きぼう屋

生きているから生きている

目的から希望へ

2008年04月28日 | 「生きる」こと
目 的 は


神 


あ り 得 な い


し か し


悪 


あ り 得 る し





あ り 得 る






希 望 は


神 


あ り 得 る


少 な く と も





で は な く





で は 絶 対 に な い



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目的なき活動は意味なし
みたいなことが言われる世界になりました


確かに個人の行動でも
共同体の運動でも
目的は必要ですが

それは人間のつまらなさゆえの
その限界さゆえの必要であって

目的が賛美されるということではない!!!!!
というところは
こういう世界だからこそ
押さえねばならないなあと思います

それよりも
他者たちと共に生きる中で

まさに他者たちが共に在る
という生き生きとした
もうひとつの世界を

目指すというよりは
もはや頂きつつ

人間的視点では
そういう世界がない
というしかないけれども

しかし
超越的に頂きつつ

瞬間瞬間で生々しく
他者たちが共に在る
経験をするなかで

もはやそれ以外の姿を描くこともなく

歩むことができる

と希望を得ることが大事で

それこそが
信仰ってものであるし

信仰なんて言葉を使うと
普遍化されない可能性があるなら

それこそ倫理ってもんであるわけで



まずは
せめて
教会はそういう希望を生きていきたい
と願いつつ


本当は

すべての運動体・共同体がそうなるはず
ということをも信じつつ


本日も仕事を開始したいわけなのでした

おしまい