夢職で 高貴高齢者の 叫び

          

疎開・言葉が通じない  *ボクの見た戦中戦後(20)

2014年02月05日 | ボクの見た戦中戦後

ボクは函館空襲の後、父に連れられて秋田の親戚の家に預けられた。

疎開先の秋田の家では少し前まで馬を飼っていたが、叔父が亡くなったので手放していた。馬小屋は家の中にあり、その前は広い土間になっていて農作業ができるようになっていた。外には馬小屋から出る肥やしを積み上げておく所があった。土地の人たちはコンヅゲと呼んでいたのだが疎開したばかりなので、その呼び方を知らなかった。コンヅゲとは肥塚の訛りではないかと思う。北海道の町で育ったボクは初めて見たものであり、汚いものが積み上げられているから、ボクはここをゴミ捨て場と思っていたのだ。

疎開したばかりのころ、祖母が割れた茶碗を“サド”へ捨ててくるようにと、ボクに言いつけた。“サド”というのは近くの川のことだったがボクは知らなかった。このとき、ボクはこのゴミ捨て場を“サド”と呼ぶものと思ったのだ。

ボクは割れた茶碗を馬小屋の前の汚い藁などがある所へ捨てた。それを見た祖母は 「なぜサドに捨ててこないのか!!」と怒鳴った。ボクはかけらをゴミ捨て場に捨ててきたのに、なぜ叱られるのか理解できない。次々に聞いたこともない言葉で怒鳴るのだ。意味がわからないから、ボクは茶碗のかけらをコンヅゲから拾わなかった。そのため、さらに叱られるのだ。

なぜ叱られるのか分からず、怒鳴られながら泣いているボクを叔母がなだめに来た。「百姓は裸足で田んぼに入るから、瀬戸物のかけらをコンヅゲに捨ててはだめだ」と説明するのだが、ボクは田植えや稲刈りの様子を見たことがないばかりか、北海道では“田んぼ”そのものを見たことがなかった。まして、ゴミ捨て場と思っていたコンヅゲに積み上げられたものが、肥料であることを理解することは出来なかったのだ。

秋田の家では、モノサシを“サシ”と言っていた。囲炉裏の側を通り過ぎようとしたとき、祖母が「サシくべろ」と言った。ボクはモノサシを持ってきて囲炉裏の前に立った。なぜモノサシを火にくべなければならないのだろうと立ちつくした。「サシくべろったら、サシくべろ!!」と怒鳴られても、ボクはモノサシを火にくべるのはおかしいと思って、火を見つめながら黙って立っていた。囲炉裏の薪が燃えて中ほどが赤いおきになり、燃え残りの薪が炉の灰に横たわっている。

祖母はボクを怒鳴りながら薪を中央へ押した。「サシくべろ」とは薪を囲炉裏の中央へ差し込むようにすることなのだということをこのとき知った。

このように、言葉の意味が分からず意思が通じないため、ボクは大人の言うことを素直に聞かない子だと思われるようになってしまった。

2年生のボクは薪を運んだり、馬小屋の前の土間を掃く手伝いなどをしていた。箒は雑木の小枝をまとめて作ったものである。その形は竹箒の柄を根元から切り落とした枝先の部分だけの形のようなものである。北海道の鉄道官舎では畳一枚に満たないコンクリートの玄関をシュロ箒で掃くお手伝いをしていたが、秋田では勝手が違った。その箒で掃くときは腰をかがめて箒を斜めにし、右から左へと弧を描くようにして使うのだ。

この土地の子供たちは、このような仕事を普通に行なっていただろうが、ボクは急激な環境の変化の中で、お手伝いをすることが多くなったから、休むことができないように感じていた。近所のお婆さんがボクに声をかけた。「ヤスメラレナイカ?」と尋ねたのである。ボクは家での仕事がたくさんあるから 「休むことができない」という意味で、相手の語呂にあわせて、「ヤスメラレナイ」と答えた。するとお婆さんは「良かった、良かった」と言うのだ。どこが良いのだろうとボクは怪訝に思った。

「ヤスメラレナイカ」というのは、いじめられていないかという意味なのだ。

疎開者いじめがあった。ボクもいじめられていた。お婆さんはボクがいじめられているのではないかと心配で「いじめられていないか?」を土地の言葉で「ヤスメラレナイカ?」と声をかけたのだ。ボクの答えた「ヤスメラレナイ」は休むことができないという意味ではなく、土地の言葉で「いじめられていません」ということだったのだ。ボクはいじめられているのに、お婆さんは、いじめられていないから良かったと受け止めていたのだ。

方言が分からないので、相手と意思が通じない。まるで言語の異なる外国で暮らすような様子だったろう。

言葉だけではなく、数字の読み方も違っていた。ボクが数字を読むと、発音がおかしいとからかうのだ。ボクの数字の読み方がおかしいからと“正しい発音”を教えてくれる子がいた。真似をしてみろというのだが、ボクは拒んだ。

その子は得意になって“正しい発音”で数字を読んだ。

100(ヘーグ)、101(ヘグイヅ)、102(ヘグヌィ)、103(ヘグサン)、 104(ヘグスー)、 105(ヘグゴ)、 106(ヘグログ)、 107(ヘグスヅ)、 108(ヘグハヅ)、 109(ヘグク)、 110(ヘグヅー)

 

リンク⇓ 《ボクの見た戦中戦後》

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