五月二十八日 新暦七月十九日
土用 朝五つ迄曇る
夫より晴天江戸出立後の上天気なり
併し山々白雲おほし
箱館山に登て所々の方位を測
夜も晴測量……
寛政十二年 一八〇〇年
(伊能忠敬測量日誌より)
伊能忠敬(1745-1818)は、寛政 7年(1795)50歳で江戸に出て、
翌年、当時32歳であった幕府天文方高橋至時(1764-1804)に師事し、暦学、数学の勉学を始めた。
1800年(寛政12年)、幕府に北方の地図作製を願い出て許され、江戸を出立。
同年 5月10日、本州最北端の地、三厩に着いた忠敬の一行は、直ちに出帆し、
箱館へ入る予定であったが、ヤマセに悩まされかなりの滞留の後、出発したが、風向きの影響で松前領、吉岡に入った。
その後も悪天候に悩まされ5月22日に陸路箱館に入った。
5月28日、蝦夷の本格的な測量のため函館山の登山をし、北海道測量の第一歩を記した。
このとき、伊能忠敬、実に56歳のことであった。
出来上がった地図の精妙さに幕府は驚嘆し、関東、奥州、北陸の地図をとの要望を受け、やがて、「日本全図」完成の偉業へと繋がって行く。
こんばんは。
今日は疲れたせいか、先ほどから睡魔が襲ってきて報道ステーションを見ながらウトウトしてしまいました。妻から起こされ、これから布団に入ろうと思って、少しだけsogoさんのブログを覗いてみたら何と伊能忠敬の名前があるではありませんか。
私は伊能忠敬の測量事業は本当にすごいと思っています。そして純粋な伊能忠敬が大好きです。本当にいい人だったんでしょうね。sogoさんが述べておられますが、50歳を超えてから自分の息子ほど年が離れた若者の弟子になるなんて、純粋な人でなくてはできませんよね。
伊能は50歳を過ぎて隠居し、高橋至時に天文学の手ほどきを請うわけですが、心の底から高橋至時を尊敬しているんですよね。その証拠に、若くして他界した高橋至時の墓のそばに伊能は、自分の墓を置くように、遺言として残しているんですよね。
私は、伊能忠敬について色んな事を語りたいと思っています。1.今の測量機器を使って行う測量と比べても、決して見劣りしない精度の高い「伊能全図」のこと。2.その伊能全図が近代日本になって使われくらい高度なものだったこと。3.交通機関がない時代、日本国中を歩いて測量するという気が遠くなるような作業を何年もしたこと。4.何年も留守を預かる、妻をはじめ家族の想い。5.伊能の測量に関わった高橋至時、間宮林蔵をはじめ数々の人々のこと。伊能関連で、述べたいことはまだまだ沢山あります。
2年ほど前に伊能忠敬記念館がある香取市佐原の町の古い街並みをブラブラしながら「確かに伊能は息子ほど年下の高橋至時を慕っていた。しかし、ひょっとしたら高橋至時に、純粋な伊能は利用されたんじゃないか?」フッとこんな事が脳裏を過りました。邪推でしょうか?考え過ぎでしょうか?今でもこの事は私の心の中でもやもやしています。
しかし、一方では高橋至時はやっぱり伊能が尊敬する通り「いい人」「立派な人」かもしれないと思ったりもします。ただ、欧米列強の外圧に抗するため、伊能の地図の価値に気付いた幕府が高橋至時を利用して伊能に測量を強いたという推論も成立するような気がします。
九州を測量する旅ので、伊能は家族に手紙を送ります。「私の歯は全部抜け落ち、食べ物が噛めなくなった。」この手紙を受け取った佐原に残された家族の気持ちはどんだったんだろうか?その事を考えると、私は胸が締め付けられました。そして泣きました。
リタイヤしたら、ゆっくりと佐原の美しい街並みを歩きながら、伊能忠敬に思いを馳せようと思っています。
こんばんは。
いつもご覧いただきありがとうございます。
芋焼酎さんのコメントを読ませていただき、
俄然、「伊能忠敬」という人物に興味がわいてきました。
人生50年と言われていたこの時代に、
50歳の彼を突き動かした“知的好奇心”とは何だったのか。
日本最初の“実測の地図”が世に出るまでに、
彼の身に何があったのか。
興味津々です!
こんばんは。
伊能忠敬については、いつか書き込んだコメントにあったように、俳優座が創立55周年記念に製作した「伊能忠敬 子午線の夢」はもう一度観てみたいと思っています。しかし、残念なことに、ビデオやDVD化されていません。もちろん劇場公開もかなり困難(商業ベースに乗りにくいという意味で)だと思います。
今、その映画を観る手段は実行委員会方式でフィルムを借りるしかないようです。もちろん版権は「俳優座」が持っており、俳優座が進んで上映会などを企画するような動きもないようです。とても残念です。テレビ等でも公開の話は聞いたことがありません。スカパー等で観るチャンスがあるのなら、私はすぐにでも契約すると思います。
sogoさん、ぜひとも一度香取市佐原に行って下さい。本当にホッとする町です。
ところで、以前ジェットストリームの話をした事がありましたが、まだやっていたんですね。この間、深夜に何気なくFMを聞いていたら懐かしい雰囲気の番組に出会いました。それがジェットストリームでした。嬉しくなって毎晩聞いていますが、睡魔との闘いです。TOKYO FMで深夜0時から1時まで毎晩やっています。ご存じだったかもしれませんが、念のためインフォメーションしておきます。
今晩もあと2時間で始まります。
こんばんは。
いつもご覧いただきありがとうございます。
「伊能忠敬 子午線の夢」見てみたいなぁ。
佐原、是非、行ってみようと思います。
「伊能忠敬記念館」へ行けば、見られるかも…
いろいろ教えていただきありがとうございます。