拝啓 夏目漱石先生

自称「漱石先生の門下生(ただのファン)」による日記

『HEART STATION』/宇多田ヒカル

2008-03-27 19:03:48 | アルバムレビュー
1. Fight The Blues ★★★
喜太郎のような、朝の目覚めのようなオリエンタルなシンセが印象的。「鬱に負けるな」という力強いメッセージを持つ曲だが、音は非常にフワフワと柔らかい。この柔らかな楽曲の中で、唯一低音が効いていてパワフルなBメロがこの曲のキモか。

2. HEART STATION ★★★★
裏メロを奏でるキーボードと本人の声が自由自在に歌うメロディアスなミディアム曲。聴き手を選ばない、というかスルーされそうなほど薄味のサラっとしたポップスに仕上がっているが、本人すら辛そうなかなり無理のあるメロディーラインと、奔放に動きまわるコーラスが地味に異彩を放つ。2番Bメロのコーラスラインが特に面白い。インストとコーラスだけのカラオケバージョンを聴いてみたくなる。

3. Beautiful World ★★★★
この曲も「HEART STATION」同様、キーボード・コーラスとボーカルの絡み合いが聴き所か。無茶なメロディーと、それに呼応するような悲しげなキーボードの共存。「残酷な天使のテーゼ」も良いが、アスカ登場前で明るい要素が殆ど何も無く、暗く閉じた世界観を持つ物語前半を映画化した「ヱヴァンゲリヲン 序」とこの曲のシンクロ率はとても高かったように思う。エヴァヲタのアーティストは宇多田以外にも沢山居るが、ここまで客観的にエヴァを見つめて曲に出来る人は少ないのでは。

4. Flavor Of Life -Ballad Version- ★★☆
「人生の味」という、酸いも甘いも味わいつくした泉谷しげるのようなおやじシンガーソングライターがつけそうな渋く枯れたタイトルがついたヒット曲。売り上げ的に低迷していた宇多田だが、その気になれば世間を喜ばせるバラード作るのはお手の物であることをこの曲で証明した。「せつない」「苦い」「Life」「したい」「ない」「じゃない」「未来」など、徹底的にaとiで脚韻を踏んでいる歌詞。本人なりの綿密な計算があるのだろう。

5. Stay Gold ★★★☆
軽やかでしなやかなメロディを鳴らす高音のピアノ、微かに鳴ってるキック、幻聴のような歌声。まるで夢の中で聴いているような浮遊感のあるバラード。この浮遊感と対称的なのがドーンと沈み込んでいくような低音のピアノ、かなり高い所で「チッチッチッ……」と鳴る電子音、「大好きだから ずっと」というインパクトのある歌詞。夢と現実を行き来するかのような不思議な曲。

6. Kiss & Cry ★★★★
パオーン!という大胆なシンセヒットを盛り込んだテンションの高いミディアム曲。「随所に面白い音を盛り込みまくってやろう」という悪ノリを感じる。日本民謡のようなAメロから早口なBメロに転がり落ちる無理やりな展開が楽しい。「今日は日清カップヌードル」というバカな歌詞も悪ノリの賜物だろうが、その裏には「チャレンジには失敗がつきもの。ていうか失敗の可能性方が高い。いちいち失敗に傷ついて立ち止まってたら身が持たない」というシビアなメッセージが隠れている(多分…)。

7. Gentle Beast Interlude
次曲につながるインスト。タイトルは次曲の歌詞「優しい瞳をもつ化け物が目を覚ます」からきていると思われる。

8. Celebrate ★★★★★
ラテン風味のギターのカッティングが響く4つ打ちハウス。2001年ごろのコーネリアスが作りそうな、オーガニックな雰囲気のトラックに、全盛期の小沢健二のような、恋愛の楽しさを謳歌するようなポップな歌詞が乗る。まるで「フリッパーズギターが今、突如再結成したらこうなるかも?」な曲(超こじつけ)。「おまえがナンバーワンだぜ」という、『ドラゴンボール』のベジータのような男気ある歌詞が印象的。

9. Prisoner Of Love ★★★★
バカ売れした初期のアルバムに入っていそうなマイナー調のミディアムバラード。かなりキレ味のあるスリリングなストリングスが曲を豪華に彩る。少しずつテンションを上げていくBメロはベタだが圧巻。まだこういう曲作れるんだなぁという感じ。歌詞の内容は非常にエモーショナルで、浜崎あゆみの勝負バラードのようだが、発音したときに歯切れが良い単語ばかりがずらりと並んでおり浜崎のようなヘヴィーな雰囲気にはなっていない。

10. テイク 5 ★★★☆
幻想的なシンセと幽霊のように聴き手を幻惑するファンタジックなコーラスが絡み合うバラード。唐突なエンディングは賛否両論だろうが、人里離れた寂しい場所に聴き手を誘わんとするような、どんどん孤独を煽っていくようなアレンジと歌詞をもつこの曲の直後に「ぼくはくま」のイントロが来ると個人的にはかなり安心できる。

11. ぼくはくま ★★★☆
「みんなのうた」だっただけあり、発売時この曲で盛り上がってたのは小さい子供及びその親ぐらいだろう。自分もアルバム収録をきっかけに初めてちゃんと耳を傾けた。温もりと広がりのあるピアノと、ゆるやかな鼓動のようなキック音が耳に優しいほのぼのとしたバラード。でも終盤の「夜はおやすみまくらさん 朝はおはようまくらさん」のリフレインと、ラストの「ぼくはくま 九九 くま ママ くま くま」という単純な言葉遊びのようなフレーズが何故かシリアスに響く。

12. 虹色バス ★★★★★
レトロなアメリカンポップスのような曲。ゆったり揺れるリズムに、いつものふんわりとしたシンセが絡み付いてくる。「韻を踏まなきゃ歌詞として認めない」ぐらいの気分で書いていそうなリズミカルな歌詞も手伝い、聴き心地抜群。途中までは「ぼくはくま」的なほのぼのポップスだが、後半の「誰もいない世界へ私を連れて行って」以降はトリップポップのような趣。歌詞と曲調の世界観の一致ぶりが見事。

13. Flavor Of Life(Bonus Track) ★★★☆
別アレンジのボーナストラック。生のストリングスがキーだったバラード版とは全く違い、いつものようにフワフワとしたシンセ主体で作られた打ち込みのポップス。バラード版には無かったBメロの「Don't be afraid」というコーラスが綺麗。

総評★★★★☆
作詞作曲に加えアレンジも本人が手がけ、ゲストミュージシャンの参加も三曲のみ(4,8,9)。ひたすらキーボードやパソコンに向き合って作られたようなアルバム。安易にジャンル分けをされるのを拒むような言葉で説明し辛い楽曲がずらりと並んでいる。こう書くと閉塞感漂う内省的なアルバムのようにも思えるが(実際前作はそういうものだった)、音数は少なめでヌケの良い、開かれたサウンドに仕上がっている。アレンジをし始めた頃の楽曲は音の洪水のようで耳障りに感じることもしばしばだったが(全米デビュー盤)、今作では余分な音をそぎ落とすことを覚えたのだろう。「ぼくはくま」なんてシンプルの極みである。部屋やカーステで垂れ流してても邪魔にならないぐらい空間に溶け込んでくれるが、ヘッドフォンをして、宇多田によるアレンジを穿り返すように聴いて楽しむことも出来る。デビュー時にR&Bの歌姫として煽られていた頃が遠い昔に思えるほど、音楽性は変わり続けてきたが、今作には原点回帰したような曲もいくつか入っており、過去に宇多田の曲を好きになったことがある人ならとりあえず数曲はお気に入りを見つけられるだろう。
歌詞については「Stay Gold」の「悲しいことはずっとこの先にもいっぱいあるわ」と「Kiss&Cry」の「恥をかいたってかまわない」、「Fight the Blues」の「男も女もタフじゃなきゃね」というフレーズがこのアルバムの全てを言い表しているような気がする。



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