絵画指導 菅野公夫のブログ

大好きな絵とともに生きてます

雪ですね

2013-01-14 | いろいろ
今年初めての雪でした。

私は冬になると、スタッドレスタイヤに履き替えます。
しかし、本庄では滅多に雪が降りません。だから敢えてそんなタイヤを履かなくても済んでしまいそうですが、
今日は、珍しくそのタイヤが役に立ちました。

母の用事で本庄へ行く用事があり、自分でもDVDをメール便で送る用事があったため、外へ出ることができました。

 

出発した時は、大粒の雪でした。降りが激しくて車道まで雪が積もり、慣れない雪なので滑ってはいけないということで、
ほとんどの車が30キロくらいのスピードで恐る恐る走っていました。
雪は、正面から全ての雪が自分に向かって降ってきます。雨のときは感じないのに、雪だとはっきりと自分に向かって降って来るように感じますね。ワイパーで掃いた雪が窓の隅に固まりますが、段々とその厚みが増すので、ワイパーの行動範囲が狭くなる感じがして、壊れたらどうしようと思います。それでエアコンの温度を上げて、その厚くなった部分の雪が解けるように考えました。

関越自動車道は、走っていました。高速は大丈夫なんだろうかと心配になりました。
帰宅してからニュースを聞くと、練馬から本庄児玉インターまで通行禁止となっていました。

用事を済ませて、お昼をガストで食べて、帰りにまた雪景色を撮影しました。

 
  

また、絵にしてみようと思って、構図を考えながら撮影しました。

そのとき、アクシデントが起きました。
カメラを窓から落としてしまったのです。

実は、そこは駐車してはいけないところで、車の通りもけっこうある道でした。
景色を撮影する場合、景色が良いところが駐車可能な場所とは限りません。
しかし、ちょっと撮影するくらいならいいだろうという気持ちで、車を停めて撮っていました。
そこで手が滑って、落としてしまったのです。
問題は、私の場合は、そのカメラを拾うのに、車椅子で降りなければならないのです。
放っておけば、カメラが車に轢かれます。
急いで拾いにかかりました。なんとか拾うことができましたが、その間4~5台の車に大きく避けてもらい迷惑をかけました。
みんな雪のためにスピードを落としていたことと、丁度その間あまり車が通らなかったことで、幸いしました。
私はしっかり雨にぬれました。

お陰でカメラは壊れました。
いま、新しいカメラが買ってあるので、切り替えろという天からの指示かなと思います。



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習絵のすすめ

2013-01-14 | 美術
習字という言葉はありますが、習絵という言葉は聞きませんね。

私は先日デッサン会の人たちに「習絵」をやってくださいと話しました。

書道家の人に、「あなたの書いた習字はーーー」と言ったら、叱られるでしょうね。
書と習字は違うよと。

習字は、字の如く字を習うですから、初心者が字を練習する場合に言います。
書というときは、立派に展覧会に出すような作品という意味でいうのだろうと想像します。
だから、スポーツ選手なら、日々のパターン練習と公式試合の違いくらいあるでしょう。

私は絵画の場合、どうも初心者の内から、いきなり公式試合をやらせている気がしてならないのです。

基本練習も何もなく、いきなり試合をさせている。

そう思いませんか?

子供たちの自由な発想で、好きなようにのびのび描かせる。
それが良いことだというような。

これは、ピアノを与えて、好きなように弾いていいよと言われたような物で、
好きなようにも何も、ほとんど弾けません。
出鱈目に叩いても曲になりません。

やはり、基本練習からではないでしょうか。

だから、絵の場合はデッサンがその習絵の部分にあたるでしょう。
しかし、実は絵の力というのは、デッサンだけではないのですね。
私は最近、構成力の比重がとても大きいと感じています。
構成力をつける基本練習をするべきではないかと。
また、色彩力も問題です。これもいきなり応用ではなく、パターン練習をたくさんするということが必要だと思います。
それは、言葉を変えれば、色遊びという言葉でも良いと思います。
とにかく、色をいろいろと試してみる。

デッサン会では、最近、手のデッサンを100枚描く、顔だけを100枚描くという取り組みをしている方がいます。
そういう取り組みですね。手だけを2分で描くなどという取り組みもしてもらっています。
体全体を2分で捉えるというのもいいでしょう。いろいろなパターン練習があると思います。

それは、それぞれの工夫でいろいろ考えられます。

小学校や中学校の絵画の取り組みも、いきなり絵画を描かせるのではなく、そのようなパターン練習的な取り組みをして、
こうすれば、誰でも上手く描けるということを教えてやるといいのではないかと思います。

私はバスケットボールをやって来た人間なので、バスケットの素人と玄人の違いは直ぐに分かります。
それは、部活で基本練習をしたということが他の人と違うのです。
ランニングシュート、ドリブル、パス、ジャンプシュートなど、基本を繰り返した人は、その身のこなしが全く違います。
絵画はどうしてそういうことをしないのだろうと不思議に思います。

私は美術部の部員に、10分間クロッキーを毎朝描かせました。そして、卒業までにだれもが1000枚以上描きました。
これをやった人は、美術の授業でちょっと上手い程度の人には絶対に負けないデッサン力を持ちます。
これが、言ってみれば習絵です。

習絵の極めつけは、模写でしょう。これは、過去の偉大な画家の絵を真似してそっくりに写すことを言います。
書道では、臨書というそうです。そっくりに真似することで、その画家の技法を学ぶのです。
それを何枚やるかは、その人の自由ですが、繰り返している内に、それでは自分が見つけたものをその技法で描いてみようということができるようになる気がします。昔の徒弟制度の場合はそうやって、師匠の技術を学び、師匠が免許皆伝をしてくれるまで繰り返し練習したということです。
免許皆伝が頂けた人は、そこから自分の絵が始まります。

そのことをもう一度、見直す時期にきているのではないかと私は思います。











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