月12日追記】2018年に、弘前市内のとある飲食店で、津軽地方在住と思しきの中年女性2人の会話が耳に入った。そこで、「わ、みみかんじだはんで…」と、大人どうしの会話でみみかんじが使われているのに遭遇できた。この場面では、自虐的に「わたしは耳が遠いから…」というニュアンスだと受け取った。

※似たような青森でよく使われ、秋田でも多少通じる「(テレビ番組が)入る」という言葉について。
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水乃環太朗一家?

2017-02-20 23:59:03 | 秋田のいろいろ
秋田市上下水道局のマスコットキャラクターは「カンちゃん」。本名は「水乃 環太朗(みずの かんたろう)」。
秋田市上下水道局は、上水道のみを扱っていた公営企業・秋田市水道局と、市長部局であった下水道部を統合して2005年度に発足。(実質的に下水道が吸収された形)
カンちゃんは、その年度末に登場した。(秋田市の上水道100周年記念事業の1つでもあったようだが、100年を迎えたのは2007年のはず。【21日追記】水道100周年を記念して、かつての水源地にカンちゃんの石像が建てられた。ネット上では、そのことと、カンちゃん自体のデビューを混同した記述があるのかもしれない。)
工事看板のカンちゃん
名前は知らなくても、工事現場の看板に描かれたり、イベントに着ぐるみが登場したりして、秋田市民はそれなりに知っているかな。
「顔は管で、体は水。(公式サイトより)」なので、水道関係のキャラクターであることは直感的に分かりやすい。でも、管が上水道か下水道なのかは知らないけど、管の色が黄土色というかキツネ色なのは、素人には一般的でなく分かりにくい。土管のイメージでグレーのほうがよかった気がするが、デザイン的な問題か、実情に即した色にしたのか。

こんなカンちゃんに遭遇した。
※周囲の風景から場所がどこか分かるかと思いますが、以下、言及しないでおきます。
とある秋田市上下水道局発注の工事現場
工事現場の囲いの角近くに、
カ、カンちゃん?
道路から見えるように、カンちゃんらしきキャクターが描かれている。
工事内容を説明してくれているが、文字が手書き。
そしてカンちゃんの線が細く、色が薄く、バランスがちょっと違い、カンちゃんの絵も手がきのようだ。

右側に黒くて四角いものがあるが、その裏が誘導員の詰め所。黒い部分がマジックミラー状になっていて、中から外が見えるようになっているらしい。別に透明でもいいのでは?

さらに気になるのが、「この下水道工事は~」の説明書きの右上に「長男」とあること。
だいぶ以前に発見したのだが、その後しばらく、この「長男」の意味が理解できなかった。


その後しばらくしてからさらに発見。今までとは逆側から見ると…
三角コーンの先の白い面

こっちにも?!
カンちゃんらしきものが3人も並んでいた!
最初に見た1人のほうはシートにかいているのに対し、こちらは囲いの板に直接かいているようで、こちらのほうがタッチは同じながら色はやや濃い。

小さい字で左側から「二男」「三男」「四男」とある。
なるほど。反対面の「長男」とこの3人と合わせて4兄弟ということか。
「二男」だけはヘルメットをかぶっていないが、胸に「カンちゃん」と名札がある。四男は無口で、顔がやや短い。


工事関係者が、殺風景な現場でも、通る人に親しんでもらおうとかいてくれたのだろうが、いろいろとツッコミたくなる。
そもそも、カンちゃんに男ばかり4人も兄弟がいたとは初耳。上下水道局のホームページでは、カンちゃん1人については履歴書など詳しく記載されているが、家族の存在は明らかにされていない。

仮に4兄弟だとしても、ここまで外見がそっくりとは、設定上ややこしい。
「二男」には「カンちゃん」との名札がある。では、彼が水乃環太朗張本人なのか。そうだとしたら、残りの3人はどういう名前なのか。別人なのか、4人ともそれぞれカンちゃんなのか。
4姉妹の「若草物語」では、4人の容姿も性格も違う。そっくりな六つ子の「おそ松くん」では、6人それぞれ名前が違う。これではいたずらに人数を増やしているだけで、詰めが甘い。上下水道局への断りなしに、勝手に設定を広げてしまったのだろうか。

※以下、上下水道局による本来のカンちゃんの図柄を「公式なカンちゃん」と表記します。
それから、絵に違和感を覚えてしまう、というか、若干気持ち悪いような… 顔(管)と体のバランスの違いによるものだ。公式なカンちゃんは「管に手足が生えた」感じなのに、これでは「顔が管になった」ようなもの。もっと頭を大きくしないと。
※公式なカンちゃんの着ぐるみ版では、管の途中、鼻の横から手が生えている。構造上、そうしないとアンバランスなのかな。いずれにしても頭は大きい。

カンちゃんの体は「水」でできている。公式なカンちゃんは、体が水色だが、それは服の色ではなく、服を着ていない裸で、その肌が水色のようにも見える。足先・指先までも同じ色だし。(その上から竿燈のはんてんや検査用白衣を着用するバージョンもある)
ところが、工事現場の二男~四男は、水色の上半身部分が開くようになっていて、ボタンで止めている。つまり水色のつなぎのようなものを着用していると考えられる。
二男と三男は5本指からなる手が見えているが、それは白い。手袋なのか、水色の服の下の肌なのか。一方で、長男の手は黒い。
さらに、二男~四男は、靴ははいていないのか、足首から下がなくて宙に浮いているように見えてしまう。
いずれにしても、公式なカンちゃんでは見られない描写。これも詰めが甘いというか、似せる努力をもっとしてほしい。数年前に話題になった、どこかの国のパクり遊園地の着ぐるみじゃないのだから…


“非公式”なカンちゃんとその兄弟(?)。
秋田市上下水道局が知ったらどう判断するかは別として、特段悪いとは思わないけれど、どうせやるなら、顔や姿を変えるとか、名前を付けるとかしたほうがおもしろそう。全員が男というのも、検討の余地あり。兄弟がいるのなら、親はどうしたということにもなる。
だったらやっぱりカンちゃんは1人のほうがいいのかな?
【23日追記】この工事現場の別の位置には、正式な工事看板があり、それには公式なカンちゃんが描かれている。冒頭の指し棒を握ったカンちゃんがそれ。

【3月14日追記】この記事の初回アップ直後も、上記写真と同じ状況だった。しかし、3月13日に見ると、3人描かれている側に、カンちゃんについての説明や、詳細は上下水道局ホームページを見るようにとの告知が書き加えられていた。ホームページを見てしまったら、これが公式設定とは違うことが丸分かりになってしまうのだけどね。※続きはこちら

※公式なカンちゃんのちょっとした話題
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クレしんに能代凧

2017-02-19 23:59:42 | 秋田のいろいろ
テレビ朝日で2月17日に放送されたアニメ「クレヨンしんちゃん」の2話目「寒くても外で遊ぶゾ」。
しんのすけと父ひろしが寒い日にコタツに入っていると、掃除機をかけようとする母みさえによって、渋々外へ出かけさせられることから始まるストーリー。

みさえさんは2人を外出させようと「秋田のおじいちゃんが送ってくれた凧(たこ)を揚げて遊んだら」と、凧を渡す。
その凧は、縦長の長方形で、舌を出して頭に花を乗せた人の顔が大きく描かれたもの。隅には「女べらぼう」と書かれている。アニメ全体のタッチとはだいぶ違う雰囲気。

作中で凧についての説明は特になかったが、これはいわゆる「べらぼう凧」、正式には「能代(のしろ)凧」という、秋田県の伝統的な凧である。
アニメの凧は、実際の能代凧にかなり忠実に描かれていた。(ちなみに図柄が少し違う「男べらぼう」もある)

秋田のおじいちゃん、すなわちひろしの父である銀の介は、内陸の大曲周辺に住んでいる設定(こまちで帰省した話もあった)。
一方、能代凧はその名の通り、沿岸北部の能代市のもので、距離的には近くはない。

ストーリー上、べらぼう凧である必要はなく、奴凧とかどんな凧でも良さそうなのに、絵柄もリアルに秋田のものを登場させてくれたのは気が利いていて、ちょっとうれしい。
べらぼう凧、能代凧の知名度は高くはないだろう。恥ずかしながら僕も、「べらぼう凧」は知っていたけれど、「能代凧」や男と女があるのは、今回調べるまで知らなかった。アニメの視聴者も「変わった絵だな」程度の認識の人が多かったことだろう。知る人だけが楽しめる、製作側の遊び心による“仕掛け”といったところか。

作中のべらぼう凧は、ろくに揚げないうちに、カラスにつつかれて、川に落ちて骨だけになって捨てられてしまうのだけどね。


そう言えば、我が家にもべらぼう凧があった。
頭に花があるから、女べらぼう
ハガキ大のミニ凧。これは、アニメに登場したものも含めた一般的なべらぼう凧よりも、顔が小さめ(紙からはみ出すくらいなのが普通)で、目の周りの化粧が薄く、背景が白い(女べらぼうでは紫色が多い)のが特徴的。
1985年前後に角館で買った。絵をかいたというおじいさんが自ら売っていて、「おれも先は長くないから」とおっしゃっていて、子ども心に切なくなったのを記憶している。左上「魔除/ベラボー凧」とある下に、お名前らしきものと「八十七才」と書かれている。

べらぼう凧が能代のものだと知ると、どうして角館で売っていたのか分からなくなる。
右上には「角館凧絵」という印もあり、たしかに角館のもの。
検索すると「角館凧絵」のテレホンカードが存在したようだが、最近の情報はない。ほそぼそと存在して消えてしまった芸術? 工芸? だったのだろうか。角館は大曲の隣だから、今もあれば、アニメで大曲の銀の介さんが送ったことに、より説得力・リアリティがあったのに。

【20日追記】「まなぐ凧」という名前も思い出した。大曲から近い湯沢市の「湯沢凧」の一種だそうで、酒の商品名にもなっている。図柄はべらぼう凧と似てはいるが違い、アニメのはまなぐ凧ではない。

2017年11月にも秋田の話が放送された。

※「寒くても外で遊ぶゾ」は2023年2月4日放送の1話目でも、リメイク版(アフレコし直し)が放送された。
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新屋駅舎リニューアル

2017-02-17 00:04:08 | 秋田の季節・風景
以前からコメントも含めて何度か触れたように、秋田市南西部にある、JR東日本羽越本線・新屋(あらや)駅の駅舎がリニューアルされた。遅ればせながら紹介。
※工事内容については11月25日付秋田魁新報秋田市地域面も参考にしました。
※改修前の駅舎の写真も撮影していなくはないはずですが、残念ながらすぐには見つからなくて、掲載できません。

新屋駅の駅舎は、1920(大正9)年の開業時にできた建物を、手を加えながら現在まで使い続けている。
2016年11月7日から12月24日(完成日)にかけて行われた工事では、地元の秋田公立美術大学の教員の指導を受け、若手社員の設計技術育成も兼ねて実施。
近年のJR東日本秋田支社管内では、土崎駅などいくつかの駅で、既存の駅舎の外観をリニューアルするのが行われており、それと同じことだが、美大が関与しているのが特徴的。
リニューアル後の新屋駅
北側(正面から見て左方・秋田駅寄り)に建て増していた70平方メートルを取り壊し、開業時の大きさに戻し、外壁に貼っていたトタン板をなくして杉の腰板にしっくい風の仕上げを組み合わせ、銀色のアルミサッシだった窓は黒い格子窓にして開業時の雰囲気に近づけた。
正面の看板も新しくなった
たしかに向かって左側がコンパクトになった。左側の窓2枚ある部分が、以前はもう少し前にせり出していたはずで、そこにも三角形の屋根がついていたが、なくなっている。
それ以外は、建物のシルエットはリニューアル前とほぼ変わらない。

白壁をはさんで、上部も下部も、同じキツネ色の板が使われているが、完成予想図の段階では、下の板はこげ茶色だった。
屋根は黒。もしかしたら今回の工事では手を加えていないかもしれない。(だいぶ昔は赤い屋根だった。)

減築されたのは、事務室・倉庫スペース。客が立ち入る部分は改修前とさほど変わらない。
変わったのは、近距離自動券売機が2台から1台に減らされたことと、壁が木目(本物の木ではなくプリントしたもの?)から白に変わったこと、ドアが新しくなったこと程度。
左が道路側、右が改札口・ホーム
写真は駅業務をしていない時間帯の撮影。左のシャッターが下りているのが券売機。右がみどりの窓口。
※新屋駅はJR東日本の子会社が駅業務を請け負っている。現時点では窓口は6時50分から17時20分まで営業(途中休止時間があるかも)。券売機はその前後もう少し長く稼働するのかな?
【17日追記】近距離券売機は、無人駅のような食券券売機タイプではなく、直営駅と同じタッチパネルのタイプ。(ただし少し古い機種だったかもしれないし、今回、機種が更新されたかもしれないが、未確認)オレンジカード対応、Suica決済非対応。
券売機が減らされたのは、新屋駅の普通乗車券での乗車客(=定期券客は別としてという意味)が減ったことを意味しているのかもしれない。
あるいは、ひょっとしたら「近い将来、Suicaが導入されるのを見据えて、券売機の利用率が減ることを見越した」措置ということはないだろうか。希望的観測ですが。
あと、事務所が狭くなった分、物の置き場所がなくなるから、裏側で場所をとる券売機をなくしただけ、ということもなくはないかも。(以上追記)
窓口と反対側。ドアの向こうが線路
外から入って右側は、今まで通り待合スペース。昔はここにキオスクがあった。
オレンジ色の箱は、きっぷが買えない時間帯用の乗車証明書発行器(ボタンを押して券を取り、車内または着駅で精算)。
その隣に本棚がある。「小さな図書館」として、2016年6月に美大が主体となって始めた、地域の人が持ち寄った本を自由に借りられる仕組みだそう。

新屋駅は、駅舎側のすぐ外にはホームがなく、必ず跨線橋を渡らないといけない構造。
左が駅舎、右がホーム
線路側の外観も、正面と同様。

工事途中の11月末の写真。
道路側から
建物内の壁が木目なのが分かる。また、手前の外では、古そうなこげ茶色の木の部分がある。
こんな板
おそらく、これが新屋駅のもともと(建築当時?)の姿だったのではないだろうか。工事後は交換されてしまったのか、新しい板の下にまだ残っているのか。完成予想図では、下のほうはこんな色になっていたけど。

古いものを大事に使うのはいいこと。できたばかりだから、白壁も板も真新しくて、まだなじんでいないけれど、徐々に風格が出てくることだろう。

【18日追記】2014年秋に、JR東日本秋田支社と秋田市が秋田公立美術大学の学生を対象として「新屋駅舎外壁デザイン公募」を行い、秋田市長賞とJR賞の各1点が選ばれていた。
「駅本体の形状は変えず、現状のまま」という条件で、「応募作品に基づいて、実際に駅舎の外壁改修を行うものではありません。」とのただし書きもあり、実際に選ばれたのは、今回のリニューアルとはまったく違うデザイン。

※同じ頃、隣の羽後牛島駅でもリニューアルが行われた。

※2004年撮影の駅舎内部の写真はこの記事後半。
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再び大雪

2017-02-14 23:48:02 | 秋田の季節・風景
先週末は鳥取市など山陰では、30年以上ぶりの記録的豪雪。
それに比べればどうってことないないけれど、秋田市は1月下旬に続く今シーズン2度目の本格的積雪となった。
積雪量は20センチ程度だったのが、11日・土曜日の昼からさらさらと降り続き、12日朝には46センチに達した。13日夜までに、30センチほどまで減った。14日もほぼ同じ。
ちなみに、青森県弘前市は70~80センチとさすがにかなり積もったものの、青森市は最大で30センチ、今は20センチほど。やはり今シーズンの青森市は相当に少ない。おもしろいもんだ。

11日は祝日。したがって、NHK秋田放送局はローカル報道お休みの日。仙台放送局からの6県共通ニュースとなったが、大雪については一切報道がなかった。JRの運休なども出ていたのに。
12日以降も、民放各局や新聞と比べて、秋田放送局は雪のニュースの扱いが少ない。「この程度の雪でぐだぐだ騒ぐな!」ってことでしょうか…

12日。中央部泉地区の街区公園。ブランコの椅子が埋まっている
秋田市内の街区公園は、地域の雪捨て場として開放されていることもあり遊びに来る人はなく、ブランコは雪に埋もれつつあった。(本来は椅子が破損しないよう、上の支柱へくくっておくのでは?)

13日は積もった雪が融けたこともあって、道路状態が悪く路線バスの迂回運行が多発。恒例の神田線の外旭川の旧道のほか、添川線の旭川沿い(対岸へ迂回)、赤沼線の南団地周辺(横金線へ迂回)などは夜まで影響があった模様。手形山の坂の部分は問題なかったようだ。
14日には、神田線などごく一部を除いて解消。
前回の1月下旬の大雪よりも、影響が大きい。

一方、秋田市中央部に限った私感としては、前回並み。除雪もそれなりに進められ、車道への影響はさほどでもなかった気がする。
秋田市内でもエリアによって降雪量が違うから、東部では特に多かった(気象台の観測は中央部)ということか、たまたま中央部の除雪がスムーズだったのか。
12日の泉地区。雪山を作って除雪作業中。終わった部分は路面が露出
今回中央地区で特徴的だったのは、いつもならというか本来の優先順位では後回しになるはずの、住宅地の生活道路が、比較的早期に除雪されたこと。
そのため、大きい道路よりも狭い道のほうが先にアスファルトが出て、車でも歩きでも通りやすい場面もあった。
12日の千秋地区。奥が県職員住宅と千秋公園。手前左右の大きい道路は未除雪
路線バスの迂回が発生したのはこの翌日。この時点でバス路線の道は除雪されていたのだろうか。秋田市では「バス路線など幹線道路から優先的に除雪を行います」としているけれど。優先順位は原則であって、状況に応じてそれが崩れることはあるにせよ、もうちょっとなんとかできたのでは?

バス路線といえば、前回はヒドイ除雪方法だった、大町の秋田ニューシティ跡地前。
(再掲)前回は車線半分に雪が積み上げられた

13日。ニューシティ跡地内は、使う予定がないのか除雪されていない
路肩に雪が残ってしまっているが、こちら側を歩く歩行者は少ないから、許容できる。これなら合格。

ニューシティから遠くない、保戸野中町の住宅地と教会・幼稚園の前。
雪山が!
センターラインはないものの、車がすれ違える道幅。その約半分に雪山ができている。おそらく、後日、運び出す。他にもこのような除雪方法が取られている場所がある。
すれ違いはできないが、通行量は多くないので、譲り合ってなんとかなる。この積雪量だとこうなってしまうのもやむを得ないだろう。
ただ、雪山の陰から歩行者や車が飛び出すと危険。特にここは、前方の横断歩道のところに幼稚園がある。
また、塀や壁など、人や車が出入りしない場所を選んで積み上げているように見受けられるとはいえ、人の家の前に雪山を作るってのもなんだか。市または除雪に当たる業者は、それらの所有者(ここの場合教会や幼稚園)の了解は取ってあるのだろうか。

これを見て分かった。前回のニューシティ前も、このやり方だったんだ。
そうだとしても、バス路線であり、それなりの通行量がある大町通りでは、不適切な方法だ。「バス路線を優先して~」という秋田市の理屈に反する。
ということは、請け負った業者が、大町通りがそんなに重要な通りだと思わずに軽視して、雪を積み上げたことになるんじゃないだろうか。業者が無知だとしても、市から「ここはバス路線だから、すれ違える幅を確保すること」といった指示を出せば回避できるのに、それもやってないのか。


前後しますが、11日午後の雪が盛んに降っていた時の旭川沿いの風景。
土手長町。歩道のロードヒーティングが追いつかない
旭川の川面に注目。
二丁目橋から
白くて薄そうな雪か氷のようなものが、叢雲(むらくも)のごとく、次々と流れていった。
上流で誰かが雪を川に捨てている(褒められた行為ではない)のかと思ったが、それにしては量が多く、まんべんなく均一。港で「蓮の葉氷」というのができるらしいけど、それと似ていそうだけど、違いそう。
秋田中央警察署付近。ハクチョウが3羽休んでいた

拡大(分からないと思いますが、浮いている物体の上のほう中央左にカルガモが2羽)
流れていく物は雪っぽい。雪が次々と川に降り、融ける間もなく集まって塊になったものだろうか。不思議な光景だった。


鳥といえば、かすかな春の訪れを感じさせる鳥だと思っているのが、渡り鳥のツグミ(この記事後半参照)が地面で餌を探す姿。
今年も2月上旬に見かけ、雪が積もった後も見かけたけれど、この雪では大変そう。
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新マンホール蓋

2017-02-13 00:01:29 | 秋田の季節・風景
趣味の分野に「マンホールのフタ(を写真撮影して分類する)」がある。
最近は、各都市や事業別に、個性的な絵入りデザインのフタが登場し、関心が薄い人でも目に留まることがある。
2016年には、国土交通省の呼びかけで、全国のいくかの下水道事業者が、それぞれのマンホールのフタの写真と説明をカードにした「マンホールカード」なるものを配布した。(正しくは「マンホールの“フタ”カード」じゃないの?)
秋田市上下水道局も参加し、川尻の上下水道局庁舎【3月1日補足・「川尻庁舎」と呼ぶらしい】で平日のみ1人1枚ずつ配ったとのこと。もらいに行った人は、どのくらいいるもんだろうか。
【2017年5月4日追記】2016年末から、ふるさと納税の返礼品の1つに、この竿燈柄のマンホールのふたが加わっていた。(12月20日付日本経済新聞サイトより)
25万円の寄付で重さ12キロ、直径40センチ、青地に黄色と赤で描いた「秋田市竿燈柄入マンホール鉄蓋」がもらえる。
竿燈柄のマンホールのふたは、色やサイズ違い合わせて5200か所に設置されているとのこと。
奈良県王子町でもマンホールのふたを2015年から返礼品にしており、1件だけ希望者がいたとのこと。


物好きを自認しているけれど、こういうのにはあまり興味がない。旅先で見つけたら撮影する程度。
スタンプラリーとかポケモンGOと同じように、作ったり設置したりしている側から「こういうものがあるから集めなさい」とお膳立てされてやるのは、向いていないようだ。ひねくれているからね。

ところが、マンホールのフタの世界にもお膳立されない範囲での違い、つまり絵入りでないマンホールのフタがあって、それらをまとめたサイトも存在する。そういうのにはちょっと興味をひかれるけれど、全部知るには気が遠くなりそうで、やる気は出ない。
と言いつつ、少し意識してみると、絵入りでない秋田市の下水道のマンホールのフタにも、いくつかのバリエーションがある。一般的なのはこんなもの↓でしょう。
フタの縁取りにも金属製のものがあるのは、ちょっと珍しい?【←13日追記・それほど珍しくもなさそう】

先日紹介した、道路や交差点の改良工事が行われた「保戸野みその通り」に、新しそうなマンホールがあって、それは初めて見たフタだった。(マンホールの中も新しそうだった)
マンホールのフタっぽくない印象
新しいからサビなどがなく真っ黒なのにも少し驚いたが、表面の模様が全然違って違和感。
細長いスリット状の穴がたくさん開いていて、その間に小さい突起がたくさん出ている。

目的は理解できる。少しでも多くの水が中に落ちるように穴が多く、踏んだ人が滑りにくいように突起があるのだろう。たしかに従来品よりは良さそう。
「福西鋳物株式会社」というメーカーが、これと同じ模様のマンホールのフタを製造していた。もしかしたら、ゲリラ豪雨でマンホール内の圧力が上がってフタが飛び上がるのを防止する「飛散防止」機能付きかもしれない。※飛散防止はフタ自体でなく、フタの下の穴部分に細工があるらしい。
【13日追記】このようなフタが新しく設置されたということは、今後の新設または更新は、すべて絵入りフタが採用されるというわけでもないようだ。費用が安く上がるのか、飛散や転倒の防止でこのタイプの方が有利だからか。

フタ中央には、
秋田市章と「合流」
「合流」とは、汚水と雨水をいっしょにして流す「合流式下水道」という古いタイプであることを示している。そうじゃない分流式だと「汚水」または「雨水」と表記されるはず。

気になるのは秋田市章。本来の市章は、円に「+」形の矢留だけなのに、それを囲うように「の」みたいなのが取り巻いている。
冒頭の古いフタの市章もそうなっているし、マンホールカードになった絵入りフタも、同じデザイン。

調べてみると、「下水」の文字を図案化しているそうだ。なるほど市章の上に「下」、下に「水」の縦棒がそれぞれあり、「下」の横棒と「水」の左右の線がつながっている。
秋田市以外の下水道事業者でも見られる図案(細部のデザインは異なる)らしく、正式な呼称なのかは知らないが、マンホールのフタ愛好家には「下水構え」と呼ばれているそうだ。【13日補足】「構え」というのは、漢字の部首の「もんがまえ」とかの「かまえ」から来ているのかな?
なお、秋田市上下水道局のホームページで用いられている市章(マスコット「カンちゃん」がかぶっているヘルメットなど)は、下水構えがない汎用の市章。


深入りするつもりはないけれど、マンホールのフタも奥が深い。※続きはこちら
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旧卸町経由のバス停

2017-02-11 00:15:31 | 秋田の地理
2016年10月から一部経路が変更になった、卸町経由新屋線関連で少々。経路変更によりバスが通らなくなった区間の廃止・撤去されたバス停の記録。

なくなったバス停は2つ。
秋田駅側から行くと、「卸センター前」を過ぎて右折し、県道56号線へ左折するまでの500メートル強の道。いずれも茨島二丁目に所在した。
卸町を右折して200メートル強の位置の「茨島東町」と、県道に出る交差点の50メートルほど手前の「ハローワーク秋田前」。
ハローワーク前は、大町経由新屋線などとは別の、この路線専用のバス停。※関連記事

「茨島東町」の読みは「ばらじまひがしまち」「~ひがしちょう」どっちだったっけ?【11日補足・「ひがしちょう」だったような???】
茨島はすべて○丁目なので、茨島東町という地名は存在しない。「手形東町」と同様、町内会の名前が由来だろうか。
茨島東町は上下どちら方向とも、それなりに乗降があった印象。秋田駅方面だけでなく新屋方面とここを行き来する人もいた。その人たちが、うまく新経路に流れているといいけれど。【11日補足・以前の記事の通り、新経路でここから近い卸町四丁目では、一定数の乗降はある。】
トヨタレンタリースの少し県道寄りにあった、上り・秋田駅行き
市営バスタイプの古いポール。棒は錆が出て、表示板のネジも片方なくなっている。バス停名表記は、角ゴシック体をシール貼りしたもの。
下に別の文字の跡が
他のバス停で使われていた表示板を転用したもので、かつての名称がくっきり判読できる。カッティングシート文字をはがしただけで、塗り直していないのだろうか。(過去に紹介した他のバス停のものは、以前の文字をはがさずに重ね貼りしていた? それよりも判読しやすい)

下の文字はローマ字併記で「広面碇」。えーっと、どこにあったっけ。赤沼線のは「碇入口」だし…(後述)
「広面碇」のカット文字は、おそらく中央交通タイプの丸ゴシック体。茨島東町の角ゴシック体も新しそうで、そのシールの貼り方(二重に重ね貼り?)からしても、市営バス時代ではなく、中央交通が比較的最近に更新したものと思われる。

新屋方面下り側は真向かいではなく、上りから70メートルほど県道・ハローワーク方向寄りのガス器具屋さんの前。
こちらは表示板の下が折れて曲がっている
状況は上り側に同じ。
以前のバス停名はローマ字併記「桜大橋」。


「広面碇」「桜大橋」も、現在は存在しない停留所。場所としては秋田駅東側。
あちら方面の路線はうろ覚えだけど、おそらく城東消防署経由大学病院線のバス停か。同路線は元は市営バスで、移管後(移管後は消防署が取れて「城東経由~」と呼んでいたらしい)の2009年9月に廃止されている。
文字からすると、城東消防署経由大学病院線移管後に中央交通が設置(または表示板の更新)していたものが、同路線廃止により撤去、転用されて茨島東町へ置かれたことになりそう。


茨島東町から200メートルほど、押ボタン式信号を過ぎれば「ハローワーク秋田前」。
こちらは、上り下りが小さい十字路をはさんで比較的近い距離にあった。
上り側。左奥の駐車場の電柱付近に下りがある。突き当り左右が県道
上り側のポールは、棒が比較的新しそうで、表示版の文字はローマ字併記のカッティングシート。市営バス時代の書体。

下り側。表示板が薄れて読めない…
裏面は、
なんとか読める
今となってはレアな、手書き文字の表示板。
その下の棒のところに、黄緑色の楕円形のシールが貼られている。一部は銀色のペンキがかかってしまっている。
「道路占用許可済証 建設省」
見覚えがある。
22~23年ほど前、国道13号線に立つ市営バスのバス停にもこのシールが貼られていた。
外周の左半分が「年」、右半分が「月」の目盛りになっており、該当する部分に穴を開けているようだ。許可を受けた年月か、あるいは許可の有効年月だろうか。おそらく「5」年の「3」月で、平成5年=1993年を意味するはず。
現在は、国道のバス停でも、許可済証は貼られていないようだ。ネットで調べても、少なくとも現在はバス停のポールに対してこのようなシールが必要という情報は見当たらなかった。※他にも同じシールが貼られたバス停があった

というか、この道は昔から市道。市道にあるバス停に建設省の道路占用許可があるのはおかしい。
一方、大町経由が通るほうハローワーク前は、今は県道56号線だが、2003年までは国道7号線だった。
したがって、このポールは2003年以前のどこかまでは、大町経由側に設置されていたものだと考えられる。

ところで、現在の大町経由側のポール。
大町経由下り側
下り側は、卸町経由上り側と同じ、市営バスタイプのローマ字併記カット文字。(卸町経由側とは文字の配置が微妙に違うような…)
2017年末頃、表示板が更新された

(再掲)大町経由上り側
上り側は、透明でないシールの角ゴシック体。
市営バス時代は、バスロケーションシステム(接近表示)付きのログハウス風の待合所があったので、ポールはなかった。
(再掲)待合所内
移管後、パチンコ屋が建て替えされた時に、待合所も解体されてしまって、ポールが置かれた。

ということは、卸町経由下り側にあった許可証つき手書きポールは、もともとは大町経由上り側にあり、待合所が建ったことで不要になって卸町経由下りに回され、大町経由下りと卸町経由上りには新しいカット文字タイプが置かれたということか。

ハローワーク前の4つのポールそれぞれには、このような掲示が出ていた。
「ご注意」(写真は大町経由下り側、現在は外されている)
「新屋線と卸町経由新屋線のハローワーク秋田前のバス停は、下記の通り位置が違いますのでご注意下さい。」として、各バス停の位置関係を図示している。
書き出しの「新屋線」とは「大町経由新屋線」のことでちょっと分かりづらいものの、図は正確だし、なかなか親切。
「旅客自動車運送事業運輸規則」第五条2の四では、「(略)二以上の停留所が相互に近接している場合であつて旅客の利便のため必要があるときは、他方の乗降場所又は停留所に係る運行系統及びその位置」を掲示できる(義務ではない)ことになっている。それに基づく掲示ということか。

秋田市内には、豊町、面影橋など、同様に路線・系統によって位置が違うバス停がほかにもあるけれど、このような掲示はあったっけ?
市営バス時代の上り面影橋では、県庁経由側のバスロケーションシステムが、旧国道の通町経由側の接近表示も出せるようになっていて、バス停までの地図も出ていた。
乗客の立場になった、分かりやすい案内をお願いしますよ。
コメント (4)
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傾いた電柱の交差点改良

2017-02-08 23:43:41 | 秋田の季節・風景
2015年度後半、秋田市中央部の市道「保戸野みその通り」の改良工事が行われ、歩道と車道に段差がなく、歩道部分がフラットな歩きやすい道路に生まれ変わった。一方で、街路樹のイチョウの多くが伐採されて、若干問題になった。

今年度は、昨年度の区間より北側の「泉いちょう通り」部分で工事が行われている。
今回はイチョウはそのまま。昨年の反省を踏まえたのか、あるいはイチョウがなくなったら「いちょう通り」でなくなってしまうからか。

それにやや先行して、みその通り~いちょう通りと保戸野学園通りが交わる交差点でも、類似した工事が行われ、現在は終了。
この交差点の角には、20年前の秋田初出店のローソンの1つであるローソン秋田保戸野原の町店、中華料理店、医院がある。
中華料理店の建物は、かつて(30年ほど前にできた?)は「南山(なんざん)」という焼肉屋だったので、古くからこの辺に住む人には「南山の交差点」で通じるかもしれない。ローソンはあちこちにできてしまったので。

ところで、2010年に傾いて埋まっている電柱のことを記事にした。その中で取り上げた1つが、実はこの交差点にある。北東角のローソンの学園通り側に立っている。
工事初期の9月下旬に西側から。左奥が傾いた電柱
着工して最初は、交差点外の工事と同様に、交差点内の歩道と車道の段差を解消する工事が進んでいた。
10月上旬
やがて、現在信号機が設置されている各柱よりも交差点内側に、信号柱(=電信または電話と共用ではなく信号機専用の柱)と思われる、新しい細い柱が立った。
傾いた電柱の所にも
その後順次、現行の歩行者用信号機を新設した柱に移設して「工事中」カバーで隠し、従来の電柱には中古の仮設信号機が設置されたり、横断歩道の白線を消したり引き直したりされた。

この工事は、段差解消とともに、横断歩道を従来よりも交差点の内側に移設する目的もあるようだ。
向かいの点灯している歩行者用信号機は仮設。右側(内側)に横断歩道が移ろうとしている
昨年夏、この東の菊谷小路との交差点で、1本だけ横断歩道の移設が行われた(県道と市道が交わる交差点の市道側横断歩道)が、それと同じ意図があるのだろうか。
横断歩道があまり外側にあると、右左折車から横断者の発見が遅れて危険な場合もあるだろう。
自動車以外に歩行者・自転車の立場では、歩道の曲がり角に塀がある場合、出会い頭にぶつかる危険性もある。横断歩道が交差点内側にあると、歩行者・自転車の動線が変わって、その危険も多少軽減されると思う。うまく説明できないけれど、通ってみると実感としてそう感じる。
変更前。右から人や自転車が来るかもしれないし、向かいから渡ってくるのも気づきづらい
やがて、車両用信号機も、新しい柱に移設された。新品ではなくすべて従来品の移設で対応。取り付けアームは、学園通り側が太い1本から細い2本タイプへ更新された【9日追記】(柱から車道までの距離が新旧で異なり、アームの長さが合わず流用できなかったのも理由と思われる)。
右が傾いた電柱。仮設の歩行者用が設置されている

角に柵が設置されて、街路灯も新しくなって、
完成
写真では分かりにくいかと思うが、新規開通同様のきれいな【9日追記・そして少しコンパクトな】交差点になった。

工事看板は2つ。別々の場所に立っていた。
 
秋田市発注の道路工事のものは、「悪くなった歩道を直しています」「歩道改良工事」。
改良工事は分かるけど、ここは最初からこういう造りの交差点だったのだから「悪くなった」のとは、違うのでは?【9日追記】「時代の変化により、後に新しくできた道路と比較して相対的に」悪くなったという意味だったら、なんとか通用するかも。
例えば「安全で通行しやすい交差点にしています」 はいかが?

もう1枚は、県警発注の信号工事の看板。普通の信号機工事ではあまり設置されないと思うが、ここは長期に及ぶから置いたのか。
「交通信号機の工事を行っています。」「信号工事」。
「秋田市の交差点工事がそもそもの原因」であり「信号柱を更新し、それに伴って信号機を移設」する工事だから、「信号機の工事」だと若干物足りない。
例えば「交差点改良工事に合わせて信号機を移設しています」はいかが?
本件に限らず、「○○を××しています」の文面は、一般人に分かりやすく知らせるためのもののはずなのに、うまくできていないものが多い。

傾いた電柱は、“信号柱兼務”の任は解かれたものの、傾いたまま引き続き電力柱として活躍中。ただ、信号機がなくなったので、目立たないし、傾きの角度の目安もなくなり、インパクトは薄れた。
信号機があったからこそ、傾きがよく分かった

この工事現場に置かれたパイプの仮設の柵は、全部黄色いタヌキ(だよね?)。
口からツツジの枝葉が!

※その後、年ごとにさらに泉方向へ工事が進んだ。2020年度はこの記事後半。
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弘前いろいろ

2017-02-07 23:59:11 | 津軽のいろいろ
年末年始の弘前訪問記(前回の記事)は、この記事にておしまい。
取りこぼしていたネタを最後に。

以前、弘前市内のごみ集積所に設置されている、地域外からの持ちこみを禁ずる看板を紹介していた。
(再掲)
ごみをこっそり捨てようとしている人物のシルエット。忍び足なのか、どこかユーモラスな足取り。
弘前市が作って、各町内に配った看板だと思われるが、弘前オリジナルなのか、他の自治体でも見られる汎用品なのかは不明。

もう1つ別の同じような看板があった。
下は例の看板だけど、一部隠れている
「ポイ捨てはやめてください」なので、ごみ置き場以外にも設置されているはず。以前から見かけていた。
手足の生えた空き缶自身が、厳しい表情で怒っている図柄。

「空き缶が泣いている」絵のポイ捨て禁止看板は、各地でちらほらあるようだけど、怒っているのは珍しいかも。
現在では、小容量のPETボトルが普及したので、ポイ捨てといえばPETボトルが主流だろう。この看板では、下に小さくPETボトル(形状からして容量は1リットル?)があるものの、主役は缶。缶は350mlだろうか。タブは分離する「プルタブ」ではなく、現行の「ステイオンタブ」。
その辺りからして、500mlなどの小容量PETボトルが広まる(解禁は1996年だそうだが、普及はその数年後か)以前、2000年前後の作成かな。


“寒沢スキー場”上の弘南鉄道大鰐線の踏切(名前はあるのかな?)。
奥が弘高下・中央弘前方向、左が坂道
線路端に信号機のようなものが立っている。
踏切が正常に作動していることを列車の運転士に知らせるもので、かつては私鉄各社には設置が義務付けられていたそうだ。弘南鉄道の場合、踏切が閉まっている時に、白く点滅するはず。ちなみにJRにはなく、代わりに非常ボタンが押された時に点滅するものが設置されている。
よく見ると、
ビニール袋をかけて、結束バンドで縛っている
雪がくっつかないための袋だろうか?
たしかに、むき出しよりは雪が落ちやすそう。道路の信号機にも応用できるかも?!
【13日追記】秋田市の奥羽本線貨物支線(JR貨物管轄)では、別のタイプの鉄道用信号機を透明なビニールで覆っていた。一般的な手段なのだろうか。


工藤パンで正月用の月餅など(リンク先後半)が発売されていたことを紹介した。
秋田のたけや製パンでは、ホームページでの紹介はなかったものの、鏡餅が各種発売される。秋田の多くの店では、全国的に有名な越後製菓やサトウに負けないほど置かれていた。
工藤パンでもホームページには出ていないが、同様にいろいろ製造されていた。
透明な袋に脱酸素剤とともに入った小さめの鏡餅は、たけやのものとほぼ同一に見えた。その鏡餅に、プラスチック製のダイダイらしき柑橘類が載っかったものもあった(これはたけやではない?)。


秋田では、正月のカマボコが独特。宮城屋蒲鉾店のシェアが高い。
青森では、おにぎりをよく見かける「高橋蒲鉾店」というメーカーがあるから、そこで正月用商品を作っているかと、スーパーをいくつか見たけれど、見当たらず。紀文など全国的メーカーのカマボコばかりだった。

その土地に行ってみなければ分からないものって、たくさんあるものだと、今回もまた実感した。
次は、弘前城の石垣が解体されている頃にでも、おじゃましましょう。
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きっぷの経由とアンケート

2017-02-06 23:56:21 | 旅行記
JRのきっぷの小ネタ2つ。

秋田駅発藤崎駅行き乗車券
五能線の藤崎駅までの乗車券。1年ちょっと前に秋田駅の指定席券売機で購入したもの。

券面の経由表記に注目。「奥羽・藤崎」とある。
意味不明。
そもそも「藤崎行き」の乗車券において、その目的地である「藤崎」を経由地にするってのが、おかしい。
それに、路線図を見れば分かるように、五能線は両端(東能代と川部)が奥羽本線と接続しているので(【8日追記】かつ途中で他のJR路線とは接続しないので)、五能線外の駅から、五能線内のどの駅へ行く場合も、必ず奥羽本線を通らないとたどり着けないから、「奥羽」もあまり意味がない。
東能代と川部のうち、「どちら側から五能線に入るか」を記載しないとならないのに。
この時の乗車券は、大館、弘前と奥羽本線を進んで、川部から五能線に入るルートだったから、「奥羽・川部」などとするべきだ。

これでは、券面を見ただけでは、東能代から五能線に入る乗車券と区別できず、車内や改札口で手間取りかねない。
きっぷの経由地の表記というものは、わりと自由度というかいい加減なことがある【7日補足・今回は券売機での発券だから、駅員が都度手入力したわけではない】。客には落ち度はないのに疑いをかけられるようなことがないように、配慮願いたいものである。

なお、磁気データでは、ちゃんと経路が識別できるようになっているようで、弘前駅の自動改札機では難なく途中下車できた。

【7日追記・いちおう原因は分かった】藤崎は、川部の隣の駅だった。乗車券の経由では、接続・分岐駅ではなく、その1つ隣の「その路線に入って最初の駅名」を表記することもある。今回の表記は、そのやり方を踏襲と言うか、機械的に当てはめてしまったことになりそう。
だから、JR社員は見て理解できるのかもしれないが、乗客としては戸惑う。藤崎発着奥羽本線上り方面に限っては「川部」としたほうが適切だと思う。あるいは奥羽本線で1つ秋田寄りの「撫牛子」にするとか。今のお利口なコンピューターなら、その程度の使い分けはできそうだけど。
これにならえば、反対側の接続駅である東能代の1つ隣、能代駅までの乗車券では、「奥羽・能代」と経由されることになるが、実際はいかがでしょうか。



特別企画乗車券、いわゆる「おトクなきっぷ」を買うと、きっぷ本体のほかに何枚か出てくることがある。きっぷじゃないのにきっぷと同じ厚紙なので、かさばるし処理に困る。
それには「ご案内」のほか、「アンケート」が含まれる場合がある。

アンケートは20年近く前、JR東日本のきっぷで初めて遭遇した。
当初は、「抽選で○名様にオレンジカードを差し上げます」とか景品が付いて、氏名と電話番号を記入する欄があった。
現在は、経費節減か個人情報保護か知らないけれど、景品も連絡先欄もなくなった。

何ももらえないし、駅改札口へ提出しないといけないから、回収率は低そうな気もするけれど、僕は安く旅行させてもらったのだし、今後の発売継続も願って、できるだけ回答している。
回答内容によっては、「こんなに使われちゃ、もうからない」と、発売中止につながっちゃうかもしれないけれど。

昨年買って使ったきっぷで、長野支社と秋田支社のアンケートを比較。
信州特急料金回数券」のアンケート

津軽フリーパス」のアンケート
この2つに限らず、「旅行目的」「このきっぷがなかったら、今回の旅行はどうしていたか」、フリータイプでは「利用した区間」は定番の質問。

長野と秋田では、細かな言い回しや選択肢の数字が丸囲みかどうかといった違いはある。
長野では「JR東日本の駅改札口へお渡しください。」。長野では、すぐ隣がJR東海エリアだから、そっちに渡されても困るからか。
秋田は「最寄りのJR駅改札口へ」。JR北海道あるいは東日本盛岡支社の改札へ出したら、どうなるのだろう。

利用者の住所を尋ねる項目。
信州特急料金回数券では、「市町村」を記入する。長野県民が利用することを想定しているようだ。仕方ないから「秋田(市)」と書いた。
津軽フリーパスでは、「どちらにお住まいですか」の選択肢が、「秋田県内、東北、関東、その他の地域」だけで、地元「青森県内」がないのが不思議。
今回のきっぷは秋田駅で購入した。もしかしたら、発券する駅に応じて、選択肢を変えているのかもしれない。青森県内で買えば「青森県内」とか、あるいはより細かく「津軽、青森県南」とか印字されるのかも。

回答する時に少々困るのが、記入しづらいこと。
表面がツルツルの厚紙にびっしりと文字があるから。油性ボールペンでもいいけれど、個人的には極細の油性サインペン(サクラマイネーム)がおすすめ。
それを使っても困難なのが、津軽フリーパスの最後の質問、各社ごとの利用区間の欄。
全部「(  ~  )」しかないから、長い駅・バス停名や2区間以上乗った場合は書き切れない。弘前城址へ行って「弘前バスターミナル~市役所前・公園入口」とマジメに書きたい場合など、米粒に文字を書ける人以外は困ったことになる(略したり、カッコの外の余白を使ったりすればなんとかなるけどね)。


ホームページのURLかQRコードでも印刷して、ネット上でアンケート回答することもできそうな時代(近年の東日本全域のフリーきっぷでは、そういうのがあったはず)だけど、こういう手法でないと集まらない意見があるということなんだろうか。
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JRの話題

2017-02-05 23:58:17 | 秋田のいろいろ
最近の秋田周辺のJR東日本の列車についての話題いろいろ。
●ついに入線
今年春から男鹿線で運行開始する蓄電池式電車「EV-E801」系。
※ハイブリッド車両などではないので、ディーゼルエンジンは搭載しない。バッテリーを積んで、それに充電した電力を使って男鹿線内を走行する、ほんとうの意味での「電車」。

12月に秋田に車両が到着し、奥羽本線内で試運転が行われていた。
4日付秋田魁新報県央地域面「男鹿線新車両試運転/蓄電池電車 さっそうと/騒音響かず走行スムーズ」によれば、ついに男鹿線内(追分-男鹿間)での試運転が始まった。

男鹿線での試運転は「先月末から男鹿線で開始。」「3日は、同区間で初めて日中の試運転を実施(=これまでは夜間ということか)」「今後は不定期に実施していく」とのこと。
3日は、秋田-追分-男鹿で午前と午後に各1往復したようで、男鹿駅ではキハ40系の営業車両と並んだ写真が掲載されていた。
八郎潟残存湖と海を結ぶ船越水道を渡る(「船越鉄橋」とあるけど、そういう名前なの?)シーンの写真も掲載。もうちょっと引いた広角のアングルのほうが、そこが船越水道であることが分かっていいと思うけど。


●春の臨時列車
3月から6月までの増発列車が発表された。
ちょうど秋田がJRの「重点販売地域(プレ・デスティネーションキャンペーン)」となるそうで、SLはないけれど、興味深い列車がいくつか運行される。

個人的には次の2つ。いずれも、かつての特急用車両485系電車を改造した車両が使われる。
いつもは新潟-酒田を走っている全席指定の観光快速「きらきらうえつ」が、「きらきらしらかみリレー号」として、4月と6月に計4回秋田まで延長運転。
これまでも、象潟や羽後本荘までは何度も延長されていて、昨秋、初めて秋田へ来ていた。
安く・快適に新潟まで行け、4月は青春18きっぷでも乗車できる(要・指定席券)ことになる。ちょっと乗ってみたいけど…

盛岡支社のジョイフルトレインで、平泉近辺の臨時列車として使われることが多い「ジパング」を6月に借りて、秋田-大館で「ジパング秋田犬号」、秋田-横堀で「ジパング小町まつり号」が、各1往復運行。全席指定の快速。
小町まつり号のほうはイベントに合わせた運行だけど横堀行きが珍しい。秋田犬号は別段イベントはなさそう。
これも乗ってみたいけど、1回限りの運行でタイミングが合わせづらい。

どちらも、改造されているとはいえ、今や風前の灯となった485系電車に乗車できる、数少ない機会でもある。


●わくドリ→GOドリ?
「583系」という、座席車としても寝台車としても使える特急用電車がある。
古くなって各地で廃車が進み、現在は全国でただ1本だけとなり、それが秋田車両センターに配置されている。
臨時列車や団体列車として、けっこう重宝されている。(車両センター公開乗車記

その定番が「わくわくドリーム号」。
金曜夜に青森~秋田~象潟を発ち、土曜日に東京ディズニーリゾートで遊んで、日曜朝に帰ってくる、車中2泊の団体列車。月に1度程度運行されていた。
(再掲)わくわくドリーム号のヘッドマーク
わくわくドリーム号は、昨年12月に運行されて以降の募集がなく、ツアーの終了、そして583系電車の廃車を意味するのではないかと、噂されていた。

年が明けて、3月のTDLツアーが募集された。
それは、行程は従来とほぼ同じながら、583系を使ったものではなくなった。※583系の廃車など処遇については、発表されてはいない。
【18日追記】その後、4月8日の秋田-弘前2往復の団体列車(座席仕様)をもって、583系が引退することが発表された。

ツアー名は「家族でGO・GOドリーム号」に変更し、始発が青森から弘前へ短縮。
「家族で」も含んだツアー名のようだ。わくわくドリーム号は、(参加者のみなさんは分からないが)鉄道愛好家やおそらくJR内部では、略して「わくドリ」と呼ばれていた。それにならえば「GOドリ」?

583系の後継車両は、E653系電車。チラシや広告の写真からすれば、新潟の特急「いなほ」用の7両編成を借りるようだ。グリーン車があるが、そこを発売するのかは不明。普通車は2人掛けリクライニングシート。
(再掲)
チラシや広告には、「団体専用臨時列車E653系は、全て椅子席となります。」と注記がつき、車内の写真が出ているものもある。
秋田発着の値段(朝食1回、TDLチケット付き。18歳以上)は、わくドリ時代は3万200円、GOドリは2万8千円。差額2200円。
(再掲)いなほ用E653系普通車車内
昼間の特急なら充分な座席だけど、それで2晩連続夜行ってのは…
「家族でGO・GO」というからには、小さい子なんかも利用するかもしれない。耐えられるだろうか。元気な若者には、高速バスみたいで問題ないだろうけど。

いなほ用E653系の普通車は410席。
ところが、「募集人員200名様(最小催行人員120名様)」となっているので、きっと1人で2席を独占できるようにしているのだろう。
ちなみに、わくドリ時代は150名(同100名)。

ほかにもこれまでは、熱海や信州方面への583系を使った車中2泊ツアーがあった。
現在は、河津桜のツアーが、やはりE653系で募集中。募集人員120名(最小催行人員80名)とさらに少ない。
TDLよりも参加者の年齢は高いと思われるツアー。若い頃は座席夜行列車での旅行を経験されている方々かもしれないけれど、やっぱり2夜連続はたいへんそう。


それにしても、秋田支社は、今後も毎回新潟からE653系を借りてGOドリなど団体列車を運行するのだろうか。その車両は、前後に「いなほINAHO」の表示があって、消せないみたいだし。
どっかで余っている車両をやり繰りして、秋田に配置するつもりはないのかな。

【6月20日追記】この後、7月出発分は、同じ行程・E653系ながら「舞浜ドリーム号」という名前になった。
大人2万6000円と2000円安くなり、募集人員160名・最少催行人員80名と少し減った。



JR東日本は同社の各新幹線もしくはその一部区間が開業して、5年または10年ごとに区切りの年である2017年を「新幹線 YEAR2017」と銘打って、キャンペーンを実施することになった。ちなみに東北・上越新幹線は35周年となる。
日付順では3月22日の秋田新幹線開業20周年が最初。次のような商品が発売された。
●E3系“復活”
2014年春で秋田新幹線「こまち」から引退した、同新幹線初代車両「E3系」電車。
廃車や山形新幹線や現美新幹線などへ改造・転属した車両もあるが、ごく一部(6両×2本?)は、こまち時代の塗装のまま、東北新幹線盛岡以南の「やまびこ」「なすの」用として運行中。
やまびこ・なすの用は今も秋田車両センター所属となっていて、メンテナンスなどを引き続き秋田で行うことになっているらしく、その行き帰りに回送として、秋田-盛岡間を走ることがある。

3月25日には「秋田新幹線開業20周年号」という、このE3系を使った団体列車が運行される。秋田から上野へ日帰りする行程(昼食弁当付き。東京ではバスツアーかフリーの選択)。
フリーコースで1人2万円。現時点で完売。

●半額
宿泊付きの「びゅう旅行商品」の格安(列車・ホテルに制限あり)が発売。
本社のプレスリリースでは「WEB限定」とあるが、4日の秋田魁新報の広告にも載っていた(別物?)。

そして、会員限定の乗車券+指定席特急券が割引になる、「えきねっとトクだ値」と「モバイルSuica特急券」に、半額(またはそれ以上)の設定が登場。秋田~大宮以遠の区間、列車(時間帯)、発売席数限定。
トクだ値の半額は、2012年にも各新幹線で実施されたが、その時よりは対象列車が少なくなった感じ。

3月4日乗車分からの設定で、1か月前から予約できるので既に発売中だけど、半額枠は当日中に埋まってしまうようだ。
5年前もそうだったけど、簡単には利用できそうにない。3月後半はただでさえ移動が多い時期だし…
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弘大正門周辺/西弘信号

2017-02-03 00:29:05 | 津軽のいろいろ
昨日に続いて弘前市内の話題。
弘前大学文京町地区。2011年春の記事の実質的続き。
※ほかに富田大通りの流雪溝弘大農学生命科学部前バス停について、アップ済み。

弘前大学正門の左側
2000年代前半だろうか、正門と続く塀がリニューアルされ、かつては灰色系だったのが茶色になった。(門自体の基礎というか枠というかは、以前のものを活用しているはず)リニューアル前の正門などについて

その際、向かって左側の塀の一部に大型ディスプレイ2台が埋め込まれた。
2005年にパイオニア株式会社から寄贈されたプラズマディスプレイ(同社は2009年にプラズマから撤退)で、「弘前大学インフォメーションボード」として8時から19時まで、大学や街の情報が表示されていた。
(再掲)
2011年春に見た時は稼働していたものの、昼間の明るさに対して輝度が低すぎてよく見えず、わざわざ足を止めて見る人もいなかった。さらに、東日本大震災直後の節電が叫ばれていた時期に、消費電力の多いプラズマを2台もつけっぱなしにすることに対しては、引っかかるものがあった。

その後、2014年7月に行ったら、ディスプレイは消灯し、ディスプレイを縁取る装飾が一部脱落するなど、みっともない状態だった。修理するか、フタでもして隠すかしたほうがいいと感じた。

上の写真の通り、現在はディスプレイは撤去され、桜と岩木山の写真入り看板と、構内案内図が掲出されている。見た目はこれで問題なく、無難なところでしょう。


さて、上の写真の右奥。そこが以前と変わっていた。白い建物と、その壁に大きな時計がある。
正門を入った右側のその建物は、大学の「本部」的な建物。
学生にはまず縁がない建物だけど、僕は2度ほど入ったことがある。
名称としては「事務局庁舎」(少なくとも現在の呼称。国立大学法人化される前などは違っていた可能性あり)らしい。ネット上の公式文書には「戦略本部棟」という、よく分からない名称も使われている。案内図などでは「事務局」が一般的な模様。
その建物に、2015年夏頃から1年ほどかけて「耐震化等改修工事」が施工されていた。
改修後の事務局庁舎
以前と違ったのは分かるけれど、以前の姿をよく思い出せなかった。地味な雰囲気だったのは確実だけど。
後で調べると、以前はもっと平面的な横長の箱状の建物。外観は灰色がかった緑色で、2階より上は微妙に色合いが違うタイルでモザイク状なっていた。
雰囲気としては、秋田大学手形キャンパスの正門の左側にある同じ趣旨の建物、「本部管理棟」の色違いみたいな感じだったようだ。

改修後は、中央の玄関部分に、3階までつながる白い出っ張りがついた。その壁に、「弘前大学」の文字と、壁面を文字盤にしたアナログ時計を設置。
※このような壁に埋め込んだ時計のことを、メーカーでは「塔時計」と呼んでいるらしい。
壁そのものの色は、1階がグレー、2階以上が肌色っぽい茶色で、先に改修された各学部校舎や図書館と統一。
しかし、2階より上には、壁の外側に白くて縦に細長い板をランダムに配置。それによって壁の地色も窓もほとんど見えなくなった。
最近の建築界では、こういう風に、外壁に細長いデザインを散りばめるのが流行っているみたいだ。でも、この建物の場合、これでは外壁の色を変えた意味がないし、他の建物との統一感もなくなるのでは? 風呂のフタを立てかけたように見えて(?)イマイチよく分からないし、古くなって汚れたら、外壁がところどころはがれ落ちたボロ家みたいに見えないでしょうか…

出っ張り部分。照明もある
中央の出っ張りは、ガラス張りの吹き抜けっぽく、中にらせん状のオブジェみたいなのが入っているのだろうか。近くで見なかったので詳細不明。
【2017年7月3日追記】2017年3月1日付「弘前大学同窓会報 第18号」で、「弘前大学事務局庁舎リニューアル」として、大学施設環境部整備計画課による説明が掲載されていた。
塔時計(「大時計」と表記)がある出っ張りは「アトリウム」だそうで、つまり吹き抜け。そのガラス張り部分はステンドグラスで、桜の花がモチーフ。桜から5色の虹が出ていて、その色は5学部を示す。
壁全体に散らばった風呂のフタのような縦長の物体は「日射を抑制する外装シェード(縦長パネル)」。だったらすき間なく埋めればいいのに…
庁舎は昭和47(1972)年築。(以上追記)


塔時計といえば、比較的近年に建設された秋田市立小中学校の校舎の必須装備。
(再掲)保戸野小学校。文字盤の仕様は弘大のと同じっぽいので、同じメーカーかも?
秋田市立学校のと比べると、弘前大学のは3倍くらい大きそう。建物1フロアの高さと文字盤の直径がだいたい同じ。

これだけ大きな時計だと、遠くからでもよく見えそう。
でも、正門から奥まった位置に、しかもやや右にずれて設置されている。そもそも正門の向かいは建物があるので、見える範囲は限られている。


そうそう。大学正面の時計といえば、
 (いずれも再掲)当時はこういう緑がかったガラス張りの建物が流行っていた
秋田大学手形キャンパスの正門にもあった。ただし、デジタル式。
2011年春に、正門から見てほぼ真ん中に新たに造られた渡り廊下に設置されている。秋大も奥まった位置でどこからでも見えるわけではないが、正門の真向かいにまっすぐな道があるから、多少は見られていそう。



2015年春に久しぶりにじっくり歩いた、弘南鉄道大鰐線・弘前学院大前(旧・西弘前)駅の南西側、稔町~城南付近。
線路からすぐの青森銀行城南出張所は閉店していて、現在もそのままだった。
駅南側の踏切越しに。信号の奥左が銀行跡
その銀行跡角の小さな十字路。
僕が弘前にいた頃に、新たに信号機が設置されたのだが、それがいつだったのかは覚えていなかった。
ただ、信号機は当時と同じものが今も設置されているから、その銘板で製造年月を確認すれば、見当はつく。それを実行。
「平成8年11月」
予想というか漠然としたイメージでは、1996年度の前半くらいのような気がしていたけれど、それよりはわずかに後だった。
秋田県警の場合、製造されたその月中に設置されるケースもあるが、数か月後になることもある。
青森県警でもそうだとすれば、1996年末、もう少し広げて1996年度末にかけて設置されたということになろう。
永年の(些細な)疑問が解決して、(ちょっとだけ)スッキリした。

弘前の話題はもう少し続きます
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