夢幻泡影

「ゆめの世にかつもどろみて夢をまたかたるも夢よそれがまにまに」

狸  借問此何時 春風語流鶯

2006年05月08日 13時38分48秒 |  河童、狸、狐
狸に対して感想を寄せてきた人がいた、
その中に 「借問此何時 春風語流鶯」 の文字
李白の「春日醉起言志」の一節ですよね。
私の好きな言葉で、その符号がとても嬉しかったので
そのことをご紹介します。


借問す此れ何れの時ぞ,
春風に流鶯語る

中国人と日本人の感性がどうしてと思うくらいによく似ていることがある。
おそらく西洋人ならこのような感性は持てないだろうなと、思う。
李白の李白たる面目が溢れた文章ですね。
こんな天才と同列に自分を扱う気持ちはさらさらないのですけど、でも李白の感性は本当によく判る。
彼と私の違いは、彼はそれを伝えられるけど、私はそれを読むだけ。
天才と凡人の差はここにありました。

でも言葉じゃない、なにを感じ、なにを伝えたいか、それが本当にみなが共鳴できるもの。。。。その人の気持ちの奥底にあるものがその人にきちんと判っているから、直接相手の心に届かせることができる。
そしてそれを借り物でなく自分の心の底からでてくる言葉で表せられるているから、人を感動させるのでしょう。

このことはあまりにも何度も言い続けました、芸術ってどう表すかではない。なにを表すか、そしてそれをきちんと把握しているのかなんだ、心から心へのメッセージなんだってね。
色や形、音や光、芸術のジャンルなんてそのための単なる道具にしか過ぎないのです。
(ごめんなさいね、私の狸へ感想を寄せた人はそこまでは言ってません。単に李白を引用してその人の気持ちを表していただけ。ここまで書かれれば私は嬉しくて、狂い死にするでしょうけど、残念ながら、狸そのものが、出たとこ勝負のいい加減な話でしかなかったし、何度も言い訳気味に書いていますけど、その実験台だったのですよね)

でも、実を言うと私はこの前段が好きなんです。
(自分の勝手な訳でごめんなさい。間違っていたら訂正をお願いします)


  處世若大夢,
胡爲勞其生。
所以終日醉,
頽然臥前楹。
覺來庭前,
一鳥花間鳴。

    この世って夢のようなもの
    だったらなんで苦労して生きる?
    朝から晩まで酒を飲んで
    陶然としてベッドに伏す
    眠りから覚めて庭を眺めれば
    鳥が花に来て鳴いている。

先日来、夜中に鳴き交わすからすのことを書いていました。まさかこの方はそこまではご覧になっていないと思います。

人生はその人にとっては全て、その人生の全てをあること、ある人にかけることもあるだろうし、挫折してそれを失う事もあるでしょう。狸では反面的にちょっとそのことに触れてました。
(狸だから最初から夢物語ですよね。夢物語だから、何となく現実に置き換える気がするけど、あれを現実の話、人間の話として書けばなんとも生臭くなったでしょうね)
またその人生だって実在であるのかどうか疑わしく思える事もあるだろうと思います。

我思う故に我ありは西欧的な考え方。
我思うっても、果たしてその思っている自分、現在が夢の中かどうか判ったもんじゃないというのは中国や日本に多い考え方、、、

このブログに転載したかどうかわかりませんけど、本当に子供の頃、
今の子だったらまだ幼稚園にも通わない頃。
秋の月夜でした。庭を見ていました。
雪が降ったように真っ白になった地面。
氷細工のように冷たささえ感じる庭の風景。
昼の太陽のように明るい月の明かりに木々や花はくっきりと見えているのだけど、何か遠近感がない。
まったく現実味を覚えない風景。
確かにこれは現実の世界なのだけど、一歩環境が変り、視点が変るとそれは空想の世界のものでしかない。
そのことを感じている私は、その縁側に座って外を見ている私の後ろから私を見ていて、私の考えを読んでいる。
そしてそれを見ている私はもう一人、空中から見ている。
そんな感じを受けました。

それ以来何十年にもなる今でも、現実のこの世と夢の世と、果たして私はどちらに住んでいるのかなと感じています。






狸 9 完

2006年05月01日 22時24分15秒 |  河童、狸、狐

岬も夏になり秋風が吹くようになり、こんな田舎でもゆるやかではあるけど、時は流れているんだなと実感させるような日々になってきました。

私にはこれ以上テレパシーは教えないということに長老たちが決めたようだ。
ただし今その能力があるのでそれを制御することだけは教えることはかまわないということになり、自分の考えをブロックして外に出さない方法とか、出力を下げる方法とかがメインになってきた。

「でもなテレパシーをコントロールするということは、テレパシーを出せなければ意味がないことだろう。だからコントロールするやり方をちゃんと覚えれば、だすこともできるようになるさ。それにテレパシーと他の能力とは特に区別がないんだ。見たいと思うか、聞きたいと思うか、感じたいと思うか、それによって受ける形、イメージがことなるだけなんだ」というのが古狸の説明。説明を終わって下手なウインクを送ってきた。
でもこのレッスンのおかげで、ワイフ狸とも話ができるようになってきた。

そのワイフ狸だけど、相変わらずあまり子育てには熱心ではない。母犬が狸と自分の子供の面倒を見ていることが多いのには変りがなかったのだけど、でもこの一月ほど、ワイフ狸が子狸たちをつれてどこかへ行くことが多くなってきた。
母犬のほうはワイフ狸が子狸を連れて出て行くのを不思議とも思っていない様子で、残された子犬たちと遊んでる。
数時間姿を消していたかと思うと、ワイフ狸も子狸もどろどろになって、疲れ果てたような様子で帰ってくる。
そのようなときには必ず古狸がワイフ狸の首を甘噛みして愛撫している。

「ここのところちょくちょくどこかへ行くようだけど、どこへ行ってるんだ」ある日古狸へ聞いてみた。
「子供たちの教育よ。狸には狸の生き方があるから、それを教えているんだ。あの犬は人に飼われていた犬だから、餌だって人から貰うことが当たり前と思っている。全部の餌を自分でとってくることなんか考えた事もないだろう。だからここにいてお前のくれる餌を当てにしているんだ。
でも狸は野生の生き物だから。自分の餌は自分で取れなければ死んでしまうんだよ。でもよ、俺はなまじ妖術が使えるから、普通の餌のとり方はできなくなっちゃってるんだよな。親としては失格だよ。だからあいつにやってもらうしかないんだ」
なるほどそうかとワイフ狸もちゃんと要所は押さえて子供の面倒を見ていることに始めて気がついた。

そうこうしているうちに、古狸とワイフ狸が何時も子供たちと外で遊んでいるようになってきた。もうだいぶ大きくなった子狸たちが、母親や古狸の背中や尻尾にじゃれまくっている。古狸もワイフ狸も今までなら怒っていたようなことでもただ、黙って楽しんでいるようだ。
もしかして、、、もしかして巣離れの時期が近づいているのかなって思っていたら、ある日子狸たちの姿が見えなくなった。
「巣離れをしたのか」って聞くと
「そうだ」と寂しそうな声で答えが返って来た。
「そうか、おめでとう、これで一つ仕事が片付いたな」って慰めるしかなかった。

二匹はぼんやりとした日を送っていたけど、おかしい。
子供たちが自立していく動物だと、巣離れをしてもそれほどこたえないはずだけどと思ったがどうもおかしい。
何かあるのだろうか。

ある日ワイフ狸が、「うちの亭主が別れようと言っている」ってボソッと言った。
「えっ、喧嘩でもしたの」って聞くと、
「喧嘩ならいいのよ。そんなら仲直りすることもあるでしょう。彼はね、私が好きだから、綺麗な私の間に別れたいっていうの。彼はいつまでたっても死ねないのよ。私がおばあちゃんになって、よろよろになっても彼はまだ今のままよ。
もう生きていくことに疲れたっていってるのよ。
私がまだ若い間に次の普通の狸を見つて、一緒に歳をとっていけっていうの」
「それで彼はどうしようというのかな」
「彼はもともと中国の狸。昔経典を日本に持ってくる船に乗って日本に来たのね。だから中国に帰って、死にたいって。あそこには何か特別な草があって、それを食べれば死ねるんだって」
「お前さんはどうするんだ」
「私はあの人にあって、この人と一緒に生きて、苦労して、この人のためなら死ねるって思ったわ。
だからあの人がいなくなったら私の余生なんて生きていく価値なんかないわね。
棄てられたらどうするか見当もつかない。
でもあの人が生きていくことに疲れたっていうのもわかる気がするし、それに遅かれ早かれ私が先に死ぬ。彼が私を失って悲しむくらいなら、彼が別れようと言うときに別れてあげるのも彼のためかもしれない。
でも自分が疲れたから死にたいって、じゃああの人に自分を賭けた私の一生は、私の気持ちはどうなるの、あまりにも身勝手だわって気もするけど」

彼と話してみるっていってその場は別れたが、彼女はまるで幽霊のように歩き去っていった。

「ワイフと話したな。そうなんだ。
妖怪になる生き物は死ねなくなるんだ。
河童を見たろう。あいつらは種として不死の能力を持っている。狐も最初から特別な能力を持っているのがいてそれは死なない。狸は普通は、死ぬんだけど、どうかしてわしのような能力を持ってしまうと死ねなくなる。死ぬのは事故で死ぬしかないんだ。
死なない同士なら、それでもいい。わしの前の嫁さんがそうだったし、彼女も交通事故で死ななければずっと生きているだろう。わしら同士は子供を産む能力はあまりないんだ。だからそれでも増えないんだな。
でも普通の狸を好きになって、そいつが老いて、死んでいくのを何人も、何十人も見なければならないというのはちょっとつらい。
わしにはもう辛すぎる気がしてきたんだ」
「ちょっと待てよ、だとすると俺はどうなる。おれもテレバシーを見につけると不死になるのか」
「たぶんな」
「そんなことは聞いてないぞ。大問題じゃないか」
「人間は昔から不老不死を追及してきたじゃないか」
「考えても見ろよ、今のお前と同じだよ。誰かが好きになっても、そいつの死ぬのしか見れないなんて、その後また好きになっても、また同じことの繰り返しじゃ、俺はいやだよ。死ぬのはだれにでも来ることじゃないか。死ねなくて、いつもいつも別れを言わなきゃいけないなんて、俺はそっちがいやだな。今持っているテレパシーでも死ねないのかな」
「もしかしたらな」
「ならこのテレパシーの能力を失えば、死ねるのだろうか」
「さあ、判らないな」
「いずれにしろ、テレパシーなんかあっても、よいことはないと最近思うようになったんだ。おれは人間だから、相手の考えがわからないでシクハクして、悩んでいるほうがまだ自然だと思う。テレパシーの能力を無くす方法はあるのかな」
「わからん。今までそんなことを考えたものはいなかったはずだから」
「とにかく、テレパシーにはブロックをかけて使わなくしよう」
「それでその後のことは何とか考えるよ」


「そうだな、お前はわしが思っている以上に賢明なのかもしれない。とにかくわしはもう生きていくことに疲れたよ。生きるとし生けるものには皆寿命がある。だから愛しいし、自分の一生を大事に生きようとするんだ。
死ねないということは生き物にとっては一番残酷なことかもしれない。特に誰かを愛したり、誰かと一緒に暮らしたりしているときにはな。
あいつは悲しむだろうし、わしを身勝手だと思うだろうけど、なにメスはすぐに忘れるよ」
ちょっとわからないという顔をすると、
「お前も言っていたじゃないか、生き物にとって子孫を残していくって言うことは一番基本的なこととしてプログラムされているんだ。
メスにとって子供を産み育てることは死に物狂いのことなんだ。命をかけた作業なんだ。だから本当にそれに値するだけの好きなオスを見つけようとするのは当然だ。
種類によっては子供を産み、育てるだけで一生かかるんだ。
どんなに好きだ、この人がいなければ自分の一生は意味がないと、そのときには思っても、それが全く可能性がないと判れば、一瞬でスイッチが切れるよ。翌日には別なオスに抱かれているかもしれない。
メスの悪口を言っているのじゃないよ、そうしないと種が残せないんだ。
オスが必要なら手当たり次第にでもメスを抱けるのも、それと同じだよ。
種を保存するために心の奥底に埋め込まれた本能だよ。
だから本当に好きなメスにあったオスのほうが、いつまでもメスを忘れきれないだろうな。

まあ
江碧鳥逾白 
山青花欲然 
今春看又過 
何日是帰年
  緑の河には白鳥が飛び
  山は青く、花は燃えようとしている
  今年の春もまたそうやって過ぎてしまった
  いつの日に、故郷に帰れるのだろう

だよ」
「杜甫の絶句か。家に帰るんだってな。そしてそこで死ぬのか」
「うん、もう十分生きたから。俺の命だもん、いつ死ぬかぐらい自分で決めていいだろう。あいつとはもう少し一緒にいたいけど、そうすると本当に離れられなくなるしな]]

こんな重いトピック。自分で決めるしかないよな。それに考えるとしても、俺なんかより何十倍も生きてきた相手だし、俺が何かを言える立場じゃないなって黙るしかなかった。


数日後、古狸からメッセージが入った。
「ワイフはどうした。新しい相手は見つかったかな」
先日、ワイフ狸のそばに若い狸がいて、首を甘噛みしているのを見ていたけど、まだみたいだよって答えた。
「そうか、今故郷に向かう船の中だ。なんと故郷の方言をしゃべる若い、可愛い狸が乗っていてな、子供を作るのは終わりだと思ってたけど、もう一度やってもいいかなって気になったよ」ってエヘヘと笑っている。
「その子はどうやって船に乗ったのかな」って聞くと
「元彼も妖怪狸だったらしくて、少し妖術を教えてもらっていたらしい。それで世界中をあそびまわっているらしい。なかなかおしゃれな子だよ。アチチ」
「どうした」
「おしゃべりしているから、甘噛みじゃなくて、本気で噛みやがった。ワイフによろしく伝えてくれ」

数日後、テレビで中国へ向かっていた船が爆発炎上したのだが、犬のような死骸が船長室にあったと伝えていた。

ワイフ狸に彼のメッセージを伝えた。
美登里が一緒だった。美登里はなぜかその先のスケジュールをキャンセルして帰ってきたのだった。

ワイフ狸は開口一番、「彼、死んだんでしょ」って聞く。
何故って聞くと何となくそんな感じがするっていうから、彼の最後のメッセージを伝えた。そして彼みたいなオスなんか忘れて、貴女も同じようにオスを探せばっていった。
彼女は、「貴方って馬鹿ね」って怒る。
「だって、彼のその彼女の話なんて、私を諦めさせる作り話でしょう、貴方って彼と一緒にいて、そんな事もわからないの。彼がメッセージを送ってきたのは火災を起こした船の上で、もう助からないと覚悟を決めたからよ。彼の私へのダイイングメッセージだったのよ」

彼女のあまりの剣幕に言い返そうと思った私の手を美登里が止めた。
ワイフ狸はよろよろと出て行った。

「彼が死んだって何故判ったのだろう」
「貴方は言ったわね、メスはオスに命を預けるって。
だからそのオスのために子供を生むというような命をかける行為だってやれる。
認めたくはないけど、ある部分それは正しいわ。
だから女は命をかけている相手のことは感で判るの。

貴方は私がテレパシーで貴方がなにをしているのか、なぜそうしているのか判っていると思っているでしょう。
でもそうじゃない。貴方にはテレパシーは使ってないわ。一度もね。その必要がないもの」


「それにしても怒らなくても」
「貴方に怒ったわけじゃないわ。
自分と、なんともやり切れない自分の運命に怒ったのよ。
彼女には彼がどれだけ彼女を愛していたか、だからあんなことをしたんだって、今更のように気がついたのよね。
そして彼女が失ったものがどれほど大きいのか。
彼がまだ生きていれば、彼女はどうやってでも彼のところに行こうと思うでしょうけど、でももうそれはできない。永久にね。
それを彼女は判ったの」


古狸がお別れのプレゼントだと言ってくれた、密教の経典を薪にくべて燃やした
あまりにも悲しかったから。
それにそんなものが無くても彼のことは一生心に住み着いているだろう。
「おい、また可愛い子を見つけたよ」ってメッセージが心に響いてくるような気がした。
「かっこつけちゃって」
涙で炎が霞んでいた。

美登里の手が私の膝に優しく添えられるのを感じた。

古狸の好きだったワインをグラスに注いだ。
古狸へ乾杯




                             05/01/2006 11:14:09

狸 8

2006年05月01日 21時41分33秒 |  河童、狸、狐
さて、肝心のワイフ狸のお産だけど、犬のお産から二週間ほどたったころに始まった。でもこれは軽くいった。
母犬がお返しとばかりに、狸の巣に入り浸っていたけど、こちらとはテレパシーが通じないので、コミュニケーションがとれない。
ワイフ狸の気持ちの支えにはなったようだけど、こちらにはあまり役には立たなかった。
まあこの犬のお産でこちらのやることがまだ鮮明に頭に入っていたことが一番の功績だったんだろう。

何日かすると狸の赤ん坊も陽の当たるところへでてきた。
こちらは三匹。ワイフ狸も犬の母親と同じような満足そうな目で赤ん坊たちを見ている。
でもそれからしばらくするとワイフ狸は出産の祝いに来たり、古狸を訊ねてくる狸たちの接待にかかりっきりになって、子供たちの世話をあまりしなくなった。
子狸たちを巣穴から出してくるのも母犬だし、子犬と子狸を一緒に遊ばせて見ているのも母犬。
そんなありさまをみて、古狸はちょっと苦い顔をして、まだ若いから母親の自覚がないのかなってこぼしていたのだけど、私の目にも犬の母親の子犬への態度と比べると雲泥の差に見えてしまう。
でもそれを見ていながら思い出した。

昔、飼っていた猫が子供を産んだ。お腹が大きくなっていくのがわかっていたし、出産間際には人のそばに来てふうふう言っていたので、押入れに箱を置いてやったら、そこで子供を産んだ。二三日した時、子猫を一匹づつ加えて人の前に一列に並べ、「みゃあ」って鳴いて、見ていてくださいって頼んでから出かけていた。最初の時には五分もしないうちに「みゃあ」と鳴きながら帰ってきて、しばらく私と子猫が遊んでいるのを見ていて、それから子猫をまた口に銜えて箱に戻していた。
それからは天気のいい日には子猫を巣から連れ出して、庭で遊ばせていた。そのときには必ず「みゃ~」って人を誘うので、この親子の遊びに付き合っていた。
この猫は結構母親としては厳しい躾をしていて、子猫が何か悪いことをすると「ぎゃっ」と泣き声をあげるくらい強く噛まれていた。でも噛んだ後、両手でその子猫を抱えるようにして、みゅ~、みゅ^と泣いている子猫の頭をぺろぺろとずっと舐めてあやしていた。

その話を古狸にすると、母親が恋しくなって涙がでそうな話だなってしんみりしていた。

それとはまったく性格の異なる猫がいた。ものすごい甘えん坊で、寝るときも絶対に私の右の腕を枕にしないと寝ないような子だったけど、この子のときも押入れで箱の中で子供を産んだ。
でも産んだ直後も、外へ出かけたくなると勝手に出て行ってしまい、遊び疲れないと帰ってこなかった。

この猫は気のいい猫で、飢えている野良猫がいると自分の食事に連れてきて、その猫に分けてやっていた。そうしているうちに家に住み着いた猫がいた。
この猫は野良の性格が残っていて、どうしても人間が怖い。だから寝るときも、上の猫のまねをして一緒に寝室には来るのだけど、布団のすみでしか寝なかった。
この猫が同じころにやはり子供を産んだ。このときにはお腹が大きくならなくて、子供がいることに気が付かなかったのだけど。ある日珍しく人の布団に入ってきて、腕に頭を乗せて寝始めた。変だなっておもっていると、なんとなく胸の辺りがぬるぬるする。失禁したのかって布団を挙げてその猫をみると、なんと子供を産み始めていた。
吃驚して、箱を押入れに用意し、猫を移し、この猫もやはりそこで子供を産んだ。

ということで、家には二匹の親猫とその子供たちが居つくことになったのだけど、最初の親猫は前述したように子猫の面倒を見ない。
後から来た野良猫が全部の子供の猫を遊ばせたり、面倒を見ていた。

ある日いつものようにこのら猫が家の外で子供たちを遊ばせていたら、犬を散歩させている人が通りかかった。野良猫は毛を逆立てて、子猫たちと犬の間に入り「フー」と威嚇の声をだした。
そのとき、どこにいたのか、家の猫がまるでバスケットボールみたいに体中の毛を逆立てて、ギャーというような声を出して、子猫を守っている野良猫と犬の間に飛び込んできて、体中を低くして、犬に向かってうなり声を出した。

犬も飼い主もその剣幕に恐れをなして回れ右をして帰っていった。
様子がわからなくてけろっとしている子猫たちとは別に、その野良猫と家の猫はしばらくは警戒心をとかないで、犬の帰った後をにらみつけていた。
近頃の若い母親はって思いで彼女を見ていたので、ちょっと感動して、二匹を抱いてやったが、二匹とも腕の中でしばらくはぶるぶると震えていた。

「どんな世の中になっても母親は母親だよな、俺はそれを信じたいよ」
古狸はしんみりとつぶやいた。


今日も岬は風のない、暖かいいい日になった。




                         05/01/2006 10:04:01


狸 7

2006年05月01日 20時58分05秒 |  河童、狸、狐


その晩はその母犬の出産でまたまた岬の静かな生活は台無しになった。
体が弱っていたせいだろうか、かなりの難産らしかった。
「かった」というのは、ワイフ狸が古狸や私を決して産室には近づかないように釘をさしたからだった。
子供を生むのは女の仕事、男が近づいてはいけない、でも用があるから、呼べば何時でもこれるところにいてって念を押され、男たちは産室を遠巻きにしてうろうろと顔を見合すばかり。

その間も、ワイフ狸は産室から顔を出しては、水だ、柔らかい布が欲しいだと、用を言いつける。そのたびにこちらは大慌になっていた。気持ちが高ぶっているのだろう、目の前にあるバケツが目に入らなかったり、水を床にこぼしてみたり、布を出すのにダンボールの箱を幾つもひっくり返したり、普段の私が見たら、大笑いに笑うようなバカなことが演出されていた。

そわそわ、うろうろしている古狸へ
「なあ、お前は自分の子供の何千頭もの出産に立ち会った経験者だろうし落ち着けよ。お前の子供じゃないじゃないか」って、自分の気を休めるために軽口を叩いていたけど、そういう私も褒められた状況じゃないことは判っていた。
でもやはり出産という種の大事に心平穏でいられる奴なんかいるわきゃないか。

やっと朝方には全部の子供が産まれた。ワイフ狸のお許しがでて、産室に行ったが、産まれたのは六匹の可愛い子犬たち。母犬は子犬たちを満足そうに、誇らしげに見渡していたがそのうち疲れ果てたのだろうすやすやと眠り始めた。
そっと産室を出て、古狸と顔を合わせ、
「安心したんだな、出産って言うのは凄い労働だよな。
それでもメスは自分の好きな相手の子供を産もうとするんだな。
凄いな。
それにしてもお前の子供のときはどうするんだ、そんなに先の話じゃないだろう。
他人の出産でさえあんなにおろおろしていたんだから、お前パニックになるんじゃないか」
「なに、あいつはちゃらちゃらしているみたいで、芯は強い。その場になったら大丈夫だよ」って口先では安心しているようにいう。
「女は強いよ。でもお前が参っちゃうんじゃないかと、それが心配になってきた」
「そのときはこの辺のメス狸を呼び寄せるよ」古狸は、だから付き合いも必要なんだなって口の中でぼそぼそといっていた。

水と餌を毎日取り替えに産室まで行っていたが、4,5日すると赤ん坊たちがよろよろと庭に方へ出てくるようなり、母犬も外に顔をだすようになった。

母親と母親予備軍の犬と狸はその子供たちの遊ぶ様子をなんともいえないような幸福そうな顔をしてみていた。

私のテレパシーのレッスンは、どうするのかが決まらないためにまだ開始されていない。

古狸は付き合いの必要を感じたのだろう、彼を訪ねて狸たちが何匹も訪れるようになり、ワイフ狸は客の応接に暇が無かった。

太陽は空にかかり、雲がゆっくりと太陽を拭いていく。
蛙の声や鳥の声以外には、何も聞こえないこの岬の一日が、雲の流れよりも遅くゆっくりと過ぎていく。
世はこともなしか。

「痛たっつ」足元の痛みに下を見たら、子犬が私の足に噛み付いていた。
母犬は「ごめんね」とでも言うかのような顔をして見せながら、それでも満足そうなくすくす声を抑えていた。

                               05/01/2006 09:37:39

狸 6

2006年05月01日 20時05分51秒 |  河童、狸、狐
狸 6


昨日の寝しなのメッセージで何となく気持ちいい目覚めができた。
ただのコギャルかと思ってたけど、みんないろいろ考えることがあるんだね。

さて今日は念願のテレパシー教室の始まり始まり。


目を瞑って、額の真ん中に意識を集中しろ。お前はすでにテレパシーを感じられるのだから、意識の中心を右から左、上から下へと動かしてみて、どこかで何か感じるところがあると思うからそこの位置を覚えろ。これが狸師匠に最初に言われたこと。
朝からずっとそれをやっているけど、何も感じないじゃないか。
古狸は暖かい太陽の下で、ワイフ狸に毛繕いさせて目を細めてうとうとしている。
「ちぇ」すぐにでも強力なテレパシーの能力が得られるのかと思っていたから、改善の兆しもない努力をするのがあほらしくなってきた。

古狸はそんな私を見て、へらへらと笑いながら、なら自分の思っていることを額の中心から吐き出してみろっていう。
そんなら、ってことで「たんたん狸の。。。。」って頭に浮かべたら、ワイフ狸が身をよじって笑い出した。
古狸はしぶい顔をして「不謹慎な」って言ったけど、目は笑っていない。それどころかたいそう驚いた顔をしている。
「どうしたんだ」って聞くと、考えられないくらい凄いパワーでテレパシーが出ているという。自分にはその力が出たことさえ感じられないのだけど、テレパシーの能力のないワイフ狸にすら私の思ったことが通じたのだから、そうなんだと思わざるを得なかった。

そんなパワーがでるんだったら、美登里にも伝わるかなって、美登里に伝えるメッセージが何かあるか考えた。うん、いいのがある。
私はそのイメージを頭に浮かべ、美登里の顔を思い出そうとした。
「ぎゃー、止めて止めて」って美登里のあせった大声が聞こえる。
「これ貴方なの。どうしたの。貴方のメッセージは今まで弱くって薄いブルーの色をしていたのに、今のは凄く強力でピンクよ。
それに私のおっぱいなんか宣伝しないでよ。恥ずかしくって人に会えなくなるじゃない」
古狸はそれでもかなり深刻な顔をして、美登里と話を始めた。

「こいつ以前からこの手の力を持っていただろうか」
「そうね、前にもいろいろあったことを話してくれたし、どうかしたときに凄い力をふっと感じさせるときがあったわ。でも力を閉ざせないし、コントロールできないから、何も教えてはいない」
「物凄い可能性を感じるし、テレパシー以外にも、能力があるみたいだな。もしかしたらとんでもない相手に教えようとしているかもしれない。どうしようか。俺一人では決められないかもしれない」
「手に負えなくなったら、私のおじいちゃんにも手伝わせて頂戴。おじいちゃんも彼の力には気がついていたと思うから、言えばすぐにわかるわ」
「判った」

私が何がテレパシー以外の能力だって聞くと、古狸は吃驚したような顔をして、今の話が判ったのかという。
「はっきり聞こえたよ」って答えると、
「今の話はお前には聞こえないようにブロックして話していたのだけど、たった額の中心に意識を集めるって言ったあの言葉だけでお前の力が鋭敏になってきている」って答えた。
額の中心には目やテレパシーの送受信のアンテナだけでなく、さまざまな能力の中心になっているところで、どうも俺にはその力がありそうだという。

「おれは少し怖くなってきた。河童の長老や狐のボスと話をするからレッスンはちょっと待ってくれ」という。
まあ、師匠がそういうのなら、弟子としては無理強いはできないなって思いながら、今日もレッスンは中断かと思っていると、上から郵便屋が来るのが見えた。
「郵便屋が来るぞ」っていうと狸たちは家の影に隠れた。
郵便を受け取り、配達夫が帰ると、古狸が出てきて、お前には郵便屋が見えたのかと聞く。「うん」と答えると、「お前はずっと目をつぶっていただろう」って聞くから、そうだ目を瞑れというから、瞑ってたなと今になってあれっと思う。

第三の目が開いたんだ。だから目を瞑っていても見えたんだって、古狸はちょっと興奮気味に教えてくれる。それがどうしたことなのかよく判らないけど、「そうなんだ」って答えると、そのそっけなさにちょっといらいらした様子だった。
いずれにしろ、皆と相談する。それまではあまりテレパシーで交信することを考えるな。今物凄く強力になっているから、お前の考えていることが誰にでも判ると思う。テレパシーをコントロールする力をつけることがまず必要だっていう。「判った」って答えてふと上を見ると、今度は犬が入ってきた。

「おい、犬が来た」っていうと古狸は慌てて、
「犬は来ないって言ってたじゃないか」っていうから、
「来たもんはしょうがないじゃないか」って答えるしかない。

犬は上から降りてきて、ちょうど狸が昨日作った巣のあたりで地面の匂いを嗅ぎ、狸の巣の方へ歩いていく。
ワイフ狸が悲鳴を上げる。「私の巣」
古狸はぐ「ぐー」ってうなり声を上げながら、犬の方へと走りよる。
犬は、狸と私を見て「うー」とうなり声を上げるが、声が小さく、目には哀願するような光がある。
ワイフ狸がふっと犬の方へ行く。
古狸は慌てて止めようとするが、ワイフ狸は犬の鼻先に行って、「くー」と鳴く。
犬も「くー」と鳴いて、鼻を狸の鼻に近づける。

ワイフ狸は、こちらを振り返り、この犬はもうすぐお産する。お腹も空いているし、体も弱っている。命も危ないかもしれないという。
「だがそこは、俺たちの巣だ」って古狸がいうと
「子犬が産まれるのよ、そんなことを言っている場合じゃないでしょう」ってぴしゃりと答える。
「私のお産までにはもうちょっとあるは。私たちの巣はこの下の家にもう一度作りなおせばいいわ。そして貴方、水と食べ物を持ってきてあげて。とにかく力をつけなきゃ、死んじゃう」ワイフ狸の剣幕に、古狸と私は言われたとおりのことをするしかなかった。
母親は強い。



                            05/01/2006 00:56:57