山あいの静かな里にある樹齢約300年とされる樹高12m、幹周り3.7mの大きなイロハ
モミジ。その土地の名木に指定されているこの巨木は樹形もよく、秋の紅葉シーズン
には多くの観光客が見学に来ます。
今年の色付きも素晴らしく、人々から賞賛の声があがっています。
モミジ:やれやれ、私がこのようなド派手な衣装に身を包むのは、冬を迎える準備を
しているだけなのに、なぜ、こんなにたくさんの人間が押し寄せるのかな?
自分としては命の輝きに満ちた新緑の時の姿が一番美しいと思っているの
だが。
アザミ:紅葉したあなたの姿は周囲の緑の木立ちの中で、ひときわ目立つからよ。
これだけ大きくて派手だと、道行く人々の目に止まらないはずはないわ。
モミジ:おや、どこから声がするのかと思ったら、アザミではないか。相変わらず紫色
の花がめんこいのう。じゃがな、今は11月の下旬だぞ。春から夏に、お前さ
んの仲間と楽しい話をしてきたけれど、この時期に咲いたりして、大丈夫な
のか?
アザミ:私たちアザミには100種類近くもの仲間がいるのですよ。それぞれ性格や姿が
微妙に異なり、花をつける時期も違うの。以前にモミジさんが会ったのは、
多分、ノアザミじゃないのかな?私はノハラアザミです。はじめまして!
モミジ:ややっこしいの~。私には同じアザミにしか見えないが、寒さに強いアザミも
いるということなんだな。
アザミ:そうなんですよ。モミジさんは随分長いこと、ここで生きておられるようですね。
モミジ:ああ、もう300年になるかのう。
アザミ:暑さや寒さに耐えながら、そんなに長く生きてきたなんて驚きですね。何か秘訣
があるのでしょうか?
モミジ:そりゃあ、私なりの工夫があるのさ。今、私の葉は派手な色をしているが、これは
冬支度。これから葉をどんどん落としていくのじゃ。
私は葉のない状態で春を待つ・・そうじゃな、ウ~ン、冬眠状態に入るとでも言
えば、わかりやすいかな?
アザミ:なるほどね。体の大きさがこんなに違うから、冬の過ごし方も違って当然なの
ね。
モミジ:そういうことだ。
アザミ:今のあなたの姿しか私は知らないのですが、とても美しいと思いますよ。
毎日、葉の色が変化していくのを、私はうっとりと眺めているのです。
私には出来ないことなので、羨ましくてなりません。
モミジ:そうかい。まあ、ここにたくさんの人々が来て、この村が少しでも豊かになれ
ば住民は喜ぶし、この地域も保全されるから、私も更に長生きできるという
ことだな。
小さな体のお前さんは何か役に立つことをしているのかい?
アザミ:私の葉や根には利尿、止血、解毒などの薬効があって、人間の命を守ってきた
歴史があるんですよ。知らなかったでしょ。
モミジ:そ~か、お前たちも人間の役に立っておるんじゃな。おやおや、また次の見物客
がやって来たぞ。今度は団体さんだ。私の大切な枝を折られるのではないかと
心配でしょうがない。根っこの部分をあまり踏み荒らさないでくれよな。
あまり痛めつけられると寿命が縮むでな。
アザミ:そうですね。実は結構、私も人気者なんですが、田んぼの畦から高い山まで私
たちの仲間が広く分布していて、咲いている期間も長いので、特に大切にし
たい花とは認識されないみたい。それが残念なんですよ。
モミジ:そうなのかい。観光客がいなくなったら、その話の続きをしようではないか。
しばらくは人間たちにサービスしてやるとするか。
アザミ:はい、また後ほど、ゆっくりとお話しましょうね。
大きなモミジと小さなアザミは客足が途絶えるたびに、できるだけたくさんのお話をし
ました。こうして会話ができるのも、あと僅かな日々だということを、お互いにちゃんと
わかっていたからです。