夢幻泡影

「ゆめの世にかつもどろみて夢をまたかたるも夢よそれがまにまに」

日本って優しい国になったんでしょうか?

2014年04月17日 22時19分34秒 |  これがまあつひのすみかか我が日本


物心ついた時から、自分は長く生きられない、苦しんで死んでいくのだって言う一種の強迫観念につきまとわれ、それを言い訳に、ぐうたらな一生を送ってきて、気がついたら、この歳まで入院すらしたことがない恵まれた一生だったんですよ。

やっと、生まれて始めて入院したけど、なんだかそれが物見湯山みたいで嬉しくって、ICUから一般病棟へ移る時には、こんな稀有なチャンスはもうないだろうから差額ベッドってところに入ってみたいなんて、、、、
おまけに、手術しなきゃいけないんだから、検査しましょうなんて説得してくれる医者をしり目に、そんな怖いこと嫌だって病院を出て来ちゃうんですから、ほんと、どうしようもない人間ですよね~

そんな自分が分かっていてふと気がつくと、世の中にはほんとうに頭の下がるような努力、困難と戦っている人がたくさんいるんですよ。
例えば、体にハンディを持っているケースだって、ヘレン・ケラーやホーキンス博士のことは誰もが知っていることだけど、それだけじゃない、今、この時点のこの日本でもあっちでもこっちでも日々の苦しい戦いを続けている人がいるんです。


名刺を発注し、受け取りました。仙拓という愛知県東海市でホームページや名刺を作っている会社。
実はこの会社の社長やデザイナーの方、スタッフの方、重度の障害を持つ方なんです。社長さんは筋委縮症で寝たきり、指先を少し動かせることしかできないのです。
それでも、生きているのだから、仕事をしたい。スタッフの方は、「いつも苦労を掛けているお母さんに、仕事をしてそのお金でお菓子を買ってあげたい」

もちろん、彼らがやっているのはプロとしての仕事、自分にできることをやってそれを業としての仕事につなげているのですね。大変な労苦だと思います。
ぐうたらな私としては、ほんとこんな光景を見ると、言葉を失ってしまう。

もちろん、私が大それたことができるわけじゃありません。
せいぜいが名刺をちょっと作ってもらう程度。
311の時だって、知人を現地に運び、ちょっとしたお手伝いをする程度しかできませんでした。後は、風評で苦しんでいる福島の野菜を通販で取り寄せるとか、石巻の缶詰を購入するとか、、、

あの時にはこの小さな町からも、いろんな人が救援物資を積んで、ボランティアとして出向いていました。
あるいはこの町には、障害者の収入を倍増させようと、国会に議員連盟をつくったりして、大活躍の人もいます。
それは素晴らしいことだけど、誰にでもできることではないのですよね。
そんな大活躍を、自分ではできないな~って思いながら見ているだけにはなりたくないですよ。
社会のみんなが自分のできる範囲で、注目し、手を差し伸べることはできるのじゃないかなって思うのです。
そして、それが当たり前になった社会では、その直接の行動だけでなく、社会全体がもっと優しくなれるのじゃないかなって。。。

江戸時代には障害を持った人しかつけない仕事がありました。
障害を持った人たちが仕事をして生きていけるためですよね。
それから何百年、進歩したはずの日本、ほんとうに優しい国になったのかな?