星を見ていた。

思っていることを、言葉にするのはむずかしい・・・。
良かったら読んでいってください。

夕凪(3)

2006-10-25 00:17:20 | 夕凪
 食事の後片付けが終わると、割れそうな頭をどうにもできずに、ベッドに横になった。がんがんする。仰向けになって、首の下にタオルを挟んだ。眠りたい。ドアの向こう側で、父の見ているテレビの声が、かすかに聞こえた。目を瞑って、何も考えず眠ることだけを思う。何を喋っているのか分からないくらいの、音がする。それをじっと聞いていた。

 エレベーターに乗って、すごく深い地下を降りていくように、すーっと体が、落ちていく感覚がした。途中で止まった。私は眠る最中なのだと、自分で思った。そのうちに、またうつらうつらとして、私の体はさらに地下深くに降りていくようだった。また記憶が遠くなる。このまま落ち続けたらいいのにと、思った。

 わたしは目を覚ました。そこは暗くて、一瞬何も見えなかった。よく目を凝らすと、いつもの寝ている部屋だと分かった。目は開いていたが、体がまったく動かない。雨戸の閉めていない窓の、薄いカーテン越しに、外も同じように真っ暗なのが分かった。じっと耳を澄ましてみる。お父さんのいる、気配がしない。テレビの音もしなかった。それに、電気のあかりも、漏れていなかった。お父さんは、またどこかへ行ったのだと、その時思った。

 この家のなかに、わたし一人だけしかいない、それに気がついた時、急に恐怖が襲ってきた。玄関は閉まっているのだろうか。それに、誰かが隠れていないだろうか。誰か来たらどうしたらいいだろう。わたしは頭の中で不安を引き起こす様々な要素を考えながらも、体を動かすことができなかった。もし誰かが来ても、逃げることができないと思った。そのとき車が駐車場に入る音がして、西側の窓からヘッドライトの光が入り、部屋の壁に当たった。ああ、お父さんが帰ってきた、すぐにそう思った。けれどもお父さんが、家に入る気配がしない。耳を澄ましていると、お隣の家の、玄関のかぎがガチャっと開く音が聞こえた。静かな夜に、その音は意外に大きく響いた。

 お父さんじゃなかった、そう思うと、落胆よりも恐怖が襲ってきた。目を開けているのが怖くて、わたしは布団を頭から被った。寒い。誰も来ないように、早くお父さんが帰ってくるようにと、願った。外からまた、黄色いヘッドライトの光が差した。あっ、と思う間もなく、その光は通り過ぎた。お父さんじゃなかった。どうして帰ってこないのだろう。早く帰ってきて。早く。

 はっと目が醒めた。私は幼い頃の、夢を見ていた。体が固くなり、頭はさらに重くなっていた。ひどく疲れた。寒いのに体に汗が滲んでいた。夢の中で聞こえなかったテレビの音は、かすかに聞こえていた。父がまた、うたた寝をしているのかもしれないと思った。壁の時計を見ると、1時間ほど眠っていたようだ。暖かいお風呂に入ろうと、鉛のように重く感じる体を、のっそりと起こした。

 湯船に入ると、浴槽の淵に頭を乗せて、上を向いた。首の下に熱いタオルを巻いて、敷く。暖かさに、そこから頭の痛みが、取れていくようだった。
 先ほどの夢のことを考えていた。父は幼い私を家に一人残し、よく飲みに行っていた。寝入ってしまえば、朝まで起きないと思っていたのだろう。でも私は、あんな風に度々目を覚ますことがあった。あんな風に、窓から入るヘッドライトの光を、どれほど待ちわびていただろう。幼い頃、いい加減な時分まで、私は車の黄色いライトの光を見ると、泣きたい気分に襲われた。物音しない真っ暗い部屋の中で、たった一人でいるというのは、3、4歳の幼児には恐怖にも近かった。淋しいとか、そう言ったレベルでなく、恐怖だった。それなのに、私は、父親にそのことを告げることができなかった。私がもっと恐れていたのは、父親に捨てられることだった。私が我儘を言って、父に捨てられてしまうということは、もっと恐ろしいことだった。だから朝になると、何事もなかったように、きちんと起きて顔を洗った。私は常に、捨てられることを恐れていたのだ。

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コメント (2)
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