むかし、布教と修行のため、托鉢をしながら全国を行脚している六人のお坊さんがいま
した。ある時、山奥のそのまた奥へ進んで行くと、突然、大きな茅葺の家が見えてきま
した。
一の僧: こんな山奥に、えらくドッシリとした構えの家が建っていますよ。気になりますね。
二の僧: 狭い田んぼがポツンポツンとあるが、収穫するにはまだ早そうだ。
三の僧: すぐそばに山々が迫る、こんな山間地では十分なお米の収穫は望めそうにあ
りませんよ。日々の糧をどのような方法で得ているのでしょうか?
四の僧: おや、歌声が聞こえませんか?
五の僧: あの家から聞こえて来るみたいですね。行ってみましょう。
僧たちは入り口で声をかけてみました。すると、その家の主人らしい人が出てきました。
主人 : おお、これはお坊様がた。こんな山奥の村に、よう来られた。中にお入りくださ
い。ささ、皆様、もっと囲炉裏の近くへどうぞ。お口に合うかどうかは分かりま
せんが、薬草を煮出したお茶があります。どうぞ一服して下さい。
六の僧: ありがとうございます。では、お言葉に甘えて、ドッコイショ。
四の僧: 先ほど、歌声が聞こえたのですが、唄っておられたのはご主人ですか?
主人 : オヤオヤ、お聞きになりましたか。お恥ずかしい。昔からこの里で唄い継がれて
いる「こきりこ唄」です。陸の孤島のようなこの場所での生活は過酷そのもの。
日々の労働の合間や祭りで唄います。あとで、ゆっくりと唄って差し上げまし
ょう。
三の僧: それは楽しみです。ところで、この村にはお米を耕作する場所が少ないようです
が、どうやって日々の糧を得ているのですか?
主人 : 実は、この村はある藩が幕府や他藩には存在を秘匿している隠れ里なのです。
お坊様たちがここに来られたのも何かのご縁でしょうから説明しますが、この家
では二階より上で蚕を飼育し、紙作りもします。もう一つ、これは口外しては困る
のですが、床下を利用して火薬の原料となる煙硝を作っています。ここで作った
煙硝は全て領主に収めるのですが、これが村を支えてくれているのです。
一の僧: 作業場兼生活の場というわけですね。大きな建物である理由が分かりました。
しかし、煙硝作りをしているとは意外でした。
主人 : 決して他言は無用ですよ、お坊様たちを見込んでお話したのですから。あそこ
にあるのが「煙硝まや」です。あそこに麻畑の土、ヨモギなどの干し草、蚕糞、
馬の尿などを混ぜて積み、五年ほど寝かせます。すると煙硝培養土ができる
ので、それを水に浸したうえで、その水を煮詰めると煙硝ができあがります。
この煙硝にいくつかの物を混ぜて黒色火薬を作るのですが、これ以上は話せ
ません。
二の僧: この村で安定して良質な煙硝を作り続けてこられたのは、ご先祖から続く試行
錯誤や連綿と受け継がれた経験の蓄積があるからなのでしょうね。
主人 : 米の代わりに煙硝を年貢として納めているので、まさに命綱ですよ。
武士 : ゴメン!邪魔するぞ。主(あるじ)はおるか?
主人 : おお、これは、お珍しい。加藤様ではございませんか。なんという偶然でしょう。
行脚中のお坊様がたもいらっしゃいますので、どうぞ中へお入りください。
武士 : すまぬな。さっき、おぬしの歌声が聞こえたものじゃから、久し振りにゆるりと聞
かせてもらおうと思ってな。
主人 : さようでございましたか。丁度良かった。これからお坊様がたにお聞かせしよう
していたところでございます。できましたら、加藤様の踊りもご披露頂ければ、
お坊様がたはお喜びかと思いますが、いかがでございますか?
エ~、この唄の起源は古く、平家の落人がここに住み着いた当時から唄い継
がれていると聞いています。
三の僧: すみません。唄と踊りの前にお伺いしておきたいのですが、失礼ながら、加藤
様はこの集落を収めているお役人様ですか?
武士 : いや、ワシは流刑人なのだよ。もう、ここでふた冬を越した。
四の僧: エッ、流刑人?帯刀されているし、ご自由に出歩いておられるのが解せません。
武士 : 解せんじゃろうな。この姿で自由に動けるのは藩内におけるかつてのワシの地
位が配慮されているからだ。ワシはお家騒動の巻き添えで、ここに流されてし
まったが、再審議を陳情しておるところじゃ。万が一、ワシがここから逃げれば、
別の地に流されている10歳になる私の息子が処刑されてしまうのじゃ。
ここは流刑の地でもあってな、罪の重い流刑人は川向こうにある流刑人小屋に
入れられておる。川には橋など架かっておらぬぞ。
五の僧: そのようなご事情がおありとは・・・早く再審議が始まることを願っています。
武士 : 今のワシは木片で人形を彫って赤子が生まれた家に贈ることと、この土地に古く
から伝わる踊りを習うことがせめてもの慰めになっておる。近ごろ、ようやく
様(さま)になって来てのう。ワシの踊りで良ければお見せしよう。
その代わり、踊りを披露した後には、坊様たちが見聞きしてきた他藩の話をた
っぷりと聞かせてくれぬかのう。いつか藩に戻ることができたら、藩政に活かし
たいと思うのじゃ。
六の僧: 承知しました。では、加藤様とご主人、唄と踊りをご披露願います。
加藤様は踊り用の衣装に着替え、当家の御主人の朗々たる唄に合わせて見事な踊りを
披露し始めました。
♪ こきりこの竹は 七寸五分じゃ 長いは袖の かなかいじゃ
マドのサンサは デデレコデン ハレのサンサも デデレコデン ♪
六の僧: いやいや、ありがとうございます。さすがお見事な唄と踊りでした。歌詞もなか
なか面白うございました。ところで加藤様とご主人が手に持っておられたのは
何ですか?見慣れないものですが。
主人 : 私が両手に持っていたのが「こきりこ」で、筑子と書きます。指で掴み、手首を上
手に回転させながら2本の「こきりこ」を打ち鳴らして拍子をとるのです。
武士 : ワシが持っていたのは「ささら」じゃ。煩悩の数と同じ108枚の桧板を糸で結わえ
て編んだもので、手首をきかせて波打たせると「シャッ」と音がでるのじゃ。
唄と踊りを堪能した六人の僧は、約束通り、旅の途中で経験した様々なことを語りまし
た。加藤様は僧たちの話の中から、特に興味深い事柄を選んで書き留めました。
六人の僧が立ち去った後、加藤様は僧たちへの感謝と自らの復権への願い、さらにはこ
の村の人々の安寧を祈る気持ちを込めて木彫りの六体の像を作り、奉納したそうです。
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