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夢幻泡影

「ゆめの世にかつもどろみて夢をまたかたるも夢よそれがまにまに」

おしなべて物を思わぬ人にさえ

2006年09月04日 16時52分47秒 |  漢詩を長崎弁で




おしなべてものを思わぬ人にさへ
  心をつくる秋のはつ風
        西行

先日も秋風引をアップしていましたけど、本当に秋の気配が毎日濃くなってきています。
山が錦を飾るのももうまもなく、華やかな秋の孤独
乾いた私の心にもそこはかとない悲しみが

秋風引

2006年09月03日 18時55分12秒 |  漢詩を長崎弁で
8月28日の秋の写真「涼風如秋」に対して知人からコメントを頂きました。


今しがた、窓を少し閉めました
風が涼しすぎる
そして、秋の虫の音がそこ此処から
暑くて、寝苦しいほどでしたのに、あっと言う間に時は過ぎるものですね。
中秋も過ぎてしまったとは!

秋は、美しい詩が溢れておりますね
きっと、夜が心地よくて長いから
秋の夜の長きを、人はかくも愛し歌うのかと思わされます

劉禹錫(リュウウシャク)

何処秋風至
蕭蕭送雁群
朝来入庭樹
孤客最先聞

何処より秋風至る
蕭蕭として 雁群を送る
朝来 庭樹に入る
孤客 最も先に聞く

まずは、この絶句を親愛なる兄へ


私なりに訳をつけてみました。

吹いてくる風にも秋の気配
空を吹く風は雁の群れを送り
朝の庭の木立の中にも染み渡る
寂しさにあふれた私の心にも


風にも秋の匂いがしてきた
空の風は雁の群れを送ってる
朝の庭の木立の中にも秋は沁みてきた
寂しさ一杯のうちん心んなかにも

お暑うございます。 夏の詩 三題 高啓 蘇舜欽

2006年08月06日 17時01分30秒 |  漢詩を長崎弁で
急に暑くなりましたね。
今まで洗濯してもなんとなく、乾かないような感じで、2日も3日も物干しにかけっぱなしでしたけど、ここのところ、朝洗濯したものが昼過ぎには乾いている。
模範主夫としては嬉しい限り。

でもさ、暑すぎる。
頭の神経や血液の管が解けて流れてしまったような感じ。
もうろうとして、体を動かすのも大変。


知人が夏の漢詩をわざわざ探して送ってくれました。

>>
画欄斜度水螢光   画欄は斜めにわたり 水螢の光
荷葉荷花各有香   荷葉荷花 各々に香有り
団扇不揺風露下   団扇揺らさず 風露の下
秋応先借一宵涼   秋は応に先づ 一宵の涼を借す

明の高啓と言う方の作です
夏の時期の漢詩をと思ってうろうろして、見つけました。
>>
池上納涼 高啓

欄干の先を蛍が横切る
蓮の葉や花の香りが広がってくると
風露下、うちわを動かすこともないのは、
秋が一夜の涼しさを、いち早く貸してくれたからやろね~

意外に夏の詩は中国の詩には少ないのかな、あまり見ませんね。
それに対して、私もやっと探し出してお返しをしたのだけど、

岬は緑に埋もれた本当に別世界です。
夏も涼しく、
庭の百日紅が花をつけないのは残念ですが、
鶯は一日声を枯らして鳴いています。

別院深深夏簟清
石榴開遍透簾明
樹陰満地日當午
夢覺流鶯時一聲

  離れの座敷
  ござはひんやりとすがすがしく
  石榴の花は咲きそい、簾こしに明るい
  木陰の中、日は真上
  昼寝から覚めれば、鶯の声
        蘇舜欽


離れの座敷に座る
ござはひんやりと凉かと
石榴の花が咲いて簾こしに明るか
木陰のなか、お日さんは上にある
昼寝から覚めたら、鶯の声がしちょった


そういえば、王令という人はうだる暑さを詩にしている

暑旱苦熱
     王令
清風無力屠得熱
落日着翅飛上山
人固己惧江海竭
天豈不惜河漢干
崑崙之高有積雪
蓬莱之遠常遺寒
不能手提天下往
何忍身去游其間

風もなく、死ぬほどの暑さ
太陽は羽をつけて山の上からがんがんと照らしている
皆んな海の水が涸れてしまうんじゃないかと恐れている
天も天の川が干上がるのではと心配しているんじゃないだろうか
高い崑崙の山なら雪があるだろう
遠く蓬莱まで行けば寒さが残っているだろう
でもこの世の人たち全部を連れて行くわけには行かない
だから、自分だけがそこで避暑に行くわけにはいかない


風のなくて、死ぬほど暑かっちゃ
太陽は山の上からがんがんてらしちょる
みんな海の水が枯れてしまうとじゃなかろうかって恐れちょる
天も天の川が干上がるんじゃなかろかって心配しちょるかな~
崑崙山の頂なら雪があるじゃろか
蓬莱まで行けば寒さが残っちょるじゃろね
でも世の中の人を全部連れてそこには行けんじゃろ
じゃから、自分だけそこに避暑にはいけんもんね

うん、だから私も、一人だけ涼しい思いをしたくないので、舌を出しながら、はっ、はっって息をして、この暑さの中に留まっている。



有終   山石 

2006年08月05日 20時57分03秒 |  漢詩を長崎弁で
空が白んできた、散歩にでる
目的があるわけじゃなか
目の前の道を足の向くままに歩いていくとじゃ
丘を登って、谷を渡って、朝靄のなかをどこまでも
山は紅、谷川は緑
綺麗じゃね~
大きか木があちこちに生えとる
流れでは、靴を脱いで川石を踏んで行く
水の音がゴーって鳴る。川風は服を翻す
人の一生なんて、こんな風に楽しむもんちゃ
仕事やら、立身やらのために、自分を曲げ、ぺこぺこする必要はなかじゃろが
歳をとってまで、あくせす仕事にしがみつく理由なんてなんかあるとね?





空がまだ明けぼらけのころ散歩にでる
別に目的があるわけじゃないし
目の前に出てくる道を気の向くままに辿っていく
丘を登り、谷を渡り、朝靄の中をどこまでも歩く
山は紅をまとい、谷川は緑を飾っている
その景色に心を奪われる
周りには時として大きな木々がそびえている
流れに来て、靴を脱ぎ素足で川石を踏んで渡る
水音はゴーゴー、川風は服を翻す
人生なんて、こんな風に楽しむべきもの
仕事や、立身のために、節を曲げ、ぺこぺこと過ごすことはないじゃない
ねえみんな。歳をとってまであくせく仕事にしがみつく理由なんて何がある?

天明獨去無道路
出入高下窮煙霏
山紅澗碧紛爛漫
時見松櫪皆十圍
當流赤足踏澗石
水聲激激風吹衣
人生如此自可樂
豈必局束為人鞿
嗟哉吾黨二三子
安得至老不更歸
    山石
    韓愈

確かに、これはたくさんの人が夢見るところ。
私も岬を手にいれ、その賭場口にはいるのだけど、でもあまりにもさまざまな問題が起こってくる。
これだけ進んだ社会が、戦士として働き、その余生を平和に送ろうとしている人々に、生命が誕生して以来連綿として起きてきている問題や、悲劇に、何もできないでいるということが信じられないくらい。


盛年処房室 中夜起長嘆

2006年08月04日 23時19分05秒 |  漢詩を長崎弁で
佳人慕高義
求賢良独難
.....
盛年処房室
中夜起長嘆



Mixiの女性のマイミク(友人)の方たち、会ったことはないのだけど、皆さん、道を歩けば魚はそのあまりの美しさに我を忘れて、気がつけば空を飛んでいる、鳥は魂を抜かれて水の中を泳いでいるってありさま。ものすごく暖かく、優しい、思いやりにあふれた人々。頭脳明晰は言うまでもない。

でもなんでだろうな~


Mixiには恐ろしくて訳をつけれませんでしたけど、これは曹植という人の「美女」を詠った詩。
すごい美女がいたのだけど、
彼女は見識の高い人を望んでいる
でもそんな人はなかなかいないので
。。。。
盛りの年月を独り部屋に閉じこもって過ごしている
そして夜中に、嘆息している、、、

でもMixiのマイミクさんなら、すぐにわかるだろうな。


ありゃ、美人やけどな~
高望みしすぎるっちゃ
そんで相手が見つからん
。。。。
今でも毎夜、一人で部屋に閉じこもって
溜息ばかりついちょるとよ~

春色惱人眠不得 もう4月ですね

2005年04月01日 12時44分08秒 |  漢詩を長崎弁で
久米仙人 2005年4月1日のブログから転載の分に
長崎弁を付け加えました。




春眠不覺曉
處處聞啼鳥
夜來風雨聲
花落知多少

春は眠か~
ベッドから起きれんうちに鳥の声があちこちでしだしたと
昨日の晩は風と雨の音がしとったとよ
花が一杯落ちちょるやろ~ね


花はもう隣のうちまで来ちゃいましたね。まだ、風の冷たいときもあるけど、陽の光も確実に春の色。



春は転勤、移動の時期でもある。
私も家を見つけ、仕事の基点をみつけなければ。衣替え、車も私に相応な古い軽のトラックにでも買い換えよう。ついでに私の心も春物にチェンジ。




勸君更盡一杯酒
西出陽關無故人

まあ、もう一杯飲みんしゃい
こっから、出て行けばもう誰もおらんとよ

移動ともなれば、失恋はお約束事。でも新しい出会いに希望をもちましょう。

日本人って、どうしてラベルだけ張り替えれば納得できるんだろうね。自分は日本人の癖にどうもよくわからない。
心の中では「アディュ」ってことを百も承知でもそれには蓋をして、「アビアント」。相手に合わせて、「また会いましょうね」って言ってあげるけど、別離は別離。事実を認めなければ、次のステップを間違うよ。


でも、こうバタバタだと、壷の中でも入って、愛しいお姉ちゃんの膝枕で一日を過ごしたいって気になってくるね。