安倍首相の戦後70年談話ほど愚かで、道徳に反する言辞はなく、日本の品格は元から消えました。
被害者の側が、「過去の問題にこだわらずに未来志向で生きましょう」というのではなく、加害者の日本政府が、それをいうのですから、日本の文化水準のあまりの低さに唖然とするほかありません。
加害者が、「過去にこだわらずに」というのがどれほどヒドイ話なのかは、ふつうの常識をもつ人なら、誰でも知ることです。
知的退廃も極限で、日本人の悪と恥を全世界に発信した罪は計り知れないもの。
それと同じ、さらに輪をかけた自民党政調会長の発言は、もう日本という国はおわっていることの証でしょう。こんなバカげた話が通ると思うなら、戦前と同じでまた国連脱退=世界の孤児になるほかありません。
これほど愚かで倫理に反する人間が最大政党の政調会長!!!!美しい国へではなく、すさまじい国へ。愚かな国へ、反道徳の国へ。
http://shinjiro7.hatenablog.com/entry/2015/08/01/111452
武田康弘 (元参議院行政監視委員会調査室 客員「日本国憲法の哲学的土台」を講義)
彼の場合、自省による失われた自己の再構築という目的だったようですが結果は大炎上そのものでした。
安倍・稲田両氏の日本の過去との向き合い方は酒鬼薔薇聖斗氏以下、加害者が自分がしたことを棚上げして反省も無く、「済んだ事は忘れて未来に向かって明るく生きていくのでよろしく!」と被害者に言っているのと同じなのだから。
個人の犯罪と国家の犯罪は違いますが、「過去史をあるがままに見て、それを必然の連鎖として受け止め、その歴史の要因の中に我々の未来を構築する手掛かりを見出すこと」が歴史を学ぶことの意味と思うので、反省のない国に未来はないでしょう。
過去に対する批判を決定するものは、現在時においての我々の未来に対するこの〔まなざし〕、「我々がどのような未来を良きものとして望み、造りあげようとしているか?」-という現在の我々の思いです。
過去に対する現在の評価は同時に現在から未来にかけての我々の行動選択の基準でもあります。なので、過去の戦争の肯定(大東亜戦争聖戦論)は、そのまま未来における同様の戦争の可能性の肯定となっている-つまり条件さえととのえば、また同じことをやるかも知れないと言うことの暗黙の表明となってしまっている。
中国・朝鮮の人たちが「同じことをまたヤラレタラとてもたまらん!」と怒り出さない方がおかしいでしょうに、そしてそのことに全く気づけてないのも・・ホントにひどい政権です。