さいかち亭雑記

短歌を中心に文芸、その他

岩尾淳子歌集『岸』

2020年07月26日 | 現代短歌
※ 以前の原稿をアップする。

心を開放すること 岩尾淳子歌集『岸』

 短歌は偶然目の前に訪れた景や出来事との一回ごとの真剣勝負のような所があって、そこがおもしろくてやめられない。この第二歌集で、作者は特に構えなくとも、出会ったものをすんなりと自然に言葉に移し替える技術を体得した。だから、巻頭から職場の歌を悪びれずに並べることができた。もともと修辞への興味が先行する作者だったが、こだわりを放り投げてみれば自由な世界が目の前に拡がっていた。これは何と楽しいことか。そういう自己解放の喜びに満ちた歌集だから、読む方も自然と上機嫌になってくる。むろん、詠まれている現実は、今の日本に生きる子供たちの姿と、高齢化してゆく肉親の姿だから、中身が重苦しくなっても不思議でないのだが、全体の印象はあくまでも軽快である。

・岸、それは祖母の名だったあてのなき旅の途中の舟を寄せゆく

 歌集題の歌。「舟を寄せゆく」という結句に、祖母の記憶に甘える気持が託されている。舟はむろん作者自身の生の奇跡の比喩。実感と修辞をつなげる回路が独特である。

・六月の青葉を透けてくるひかり素肌のように硯をあらう
・赤ちゃんが今泣きやんだ車輛より大淀橋にさしかかりゆく
・まひるまに父が箸から取りこぼす乳歯のように光る鮨めし

どれも幸福な歌であって、二物衝撃と言うよりはトライアングルに言葉がぶつかっていて、近年の若手歌人の高度化した修辞を押さえつつ、それを実感の側に引き寄せた強みを見せている。

 ・祈ったり鶴を折ったりしないこといつかしずかなところで会おうね

徹底的に意匠にこだわりながら、同時にそれを無化してみせる技術は瞠目に値する。淡い思いを柔らかな言葉にのせて闊達に表現しているのだ。 (ながらみ書房・二五〇〇円)

 










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