スノーマン見聞録

ジャンルも内容も気の向くまま~“素浪人”スノーマンの見聞録

戦後 (パートⅣ)

2014年04月16日 | 雑感
(戦後パートⅠ)  (戦後パートⅡ)  (戦後パートⅢ) に次ぐ(戦後パートⅣ)です。
少し長くなり恐縮ですが、読んでみて下さい。

日本人・西野留美子著『七三一部隊のはなし』と中国人・韓暁(ハンシャオ)著『七三一部隊の犯罪』を読んでみた。
両著とも実際に元部隊員並びに被害者とされる人物への聞き取りを網羅したノンフィクションである。

我々戦争といえば太平洋戦争をイメージするが、その終戦の15年前から日中戦争の始まった頃、中国のハルピン南方の町平房(ピンファン)に七三一部隊という細菌武器を研究・実験使用した特殊部隊があったという。

 
(平房(ピンファン)にある遺跡とされる建物)   (七三一部隊平面図と組織~『七三一部隊の犯罪』添付より) 

北京や南京、シンガポールにもあり、中国だけでも現在遺跡としてあるのは21ヶ所とのこと。
七三一部隊の統括は新宿の軍医学校がトップ機関。

ペスト菌・炭疽菌・コレラ菌・チフス菌など月に数百キロ単位で生産、パスト菌を植え付けるネズミの飼育も。
驚いたことに、このネズミの飼育を日本全国・特に埼玉県農家で生産されたものが現地へ送られていたという。


平房(ピンファン)だけでもマルタ(囚人)と呼ばれ人体解剖・殺戮された被害者は3000人ともいわれる。
(『七三一部隊のはなし』では3000人。『七三一部隊の犯罪』では3000人~10000人との記述あり)

中国にその細菌が飛行機でばらまかれ、≪日寇侵華暴行録≫によると1937~1945年の8年間で細菌による伝染病に罹った人は120万にものぼるとあった~『七三一部隊の犯罪』より。

著書にあった身も震える程の残酷さはここでは記さないが、細菌人体実験の他に凍傷人体実験等もあり、マルタ以外にも中国一般人にも・モンゴル人・ソ連人そしてフランス人に対しも人体実験されていたという。

1945年ソ連が参戦し満州へ進行した翌日、知られるのを恐れ軍は人体実験設備・細菌兵器・建物設備・残らず爆破。残されたマルタは全員殺戮され証拠隠滅が図られた。

しかし、なぜか戦後の東京裁判では石井四郎隊長ほか≪七三一部隊≫関係者一人も裁かれていない。 
七三一部隊の研究データを独占するため、戦犯として裁かないことを決めたという。摩訶不思議である。

(その後朝鮮戦争・ベトナム戦争でそのデータで作られた細菌が使用されたとの疑義も)

しかも戦後(1953年の朝鮮戦争後まで)埼玉でのネズミ飼育は続いていて、その主な送り先が、アメリカの細菌戦研究部隊であるJ二C四○六部隊であったというではないか~『七三一部隊のはなし』より。


いま中国・韓国・ロシアとの関係は領土問題も絡み最悪の状態。特に歴史認識の違いが大きな原因。

『七三一部隊の犯罪』を書いた中国人著者・韓暁(ハンシャオ)氏は著書の中でこう語っておりました。

     歴史を忘れないということは、古いツケにいつまでも拘るということではない。
     歴史の経験と教訓を汲み取り、このような歴史の悲劇が二度と繰り返される事を防ぎ、
     さらに各国間の平和・平等・友好の関係を発展させることである。


出来うる限り歴史を学び、見つめ、互いの理解を深めるしか平和への道はない。 そう言っている気がした。 

この≪七三一部隊≫。 森村誠一著『悪魔の飽食』で一大センセーショナルが巻き起こったことが思い浮かぶ。 

森村誠一著(日本共産党機関紙「赤旗」の下里正樹氏取材に基づいた)『悪魔の飽食』の写真26枚中20枚がねつ造写真との疑惑が。近年、米国立公文書館が731部隊に関する情報機関の対日機密文書10万ページ分を公開したが、人体実験や細菌戦を行った証拠は見つからなかったとも。

喧々諤々。未だにその真意・疑義・謎の部分が多い。

1982(昭和57)年4月6日、国会議員の質問に対し、厚生省(当時)は内部資料をもとに、部隊員総数(3599人)などを回答した。日本政府が公式に731部隊の存在を認めたのは、この時が初めてである。
しかし731部隊の人体実験と細菌戦の実行については認めず、今もその態度を変えていないという。

 真実だ 捏造だ そうだ いや違う 左だ 右だ との両極論がなぜ多い 人間 不思議。