時のうねりのはざまにて

歴史小説もどきを書いてみます。作品と解説の二部構成で行こうと思います。

蒲殿春秋(四百三十六)

2009-12-05 05:13:48 | 蒲殿春秋
「間もなく平家追討の宣旨が下されます。」
景時が範頼に対してそう告げた。
「そうか・・・で、鎌倉殿のご意向は?」
と返すと
「先ほど早馬が参りました。
鎌倉殿の仰せでは平家を追討するにせよ、和睦するにせよ院のご意志ならびに朝議に従えと。」

範頼はしばらく景時を見つめていた。

「では、出陣となるな。」
範頼はぼそっと言った。

「あと少々知らせがございます。
それと摂津国の多田蔵人殿が吾等に合すると由にございまする。
多田殿の下知により摂津国の住人が多く我等に加わるとの由。」
「まことか?」
「はい。」
多田蔵人行綱は摂津国の有力者である。
彼が鎌倉勢に与力してくれるならば心強いし、摂津国の兵が加わるのは兵力に心配のある鎌倉勢にとって大変ありがたい。

「それから、比叡山も我等を援護してくれます。ここにおるのが比叡山の出の武蔵坊。」
そういって振り返る景時の背後に巨大な僧侶が控えていた。
武蔵坊弁慶と名乗るこの僧は比叡山出身の僧で現在は義経に仕えている。
彼は比叡山に意向を範頼に告げる。
「比叡山は院のご意志を尊重します。そしてまた院のご意向を受けて出陣する鎌倉勢を支援いたしまする。」と。

比叡山、南都、そして畿内の有力武士の一部か鎌倉方に同意する。
このことは福原へと出陣する鎌倉勢への大きな助けとなろう。

福原への出陣━━その噂を聞きつけた近江にいる鎌倉勢は急遽熱気を帯びる。
武具の手入れに一段と力が入り、馬のいななきも一段と高いものとなる。
そのような中、範頼の元にしきりに現れ何事かを申し出るものがあった。
熊谷直実や平山季重などの武蔵の小豪族である。
熊谷らは範頼、そして軍目付の梶原景時に要求する。
「今回の出陣は搦手に加わりたい、と。」

彼等の言い分はこうである。
大手の戦い方は大勢を率いて正面から敵と戦う正攻法である。
そのような戦い方では数が物を言う。
ということは、鎌倉勢の中では兵を多数を引き連れることの出来る大豪族の方が功名手柄を立てる機会が多く、熊谷直実らのような小豪族は手柄を立てる可能性は低い。

だが、少数で敵の意表をつく戦いをすることがある搦め手ならば御家人本人と家族と数人の郎党しかいないような弱小豪族でも功名手柄の機会がある。
そのような事を考え熊谷らは搦め手に加わることと願っているのである。

その話を聞いた範頼と梶原景時は搦手に彼等が回ることを了承した。

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