時のうねりのはざまにて

歴史小説もどきを書いてみます。作品と解説の二部構成で行こうと思います。

蒲殿春秋(二百六十三)

2008-06-10 04:45:31 | 蒲殿春秋
「私は、鎌倉殿に仕えて今までお支えしたことに対しては一度も悔やんだ事はありませぬ。
けれども、その為に娘や孫を犠牲にしてきた事がなかったか。
それを思うと、少しばかり心が痛むときがございます。」

そう言った比企尼であるが、すぐに感傷の気持ちを振り払った。
「蒲殿、せんの無いことをお聞かせして失礼いたしました。
どうぞ、孫を幸せにしてやって下さいませ。」
比企尼はそれだけ言うと、娘や孫らが待っている部屋へと戻っていった。

結局その日は、範頼はあまり瑠璃と話すこともできずに安達館を後にすることになる。
小百合の叔母たちや、異父兄たちが来ている日に来合わせてしまったのは間が悪かった。
また日を改めて行けば良い、そう思っていた。

けれども範頼はその翌日から身動きが取れなくなり、瑠璃に会いに行く時間も取れなくなる。
今度は大蔵御所に滞在する範頼のところにも様々な人々が祝意を述べに来るようになったのである。ありがたいことであるのだが、あまりにも続けざまに来訪があるので息をつく間が無い。
遠江、三河の人々やかつて養父範季の縁で滞在したことのある上野下野の人々などなどが次々に祝いの品をもって来訪する。
遠江の人々の中には安田義定の使いの者があり、下野の人々の中には彼の地にあったころ親しく出入りしていた頼朝のもう一人の乳母八田局などがいた。

婚儀の前のせわしなさに暮の忙しさがあわただしさに輪をかける。
かくして、あっという間に寿永元年も過ぎ去っていく。
婚儀の日が、そして内乱の行方が大きく変わっていく寿永二年が直ぐ目の前に迫っていた。



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