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Reiko's Travel 記事と現在の英国事情

在英51年、2020年7月未亡人になって以来、現在英国事情と過去の旅行の思い出を記載。

越冬キャンプ旅行ータヴィラのエンターティンメント

2014-02-28 14:39:44 | キャンピングヨーロッパ 2013-2014

オペラハウスからの実況中継ドン・ジョバンニの夜は英国に嵐が再・再・再・・・再来していたもので(実際今冬は低気圧が一週間に3回は襲ってきて洪水やがけ崩れの被害が相次ぎ、いまだ水のひかない地域もある)オペラ中継も確実に見えるかが危ぶまれていた。

 

バレーの時に見に行ったジム友達が、だれもオペラには興味がなくて、近くに大きなキャンパーを構えて居るイギリス人のロジャーとペニー夫婦と一緒に映画館まで歩いて行った。小雨の夜でポルトガルが小雨の時は英国は土砂降りだったに違いない。

 

ドンジョバンニは何度も見ているオペラで、知っているメロディーも多いしコメディーオペラの一種だが、最後にドンジョバンニが殺人の祟りで地獄へ落ちてゆくというところがこじつけみたいでいつもしっくりしなかった。ところが今回は、彼がだんだん狂ってゆくところがうまく描かれていて、モーツアルトが脳梅毒で死んだのではないかといわれているのを見ても、ドンジョバンニも脳梅毒で狂ってゆくとの解釈がこのオペラに見える。

 

舞台は2階建ての建物にプロジェクターで投影した絵や建物などが斬新、歌手もそろっていて文句なし。ドン・ジョバンニが花嫁を誘惑するときの歌と動きが素晴らしく巧い。

ところがここポルトガルではサブタイトルがポルトガル語で画面下に出るから、何を歌っているかわからない。オペラハウスの観客が笑っているときに、ここの観客はきょとんとしていた。

 

当地では映画館にオペラの宣伝が一切ないから、このオペラの1週間くらい前にオペラの案内と詳細を書いた紙を多くの人が集まる洗濯室に置いておいた。

そのせいかどうかこの夜は30人以上の人が集まって来ていた。初めてオペラを見たロジャー夫婦は帰る時も相当興奮していて、こんなチャンスがあったことを感謝して止まない。

 

 

それ以来ロジャー夫婦と親しくなり彼らのキャンパーを訪れる機会があった。立派なキャンパーで、長さも10メーター近く、幅も広いから室内はゆったりしていて居心地が良い。

このキャンプサイトに6年前から来ているという。そして3月に帰国すると、5月から10月までは3ベッドルームのヨットでフランス近辺を航海しているという。英国に居るのが一年に2か月もあるかどうかとのことで、いろいろな人たちが居るものだと私一人で感銘している。

 

 

先週土曜日はセント・アン教会でギターと歌のコンサートがあった。お隣のアイリーンと娘のサマンサがいつものごとく車で連れて行ってくれた。

 

ギターは1週間前のジュズエ・ヌネスで歌がイギリス人のスー・キング(Sue King)この人もう若くはないが10代の少年、少女ソプラノのように澄んだ素晴らしい声の持ち主で、約200年ほど前の英国の古歌を1時間にわたって聞かせてくれた。

  

7時に教会の外へ出ると高台から見るタヴィラの町が素晴らしい。まるで英国の夏の10時ころ、夕闇がゆっくり迫ってくるようだった。

 

このタヴィラのキャンプサイトは今までのポルトガルのサイトと違って大きな木が少ない。ポルトガルの夏は40度にもなるから夏のキャンプサイトはほとんど松の木でおおわれている。ところがこのサイトは周りがオレンジとミカンの木で、中央部はオリーヴやアーモンドの木が大きくなっている。ほかには大きな藤の実のような実のなる樫木様の巨木、これはポルトガルの常緑樹でキャロブTreeと呼ぶ。大きな藤の実のようなさやはみのって真っ黒になり中の実から犬のためのチョコレートが作られるそうだ。この実は人間でも食べられるが、本物のチョコレートは犬には食べさせてはいけないとのこと。

最近知り合ったイギリス人夫妻ロッドとジャンから教えてもらった。

  

 

それでこのサイトには珍しいフープと呼ばれる鳥が来て、フーフーフーと鳴く。松林では見たことがない。このフープはフランスに住んでいるアイリーン(隣人)の庭にも来るそうだが、今までポルトガル以外で見たことがない。

そしていまだに姿を見せぬ謎の鳥がこのサイトに居る。昼も時々鳴くが夜になるとうるさいくらい鳴くストーン・アウル(フクロウ)で夕方近くの木で鳴きだすと姿を見ようとそっと出てゆくが、どこかで私の動きを見ているらしい。すぐ鳴きやんでもうウンともスンとも言ってくれぬ。近くのオランダ人がストーンアウルだと教えてくれたが、彼らも姿を見たことがないそうだ。

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越冬キャンプ旅行ー先週末の出来事

2014-02-23 16:12:21 | キャンピングヨーロッパ 2013-2014

 

 

毎週土曜日、いろいろ違う教会でミニコンサートが開かれるがこの土曜日はタヴィラの音楽アカデミーでギターの演奏があった。アカデミーといってもたった2室の小さな建物で、観客50人も入ると満杯。

 

 ポルトガルの有名なギタリスト・ジュズエ・ヌネス(Josue Nunes)とアカデミーの先生ルイ・マーチン(Rui Martine)の合奏。まずはかの有名なアルハンブラの思い出に始まりビバルディーやバッハのG stringそして私の好きなシューベルトのセレナーデ(夜曲)などの演奏、セレナーデには深い思い出がある。

もう50年以上も前の日本の音楽教育といえば、海外のクラッシック音楽の曲のいい部分を採って日本語の歌詞をつけて学生に歌わせたものらしい。2歳上の兄は高校時代の選択科目に音楽をとっていて、いつも習ってきた曲を家で歌っていた。その中の一曲がセレナーデ、ほかには冬の旅やホフマンの舟歌など有名な曲が多い。その頃の日本の高校生はこれらがクラッシク音楽やオペラの一部であることなど知らないで大人になった人が多いだろう。これらの曲を聴くたびに10年前に癌で亡くなった兄を思い出す。

 

 1時間たっぷり聞かせてくれたあとは次の部屋でワインとチーズの試飲、試食があった。赤白ロゼーのどれも味見した後は一番高い8ユーロの赤ワインを一本買った。音楽アカデミーらしく壁の絵が面白い。いつもはあまりモダン絵画は好きでないがこの絵は色彩がきれいでこれなら欲しいとと思った。

 

 久しぶりに晴天の日曜日、ジラウ河の上流へ向かって散歩に行った。途中の住宅の前庭に背の高い木になっているポインセチアが青空に映えて美しい。バミューダー・バタカップが道端を黄色に染め、澄んだ河の水に大きなボラの群れが泳いでいるのが見える。

 

タヴィラから上流5Kmも行くと山間部は暖かいせいか今年初めてのミモザの花が満開だった。そしてあちこち散らばる農家の周囲はオレンジ畑が広がり、規則正しく立っている電柱の上にはこれも規則正しくコウノトリが巣を作っている。 

 

 

 地図も持たずに歩き回ったけれどうまくキャンプサイトの方角に道路を見つけ野の花やレモンの写真を撮りつつ3時間も歩いた。

 

途中に小さな可愛い教会を見つけた。ドアが閉まっていて中を見ることができないが16世紀にここに住み着いた修道士の教会からこの建物は18世紀に建て替えられた歴史あるものだとのこと。

キャンプサイト近くの裕福な農家のポーチにかぼちゃがずらっと並んで干してあった。

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越冬キャンプ旅行ーポルトガルのエンターテインメント

2014-02-11 11:58:44 | キャンピングヨーロッパ 2013-2014

1月初めに近くの映画館で47Ronin(赤穂浪士)のアメリカ版の映画を見て以来、勢いづいて2週間後の日曜日に評判の12Years a Slaveの映画を見に行った。

日曜日だったからかそれともこの映画の前評判がよかったせいか今までで初めて沢山の観客だった。それで座席も後ろ半分がびっしり詰まっていて私の横には大きなポップコーンの容器を抱えた中年男がガサガサバリバリとうるさい。亭主の横にはポルトガル人の中年女性が座っていたが、にんにくのにおいが強くて堪らなかったとぼやくこと。

 

映画は徹底的な人種差別と奴隷虐待で、人間をあれほど傷め虐められるものかと思うほど見ていてだんだん気持ちが滅入ってきて終わった後の感想はもう一度見たい映画ではなかった。

 

1月27日、ロイヤル・オペラハウスからの実況バレー公演が同じ映画館で上演された。バレージゼルは今まで何回か見たことがあったが、今回が最高、ジゼルが倒れて息絶えるシーンでは思わず目頭が熱くなった。主人公のジゼルはロシア人バレリーナのナタリア・オシポーヴァ(Natalia Osipova)で軽やかな動きはまるで軽い羽根の様、感情表現がうまくバレーで心動かされるのはまれなこと。

それにしてもこんな片田舎でもロンドンのバレーが実況で見られることは本当にうれしかった。隣近所のキャンパーの人たちやジム仲間を誘って7時15分から始まる映画を大いに楽しんだ。観客も20人近く入っていたから、知る人ぞ知るなのだろう。この映画館では一切の宣伝はされてなかったから。

 

この時以来隣のキャンパーのアイリーンと親しくなり彼女と娘のサマンサが毎週土曜日に行くという教会の音楽会に連れて行ってくれた。一回目はセント・セバスチャン教会で会場も50-60名でいっぱいになった。この教会で20名近くのポルトガル人男女合唱団のクラッシック教会音楽。ロンドンで合唱はいろいろ聞いているから、あまりうまいとは思わなかったが、熱心な観客の拍手はなかなか止まなかった。

  

翌週土曜日にはセント・フランシスコ教会で(ここタヴィラには15軒以上の教会がある)ファドの演奏、歌があった。ファドとはポルトガル独特の歌でギターと独特の弦楽器の伴奏で愛や別れなどの歌を歌うもの。なんとなくポルトガルの演歌という気がする。教会の前に着いたのは開演の20分前、もう数十人の人々が行列を作っていた。10分前に入場、100人は座れる会場はすぐ満員になり空き椅子を探す人たちがうろうろしていた。ファドはポルトガル人に一番人気のある番組だそうで、毎月一回はファドの演奏があるという。

  

この夜1時間にわたり若くてスタイルのよいサラ・ゴンサルヴッシ(Sara Goncalves)が情感こめて歌ってくれた。まるで若い時の都はるみの様で最後はスタンディングオベイション。小柄な彼女から素晴らしいボリュームのある声で観客全員が魅了された。心が温かくなるような気持ちで帰途についた。

明日はまた映画館でロイヤルオペラハウスの実況中継オペラ・ドン・ジョバンニがある。楽しみ!!!

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越冬キャンプ旅行ーキャンプサイトの楽しみ

2014-02-08 13:31:21 | キャンピングヨーロッパ 2013-2014

今年のキャンプサイトにはフランスのキャンパーが圧倒的に多い。これはここタヴィラだけでなくオルニャオのサイトでも同じだとダイアン夫妻が言っていた。モロッコはフランスの植民地だった過去があり、例年フランスのキャンパーはモロッコへ集中しているが、昨今のイスラム教の締め付けが強く、今まで外国人の飲酒におおらかだったモロッコも昨年秋から入国時に徹底的にアルコール類を撤廃することになった。ワイン王国のフランス人にとって何か月もワインも飲めない生活は考えられないのだろう。それでフランスキャンパーも安くて暖かいポルトガルへ集中することになった。

 以前にも書いたが、このキャンプサイトはもともとリスボンの警察官と陸軍兵士のためのトレーニングキャンプで、ジム設備のみならず大きな水泳プール、バスケットボールとテニスコートも備えている。気温の低い冬はプールに入る人はいないが、日中元気な人たちはテニスやバスケット・ボールに打ち興じている。

 

フランスの国技ではないかと思われるこのボールゲームは、太陽さえ出ていれば毎日フランス人が集まって楽しんでいる。

  

12月の初旬から始めた私のジムのトレーニングも毎朝9時過ぎにレギュラーが集まり、1月からラジオ体操を一緒にすることにした。遅くに来た人たちにもと,2-3回も体操する日もある。

 

 

エドモンド夫妻は毎朝必ずやってくるフランス人で、ご主人はよたよた歩く年寄りに見えたが、奥さんの話によると昨年スキー事故で医者からもう歩くこともできないだろうと宣告されたそう。それでもマイペースでトレーニングしている。奥さんのエドモンド(イギリスでは男性の名前)は今年60歳になるという。彼らの娘が英語の先生だとのことでエドモンドは片言ながら英語を話す。

アニーはフランス人で12月から一緒にトレーニングしているが英語が話せななくて会話ができない。彼女はゴルフが趣味でジムの周りに植えられているオレンジでゴルフの真似ごとをしたりする陽気な人。ほかに3人のフランス人と2人のオランダ人がやってくる。

 

 

1月末にこのサイトを去ったバネッサとディヴ夫妻は英国領ジャージーから来た若いカップルで、2年前彼女42歳彼が55歳で退職しそれ以来人生を楽しんでいる面白い人たち。

 

バネッサとは短い期間ながら一緒にサイトの外までジョギングし、ジムでトレーニングして親しくなった。彼女の両親は50代で早世しているから、人生を楽しむためには早く退職し、好きなことをしたい念願かなってこの巨大なキャンパーに趣味のバイク4台と自転車2台、猫2匹でヨーロッパを旅行している。フランスのキャンプサイトにキャラバンを置いてあるから帰りに寄るようにと住所を呉れた。そんなに早く退職して人生が楽しめるなんてなんとラッキーな二人であろう。

 

ジムの周りのオレンジやミカン、レモンは少しづつなくなってゆくから皆試しに取ってゆくのだろうが、売っているオレンジより格段に酸っぱい。いまではオレンジの収穫真っ盛りで5kgが2-3ユーロ、毎朝食後1個づつ食べるのが楽しみ、やっぱり採りたては何よりもおいしい。

 

腹筋ベンチのそばのアーモンドの花も1月末に満開だった。腹筋トレーニングでバテて見上げた空にアーモンドの花が華やかに咲いている。

 

先週2日間、15人の警察官がトレーニングにやってきた。彼らはキャンプサイトのシャレーに分宿し、朝9時半サイトの道路を一周ジョギング、その時は私のトレーニングも終わっての帰り道で出会ったから、みな制服姿で元気いっぱい、一緒に走ろうと誘って走って行った。

翌朝私が腹筋70数回をしているときに、周りにずらっと並んだ警察官たちが腕立て体操を始めた。皆5回でへたばってしまい、彼らからは私はどんな風に見えるのだろうと思ってしまった。私はすぐ帰ってしまったが、その後に捕り物トレーニングなどがあってずいぶん面白かったという。

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越冬キャンプ旅行ー塩田散策

2014-01-30 14:32:44 | キャンピングヨーロッパ 2013-2014

 

今までで一番暖かい日曜日、ジラウ河の河口に広がる塩田へ散歩に行った。途中の教会の屋根に沢山のツバメが並んでいた。今年初めてのツバメ、いつの間にかアフリカから飛んで来たものらしい。

  

川沿いに大きな廃墟の製塩工場があった。周囲は広々とした塩田だからこんな近くで廃墟にするのはもったいない。水の張っていない塩田は日本の稲田とほとんど同じに見える。

 

  

海水を満々と張った塩田では遠くにフラミンゴが餌をついばみ、長い土手にはずらっとカモメが並んで翼を休めている。鵜も集まって羽を乾かしている。

  

河口まで車の通る道路わきに一羽のへら鴨が塩田の底をあさっていて、近寄っても逃げようともしない。たぶん食べるのに夢中だったのだろう。それにしてもこのへら鴨、頭の大きさに比例しないくらいの大きなくちばしをもっているものだと感心した。

 

道路の反対側にはフラミンゴが数羽餌をあさっていたが、まだ青年期らしく純白やピンクの羽になっていない。またいつもは臆病なこの鳥たちが、5メートルも離れていない塩田を歩き回り、羽を繕っていた。親鳥から注意されていなかったのかも。

  

河口にはレストランが2軒と小さな波止場、河の向こうには冬の間は閉まっているホテルが近くに見える。子供たちが帆を張った小さなヨットでトレーニングしている。車でやってきた観光客が波止場に群れていた。

  

とってものどかなポルトガルの春。

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越冬キャンプ旅行ータヴィラのこの頃

2014-01-28 14:29:19 | キャンピングヨーロッパ 2013-2014

 

 

 

  

ショッピングセンターと焼き魚専門レストランのすぐ近くに広場がある。ここを斜めに横切って、魚・野菜のマーケットへ行くのが近道。ところが毎月第3週目に大きな青空市がこの広場で開かれる。クリスマスに近い12月第3週目に図らずもここを通って大きな市が開かれているのを見つけた。

 

大喜びで見て回ったがこの時は珍しく写真を撮っただけで買わなかった。大まかに6か所に分かれた屋台の店は、ローカルの人々が群がる焼肉店、小鳥や生きた七面鳥や、鶏を売る店、日用雑貨店、洋服店、八百屋とソーセージ店、そして果物の木や野菜、花の苗を売る店がそれぞれ固まっている。

 

1月第3週目の土曜日、魚市場へ行くときに、また青空市が開かれていた。この市はお昼すぎには閉まってしまうから、朝10時頃が大賑わい。トマトの苗が15㎝ほどにもなっていたり、ポルトガル独特のキャベツの苗(これは種を買って昨年5月に植えたもの)など英国では45月にやっと出回る花や野菜の苗がわんさと出ている。

果物の木も、リンゴ、梨、プラムのような英国でも普通に見られるものから、オレンジ、レモン,柿、イチジク、キーウイフルーツ、マンゴー、カスタード・フルーツなど決して英国では見られないものまで数軒の店が出ていて欲しくてたまらない。

 

一個500㌘ほどもあるオレンジ6㎏で3ユーロ、爪切りや庭用の手袋などを買い、とうとう畑用に鍬まで買ってしまった。見れば見るほど欲しいものが多いからと魚市場へ急ぎ帰りにまた通ったから、もう買わないと思いながら、ショルダーバックまで買ってしまった。2月の青空市が待ち遠しい。

 

 

 

1月第1週目の日曜日、タヴィラの町の真ん中にあるシアターで、ポルトガルの地方の民謡大会?のようなものがあった。いつもジムで会うアニーから教えられたもので、フランス語ではいったい何なのか分からず、行ってみた。

入場無料で一人で座っていたら隣に座ったポルトガル人夫婦が飴を呉れた。グループの男女が彼らの地方の旗などもってきて、ギター、アコーデオン、カスタネット、タンバリン、トランペットなどの演奏で合唱する。なんとなくスペインのメロディーに似ているが、隣の国だもの似ていて当たり前なのかもしれない。

いったい何を歌っているのかわからないが、この足の不自由なおじさんの歌声も素晴らしかったけど、若い男性でギターをひいて独唱した人など、日本で演歌を歌わせたら売れるかもなどと思ってしまった。

2グループの歌が終わった1時間後に会場を後にしたが、広い会場がローカルの人々でほとんど埋まっていた。この田舎町の人たちの楽しみだったに違いない。

  

ショッピングセンターの屋上から見えるこの街は海までの平野が塩田になっていて、山側が新興住宅地らしくきれいな純白の建物が並んでいる。1年のうち300日は晴天のこの国では、私にとって越冬するには最高の国だ。

 

毎朝キャンプサイトのコーナーのジムでトレーニングしているうちに集まってきたフランス人やオランダ人と友達になり、日本のラジオ体操を教えることになった。小型のCDプレーヤーを持って行って、ラジオ体操第一を流し、いち・にー・さん・などとやって喜ばれている。

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越冬キャンプ旅行ー春の花

2014-01-23 11:20:07 | キャンピングヨーロッパ 2013-2014

ポルトガル南部では雪が降らないから英国や日本で言う真冬という感覚は一切なく、12月や1月でも野生の花や各家庭の庭先には花が絶えない。ブーゲンビリアは一年中色とりどりに花盛り、と言ってもブーゲンビリアの派手な色はガクであって花は小さな白いのがガクの真ん中から突き出している。冬じゅう咲いているのがバラの花で道路の中央線を飾るのがこの花。

 

上の写真で黄色の花はバミューダー・バタカップと呼ばれる雑草で12月ころから咲き始め1月ー2月は道端や野原を埋め尽くす。地中海沿岸でしか見たことがなく、初めて見たのがシシリー島だった。次の白い花は日本では食料の春菊と全く同じ花だし葉も春菊にそっくり、しかし春菊のような香りはしないから、試しに食べてみようとは思っていない。

 

この小さな黄色の花はキンセンカ(マリーゴールド)の原種で花の大きさも直径1-1.5cmぐらい、ギリシャからポルトガルまで地中海沿岸の野原を埋め尽くす。家庭栽培のキンセンカはこれの改良種。

 

1月半ばから咲き始めるのがアーモンドの花で、2年前に行ったモロッコも1月はアーモンド林が花盛りだった。フランス南部やスペイン、ポルトガルでは、アーモンドの実は農家の大事な収入源で、マーケットにもアーモンドの剥き身からお菓子になったアーモンドまでいつでも売っている。ピンクとやや白っぽい花があるが、ピンクは早咲きで実が苦いとのこと、白っぽい花は派手さがないがおいしい実がなる。

 

野生の水仙はこれもギリシャからポルトガルまで分布していて、この花がギリシャ神話で言われるナルシシス、美男の若者が水辺に映る自分の容姿に惚れぬいて溺れ死んでしまった。その後にこの白い水仙が咲きだしたといわれる。自己愛(ナルシスト)はこの花の花言葉。右側の白っぽい花はスペイン、ポルトガル、モロッコ以外で見たことがない。球根草で背丈も50㎝から1mにもなる。これも1月から2月が最盛期、残念ながら名前を知らない。

 

この紫色の花は道路わきに植えられていたもので、ローズマリーにやや似た花だけれど、花や葉にも香りが一切ない。右側ピンクの花は多肉質の葉で日本にも多く分布する。海岸線や砂地に這って広がっている。

 

二日前に散歩に行って、草薮に迷い込み見つけたこの小さな青い花は、今まで見かけたことがないが、小さいながら青色が特に目立つ可愛い花。それと対象なのがこの食虫草のような花。地面から直接花が咲いている。お世辞にも可愛いと思えない。

 

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越冬キャンプ旅行ーカバナス(Cabanas)

2014-01-21 17:11:34 | キャンピングヨーロッパ 2013-2014

先週オルニャオのキャンプサイトからディヴとダイアン夫妻が訪ねてきてくれた。彼らは昨年オルニャオで知り合ったイギリス人だが普段はフランスのノーマンディのキャンプサイトに住んでいる。昨年10月に連絡した時は、クリスマス後でなければポルトガルへ行けないという返事だった。イギリスに持っていたフラットの売却がクリスマス直前だったとのことだった。

 彼らはキャラバンに住んでいたから、昨年春ポルトガルを去る時に、キャラバンをキャンプサイトに預けて、乗用車で3日でノーマンディまで帰ったという。

車だからどこへ行くのも楽で、21km離れたこのサイトまで朝の10時頃に着いてしまった。彼らの愛犬アーカスは私たちを覚えてくれていたらしく、興奮して吠えまくる。

 彼らは昨年このサイトに居たが、彼らの息子が訪ねてくるというので、シャレーのあるオルニャオに移ったとのことで、このサイトにたくさんの知り合いが居た。

  

キャンパーではもてなしもできないので、どこかのレストランでお昼をというと、彼らが以前住んでいたカバナス(Cabanas)へ連れて行ってくれた。

 カバナスはこのタヴィラの隣町で、以前散歩がてら行ったが、海岸までは遠くて町の入口あたりで帰ってきたことがあった。彼らがこの街に住んでいた時にいつも行った海岸を散歩することになった。

海岸線の松林の大木が何本もねじれて倒れている。このあたりでもそんなに嵐があったのだろうか。

 

 

アーカスはポルトガル・ウオータドックとコッカスパニヨルの混血でやっぱり海が大好きらしい。一目散に海に飛び込み潜って海底の石をくわえてくる。びっしり生えているまき毛は水を通さず、砂浜のあちこちを掘り起こして砂だらけで走り回る。

  

ポルトガルの1月は英国の4-5月の気候で、アーモンドの花が咲き、野の花バミューダ・バタカップが黄色く野原を染める。海岸近くに堀と壁に囲まれた城塞に似た建物があった。これが昔の僧院だったとのことで、敵から守るためか、それとも修行僧に逃げられないようにするためだったろうかと疑ってしまう。今ではホテルになっているとのことだがあいにく閉まっていた。夏の海水浴客のためなのか。

   

レストランはあまりに静かで閉まっているかと思ったが、4人ともが鯛の塩焼きとチップス、ワインを頼んだので一人7.5ユーロと驚くほど安かった。

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越冬キャンプ旅行ー新年

2014-01-12 12:27:57 | キャンピングヨーロッパ 2013-2014

 

1月1日に11冊目の日記帳をおろした。退職したその日から書き始めた日記帳は2ページで1週間の簡単なもの、それでも日々の事柄や思ったことまたは世界での大きな出来事なども一行書き加えてある。昨年の出来事ではサッチャー元首相とネルソン・マンデラの死だった。

 昨年暮れから英国は相次ぐ嵐に見舞われ、水害や海岸線のがけ崩れが頻発しているが、ほとんど同時にここポルトガル西海岸でも大被害が発生している。

ありがたいことに私たちがいる南ポルトガルでは、嵐らしいものは一度もなく、曇り空が数日続いたり小雨の日があったりするが、私がキャンプサイトの片隅のジムで汗を流している毎朝に雨が降ったことがない。12月8日から始めたジムは一日も休むことなく、一番つらい腹筋運動も1月1日に50回できるようになった。それ以来毎日1回づつ増やしている。だからおなかの脂肪が減ったかと思ったが全然効果がない。やっぱり毎日食べ過ぎるからだろう。

昨年ジムを始めた時は私のほかにフランス人のアニーが毎朝通ってきていた。朝の9時頃はサイトで犬を連れて散歩している夫婦やおじいさん(おじさん?)が多く、彼らも私たちに触発されたらしく、犬を柱に縛ってトレーニングしている人やオランダ人夫妻、フランス人夫妻など少しづつ増えてきて、1月に入ってからはいつも2-6人くらいはジムの機械で汗を流している。

 

2日に1回はショッピングセンターの食堂街で安い昼食を食べるのがこの頃の楽しみ。

このごはんにチキンとむき栗のクリーム煮がスープとビール1本ついて6.5ユーロなんて満腹、満足でとってもダイエットなどできるものじゃない。

 昨日は2.2kgの大きな鰹を買ってきたので、片身を冷凍にし、片身の半分を刺身で食べた。こんなこと英国では決してできない。今日はイワシを1㎏買ってきて塩焼きに。ム・ム・ム・ムやっぱりやめられない。

 

 

数日前、近くのポルタ・ノヴァの駅からスペインとの国境の町ヴィラ・リアル・デ・サント・アントニオ(長い名前だからV.R.de Sto.Antonioと書く)へ行った。ここタヴィラは国境まで22km西のオルニャオまで21kmとほとんど中央にありどちらへ行っても片道25-27分くらい。料金も一人往復5ユーロと信じられないくらい安い。(何しろロンドンの交通費が高すぎるから)

電車の沿線は鈴なりのオレンジ畑が延々と続き、湿地帯の湖にはフラミンゴやへら鴨の群れが見える。電車の窓があまりに汚くて写真が撮れない。

 

 

 

 

国境線のグアディアナ河に沿った碁盤の目のような通りの町は、中心の通りがレストランとお土産店がずらっと並ぶ歩行者のみの明るい町。広場や通りにはレストランのテーブル椅子が張り出していて、観光客が食事を楽しんでいる。

  

川渕にはヨットハーバーが広がり、この一角から対岸のスペインまでフェリーが往復している。この日はフェリーの姿が見えず、スペインへは諦めて歩行者天国のレストランで昼食をとった。このイワシの塩焼きが5ユーロ、フイシュ アンド チップスも5.5ユーロと格安。

 

 

町外れの灯台を見、センターストリートを離れると町は新しいアパートが連なり観光地には見えない。観光案内書でもあればもっと歩き回れるが案内不足で、4時間で帰ってきた。

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越冬キャンプ旅行ークリスマスと新年

2014-01-05 12:56:35 | キャンピングヨーロッパ 2013-2014

 

 

昨年のクリスマスはオルニャオのキャンプサイトで隣人5組でパーティだったが、ここタヴィラのサイトは両隣がイギリス人だがお互いに招待しあうほど親しくならず、あいさつ程度の関係だ。

キャンパーの中にはオーブンもあるからチキンや七面鳥の丸焼きもできるが、ガスの無駄と二人だけでは大きな鳥は何日も食べなければならない。

もう10年もキャンピングしているからクッキングも手慣れたもの。チキンの丸焼きは中華鍋と同じ大きさのフライパンを合わせて密閉した中で非常に小さな火で空焼きすると一時間半から2時間でできる。周りにジャガイモやニンジンも入れると時間の節約になる。

オーブンがなくてもチキンの丸焼きを食べたい人はぜひ試してみてください。(胸を上向けて一時間、時々中にたまる水分を空けることがポイント、胸肉は最後にひっくり返して色付け程度に焼く)

  

今年のクリスマスは丸焼きはやめて、チキンの胸肉とロースト野菜にした。デザートに我が庭で採れたイチジクとリンゴを煮てピューレにしたものを冷凍して持ってきたので、アイスクリームにかけて食べた。クリスマスの飾りに摘んで来た野の花、ポルトガルは一年中野生の花が咲き誇っている。

  

年の暮れはタヴィラの川渕で花火が上がるという。残念ながら夕方から降り出した小雨で出かけることは諦め、テレビでテームス河縁で上がる花火を見ながらワインで乾杯、新年を祝った。タヴィラの花火は木の間越しに見え、約5分ほど激しい音とともにバンバン上がった。来年はぜひ行ってみようと心に誓う。夕方から大きな音楽が鳴り響いていたが静かになったのが夜中2時過ぎ、川渕でのパーティ会場からだったとのこと。

この音楽は英国のパーティでのヘビーメタルとはやや異なり、アラブ系の音楽が入っているように思われる。

ここポルトガルやスペインは過去にムーア人に占領支配された200年ほどの歴史がありムーア人との混血や、文化の混合がある。この南部ポルトガルでは、いかにもアラブ系と思われる住民や北方のヨーロッパ人とは明らかに異なる皮膚の色の人たちが多い。

 

年の暮れに封切りになったアメリカ映画 Rounin(浪人)はタヴィラのショッピングセンターの映画館でも上映しており、行ってみようと話していた。たまたま友人のユニークな映画評のブログを読んですぐ行ったのが1月2日の午後。ポルトガルも正月休みだったらしく150人ほど座れる映画館に20数人の若者が入った。昨年1月オルニャオの映画館でレ・ミゼラブルを見たときは私たち2人だけだった。

 4時から始まった映画は日本という架空の国の忠臣蔵をベースにしたストーリー。しかし忠臣蔵と同じは名前(吉良と赤穂、大石など)だけ。出演者も主人公になるカイ(櫂)キアヌ・リーブ以外は日本人俳優で皆が英語を話す。

見る前は、日本の歴史を改ざんしてこれを見た外人が本当のことと思うのではないかと友人のブログに書き送ったけれど、魔女あり、妖術ありのファンタジーではこれを現実の歴史と思うほうがおかしい。それで日本を忘れて大いに楽しむことができた。

でもいつも西洋人から見た東洋の映画や舞台を見て思うのだが、彼らには日本も中国も同じにしか見えないらしい。衣装や武具が中国系だったり韓国系だったり。

 私はあまり映画を見にゆくことはないが、以前わざわざ見に行った映画、ラスト・サムライではよくできた映画だと思っていたのに、最後の戦闘で日本人がすべて鉄砲で死んだ中でトム・クルーズだけが無傷でむくむく起き上がったのを見て私は怒った。

あれ以来トム・クルーズは大嫌い。(きっと彼のせいではなかったのだろうが)これすべて娯楽だと思えば腹は立たないかもしれない。

 

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越冬キャンプ旅行ーサンタ・ルジア(Santa Luzia)

2014-01-03 16:44:59 | キャンピングヨーロッパ 2013-2014

ダンカン夫妻がサイクリングでオルニャオから来たとき、国道125は車が多くて危険だから海岸線の道路を通ってきたという。オルニャオまでの途中にサンタルジアという町があると聞き、二人で散歩がてら行ってみることにした。

 

タヴィラの町を直線に突き切って行くコースだから、ジラウ河に架かる古い橋までまっすぐに行くとちょうど引き潮の時間で、浅瀬で数人のポルトガル人が何かを採っていた。

橋を渡ったところで自転車のかご一杯に牡蠣貝を運んでいる人に出会った。この河は海まで1km以上は離れているが潮の満ち干があるくらいだから、海水が入ってきているのだと分かった。

 タヴィラの町外れサンタルジアの表示のある街角から2車線道路の左わきに幅1.5メーターはある自転車道が設置されていた。自転車道はブルーに塗り分けられていて反対の右側は石畳の歩道になっている。最近英国でも自転車道の設置が叫ばれているが、狭い道路に車が多く自転車での事故死が絶えない。

ポルトガルの経済危機が叫ばれていた昨今、このようなゆとりがあることに感激した。

ポルトガルの英字新聞によれば、緊縮経済で若者の失業者が多く、過去2-3年で海外へ職を求めての移民が多く、ポルトガルも日本と同じく人口減少が激しく、将来税金を払う労働者の減少が危ぶまれている。

  

郊外は遠くの海岸まで広々とした塩田と道路の反対側はオレンジ畑と時々塀に囲まれた農家だった。オレンジ1㎏50セントの看板が農家の壁に下がっていた。遠くに塩の山が見える。日向は暑いほどだが、日陰に入ると寒さを感じる。

 

変わった植物の実か花を見つけ写真を撮ったら塀の向こうでものすごい犬が吠えた。

 

 

 

タヴィラの町外れから約2kmほどでセントルジアの町に入った。

ここは海岸線に沿った道路の片側がずらっとレストランになっていて、ちょうど1時近く、レストランでテーブルを囲んでいる客がほとんど英語で話しているのが聞こえてくる。

この街にはイギリス人の避寒客が多く、レストランが途切れた町の端には無料のキャンピングプラッツがあった。水や電気やトイレの始末はどうしているのかと心配になる。

 

町の中心は教会の近くの広場でクリスマスが近いこの日、広場はパーティの準備で今夜にでもここでエンターティンメントが行われそうだった。

 

 

教会のタワーと屋根の上に取り付けられた風向計や飾りはいかにも海の町らしい。

海岸のレストランで昼食、大きなスズキ一匹の塩焼きでキャンプ場から近い魚専門レストラン(スリーパルムという)とほとんど同じ料金だった。街角の広場には食後のボールゲームを楽しむ人たちが集まっていた。

帰りのタヴィラのジラウ河は満潮で夕陽に輝く建物が水に映えて美しい。

 

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越冬キャンプ旅行ータヴィラ一周

2013-12-30 15:39:38 | キャンピングヨーロッパ 2013-2014

 

スペインからオルニャオへ向かって走ると22km地点でタヴィラの環状線を通る。谷間にかかった高い橋から一瞬に見えるタヴィラは素晴らしい。ある晴天の一日タヴィラの市街地図をもって一周してみようと決心した。キャンプサイトが環状線から100メーター程外側だから、そこを起点に環状線の橋へ向かった。

500メータほど行ったところで、小さな駅を見つけた。ここは無人駅らしく誰もいなかったから、タヴィラ本駅で時間表をもらおう。谷間に架かった橋までまだ1kmほど歩きタヴィラの町外れと高い鉄橋が見渡せる。町の中央を流れる河には3本の自動車道と1本の歩道橋、1本の鉄橋がかかっている。

 

 

 

環状線の橋の脇からタヴィラの町へ下りてゆく曲りくねった道路があり、キャンプサイトからは対岸西側へ着く。鉄橋の下をゆくと対岸に大きなホテルやきれいな家々が見え、この辺りは新市街地であるのがわかる。川渕から緩やかな坂道を登ってゆくと左側は旧市街の教会や城壁などがある。

 

 

 

 

 

その近くに消防署があった。クリスマス前のウイークエンド、ポルトガル人の親子がその消防署へ入っていった。いったい何が有るかと覗いてみたら、消防車一台が入れるスペースにモデル人形や家々、動物などが配置され、キリストが生まれた時代の市民の生活や風俗などを見せてくれた。大変よくできたモデルで、あちこちのモデルが電気仕掛けで動いている。陶芸家のろくろが回っていた。

 

タヴィラ駅で時刻表をもらい、キャンプサイト近くの駅ポルタ・ノヴァ(Porta Nova)の駅からオルニャオへ行ける。

 

街路樹がオレンジの木でまるで傘のようにきれいに手入れされて並んでいた。

 

 

 

 

町の東側の最後の大橋の近くに野菜、や魚市場がありその橋から見るタヴィラの町は明るい太陽の下、純白に輝いている。

 

こうして外側を一周してものんびり歩いて3時間もかからずキャンプサイトへ帰ってこられた。サイトの後ろ側が新市街で新しい住宅街がどんどん広がっている。

 

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越冬キャンプ旅行ータヴィラのショッピング

2013-12-29 12:10:42 | キャンピングヨーロッパ 2013-2014

 

タヴィラはジラウ河(Rio Gilao)の両側に広がるなだらかな丘陵に広がる町でキャンプサイトは北の丘の上で対岸の丘の上にタヴィラ駅とドイツ系のスーパー、リドルがある。

毎週一回リドルの無漂白パンを買いにここへやってくる。サイトから川に架かる古い橋まで15分、直線道路は車の通れない細道ほどでこぼこの石畳で急坂、ショッピング・トロリーを引っ張ってこの坂道を上るのは大変な労力を要す。橋の周りは公園になってベンチがずらっと並んでいる。

ここからリドルまでまた石畳の坂道を上って15分でスーパーにつく。ある時、亭主が”足が痛いからこのベンチで待っているからショッピングしてこい”とのことで一人で行った。その間亭主は公園のベンチで日向ぼっこ。すると30代の売春婦が横に座っていろいろ話しかけ誘惑したらしい。ワイフがすぐ戻ってくるからとしどろもどろだったという。

 

日中から身を売るほど生活に困っているのかしらと二人で話し合ったものだが、ルーマニアかブルガリア人だったらしい。

それ以来亭主はここで待つのを嫌がる。

 

 

 

 

その対岸の町外れに野菜と魚市場がある。いつも出かけるのが12時近くになってしまうので市場にたどり着いたときはほとんどが閉まりかけていて、ここが大盛況なところを見たことがない。先週行った時もほとんど買い物客はいなくて、柿1㎏が1ユーロの看板を見つけて2㎏を買うことにした。売り場のおばさんが喜んで2つも余分に入れてくれた。

帰ってすぐ1個味見をしたらこれが渋柿!!!やられたァー。仕方がないからへたを抉り取って、そこにアンドラで買ったアルコール96度のウイスキーを塗ってビニール袋に密閉して5日後から甘く食べられるようになった。

 ここの市場はオルニャオと比べると半分くらいの大きさで、魚もスーパーで買ったほうが安い。それにスーパーだときれいにさばいてくれるから手間が省ける。

 

   

キャンプサイトから一番近くに大きなショッピングセンターがある。歩いて10分のこのショッピングモールは地階は全部駐車場になっていて、初めて行ったときどこから入るのかわからなくてマゴマゴしたものだ。2階に大きなコンチネンタル・スーパーマーケットと大小の衣料や電気・通信器具のお店が並んでいる。そして3階の一角はフードコートになっていて、中華やピザ、ケバブ、ポルトガル専門食店、メキシコ料理などいろいろ並んでいてそこで買ったものを真ん中のテーブルで食べることになる。

ここで気に入ったのがスープとサラダ、キーシュの店。スープも5-6種類あるが、お皿に8種類のサラダで一盛り、スープ小皿、飲み物(ビールも含む)で4.5ユーロこれだけでおなか一杯になる。

 

2日に一回は食べていたが今では飽きてきて、ピザにしたり中華にしたり、時々チキンのクリーム煮とご飯、サラダやジャガイモとイカの煮つけなどがスープショップに出ると味見しないではおれない。これらもビール小瓶一本ついて5.5ユーロと申し訳なくなるような値段でありがたい。

 

このショッピングモールの近くに魚専門のレストランがある。いつも前を通ると焼き魚のにおいがおいしそうで、行ってみたいが、魚の骨が苦手な亭主はいつも渋っていた。先週オルニャオのキャンプサイトからダンカン夫妻がサイクリングで会いに来てくれ、4人でこのレストランへ入ってみた。メニューなどなくて、初めにサラダとパン、オリーブの漬物が出て、茹でジャガイモの大皿に大きな塩焼きの魚をどんどん持ってきてくれる。いろいろな種類の魚で、名前も知らない魚もあり3匹づつ食べ、大満足。4人で50ユーロ払った。ビールや果物の大きなかごも入っているから驚くほど安い。

満腹満足してダンカン夫妻は22km離れたオルニャオへ帰っていった。

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越冬キャンプ旅行ータヴィラのキャンプサイト

2013-12-23 10:50:38 | キャンピングヨーロッパ 2013-2014

 

ただ一週間だけと思って落ち着いたこのサイトにもう一か月近くいる。

このサイトは冬の間だけ一般公開されているが、夏のホリディー期間中はリスボンの警察官の夏季休暇村として使われる。

それで普通のキャンピングブックには載ってなくて、この春買ったオートストップの本に載っていたもの。

  

中に入ってみると非常に大きなキャンプサイトだが、普通のサイトと違って誰でも好きなところに駐車していい。私たちは非常にラッキーで朝から夕まで太陽がさんさんとあたるテラスの上で、すぐ近くにトイレ、シャワーのブロックがあり、その外壁に洗濯場と皿洗い場がある。このブロックは3か所あってここが一番古いせいか、シャワールームの中はまるでモロッコのシャワー室と同じくらい古びている。

英国のテレビ番組を見るためには1.2メータの受信機が要るというので去年オルニャオで買ったが、ここでは木に阻まれず楽々受信できる。この衛星放送もこの冬11月で中止になると言われていたが延期になり来年2月はじめとのニュースが流れた。

もう2年以上も髪を切らなかったから、長くなってお下げにしてショーツなど履いて歩いているから、亭主に”後ろから見るとティーンエイジに見えるでしょ”と聞いたところ”マンガニーズみたい。”  ”なにそれ?”マンガの主人公みたいだからマンガニーズ。” 思わず笑ってしまった。

 

 

来年あたりここも建て直しするのかもしれない。というのはこの2週間私たちのいるテラスの下の緩やかなスロープを突貫工事で新しいキャンパー・キャラバンの停車する平地にしてしまった。まだトラックがバラスを運んでくるのにオランダのキャラバンが場所を陣取ってしまった。そしてみなてんでんばらばら勝手な方向に停車している。

  

このサイトのコーナーにジムの機械が備え付けられているのを見つけて以来、また毎朝の運動を開始した。縄跳びを5-600回とジョギング一周、そして各ジム道具を全部こなして最終は腹筋運動、これが一番つらいがはじめは5回でバテたのに2週間で27回できるようになった。目標は50回、来春4月までにできるかどうか?

 

ヨーロッパの電気事情も今まで10年も渡り歩いていると判ってくるが、北欧ほど電気のボリューム(アンプと呼ばれる)が高く、南欧は非常に低い。イタリア、ギリシャのキャンプサイトでは電気やかんを点けただけで電源が切れてしまうところもある。そんなところは3A(アンプ)で北欧はほとんど10Aから16Aもある。ポルトガルもほとんどのサイトが6A位なのにここだけはなぜか16Aはある。それでキャンパーのガスは一切使わず、電気コンロでクッキング、電気やかんもコンピューターも電気ストーブも全部つけていても問題ない。

 

キャンプサイトの値段だが一日セットで9.9ユーロ一か月以上滞在すると15%引きになる。これでもオルニャオのキャンプサイトより高いけれど、サイトの近くに大きなショッピングセンターがあり、町の中心まで10-15分で歩いてゆける。

 

そんなこんなでオルニャオと比べたらこのサイトのほうが居心地がよくなってしっかり落ち着いてしまった。昨年オルニャオで友達になったサイトの人たちとはメールで連絡しあっている。

上の写真は我がキャンパーの両隣の英国人、ピーターとアイリーンは英国人ながらフランスに住んでいてキャンパーもフランス・ナンバー、女性一人でキャンパーを運転してヨーロッパ中を旅しているのはブロンドヘアーのジュリア、彼女がどうして一人旅なのかまだ聞いていない。

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越冬キャンプ旅行ーポルトガルへ

2013-12-16 13:23:01 | キャンピングヨーロッパ 2013-2014

 オルベラからポルトガルへ向かうには必ず通る町がセビリア、ここは10年前このキャンパーで3か月フランス、スペイン、ポルトガルを廻ったときセビリアで2日間観光旅行に行った。キャンプサイトが町の近くになく、町までバスで行った。

キャンパーで旅行しているときには大きな町に入り込んでしまうと駐車が一番の問題になる。大きくて賑やかな町ほど駐車場なども車両制限があって乗用車以外は駐車できないところが多い。

 

せっかくセビリアを通るのだからまたゆっくり観光してみたいとキャンパーが停まれるオートストップが町中にあるかを探したところ、一か所見つけた。これでうまくゆけばセビリアの町中で一泊して町を歩き回れる。

 

 

 

毎日晴天が続いていて、この日も一日中暑いくらいの良い日だった。道路も良く、景色も昨日走り回った畑地と大して違わず、薄墨色のなだらかな丘陵地帯が広がっていて、時々純白の住宅地の塊が見かけられる。

  

カーナビをセットしてセビリアの大通りからやっと見つけたオートストップは車の高さ制限があって入れない。キャンピングブックの間違いかそれとも出版後に駐車場の規制が変わったものか、町の中ではキャンパーは止まれないから、そのまま通り過ぎ目くらめっぽう走ることになった。

 

そのおかげでこのきれいな建物と闘牛場の前を3回も通り過ぎ、すぐにセビリア観光はあきらめ、このままポルトガルへ行こう。ポルトガルの国境まで200kmもない。

 もう何度も見かけた長く連なる電柱の上にアパートのように2,3か所づつかけられたコウノトリの巣や、高い見張り塔のある巨大な刑務所、たわわに実るオレンジ畑などを見乍ら、途中で給油したガレージの広場でゆっくり昼食、ここまでキャンパーはどこにも止まれなかった。

 

昨年まで行っていたポルトガルのオルニャオのサイトへ行く前に、タヴィラのオートキャンプ場を覗いて1週間くらい居てみようと決めた。タヴィラは昨年電車で一日観光に来た町で、この南ポルトガルでは一番きれいな町だと思う。

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