行田古代蓮の里に新たに導入された、巨椋の白鳥 (おぐらのはくちょう) と名
の付くこの蓮は、京都花蓮研究会会長・故内田又夫氏 (1922 ?~2005) が収集
育成した巨椋池産の花蓮コレクションの一つです。
周囲16kmもあった大きな湖・巨椋池は1941年までに干拓され農地に変わりまし
たが、内田氏は1970年ごろから巨椋池の蓮の保護収集を本格化したそうです。
石田精華園HPではこの蓮の産出地名を巨椋池故地の「京都市側西定講」 として
いますが、このような地名は見つからず、調べると故地の一角に京都市伏見区
「向島西定請」 という地名があり、京都府立すばる高校 (1985=昭和60年に
京都府立商業高校として創立) が建っています。あるいはこの高校が建設され
る時に、掘り返した土の中から内田氏が種子を採集したものかもしれません。
(参考: mittsuの日記 、 石田精華園HP)
(埼玉県行田市 古代蓮の里 2013年7月2日)
(追伸) 石田精華園に問い合わせをしていたところ、店主の石田さんから
即日回答があり、私の調べた地名のほうが正しいとのことでした。回答の
早さは素晴らしいですね。有難うございました。
(追伸② 7月15日) 佐原水生植物園の「巨椋の白鳥」のプレートに、「京都
市伏見区西定請出芽 旧名: 高校東白」 とありました。高校とは間違いなく
旧京都府立商業高校で、その東側から出土したものでしょう。
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