つれづれ読書日記

SENとLINN、二人で更新中の書評ブログです。小説、漫画、新書などの感想を独断と偏見でつれづれと書いていきます。

SFとはまた違って

2006-10-07 15:46:01 | ホラー
さて、なんか菅さんづいてんなぁの第676回は、

タイトル:夜陰譚
著者:菅浩江
出版社:光文社(初版:H13)

であります。

またもや菅浩江、そしてまたもや短編、さらにまたもや9編、そしてまたもや長くなりそうな予感……(爆)
最長記録を更新しないようにと思いつつ例の如く各話ごとに。

「夜陰譚」
肥満をコンプレックスにしている私は、自らが隠蔽される夜の闇に安心を見出していた。
いつものように夜の散歩中に、車一台がようやく通れるほどの露地で、電柱に漢数字で「十一」と縦書きされている電柱を見つけ、そしてそこで十一という顔を見ることが出来る男性に出会う。そこで男性は電柱に抱きつき、木の身体を得ることに成功する。

その姿から、昼間の様々な思いを胸に、自らの変容を願い、私は露地のコンクリート塀に十一を刻み始める。
コンプレックスと逃避、そして得た身体は……。

「つぐない」
小学生のころのクラスメイトへの後悔からフリーライターとしてDVドメスティックバイオレンスの取材を行う石沢典恵は、あるDVのサイトで紹介された久御山津和子に取材を行う。
優しく、好感の持てる津和子の、幼少時代からのDVの話を聞くに連れ、きっと津和子ならば過去の後悔の贖罪が出来ると思った典恵だが、次第に津和子の姿を知るに連れ、DVだと思っていたほんとうの原因を知る。

しかし、そのときにはすでに典恵は津和子に追い詰められようとしていた。

怖ぇ~……(爆)
怖いよ、この話……人間が。

「蟷螂の月」
沼地にぽつんと浮かぶ叢で月を見上げる蟷螂……そんな幻影に酔い、優しい姉を尊敬し、思う私の世界。
そんな世界で崇高に月に焦がれる蟷螂を見守りながら、幻影に翻弄される私は、とうとう会社でもその幻影に惑乱していた。
そのとき、いつも優しく微笑む姉ではなく、恐ろしい形相をした姉が現れる。
幸せな幻影の中に表れた不幸せなもうひとりの姉に私は……。

「つぐない」ほどではないものの、これもじゅーぶんホラー。
ラストの一文が、無邪気な感じの言葉になっているぶんだけ余計に怖い。

「贈り物」
沖縄で出会った彼にもらった、彼曰く「人魚の鱗」は、私の部屋で声を発した。
そこにはほんとうに人魚がいて、10人ほどの人魚たちは、私の魅力になる目を褒めそやし、彼が気に入るような目を手に入れるための評価を下すようになる。
彼の理想が鱗を通して、私に彼が認めたその目の美しさを語っている鱗はしかし……。

恋する相手への思い……と言いながら酷く冷めたラストが秀逸。

「和服継承」
狂った叔母とおなじお客さんに酌をするような仕事についた私が、客に叔母との関係や和服の着付けを習ったと言う昔話をする話。
私の語りの形式で、嫣然としたエロティシズムの感じられる作品。
これもラストの一文が見事。

「白い手」
芸大からミヤキ・インテリアへ入社した新卒の佐伯敦子は、小間使いのような仕事ばかりを与えられている脇屋香津美とともに、地下連絡通路にある百貨店のショーウィンドウの企画を進めていた。
香津美の美しいその手をきっかけにしたふたりの関係は、この企画でさらに縮まるが、敦子がこのことの成功によってパリへ行くことになったことで途切れる。
その後、社内でも評判だったバツイチの次長と結婚することになった敦子は、久しぶりに逢った香津美の、ささくれだった手を認める。

ん~、「贈り物」がなければいいのだが、似通った物語でおもしろみも半減。
ただし、ラストの悪意のない敦子の行動は、ストーリーの関係ですんごい嫉妬の権化に。

「桜湯道成寺」
歌舞伎(だと思う)の家元で育った老女が取材を受けて昔語りをする形式で進む話。
幼いころから成長する中で隠し、見えないようにしていた感情を、若先生の結婚を機に舞台で「道成寺」の主役を張ることになった晴れ舞台までを、桜を愛する私が語っている。

桜を愛すると言いながら見え隠れする憎悪や嫉妬と言った匂いを感じさせるところがよい。

「雪音」
3人の社員とともに自然食材などをネットショッピングで売る会社を経営している吉原は、部下の不手際と重く落ちてくる雪音に、身体も心も重みを増す感覚でいた。
そこへ見ず知らずの女性が現れ、自分と入れ替わり、完璧を求める自分とは異なる手法で会社を経営していく。
そんなやり方は認められない吉原は、しかし女性との会話の中で肯定と否定という矛盾を繰り返し……。

これも途中はいままでの話の中で語られるものをアレンジしただけと言う印象でいまいちだったのだが、それでもラストはいいんだよなぁ。

「美人の湯」
午前二時半、美人の湯として名高い露天風呂に入った私は、先客に声をかけられる。
私を含め、3人の女性がいる露天風呂で、容姿の醜さからの出来事を語り合い、久しぶりの楽しさを満喫した私は、翌朝誰にも会わずにすむように宿を後にする。
しかし、その道すがら、逆に宿を訪れる美貌のふたりの少女たちが歩いてきた。

これまたラストの痛烈な皮肉がおもしろい逸品。

さて、総評が難しいなぁ、これ……。
及第以上であることは間違いないのだが、話の途中がいまいちなのがけっこうあるんだよねぇ。
しかもこの短編集や前に読んだ「五人姉妹」にもあった気がするテーマだったりするところもマイナス。

ただ、概ねラストはよく、想像力を掻き立てられる話や余韻の深い話など、多彩。
なので、ラストのよさからマイナス分を勘案して、良品一歩手前、ってところかな。
でも、オススメできる短編集なのは間違いなし。

それにしても、やっぱりまた記事が長くなった……(爆)