きぼう屋

生きているから生きている

五月病に関する危険な仮説

2008年04月30日 | 「生きる」こと
五月病の原因をちょっと考えてみました

もちろんこれまた
危険な仮説でありますが・・・

一般的には
新しい環境での生活において
その環境の変化に精神が付いていけない
というようなものですが

わたしは
そういう環境の変化と
しかしそれ以上に
身体のしんどさ
に原因があるのでは・・・
と思っております

4月からの新しい環境で
心身ともに興奮し緊張しているため
身体がしんどくなっていることに
なかなか気が付かない
という時であるにもかかわらず

花粉が飛び
身体のいたるところが軽く炎症を起こし
しかし軽いというのがみそで
それを気にしすぎることはなく
いやそういう時期だから
あえて気にしないように脳みそは命令するだろうし
だから
しんどいのに
しんどくない
と信じ込まされるというからだの状況が発生し

それに加えて
(といいますか、花粉症のない方はここからですが)
4月になれば
暖かくなったからストーブがしまわれますが
(これは関東以西のはなしですが・・・)
しかし
実は朝晩は気温10度を切ることもあり
ストーブがあれば15度くらいの部屋も
10度以下となっていて・・・
しかし暖かくなった!
と脳みそが思い込んでいるから
せいぜいトレーナー程度を着るくらいで過ごしてしまい
そもそもそれ以上の防寒着は
4月からの環境に備えてしまいこんでしまったりして・・・
よって
身体は寒さによりますますしんどくなり

さらに5月になると
昼間は本日のように夏日になり
半そででもよくなるもんだから
やっぱり脳みそがそのように思い込んでしまい・・・
そのいきおいで朝晩を過ごすと
確かに15度くらいまであがってはきているけど
しかし
トレーナーも着ることなく
薄い部屋着のみだったりして
身体はますますますますしんどくなり

このあたりで
軽い咳がでたり鼻をすすったりするけれども
しかし
興奮と緊張で
やっぱりそれを気にすることなく

そのまま身体はどんどんしんどくなり・・・


で確かに新環境で神経も参るのだけれども

それよりも先に
身体が先に参ってしまうことで
存在自体の力が減少してしまい
だから
神経も参り
精神もぼろぼろになる
というような

そういうものではないかなあ
と思いました

だから
まずは身体をぬくめて
神経もぬくめて
(新環境にあるときほど
 確かに新環境において必要なことに
 時間をつかわねばならないけれども
 でもそうだからこそ
 逆に
 これまでに
 神経をゆるっとさせてくれた
 本を読んだり映画を見たり友人とごはん食べたり
 家族にあまえたり)
ということがとても大事だなあ
と思ったりします

例えば
下宿する学生たちが
ゴールデンウィークに
実家に帰るというのは
実は
身体が
それこそ
あらゆる器官が
内臓が皮膚が筋肉が血液が
求めていることなのかなあ
と思います

ぬくぬくいきましょう

ではでは