時のうねりのはざまにて

歴史小説もどきを書いてみます。作品と解説の二部構成で行こうと思います。

蒲殿春秋(五百六十三)

2011-05-02 05:27:57 | 蒲殿春秋
その姉自身も現在人々の手のひらを返した態度に多少戸惑っている。

今までは姉、そしてその夫の一条能保に見向きもしなかった人々がしきりにこの邸に足を運ぶようになってきている。
今まで謀反人の娘、そして反乱者源頼朝の姉として彼女に冷たい視線を浴びせていた人までもが・・・

今度は羽振りのよくなった鎌倉殿の身内である一条能保夫妻になんとか近づこうとしているのである。

そのような話をしながら姉は静かに語る。
「でもね。私今まで色々な想いをしたから、なんとなく分かるの。
信用すべきひとと、適当に付き合っていればいい相手かどうかは。
本当に信用すべき人は、どん底にいるときに見捨てずにいてくれる人。
例えば私の乳母や乳母夫の後藤、そして私の大切な殿のような方・・・
私、今頃近づいてくる人は相手はするけど信用はしないわ。」

姉は続ける。
「あなたにもきっといるはずよ。何があってもあなたを見捨てない人が。
ただね、こんな羽振りのいいときはそれを見つけるのは難しいことだけど・・・」

さらに姉は話を続ける。
「高倉殿の北の方さまはご立派だわ。私だったら多分あなたに会うことはできないわ。
会うこと自体拒むと思うわ・・・
もし父上や兄上の命を奪ったものが私の目の前に現れたら、私その相手に何をするかわからないもの。」
「北の方さまはやはり私のことを・・・」
「恨まないわけはないわ。大切な兄上さまの命を奪った男ですものあなたは。
でも、その恨みを越えてあなたと会おうとなさる、凄いお方だわ。」
姉は範頼を見据えた。
「あなたは北の方さまの思いを全て受け止めなくてはいけないわ。
恨みも、恨みを越えた何かをも・・・・それがあなたの、戦に勝利したものの務めよ。」

「・・・・・・」

「あなたも私も戦に破れたものの辛さを味わい尽くしてきたわ。分かるわよね、あなたにもその苦しさが。
だったら、あなたが勝ったことで苦しんでいる人がいることから目を逸らさないで受け止めて。
もしかしたら、負ける以上に苦しいことかもしれないけれど。」

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