ナット・ヘントフ『ジャズ・カントリー』(講談社文庫、原著1965年)を読む。ジャズファンでありながら、恥ずかしながら、はじめて。古本屋で100円で買った。
ニューヨークに住む、高校生の白人の若者。ジャズに憧れ、トランペットを吹き、異世界の黒人コミュニティーに入っていく。差別を体験し、ジャズの「サムシン・エルス」を希求する。そんなビルドゥングス・ロマンである。
主人公はプチ・ブルのマジョリティー側。トランペットを吹き、テクは凄いものを持っているが、「サムシン・エルス」が足りない。音楽もコミュニティも自分とは異質のマイノリティ側に、自己同一化を図る。実は、自分自身のなかにもパターナリズム的な差別があることを痛感する。どうしようもない評論家が登場。
何だ、つまり、五木寛之『青年は荒野をめざす』は、この本のパクリだった。
●参照
リロイ・ジョーンズ(アミリ・バラカ)『ブルース・ピープル』(「あとがき」でヘントフが言及)