時のうねりのはざまにて

歴史小説もどきを書いてみます。作品と解説の二部構成で行こうと思います。

蒲殿春秋(五百八十二)

2011-10-20 05:12:57 | 蒲殿春秋
院御所に向かう道中義経はまた目撃した。
多くの人々が荷物を抱えて右往左往するのを、人相の悪い男達が女性から物を強奪するのを。
都の治安回復はままならない。
そのような折伊賀の事件が起きた。都の庶民の耳にも伊賀の事件は届いたようである。都のこのような人々も安心させなければ治安は益々悪くなるだろう。

院御所に参上した義経は殿上に居並ぶ人々から矢継ぎ早に質問の嵐を浴びた。

「して、此度の伊賀の事件の首謀者は?」
「伊賀守護はいかがしておる?」
「都は無事であろうな?」

殿上の方々は恐怖に顔を引きつらせている。

この方々は慄きながら自らの思うところを語るのみである。殿上は明らかに恐怖と動揺に支配されている。

その時院近臣高階泰経の大声が響き渡る。
「方々おしずまりくださいませ。お上の御下問がございまする。」
その瞬間一同は静まった。

院の御下問が高階泰経の口を通して義経に告げられる。

「此度の首謀者は?」
義経は答える。
「平田家継にございまする。それと和泉守信兼が加担しているとも・・・」
殿上の人々はその名を聞きさらに恐怖した。
「伊賀の状況は?」
「伊賀守大内惟義が襲われました。賊軍がかなり力を得ていると聞いております。
しかしながら。大内惟義は無事でございます。」
「今後どうなる?」
「伊賀国を直ぐに押さえることは出来かねますが、この動きを広げさせぬよう図っております。」
「本当に大丈夫なのだな?」
「大丈夫でございます。
大軍の福原の平家を打ち破った吾等でございます。此度も必ず勝利いたしまする。」
義経は真っ直ぐな瞳で殿上を見上げた。

その時殿上の奥から意外な声が響き渡った。
「そういえば、そなたは少数の兵で崖を駆け下りて平家の陣を壊滅させた男よのう!」
その声に一同平伏した。

その声の主は、立ち上がると御簾の奥から人々の間にお出ましになられた。
「院!」
高階泰経はたしなめたがすぐに諦めた。
御簾からお出ましになった後白河法皇はつかつかと縁側まで歩まれた。

「九郎その面を上げよ。」と後白河法皇は命じられる。
義経は恐れ多さに顔を上げることはできなかったが重ねて
「面を上げよ。」
との仰せに静かに顔を上げた。

「おお見目麗しき顔(かんばせ)。このような男が鬼神のような働きを見せるとはのう!」
義経はその場に固まっている。
「されど、その瞳は強きものの瞳そなたの強さは信ずるに値する強さよのう・・・」
それだけ言うと後白河法皇は御簾の奥へと戻られた。

その時、院御所を支配していた恐怖は一気に払拭された。

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