時のうねりのはざまにて

歴史小説もどきを書いてみます。作品と解説の二部構成で行こうと思います。

蒲殿春秋(五百六十四)

2011-05-07 23:04:51 | 蒲殿春秋
やがて範頼が鎌倉へと旅立つ日がやってきた。

見送りに来た姉は言った。
「三郎によろしくね。それから殿にはこちらのことは心配しないで、と伝えてください。」
姉の側には三人の娘と末の息子が行儀よく並んでいる。

そして遅れてやってきた男がいる。
範頼の末弟九郎義経である。
「兄上、それでは。」
義経はさわやかに兄に言葉をかける。

やがて範頼ら一行は静かに東を目指した。
範頼の傍らには当麻太郎の姿が目立つ他はあまり人数が多くない。
範頼も例によって地味ないでたちをしている。

この姿を見て鎌倉殿のご舎弟のご出立だと思う人々は誰もいないだろう。

範頼は静かに東を目指すが、向かう先には何があるのか想像がつかなかった。
範頼が鎌倉を出て、義仲と、そして平家と戦い、その後都で滞在している間
東国では大きな変化が起きていた。

鎌倉と甲斐源氏との戦い、そのなかにおける安田義定の鎌倉方への寝返り。

範頼は思う。自分と今までの甲斐源氏の誼というものがこれからどのようにわが身に降りかかるのか、どう身を処していくべきなのかと。

そして、一連の動乱の中で失われた一つの幼い命があったことを範頼はまだ知らない。
その喪われた命によって兄一家がどん底に叩きつけられられることはまだ誰も知らない。

また範頼が去った後の都が間もなく大きな恐怖に包まれるということもまだ誰も知らない。

そして、帰ったらすぐ範頼自身の身の上に大きな変化がおきることを範頼本人は全く予想していなかった。

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