「キノの旅Ⅸ」 時雨沢恵一
電撃文庫 2005年
無限に広がる世界を、モトラドに乗って走ってゆくキノ。
様々な都市、様々な国のありかたを、同意するでも嫌悪するでもなく、
傍観者の目をして、ただ「通り過ぎるだけ」の彼女の旅も、もう9巻目です。
この巻は、キノファンにとっては画期的な一冊でしょう。
なにしろ!
あとがきが!
マトモに書かれている!!(笑)
キノを通して読まれた方なら知っていると思いますが、
作者の時雨沢さん、たいへん「お茶目」な後書きを書かれる方です。
それが一つの楽しみで、という読者もきっと多いことでしょう。
次はどう来るか…と思っていた矢先に、これだもんなぁ。
さて、この本、中身は短編集に近いつくりですので、粗筋は書けません。
書いたらネタバラシになっちゃうしね。
主線は、キノと呼ばれる旅人が、一台の喋るモトラド(バイク)に乗って、
旅をしている、ということだけ。
一つの国や都市に留まるのは、決まって三日間。
その三日のうちにキノが見る、その国々の様々な事情や歪みを。それぞれの短編で書いているわけなのですが。
普通、こういう社会問題を風刺したようなテーマの場合、妙に説教臭くなるとか、
偽悪っぽくなってしまうとか、ともかく「主観」が入ると思うのですよ。
少なくとも、作者の好き嫌いが出てしまう。考えて欲しい方向に、物語を引っ張ってしまう。
しかし、キノは常に淡々と、それらの国を「通りすぎてゆくだけ」なのです。
それをいいとも、悪いとも結論付けません。
問題は定義する。でも、答えは出さない。
なので、答えはキノではなく、読んでいる私たちがそれぞれに出すことになります。
「さあ、これを見てごらん」と差し出される世界に、
「ま、世の中こんなもんでしょ」と肩をすくめる人もいるかもしれない。
「許せん!」と義憤に駆られるひともいるかもしれない。
百人いれば、百通りの読み方のできる本と言えるかもしれません。
そんな「自由度の高さ」がこのシリーズの一番の魅力ではないかと思います。
また、個人的に好きなのが、各巻ごとのコピーキャッチ(?)
一巻は「世界は美しくなんかない。そして、それ故に美しい
The world is not beautihul. Therefore, it is.」
四巻は「誓えないと誓います 誓わないと誓えます 誓えないと誓えます
I don't trust me.」
など、ちょっと洒落た言葉を毎回持ってきています。これも後書きと共に楽しみのひとつ。
さてさて、そして9巻ですが。
ものすごく短い「一発モノ」の話が多くなっていますねぇ。
もしかしたら、そろそろネタが…?と心配になってきました。
こういうテーマでたくさん話を書くのって難しそうですもんね。
内容も、一つの価値観に偏ってヒステリックに思い込む類のテーマが多いように思います。
個人的に好きなのは「師匠」ネタの「説得力Ⅱ」
日本人の感覚では、ここまで徹底した「戦場モード」な考え方は一般的ではありませんが、
もしも本当に命の掛かった状況下では、こうでなければ生き延びられないんだろうなぁ。
(…最近全然ニュースにならないけど、イラクに派兵された人たち大丈夫なんかな)
他に気になったのは「作家の旅」。
作品自体も、読んでてとっても異色なのですが、
これって…その…もしかして…最近の盗作フィーバーに関してのことなのかな。
最後の一文が、非常に鋭くて怖い。
キノの旅。ライトノベルと言われる分野の本ではありますが、
子供から大人まで、是非読んでみて欲しい本です。
妙に残酷だったり、後味の悪い物語の数々に、何をどう感じとるかはその人次第。
多分、同じ人間が読んだとしても、学生のころ読むのと、社会人になって読むのと、
中年になってから読むのとでは、感じ方が変わってくるんじゃないかな。
***
ちなみに映画・OVAになってます。
「キノの旅」
また、ゲームにもなってます。
「キノの旅 ゲーム」
小耳に挟んだ話だと…同人も出ているらしい…うぅむ(汗)