狼魔人日記

沖縄在住の沖縄県民の視点で綴る政治、経済、歴史、文化、随想、提言、創作等。 何でも思いついた事を記録する。

元スパイが残したプーチンへの「遺書」

2006-12-04 11:06:56 | 県知事選

 

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琉球新報 金口木舌 2000年9月5日(火) 朝刊

プーチン・ロシア大統領

 プーチン・ロシア大統領が三日、来日した。初の公式訪問だが、県民には七月の沖縄サミット歓迎行事で、中学生に一本背負いで投げられた笑顔の大統領が忘れられない。

 かつて「鉄のカーテン」と呼ばれ、国情がよく理解できないところもあったが、柔道交流の一幕はそうした印象をぬぐうのに十分。「新聞を逆さまにしてみたが、大統領の表情はやはり和やかだった」「少年に夢と希望を与えてくださいました」など、反響が投書欄に寄せられた。

 当時、「柔道を愛する人は家族だと思っている」と述べたが、一本背負いで大統領を投げた具志川中の志喜屋周君を今回、東京へ招待した。志喜屋君も「チャンスがあったら、一緒に練習しませんかというつもり」と大喜びだ。

 一方、今回の公式訪問では、焦点の平和条約締結問題について多くの時間が割かれた。大統領にはゆっくり好きな日本食や柔道を楽しむ時間がとれたのかどうか。北方領土など日ロの戦後処理は、一挙に前進しそうにないからだ。

 今年五月に就任後、朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)への電撃訪問や上院改革など、内外政策に手腕を発揮。最近の原潜事故では批判されたが、なお六割という高い支持率だ。「強い国家」づくりが目標という。

 大統領には、具志川市でみせたようにさらに多くの日本国民と触れ合い、日ロの懸案解決へ強い指導力を期待したい。


6年前の沖縄サミットの時,沖縄を訪れたロシアのプーチン大統領と沖縄の柔道少年の柔道を通じたほのぼのとした交流を書いたコラムである。

記者は、滅多に笑顔を見せたことの無いプーチンの笑顔に、独裁国家ソ連から選挙で選ばれた大統領を持つ民主国家ロシアを重ねて見たのだろう。

プーチン大統領と柔道少年の交流は当時地元テレビでも大々的に報じられ、ロシアはスターリン、ブレジネフの暗い時代からプーチンの民主国家に変わったのかと印象を県民に与えた。

「中学生に一本背負いで投げられた笑顔の大統領が忘れられない」と書いたコラム記者の気持ちはよく分かる。

だが、このコラムを書く一ヶ月前の8月12日の原子力潜水艦事故で示したプーチンの氷のような冷たい決断をこの記者が知らなかったはずは無い。

そして事故潜水艦で死亡した乗組員の遺族が泣き叫んでプーチンに詰め寄る後ろから迫り、注射を首筋に打って黙らせた衝撃の報道を知らなかったはずは無い。

事故は2000年8月12日起きた。

プーチン大統領は乗組員の生命より潜水艦に潜む軍事機密保持を優先させた。

 

米には救助協力要請なし ロシア原潜事故
2000.08.17(16:24)asahi.com

 米ホワイトハウスによると、クリントン米大統領が16日、プーチン・ロシア大統領と約25分間、電話で協議し、沈没したロシアの原子力潜水艦クルスクの乗組員救助への協力を申し出たが、深海潜水艦救助艇2隻を持つ米国は、支援の要請をまだ受けていないという。
 
 米政府は事故発生直後から、大統領補佐官、国防長官などのチャンネルで救助活動への協力を呼びかけてきた。ロシア側がこれまで、外国の支援に頼ることを避けてきた事情について、クロウ元統合参謀本部議長は「ロシア海軍のプライドが許さなかったこと、冷戦時代から続いている秘密保持の本能が働いたこと」を挙げた。米政府当局者はこれに加え、救助活動がこれほど難しいとは思っていなかった可能性がある、と指摘した。
 
 一方、ロイター通信によると、米情報当局者は16日、「事故原潜に生存者がいることを物語る証拠は見ても聞いてもいない。乗組員が無線で通信を送ったり、内部で船体をたたいてSOS信号を送ったりしていることを示す情報は何もなく、状況は悪い」と語った。米海軍はクルスクの沈没直後から通信などの傍受を続けている。情報当局者は、米国の潜水艦が事故当時、クルスクからの爆発音を探知したのは2回で、2回目がはるかに大音量だった、と語った。
 

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抗議の遺族黙らせるため鎮痛剤?注射 原潜事故でロシア
2000.08.24(22:48)asahi.com

 抗議する遺族の背後に注射器を手にした若い女性がそっと近づき、その直後に遺族は意識を失う――英仏メディアは24日までに、沈没したロシアの原潜クルスクの乗組員遺族と政府高官の対面の場で繰り広げられた光景を相次いで報じ
、「反体制派の口を封じるKGB(旧ソ連国家保安委員会)の手法が今も使われている」などと伝えた。
 
 問題の場面は、フランス2テレビが放映した映像に含まれていた。乗組員の家族らが住むビジャエボ村で開かれた遺族と政府高官の対面の席で、遺族の女性がクレバノフ副首相に非難を浴びせ始めた。海軍職員が遺族をなだめている間に、看護婦とみられる女性が背後に近づき、その直後に遺族は意識を失って崩れ落ちた。英タイムズが載せた写真では女性の左手に注射器が写っていた。
 
 タイムズは「遺族らには鎮静剤を投与した」という海軍当局のコメントを伝えている。

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原潜事故でロシア大統領が内外の批判に反論
2000.08.24(10:59)asahi.com

 ロシアのプーチン大統領は23日夜、ロシア・テレビとのインタビュー番組で、原子力潜水艦クルスクの沈没事故で乗組員118人全員の死亡が確認された後初めて、事故に対する見解を明らかにした。大統領は「事故に大きな責任と罪を感じている」としつつも、事故の公表や国際救援受け入れに遅れはなかったとし、事故への対応のまずさに対する内外からの批判に反論した。
 
 大統領は、事故の責任からセルゲーエフ国防相が21日、クロエドフ海軍総司令官とポポフ北方艦隊司令官が22日、それぞれ辞表を提出したことも明らかにした。しかし、大統領は「だれかに責任を押しつけて苦境を逃れるのは大きな誤りだ」とし、事故原因が明確になるまでは辞表の扱いを保留する方針を示した。
 
 インタビューによると、大統領は12日の事故発生の後で、国防相から「クルスクとの通信が途絶えた」との連絡を受けた。だが、「これは軍事演習中のできごとだった」とし、14日まで公表を避けたことを正当化した。さらに「船体が発見されて4時間半後には救援活動に入った」と指摘。「海軍当局は、外国からの救援支援提案が15日に公式に届いた時点で同意した」とも語り、「対応能力がないと軍人たちを批判する根拠はない」と強調した。
 
 米国や英国は14日に救援支援を申し入れたとしており、ロシア政府が英国とノルウェーの支援を公式に受け入れたのも16日だったため、この大統領の発言は今後論議を呼ぶ可能性もある。
 
 一方で大統領は、外国の協力を得ながら、クルスクからの全乗組員の遺体収容や、艦体の引き揚げの検討も続ける方針を示した。「クルスクと共にロシアの誇りも沈んでしまったという言い方には賛成できない」とも述べ、「軍改革を実現して、現代的で、予算が十分に投入された軍隊をつくる」との意欲も見せた。
 
 また、「今は水兵を救えと叫ぶ最前列にいながら、実際は軍、国家の破壊者だった連中がいる。彼らは我々を批判するより、フランスやスペインに持つ別荘を売った方が良い」とも述べた。 

ロシア原潜沈没、「まだ死を信じない」遺族が大半
2000.08.24(00:10)asahi.com
 
                        ◇

連日メディアを賑わしている「元ロシア・スパイ毒殺事件」。

事件に絡むといわれるプーチンとはどのような男なのか。

◆反プーチン派暗殺疑惑(ウイキペゲィアより抜粋)

2006年10月、反プーチンのロシア人女性ジャーナリストのアンナ・ポリトコフスカヤが何者かに射殺された。ロシア情報公開擁護財団によるとロシアでは1999年から2006年までに128人のジャーナリストが死亡・もしくは行方不明となっており、プーチン政権がこれらの事件に関わっているのではないかとの疑惑も浮上している。2006年11月にはプーチンを批判してイギリスに亡命し写真が公開されたアレクサンドル・リトビネンコが死亡した。死亡原因として、多量の放射能物質ポロニウムを食事などに混合され摂取した為とイギリス警察が発表し、トニー・ブレア首相がロシア政府に対し協議したいと要望した。ロシア連邦保安庁(FSB)による暗殺だとする説も浮上している。これに対し、プーチンはこの疑惑には根拠が無いとして否定している。

彼は元情報部員でありその過去についても不明な点が多い。大統領就任時は謎に包まれた経歴から名前の「プーチン」を帝政ロシア末期の怪僧「ラスプーチン」に引っかけられて揶揄された事がある。

その経歴から「冷酷な性格」や「粗野」という批評を受けているが、むしろ国内ではメディアを通じて非常に紳士的な姿勢をアピールしており、国民からの人気もきわめて高い。

また、11歳の頃より柔道とサンボをたしなみ、大学在学中にサンボの全ロシア大学選手権に優勝。1976年には柔道のレニングラード市大会で優勝したこともある実力者である。
                        *

日本のいじめられっ子は自殺しても遺書に特定のいじめた子の名前を明記しないと言う。

ところが毒殺された元スパイの遺書には毒殺を指示したと言われるプーチン大統領の名前が明記されていると言う。
 
◆毒殺された元ロシア・スパイーリトビネンコの遺書の原文(「にゃごにゃ小学校」さんhttp://questkpax.blog51.fc2.com/blog-entry-630.htmlよりの転載)

STATEMENT BY ALEXANDER LITVINENKO

I would like to thank many people. My doctors, nurses and hospital staff who are doing all they can for me, the British police who are pursuing my case with rigour and professionalism and are watching over me and my family. I would like to thank the British Government for taking me under their care. I am honoured to be a British citizen.

I would like to thank the British public for their messages of support and for the interest they have shown in my plight.

I thank my wife, Marina, who has stood by me. My love for her and our son knows no bounds.

But as I lie here I can distinctly hear the beating of wings of the angel of death. I may be able to give him the slip but I have to say my legs do not run as fast as I would like. I think, therefore, that is may be the last time to say one or two things to the person responsible for my present condition.

You may succeed in silencing me but that silence comes at a price. You have shown yourself to be as barbaric and ruthless as your most hostile critics have claimed.

You have shown yourself to have no respect for life, liberty or any civilized value.

You have shown yourself to be unworthy of your office, to be unworthy of the trust of civilised men and women.
You may succeed in silencing one man but the howl of protest from around the world will reverberate, Mr Putin, in your ears for the rest of your life. May God forgive you for what you have done, not only to me but to beloved Russia and its people.

Alexander Litvinenko November 21, 2006

「アレクサンドル・リトビネンコの声明文」
 
 私は多くの人々に感謝したい。私のために手を尽くしてくれた医師、看護婦、そして病院のスタッフたち、この事件を厳格かつプロ意識を持って捜査し、また私とその家族を保護してくれている英国警察に。私を世話してくれた英国政府にも感謝したい。私は英国市民となれたことを誇りに思う。

 私は、支援のメッセージをくれ、また私のおかれた苦境に理解を示してくれた英国市民に感謝したい。

 私はそばにいてくれる妻マリナに感謝する。妻と息子への私の愛には際限はない。

 しかし、こうして横たわっていると、死の天使の羽ばたく音がはっきりと聞こえる。彼から逃れられるかも知れないが、私の脚は思うように速く走ることができないと認めざるを得ない。それゆえ、私はこれが、私を現在の状況に陥れた「人物」に対してひとつふたつのことを伝えておく最後の機会かも知れないと思う。

 君は私を沈黙させることはできるかも知れないが、その沈黙の代償は高くつくことだろう。君は、君に対して批判的な多くの人々が言うように、野蛮で冷酷非情な人間であることを自ら証明した。

 君は、人の生命に対しても自由に対しても、またいかなる文明的な価値に対しても敬意を払わない人間であることを示した。

 君は、君の官職に対しても、教養ある人々の信託に対しても、価値のない存在であると自ら知らしめた。

 君は一人の男を沈黙させることには成功するかも知れないが、世界中の抗議の声が大きく響きわたり、ミスター・プーチンよ、君の耳に生涯絶えることがないだろう。神が、君のなしたこと、私に対して行ったことだけでなく、最愛のロシアとその国民たちにしたことを、許されんことを。

アレクサンドル・リトビネンコ、2006年11月21日

                      ◇ 

 産経新聞 【主張】


露元スパイ怪死 警察国家体質が暴走許す

 「民主国家」の証しは自由な政権批判と自由な選挙だ。この点で、プーチン政権下のロシアは、民主主義の価値を共有すべきG8(主要8カ国)の成員ながら、「民主国家」とは到底言い難い。

 クレムリンは巨大な秘密警察組織だった旧ソ連・国家保安委員会(KGB)勢力が支配し、すでに全国の知事の直接選挙は葬り去られた。そして今、言論抑圧で政権に楯(たて)突く著名な人物の暗殺、怪死が相次いでいる。

 プーチン政権の特にチェチェン政策を告発していた女性ジャーナリスト、ポリトコフスカヤさんが10月にテロの銃弾に倒れ、彼女の死の真相を探っていた連邦保安局(FSB=KGBの後継機関)の元情報将校、リトビネンコ氏が亡命先のロンドンで怪死した。その翌日には、急進的な経済改革で知られたガイダル元第一副首相がアイルランドで朝食後に吐血、一時意識不明となり、療養中だ。

 リトビネンコ氏の尿からは放射性物質ポロニウム210が検出された。原子炉で生産される入手困難な猛毒で、毒殺の疑いが濃い。同氏も医師は「毒を盛られた疑い」を指摘した。

 3人ともプーチン批判の急先鋒(せんぽう)だが、プーチン政権は事件への関与を否定している。しかし、犯人が誰であれ、問題の本質は同政権の「警察国家」的な強権体質が反体制派の人権を軽くみなす風潮を蔓延(まんえん)させ、テロを許す土壌を提供していることだ。

 石油高騰による経済の活況でロシアには大国意識が復活し、2年前に北オセチアで起きた学校人質事件の渦中で発令した「国家総動員令」を錦の御旗に、強権発動にフリーハンドを得た。反ロシア的な姿勢を示すテロリストやテロ集団は外国にいても攻撃できるとした「反テロ法」が今春可決され、さらに反ロシア的な言論活動や扇動を行った者を「過激派」として懲役刑にすることも可能となった。

 米国のメディアでは、ロシアが帝政時代から「裏切り者には死を」と暗殺を国内外で多用する歴史に警鐘を鳴らし、リトビネンコ氏の怪死は英露関係を険悪化させ「新たな冷戦の開始」に導くとの論調も出始めている。

 今月はソ連崩壊15年の節目だが、現在の政治状況はペレストロイカ(再編)時代のソ連末期より息苦しい

(2006/12/04 05:23)

 

 

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