早春の雑木林でカタクリの花たちが「キレイでしょ」と言わんばかりに、競って背伸びをしてい
ます。でも、その近くで不満顔のスミレが、いささかツンとした様子で咲いています。
どうやらカメラマンの狙いがカタクリに集中していることが気に入らないようです。スミレの不
満は怒りに変わってきました。
スミレ: 何でカタクリさんは春の妖精とか言われて、もてはやされるのよ。私だって同じ時期に
咲いているのだから、もっと関心を持ってもらいたいものだわ。私を写す人がいない
のはナゼなの?
カタクリ: ひがまない、ひがまない。あなたの花は小さくて地味なのよ。私を見るついでに見て
もらえるだけで、ありがたいと思いなさいよ。
スミレ: 何よ!その言いかた、気に入らないわね。大体、春の妖精というのは春の陽射しが雑木
林の地面に降り注ぐ、この時期に咲く花の総称でしょう。
私もそうよ。それなのに、どういうこと!納得がいかないわ。
カタクリ: 春の妖精という言葉は人間が決めたもので、私たちとは関係ないでしょ。ひがむ必要
はないわ。
スミレ: その言葉は何よ。益々、感に触ってきた。あなたは人間にちやほやされて、私より優れ
ていると思い込んでいるように聞こえるわ。
私にもプライドがあるの。本音を言えば私だって写してほしいのよ。
カタクリ: 私が知っている春の妖精とはフクジュソウ・ショウジョウバカマ・イチリンソウ・ニ
リンソウ・アズマイチゲ・セツブンソウたちね。
やはり、その中にスミレさんは入っていないわ。どうしてなのかしら?
スミレ: キ~!今度は、哀れみの言葉なの。もう完全に怒ったわ。私が春の妖精の仲間に入らな
い理由を説明してよ。このままじゃ、怒りが収まらないわ。
カタクリ: 理由なんてわからないわ。そうだ。いつも私たちを見守ってくれているお地蔵さんに
聞いてみましょうよ。でも、知らない方が幸せっていうこともあるんだけどな。
スミレ: イヤミね。くやし~い。そ~よ、お地蔵さんに聞いてみましょう。あの~、お地蔵さん。
今の話を聴いていましたか?私だって春の妖精ですよね。
それとも、やっぱり違うのですか?教えてくださいな。
温厚そうな顔をしてたたずむお地蔵さんには、スミレとカタクリのやり取りが聞こえていました。
そろそろ仲裁に入ろうかと思っていた矢先のご指名です。どちらか片方の肩を持つ発言は慎まな
ければいけません。双方が納得できるような、良い裁きはないかと慎重に言葉を選びながら、
ゆっくりと話し始めました。
地蔵さん: スミレさんもカタクリさんも早春の陽射しを浴びて花を咲かせるスタイルは同じだか
ら、両方とも春の妖精だと思うよ。だってどちらも早春の気配が漂うとすぐに人間
たちから開花を待ちわびられる花なんだから。
妖精と呼ぶのは人間の感じ方に過ぎないので、気にしない方がいい。
スミレ: でも、私は春の妖精と呼ばれたいの。そう呼んでもらえないのには何か根拠があるはず
よ。
カタクリ: スミレさんって、ムーミン谷に住むミイみたいね。小さい体で気が強いこと。負けん
気は相当なものね。
スミレ: ミイのことは人間の母娘が絵本を開いて、声を出して読んでいたから知っているわ。
でも、私はあんなにきつい顔はしていないわよ。
地蔵さん: カタクリさん、それ以上焚きつけるようなことを言ってはいけないよ。お互いの違いは
何かな?カタクリさんは種でも増えるけど、主に球根で増えるね。片や、スミレさん
は種で増えるんだ。生き延びる方法が違うし、花の大きさも形も違うから、単純に美
しさを競う必要はないんだよ。
君たちは満開の桜を見ても羨ましいとは思わないだろう?
スミレ: じゃ~、どうしてカタクリさんばかり人気があるの?
地蔵さん: スミレさんだって人気者じゃないか。♪すみれ咲き 春を告げる♪という有名な歌があ
って、春というと、カタクリさんよりもスミレさんを先に思い浮かべる人の方が多い
かも知れないよ。
スミレ: そ、そ~よね。そうこなくっちゃ。もっといいところをどんどん言って。
地蔵さん: 実は春の妖精の元の意味は「春の儚い命」なんだ。カタクリさんは早春の短い期間に
いっせいに咲いて早々と実を結ぶことに専念するけど、スミレさんは春の妖精と呼ば
れる花たちよりも少し早く開花して、長く咲き続けるよね。儚くはないよ。
それに、限られた場所だけではなく、土手や道端など、いろんな場所で花を咲かせる
強い生命力があるじゃないか。それにアリさんはスミレさんの事が大好きみたいだ
し。
カタクリ: へ~ェ、スミレさんはたくましいのね。意地悪なことを言って申し訳なかったわ。
本当は私、スミレさんのことが好きなの。仲良くしましょうよ。
ねえ、お地蔵さん、私のいいところも教えてくださいな。
地蔵さん: ユニークな花の形と大きさが人間の目を惹きつけるのだろうね。それに短い期間しか咲
かないから、人間は今写しておかなくちゃって思うんだよ。もう一つ、人間の食べ物
に片栗粉というのがあって、君の根から採れる澱粉が名前の由来なのだ。
そんな人間との長い付き合いも好かれている理由かも知れないね。スミレさんもカタ
クリさんも春の陽射しをいっぱい浴びてキレイに花を咲かせておくれ。
私はいつでも君たちを見守っているよ。口ゲンカはもう終わりにしようね。
スミレ: はい。わかりました。♪すみれの花咲く頃♪と歌われるほど、春を待つ人の心と共に生き
ているんだからね。自信がついたわ。
カタクリ: ホラ、カメラがこっちを狙ってる。一緒に写してもらいましょうよ。
お地蔵さんはその様子を見て、ホッと胸をなでおろしました。