狼魔人日記

沖縄在住の沖縄県民の視点で綴る政治、経済、歴史、文化、随想、提言、創作等。 何でも思いついた事を記録する。

アップルタウンを知っていますか?辺野古住民と米軍との交流

2010-04-29 09:19:45 | 普天間移設

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鳩山首相、辺野古視察へ

 政府関係者は28日夜、鳩山由紀夫首相が5月4日に沖縄県を訪問する際、米軍普天間飛行場(同県宜野湾市)と、現行計画で同飛行場の移設先とされたキャンプ・シュワブ沿岸部がある同県名護市辺野古を視察することを明らかにした。(時事通信)
[記事全文]
                     ◇

今朝の沖縄タイムス社説は「鳩山首来県 『県内回帰』を憂慮する」というタイトルだが、当日記は、早くから「巡り巡って辺野古へ移設」と書いてきた。 その意味で言えば「県内回帰」というより「辺野古回帰」という方が正確であろう。

現に毎日新聞はこう表現している。

クローズアップ2010:普天間「辺野古」回帰 外務、防衛が首相を誘導

実現不可な「国外・県外」を言い出した鳩山首相の責任は勿論大きいが、それを扇動し「辺野古回帰」に追い詰めたのは、ほかならぬ沖縄タイムスを始めとするサヨク勢力ではなかったのか。

それを今さら「憂慮する」とは笑止千万である。

タイムス社説では「辺野古修正案」の「杭打ち方式」や「フロート方式」の県民にとっての不利な点を挙げて、その実現の可能性を否定しているが、何を今更と言いたくもなる。

「杭打ち」や「フロート」に欠点が多いからこそ、13年の模索の結果「辺野古沿岸部Ⅴ字滑走路案」をひねり出したのではなかったのか。

タイムス社説を読むと、今頃になって最悪のシナリオの「修正案」(くい打ち又はフロート)に驚いて、「現行案」の方ががまだましだ、とでも言っているようで笑ってしまう。

そして社説の結びを次のように締めくくっているのは、自ら火をつけておきながら火の手が大きくなって慌てて消しにかかったタイムス自身の哀れな姿を連想する。

現行案の修正案は米国が乗りやすい案には違いない。 しかし、この案は、1996年の返還合意から14年間の紆余曲折を完全に無駄にしてしまうものであり、政治的に取るべき手段ではない」(29日 沖縄タイムス社説)

「政治的に」とことわっているのは、現実的に技術的に効率的に考えれば、そして「辺野古住民の民意を考えれば、

「現行案」に勝るものはないとを認めたのではないのか。

語るに落ちる、とはこのことだ。

「自民党政府の決めた案は反故にする」という「政治的目的」だけで現行案を反故にした鳩山政権を支持し、扇動してきたのは沖縄タイムスではなかったのか。

「1996年の返還合意から14年間の紆余曲折を完全に無駄にしてしまう」ような反対運動を扇動したのは他ならぬ沖縄タイムスではなかったのか。

「辺野古修正案」が県民にとって不都合であるなら次善の策として「現行案」を支持するのがマスコミとしての務めではないのか。

なお、「修正案」が不都合な点は上記毎日新聞リンクに詳しいので参照ください。

突然話題が変るのは当日記の特徴であるが、沖縄本島に住む県民なら、「アップタウン」といえば那覇の「新都心」にある大手スーパー「コープ」の愛称を連想するであろう。⇒那覇新都心アップルタウン

ところが辺野古地区に「アップル町」(アップルタウン)と名の付く地区があることを知る県民は辺野古住民を除いはほとんどいない。

米軍施設に米軍将兵の名が冠せられた例は多いが、「基地公害を訴える民間住宅地」に米軍将兵の名が冠せられるのは不思議に思うだろうが、辺野古の「アップルタウン」は辺野古住民に慕われたアップル中佐の名にちなんで付けられたことを知ると驚くであろう。

辺野古にはアップル中佐にちなんで「アップルタウン」と名前を付けたことを説明する看板がある。

沖縄のマスコミが報道する扇情的な記事を見ると「米軍基地の公害に」怒り狂う県民が憎悪むき出しにヤンキーゴーホームを叫んで、島ぐるみ運動を起こしている」・・・といった印象を受けるだろうが、昨日のエントリーでも書いたように、辺野古住民は「普天間基地容認」の態度である。(本心では歓迎でも容認と言わざるを得ないのは気の毒であるが)

辺野古地区のHPによると、アップル中佐 と区民の交流は次のように述べられている。

基地建設の着工を機に新しいまちづくりの機運が高まり、昭和33年に上集落のまちづくりがスタートしました。このまちづくりにおいて多大な協力をしてくれたアップル中佐に因んで町名が「アップル町」と命名されました。その後、この開発によりまちは急成長し昭和40年には309世帯、2,139人の規模となりました。》

◆米兵と辺野古住民の心温まる交流

危険な地区なら人口は減少するはずだが、沖縄全県の人口が例年増加しているのと同じく、基地の町辺野古でも人口は増えている。

サヨク新聞の報道だけ見ると沖縄とは「米兵の強姦魔が徘徊し、女子中学生を見ると犯しまくり、泥酔米兵が住民を引き逃げする危険地域」という印象を受けるだろう。

だが戦後、基地と共存し発展してきた辺野古地区では、毎年、基地との交流をはかる行事を行い米兵も参加し和気あいあいと極めて友好的にやってきた。

毎年行われる地域と基地との友好をはかる為の地域行事にはこんなものがある。

◆区民運動会

毎年、辺野古区民運動会に11班として参加するキャンプシュワーブの人たち。

区民運動会の様子

 

◆大綱引き

大綱引きの観戦に米兵を招待したり、一緒に綱を引いたりしています。

大綱引き

 

◆辺野古の「アップルタウン」の由来となったアップル中佐

1956、年米軍の基地担当将校として赴任したアップル中佐をに辺野古区民は敵意を露にしていたが、アップル中佐が辞任して沖縄を去るときには辺野古住民は彼を好きになっており別れを惜しんだという。

 

沖縄マスコミは、基地公害を訴えるとき「小指の痛み」という情緒的文言を使うが、辺野古移設の当事者である「辺野古野の気持ち」、つまり「小指の気持ち」は全く無視している。

辺野古住民が長年米軍基地と共存共栄してきた努力の結果「辺野古移設」を容認しているのに対し、

ほとんどの県民が見たこともないジュゴンのためテント村を作り「ジュゴンを救え」と叫んでいるサヨク団体の意見を「民意」として鳩山首相を扇動した沖縄マスコミの罪は大きい。

1996年の返還合意から14年間の紆余曲折を完全に無駄にしてしまった」直接の責任は、勿論民主党政権にある。

だが、お坊ちゃま首相を扇動し、実現不可能な「県外・国外」という迷い道に追い込んだ沖縄マスコミとサヨク知識人の罪は限りなく大きい。

【追記】15:11

名護市民ののび太さんが、辺野古の大綱引きに参加した模様をコメントして下さっているので下記に転載しておきます。

辺野古の祭り のび太さんのコメント

昨年、3年に1回開催される辺野古の大綱引きを初めて見たのですが、たいまつを掲げ、ほら貝が鳴り響き、昔ながらの衣装を身につけた男達の勇壮な姿に感動しました。観光化され見世物になっているエイサーとは異なり、琉球民族の伝統と誇りを感じさせるものでした。その中に米軍の方々が協力・参加なさっているのが驚きでした。スピーカーから聞こえるアナウンスも日本語と英語の両方でなされていましたし、綱引きにいたっては、ウチナー(沖縄)もアメリカー(米軍)も一緒になって盛り上がっていました。ナゴンチュー(名護人)の私ですら知らなかった辺野古の事情を、他の市町村や県外・大気圏外(鳩山)の人々にはイメージできないと思います。地元メディアの偏向で、本当の民意が沖縄県内に伝わっていないです。稲嶺市長も知らないんじゃないですか?地元町内会の清掃や敬老会も選挙出馬することになって初めて顔を出すようになったと知人が言っていましたので、けっこう世間が狭い方のようですよ。

「お知らせ」

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コメント (12)    この記事についてブログを書く
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12 コメント

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応援していますよ! (はなぱ)
2010-04-29 10:09:13
沖縄県民の良心を感じる貴殿のブログ、応援しています!これからも期待しております。
返信する
辺野古の祭り (のび太)
2010-04-29 10:33:27
昨年、3年に1回開催される辺野古の大綱引きを初めて見たのですが、たいまつを掲げ、ほら貝が鳴り響き、昔ながらの衣装を身につけた男達の勇壮な姿に感動しました。観光化され見世物になっているエイサーとは異なり、琉球民族の伝統と誇りを感じさせるものでした。その中に米軍の方々が協力・参加なさっているのが驚きでした。スピーカーから聞こえるアナウンスも日本語と英語の両方でなされていましたし、綱引きにいたっては、ウチナー(沖縄)もアメリカー(米軍)も一緒になって盛り上がっていました。ナゴンチュー(名護人)の私ですら知らなかった辺野古の事情を、他の市町村や県外・大気圏外(鳩山)の人々にはイメージできないと思います。地元メディアの偏向で、本当の民意が沖縄県内に伝わっていないです。稲嶺市長も知らないんじゃないですか?地元町内会の清掃や敬老会も選挙出馬することになって初めて顔を出すようになったと知人が言っていましたので、けっこう世間が狭い方のようですよ。
返信する
Unknown (alpha_013)
2010-04-29 11:16:30
 辺野古地区住民と基地米兵の交流という知られざる真実を示して頂き、有難うございます。

 今日の記事を見て、辺野古地区住民と米軍のこうした交流は、民主党が壊してしまった日米関係を再構築し、先の見えなくなってしまった基地移転問題を解決する光明とも言えるのではないかと思います。

 記事では、アップル少佐と紹介されていますが、写真を見ますと Lt.Col. Apple とありますので、「中佐」が正しい階級呼称かと思います。
返信する
Unknown (狼魔人)
2010-04-29 12:31:14
はなはさん

応援ありがとうございます。今後とも宜しく。



のび太さん

実際に辺野古の行事に参加されたとのこと、大変参考になります。

僅差で勝利した稲嶺町長は、自分が沖縄の民意を一手に引き受けたような態度ですが、一番の当事者である辺野古の民意には無知なのかあえて知らぬふりをしているとかしか思えません。
のび太さんは名護市民とのことですが、「9万人大会」の時、私もその時刻に名護にいたのですがサンエーはウシーミー(清明際)の客でごった返しだったし、マクドナルドも大入りで、特に為又界隈は人が溢れており、とても15人に一人の県人が参加したとは思えませんでした。帰る頃は確かに国道の北行きは混雑していましたが、天気のよい日曜日のことで、ウシーミーと行楽の車が混雑の原因だったことは同時刻に国道を通った人なら分かることです。


alpha_013さん

このような交流は他の地域でも良くあることですが、サヨク新聞は「不都合な事実」は一切報道しません。

階級の件、ご教示ありがとうございました。

早速訂正しておきました。
返信する
はじめまして (shrozou)
2010-04-29 13:53:01
管理人様
初めまして
本土(埼玉在住)の自分には
意外な感じがしましたね
報道では沖縄では基地反対
の人が多数で基地の住人との
交流なんてないと思って
いました

いろいろと沖縄の今が知れて
勉強させてもらってます
返信する
オウン・ゴール (石原昌光)
2010-04-29 15:57:05
狼魔人様こんにちわ。
スレ違いですがコメさせて下さい。
4/28日付け沖縄タイムス朝刊の総合7面右上にこんな記事がありました。
中国海軍ヘリ接近
自衛隊が追尾と非難
中国大使 外相発言に反論
中国の程永華駐日大使は27日、都内の日本記者クラブで記者会見し、今月に入り中国軍艦が沖縄近海を航行し、さらに海軍ヘリコプターが海上自衛隊の護衛艦に接近した問題について「中国の軍艦は自衛隊の艦船や哨戒機に付きまとわれた。相互信頼に背くことではないかと思う」と表明、日本側の対応を批判した。
岡田克也外相は23日の記者会見でヘリ接近を正当化した中国の説明に「納得していない」と強い不満を表明しており程大使の発言はこれに真っ向から反論した形だ。程大使による記者会見は2月の着任以降初めて。会見は日本語で行った。
日中間の懸案の東シナ海ガス田開発問題については、2008年6月の日中合意では、中国が開発している白樺(中国名・春暁)に日本の会社が出資し開発に参加するとした「協力開発」と翌檜(中国名龍井)付近海域の「共同開発」を区別していると説明。その後に「全部が共同開発だとの誤解が(日本側に)生じたと認識している」と述べた。
程大使は、中国軍の日本周辺での活動について「国際的ルールに従って計画を公表した軍事演習」の一環と主張。中国政府は国防白書の発行などを通じて透明性向上に努めていると強調した。米軍普天間飛行場移設問題でぎくしゃくする日米関係にも言及。直接の論評は避けながらも、米軍再編は「第三国、つまり中国に向けるべきではない」と釘を刺し、事態の推移を注視する立場を示した。
これに比べて、同じ内容の筈の4/22日の沖縄タイムス29面社会面の一番下のベタ記事がこれです。
中国ヘリ、また艦に接近
防衛省は21日、中国海軍の艦載ヘリコプターが午後3時37分から40分ごろまで、沖縄本島の南方約500キロの公海上で、警戒監視中の海上自衛隊の護衛艦「あさゆき」に水平距離で90メートル、高度50メートルまで接近、周囲を2週したと発表した。
外務省の斎木昭隆アジア大洋州局長は、中国の孔ゲン佑駐日公使に電話で抗議。「危険な行為で、8日にも同じような事案が起きたばかりだ」と対処を求めたのに対し、孔氏は「本国にただちに伝える」とのべた。防衛省によると、8日に東シナ海で接近した中国ヘリは搭乗員が海自護衛艦を撮影していたが、今回の目的ははっきりしない。
記事面積にして8倍は違うこの扱い、頭に来たので例により沖縄タイムスに電凸
編集者:はい、社会部
私:4/28日付の沖縄タイムス7面総合右上の記事について質問があるんですが?
編集者:、、、7面総合
私:自衛隊が追尾と非難、中国大使外相発言に反論、とありますよね。
編集者:ええ、、、
私:それと、次は、4/22付けの沖縄タイムス29面社会面の真下のベタ記事を見て下さい。
編集者:はい、、
私:中国ヘリ、また艦に接近とありますよね。これ、4/28日付けの7面総合とほぼ、同じ内容ですよね?
編集者:それが何か?
私:記事の内容が同じなのに、日本側の主張はベタ記事で、中国側の主張は大きく紙面を使うというのは、いかがなものでしょう?沖縄タイムスさんは中国の主張は大きく取り上げ、日本の主張は小さく取り上げるのですか?
編集者(声のトーンが変化し面倒臭そうに)これはですね、その日、その日のニュースの量、ニュースの価値によって変わってくるんですよ、、紙面には限りがありますからニュースの内容で判断して紙面を経営者が決めて、、、ですから、日本だから小さくとか、中国だから大きくなどと言うことはありません、、
私:意図的に日本側の主張を小さくしてはいないと?
編集者:ですから、あくまでも、紙面のスペースとニュースの量から判断しています。
私:と、言うことは、もし、今回の件、中国の大使が抗議しなかったら4/28日付の7面総合の記事は無かった、と言う事ですか?
編集者:???仰っている意味がよく分かりませんが、、、
私:つまり、4/22日付けのベタ記事の日本政府の抗議を中国が無視して抗議しなかった場合は、この問題は4/22付けのベタ記事で終わって、4/28日付けの7面総合の記事は存在しなかった、そういう事ですね?
編集者:はい。
私:分かりました有難う御座います。お仕事頑張って下さい。
編集者:、、、、(無言で電話を切る)
と言う事で、思った通りの内容でしたが、一つ気になる事が、それは、編集者が言った、「紙面は経営者が決めて、、」の部分です。
タイムスは株式の大会社ですから、中小出版社と違い、経営と編集は分離していると思っていたのですが、、例えば読売巨人軍では、チームの監督は原辰則、でも球団の経営者は別です。で、真のオーナーはナベツネでしょう。しかしナベツネは人事権や予算の権限は握っていますが、巨人軍の試合にアレコレ介入はしません(少なくとも勝っているうちは、、)試合自体は原監督の自由な采配できまり、結果が悪ければ、ナベツネが人事権を駆使して原監督の首を挿げ替える訳です。
しかしタイムスは、新聞の編集の段階にまで経営者が介入している、、、と、電話口の編集者の口ぶりでは取れる。別に違法じゃないですが、経営者の意向で紙面が入れ替わる新聞って、なんか怖いです。
聞きたくて聞いたわけじゃないけど、これって、タイムスのオウン・ゴールでは、、?????





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訂正 (石原昌光)
2010-04-29 16:07:12
すみません。
×原辰則
○原辰徳
です。
あと、例により、今回の電凸の内容は、会話が前後したり、質問と直接関係ない部分を削除してある以外は概ね事実に忠実である事を、ここに誓います。
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Unknown (アイゼンシュタイン)
2010-04-29 16:49:40
狼魔人さま
最近、他のサイトのリンクで知りました。私は千葉県に住んでおりますが、こういった地元の皆さんの「生の声」を知りたかったのです。
これからも、地元から良質の情報を発信していただければ幸いです。
返信する
昔は、、、 (義挙人)
2010-04-29 16:51:23
私達の、小、中学校の時には、米軍家族が近くにあって、いっも米軍の子供達と遊んだ記憶がありますね。
会話、そんなもの、英語出来なくても、チャント相通じるものが在りましたょ。
復帰後、そのような事は無くなりましたが。
(何故かて、それはこのブログファンなら解ると思います。)

しかし、まだ、まだ 米軍との交流があるので、安心しました。(これを平和な社会と言うんじゃないでしょうか。)


石原昌光さのコメント、いつも拝見してます。
(あっぱれ、あっぱれ)です。
返信する
Unknown (涼太)
2010-04-29 18:30:38
狼魔人様

沖縄勤務時代は良く聞いた話です。
コザなども不夜城の賑わいだったと言います。一晩でバケツ一杯のドルが集ったといいます。多分普通の大きさのバケツだと思いますが、それでも足で踏んづけて押し込んだそうです。びっくりしたのはコザ界隈の雑貨屋(セブンイレブンみたいなところ。)に煙草を買いに行ったとき、年配の女性がアメリカ兵相手に英語ぺラペラでした。聞いてみると自然に覚えたサー。と笑って話してくれました。
ごく生活の一部なんですね。
ビーチパーティーなども、仲良く一緒にやっていましたし、那覇のスナックなどでも常連の米兵は沢山いました。
そこからは沖縄の反日新聞が伝えるような、強姦魔が徘徊する沖縄のイメージはありません。むしろ昭和40年代は日本もまだ貧しく、沖縄の人達はアメリカから持ち込まれる文化に、日本本土に対し優越感すら持っていたと言います。沖縄と言えば泡盛ですが、むしろ地元の人はオールドパーなどのウィスキーを飲んでいたとか。
やはり私のイメージでは、多くの県民は共存共栄で上手くやっていたと思います。いまや沖縄料理の代表のゴーヤーチャンプルーも、チャンプルー文化が生んだものですよね。
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