ショートシナリオの館

ボケに抵抗するため、日常生活の中から思いつくままに書いています。月2回・月曜日の投稿を目指します。

鉄と生命のモノガタリ

2016-07-04 06:55:06 | 日記


美井さんが家庭菜園で雑草取りに汗をかいている最中に、永さんがヒョッコリやって来ました。
手に小さなものを大事そうに持っています。

永 : ちょっと手を休めて、これを見てくれないか?鉄隕石じゃないかと思うんだけど。
美井: 隕石かどうかの判断は専門家に任せるしかないよ。
永 : 先日、君に鉄隕石を見せてもらった後、孫に話してやったんだ。さっき、その孫が友達
    と一緒にこれを畑で見つけたと言って、僕の所に持って来たんだよ。孫はこんなに小さ
    いのに重くて、しかも磁石がくっついたから、鉄隕石に違いないと思ったそうだ。
美井: 磁石がくっつくかどうかは鉄の含有率だけで決まるもので、鉄隕石の判断基準にはなら
    ないんだよ。隕石というのはほとんどが地球の鉱物と同じ成分で構成されていて、地球
    に存在しない鉱物は1%未満と言われているんだ。見分け方として大気圏突入の際に不
    純物が高熱で溶かされてできた凹みがあるのが特徴だとか言われているけど、それだっ
    て当てにはならないんだ。
永 : それ、どういうこと?
美井: 隕石は地上に落下すると酸性雨や気温変化などで、どんどん劣化したり変化して形を変
    えるんだ。隕石にとって地球は生き残りにくい環境なのさ。
永 : そうなのか。この石も専門家に見てもらわないと答えが出ないということだね。孫に伝
    えておこう。ところで、あの時に見せてくれた鉄隕石は本物なのかな?
美井: 化石や隕石を取り扱う専門店で、鑑定書がついたものを購入したんだから本物のはずだよ。
    少し説明しようね。小さな惑星同士がくっついて塊となり、その大きさが直径約100km
    以上になると内部が融解すると考えられている。融解が生じると、重力によって成分の
    分離が起こり、密度が大きい鉄やニッケルが惑星の中心に集まって核となり、密度の小
    さい岩石質がそれを包んでマントルとなるんだ。地球もこうしてできた。惑星は宇宙で
    相互に衝突して破壊されることがあり、この破片が地球に向かって飛んでくる。
    飛んできた破片の大部分は地上に落ちる前に燃え尽きるんだけど、地上まで到達したも
    のが隕石だ。地上に届いた隕石の中で、鉄が主成分のものを「鉄隕石」、鉄とニッケル
    の分量が半々のものを「石鉄隕石」、岩石が中心のものを「石質隕石」と呼んでいるそ
    うだよ。
永 : 地球の中心も鉄だということだね。鉄はどんな形で存在しているの?
美井: 地球の中心にある鉄は少なくとも外側は液体として存在し、対流しているんだ。このた
    め電気が生まれ、巨大な磁場が生じている。この磁場は有害な宇宙放射線から、地球上
    の全ての生命を守っているんだ。
永 : そうだったね。考古学的な見地から言えば、人類の文明の歩みは石器時代から青銅時代を
    経て鉄器時代を迎え、ここでようやく現在の繁栄の基礎が築かれたんだよな。人類が初
    めて鉄に出会ったのが鉄隕石で、これを利用して武器や装飾品を作ったことから鉄器時
    代が始まったと、このあいだ、君が話していたね。
美井: 実は二つの説があって、ひとつは今、君が言った鉄隕石説で、もうひとつは地上の鉄鉱石
    が山火事などで偶然に半溶融状になったものを打ったり、叩いたりして鉄利用技術を知
    ったという説だ。本当に鉄隕石で刃物が作れるのかと疑問に思うだろうけど、榎本武揚
    が富山県に落下した鉄隕石から日本刀を作って、大正天皇に贈った話は有名だし、古代
    オリエントの装飾や武器は鉄隕石で作られていたらしい。
永 : 孫が持ってきたこの石は鉄鉱石かも知れないね。鉄鉱石は宇宙から来たものではないよね。
    鉄の原料である鉄鉱石はどうやって生まれたんだっけ?
美井: 137億年前にビッグバンの大爆発で宇宙が誕生し、46億年前に地球が生まれた。地球のよ
    うな惑星が作られるには中心に鉄のような安定した重い金属が必要なんだ。地球の重さの
    1/3は鉄の重さだよ。だから、地球を含むどの惑星もほとんど鉄の塊とも言えるね。
    25億年前の地球にシアノバクテリアという生き物が大繁殖し、地上の二酸化炭素を取り入
    れ、光を使って酸素を生み出した。その酸素が海中の鉄分と結びついて海底に沈んで積み
    重なったものが、15億年前の海底隆起で地上やその近くに現れた。それが鉄鉱石だね。
永 : 鉄鉱石は地球が生み出したものなんだね。鉄鉱石では石油のような枯渇の話を聞かないか
    ら、それだけ無尽蔵にあるということだな。
美井: こんなに鉄に依存している地球環境だから、鉄を上手に利用したものだけが地球上で繁栄
    できたんじゃないかな?人間も鉄がなければ生きられないよね。
永 : それって血の話だろう。哺乳類の血はみんな赤いけど、あれは赤血球の色であり、赤血球
    の中にあるヘモグロビンが全身に酸素を運んでエネルギー作ってくれている。このヘモ
    グロビンの中心にあるのが鉄だ。血液は鉄の匂いと味がすると言われるね。
美井: もっと正確に言うと、ヘモグロビンの鉄イオンに結合した酸素が体内に運ばれるんだ。そ
    れだけじゃない。体の各種器官を動かす酵素の働きにも鉄は欠かせないよ。人間の場合、
    体重70kgの成人男性には4~5gの鉄、ほぼ釘1本分が含まれていて、そのうち約65%が
    ヘモグロビンの中に存在しているんだ。
永 : 今の話を聞いて、小学生のころ、イネの成長観察で鉄分があるものとないものの違いを比
    較したことを思い出したよ。鉄は植物の成長にとっても欠かせないんだ。
美井: 地球は鉄が発する磁場で有害な宇宙線から身を守り、地球で最も多い元素が鉄という環境
    の下で、あらゆる生命は命をつないでいる。地球で生きる生命はその鉄を数十億年の進化
    の過程で、うまく代謝の中に取り込んでいったんだね。
永 : 鉄の塊をなめても鉄分の補給にはならないんだよね。進化の中で鉄を生体内で移動しやす
    い形にする能力を身につけたから、吸収や活用ができるようになったんだな。
美井: こうした地球環境の惑星が存在することは宇宙の中でも極めて希だろうね。宇宙人の存在
    は否定しないけど、僕の目の黒い内に宇宙人が見つかることはないと思うね。
永 : 今日はえらく壮大な話になったね。いろいろと勉強になった。ありがとう。
美井: お孫さんに鉄隕石を見においでと伝えてね。ここでの雑草取りも、地球に生きるものがや
    らねばならない宿命的作業だ。ハッハッハ。
永 : そこの青いトマト、赤くなったら、ひとつ欲しいな。




コメント
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