時のうねりのはざまにて

歴史小説もどきを書いてみます。作品と解説の二部構成で行こうと思います。

蒲殿春秋(三百四)

2008-09-04 05:40:38 | 蒲殿春秋
さらに、義仲はある事実の前に愕然とする。
それは勢力を拡大するということは敵を増やしていくという現実だった。
横田河原の戦いの頃城資職と戦う義仲に援軍を送ってくれた甲斐源氏とは、現在南信濃を巡って対立関係にある。
同じく横田河原の時、助け合っていたはずの平賀義信との関係も悪化した。
義信が従えていた信濃佐久の豪族達への影響力を深めたことが、義信の義仲に対する反感を呼んだ。

さらに、北坂東への進出は新田義重を追い詰め、武蔵への進出が源頼朝を刺激した。
そしてそれが今回の事態を招く一因ともなった。

志田義広以外の東国の武家棟梁たちを全て敵に回してしまった。
その志田義広は鎌倉方によって常陸国を追われてしまった。

それを思えば甲斐源氏石和信光にとった態度が悔やまれる。
彼を手元に引き付けておけば甲斐源氏の一部を味方にしておけたはずである。

そしてその信光は頼朝軍の先頭に立っている。

人には明かすことのできない思いを心に秘めながら義仲は頼朝と対峙する。

両者ともにらみ合うだけで戦いはしかけてはこない。

緊張間漂う両者。

そのような中義仲をさらに追い詰める知らせが越中からもたらされた。
まもなく北陸の雪は全て解け、人馬の往来が自由になる。
そうなると平家が北陸に攻め寄せてくる
そのような噂が北陸各地で飛び交っているというのである。
昨年秋は数年ぶりに西国の作物は豊作となった。
その大飢饉に悩まされ本格的な反乱軍鎮圧に乗り出すことができなかった平家が地方に出兵する力を得た。
平家は全精力をかけて北陸に侵攻してくるというのである。

その噂で北陸の人々は動揺しているというのである。
また、都に近い越前の者達の間には平家と気脈を通じているものもあるという。

義仲は西から押し寄せてくるであろう平家にも備えなければならない。

東に頼朝からの圧力、西から平家が侵攻してくるとの噂。
義仲は抜き差しならぬ状況へ追い込まれようとしていた。

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蒲殿春秋(三百三)

2008-09-01 06:18:54 | 蒲殿春秋
寿永二年(1183年)春、源頼朝は越後へ向けて出陣した。
駿河遠江から戻ってきた兵、鎌倉に残っていた兵、そして本領にいる御家人達が頼朝に従った。
志田義広との戦いの後下野に留まっていた小山朝政の配下の者、
そして同じく小山に残っていた源範頼とその下についていた者達も北上する頼朝に従う。
彼らを従えた頼朝の軍は大軍に膨れ上がった。
さらに、上野の新田義重、信濃の平賀義信もそれに従う。

この動きに越後にいる木曽義仲もすばやく対応した。
義仲も越後信濃の兵をまとめて越後と信濃の境近くに陣を張った。
一方頼朝は信濃国と上野国境に陣を張る。

両者は信濃国近くでしばらく睨みあう。

何事も無かったかのように頼朝と対峙していた木曽義仲。
しかしその内心には人には見せることのできない狼狽を抱えていた。

義仲を狼狽させていた最大の出来事は
彼が勢力を扶持しかけていた上野武蔵のものがほとんど頼朝に付くかもしくは日和見を決め込んでしまっていた
という事実であった。
志田義広を受け入れた時点で義仲は頼朝と対立する可能性があることを予測していた。
義仲は頼朝と戦う覚悟はできていた。

しかし、志田の敗北は予想以上に手痛かった。
自分に近い立場だった藤姓足利の足利忠綱は上野、下野から駆逐された。
鎌倉御家人と対立的立場にあった武蔵の豪族も一部滅ぼされた。

しかし、それ以上に義仲にとって予想外だったことは
八条院領を預かる者たちが自分に付かないということだった。

治承寿永の内乱になるきっかけは元々「以仁王の令旨」をきっかけに発生したものである。
その以仁王の令旨が発せられた背景には以仁王を保護していた八条院の力を期待しての部分が大きい。
八条院の荘園は膨大でそこに住まう武士たちは八条院を本所を仰ぎ八条院の意向には従うはずだと思っていた。

以仁王の令旨を奉じて挙兵し、以仁王の子北陸宮を擁し以仁王の遺志の実現者という立場
を表明していた義仲の下には八条院の領地を預かる者が多数出入りしていた。
義仲の力は上野に浸透し、武蔵にも及んでいた。
八条院という権威を背景に。
八条院領の住人たちは自分につくと思っていた。

しかし、いざ頼朝と戦うという段になると八条院領を預かる者も義仲の下には集まらない。

八条院領を預かるものたちの結束が意外ともろかった。
志田義広は八条院領志田荘を預かるものであるが、
それと戦った小山も下河辺も共に八条院の所領を預かる者なのである。
後になってからそのことを思い起こした。

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