暗くなりかけた道をやや早足で歩いてホテルまで戻ってくる。秋の日暮れは早く、辺りが暗くなり気温も下がってくると、実際はそれほどでもないのに相当遅い時間のような気がしてきた。
フロントに寄って鍵を受け取る。近代的なホテルではないので部屋のロックはカードではなかった。チェックインのピークの時間はもう過ぎているようでロビーに人はほとんどいなかったが、フロントデスクでゲストカードを記入している人が一人だけいた。スーツを着た男性だったのでビジネスかなと一瞬思う。こんな場所にビジネスで泊まる人がいるのだろうか、と思いながらちらとその男性を見ると、スーツは黒いフォーマルで白いネクタイをしていた。大きい紙袋が足元に置いてありそこから一厘の花が見えている。結婚式にでも出席したのだろうか。こんなところで、と思ったが近くに披露宴をやるようなホテルか旅館もあるのかもしれない。
自分の部屋に戻ると、窓からはもう光は差し込んでおらず部屋は寒々しく感じた。暖房のスイッチを入れる。ちょっとその辺を散歩しただけなのに、軽い疲労感を感じた。お風呂に入ろうかと思ったが夕飯を食べるために食堂に下りていかなければならない。連れがいるのならともかく、ひとりで夕食を食べるのに浴衣と素顔で行くのは気が進まなかった。
時間的にももうあまり余裕がない。結局そのままの格好で食事に行き帰って来てからお風呂に行こうと決めた。
夕飯は綺麗に配膳がされた女性好みの繊細な和食だった。山の中の土地らしく山菜や秋の野菜をふんだんに使った、あっさりとした味の料理が並んだ。見た目も美しく少しずつ様々な種類のものが芸術的にお皿に載っていた。朝からろくなものを食べていなかった私は、相手がなく一人だということもあってひたすら食べることに熱中していた。ホテルのサービスでお酒がついてきたので、少しそれも飲んだ。
最初にテーブルに並んでいるものを食べ次の料理を待っている間、同じ座敷にいる他の宿泊客が嫌でも目に入った。夫婦と思われる男女と若いカップルが数組、小さい子供や赤ちゃんが一緒の家族連れが二組くらいと親子なのか若夫婦にその親夫婦なのか分からないが大人の家族連れが一組いた。一人でいるのはおそらく私だけに違いなかった。若いカップルにどうしても視線が行ってしまう。彼らは揃いのホテルの浴衣を着て崩して座っていた。おそらくお酒が入っているのだろう。何かを話しては女の子のほうがにこにこと顔を崩して笑っていた。新しい料理が運ばれてくると女の子がデジカメで写真を撮った。そのついでに自分たち自身にカメラを向け、くっついて写真を撮っていた。彼女らを見ながら、料理を待っている間なんとなく間が持たないので必要以上にお酒を飲んでしまった。私と通彦もああいう風に端から見えたのだろうか。少し酔いが回って気分が緩んでくると、自分が一人でいることがどうでもいいことのように思ってしまった。仕事帰りに一人でも酒を飲んで帰るサラリーマンを、そんなにまでしてお酒が飲みたいのかと日頃思っていたが、もしかしたらあの人達はお酒を飲むことでそうしたことを紛らわせ、さらにどうでも良くなってしまうのかもしれない、とほんの少し同情できるような気がした。
出されたものを食べ終わると、特に長居もせず早々に部屋に帰った。一人でいるときは一人だけの場所が落ち着く、そう実感した一日だった。体感的に寒いと言うわけではなかったが、気分的に寒いという感じがして早くお風呂に入りたかった。
大浴場は数人の人がいるだけでがらんとしていた。あらかじめ部屋で化粧を落とし浴衣に着替えてきたので素早く髪と体を洗い湯船に浸かった。今日一日の緊張がここで一気にほぐれたかのように、体が緩んでいくのがよく分かった。少し温まると外の露天へ向かった。そちらは誰もいなく、ひとりいた客は丁度出て行ったので私一人だけとなった。
露天風呂の淵に寄りかかり足を伸ばして入った。真っ暗な外の景色は何も見えなかった。床に置かれたランプも控えめな光で薄暗かった。だが却ってその暗さが落ち着いて長く風呂に浸かれるような配慮なのかもと感じた。ふと思い立って首を思い切り伸ばし空を見上げた。星が見えた。満天の星、とか降るような星、というほどではなかったが、明らかに自分の住んでいる地域から見る星空よりは遥かに沢山の星が見えた。たったそれだけのことなのに、私はここに来て良かったと思った。そして飽きずに星空を見た。首が少し痛くなったので深くお湯に浸かった。体がじわじわと温まってくるのを感じた。
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フロントに寄って鍵を受け取る。近代的なホテルではないので部屋のロックはカードではなかった。チェックインのピークの時間はもう過ぎているようでロビーに人はほとんどいなかったが、フロントデスクでゲストカードを記入している人が一人だけいた。スーツを着た男性だったのでビジネスかなと一瞬思う。こんな場所にビジネスで泊まる人がいるのだろうか、と思いながらちらとその男性を見ると、スーツは黒いフォーマルで白いネクタイをしていた。大きい紙袋が足元に置いてありそこから一厘の花が見えている。結婚式にでも出席したのだろうか。こんなところで、と思ったが近くに披露宴をやるようなホテルか旅館もあるのかもしれない。
自分の部屋に戻ると、窓からはもう光は差し込んでおらず部屋は寒々しく感じた。暖房のスイッチを入れる。ちょっとその辺を散歩しただけなのに、軽い疲労感を感じた。お風呂に入ろうかと思ったが夕飯を食べるために食堂に下りていかなければならない。連れがいるのならともかく、ひとりで夕食を食べるのに浴衣と素顔で行くのは気が進まなかった。
時間的にももうあまり余裕がない。結局そのままの格好で食事に行き帰って来てからお風呂に行こうと決めた。
夕飯は綺麗に配膳がされた女性好みの繊細な和食だった。山の中の土地らしく山菜や秋の野菜をふんだんに使った、あっさりとした味の料理が並んだ。見た目も美しく少しずつ様々な種類のものが芸術的にお皿に載っていた。朝からろくなものを食べていなかった私は、相手がなく一人だということもあってひたすら食べることに熱中していた。ホテルのサービスでお酒がついてきたので、少しそれも飲んだ。
最初にテーブルに並んでいるものを食べ次の料理を待っている間、同じ座敷にいる他の宿泊客が嫌でも目に入った。夫婦と思われる男女と若いカップルが数組、小さい子供や赤ちゃんが一緒の家族連れが二組くらいと親子なのか若夫婦にその親夫婦なのか分からないが大人の家族連れが一組いた。一人でいるのはおそらく私だけに違いなかった。若いカップルにどうしても視線が行ってしまう。彼らは揃いのホテルの浴衣を着て崩して座っていた。おそらくお酒が入っているのだろう。何かを話しては女の子のほうがにこにこと顔を崩して笑っていた。新しい料理が運ばれてくると女の子がデジカメで写真を撮った。そのついでに自分たち自身にカメラを向け、くっついて写真を撮っていた。彼女らを見ながら、料理を待っている間なんとなく間が持たないので必要以上にお酒を飲んでしまった。私と通彦もああいう風に端から見えたのだろうか。少し酔いが回って気分が緩んでくると、自分が一人でいることがどうでもいいことのように思ってしまった。仕事帰りに一人でも酒を飲んで帰るサラリーマンを、そんなにまでしてお酒が飲みたいのかと日頃思っていたが、もしかしたらあの人達はお酒を飲むことでそうしたことを紛らわせ、さらにどうでも良くなってしまうのかもしれない、とほんの少し同情できるような気がした。
出されたものを食べ終わると、特に長居もせず早々に部屋に帰った。一人でいるときは一人だけの場所が落ち着く、そう実感した一日だった。体感的に寒いと言うわけではなかったが、気分的に寒いという感じがして早くお風呂に入りたかった。
大浴場は数人の人がいるだけでがらんとしていた。あらかじめ部屋で化粧を落とし浴衣に着替えてきたので素早く髪と体を洗い湯船に浸かった。今日一日の緊張がここで一気にほぐれたかのように、体が緩んでいくのがよく分かった。少し温まると外の露天へ向かった。そちらは誰もいなく、ひとりいた客は丁度出て行ったので私一人だけとなった。
露天風呂の淵に寄りかかり足を伸ばして入った。真っ暗な外の景色は何も見えなかった。床に置かれたランプも控えめな光で薄暗かった。だが却ってその暗さが落ち着いて長く風呂に浸かれるような配慮なのかもと感じた。ふと思い立って首を思い切り伸ばし空を見上げた。星が見えた。満天の星、とか降るような星、というほどではなかったが、明らかに自分の住んでいる地域から見る星空よりは遥かに沢山の星が見えた。たったそれだけのことなのに、私はここに来て良かったと思った。そして飽きずに星空を見た。首が少し痛くなったので深くお湯に浸かった。体がじわじわと温まってくるのを感じた。
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