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映画・演劇のレビュー

畑野智美『海の見える町』

2018-02-17 10:38:20 | その他

 

こんなところに住んで、この小説の4人の主人公たちと同じように、ひとり静かに暮らしたいと思った。もちろん、今の自分が、ではなく、彼らよりもずっと若い頃の自分が、である。本を読んでまわりにいてくれるほんの少しの人たちと穏やかに暮らす。別に何もなくていい。ただ、平穏に時を過ごす。そんな暮らしに憧れた。石坂洋次郎の小説が好きで、あそこに出てくる人たちのように何もないけれどささやかな幸せに包まれて、何をするでもなく、気付くと年を取っていた、というような、そんな人生が送りたかった。まるで老人のような若者だった。現実世界では上手く生きられないから、映画や小説の中で暮らしていた。

 

『青い山脈』が好きで、何度も読んだ。主人公の若いふたりではなく、彼らのまわりにいて、ふたりを支える若い女先生や医師のポジションがいい。主人公にはなりたくない。何もない田舎町。でも、美しい自然に包まれて。事件といってもせいぜいラブレター事件くらいのことしか起きない。でも、戦後すぐの地方でなら、それはそれで大事件だったから、小説はそこから動き出すのだが。「変しい、変しい、私の変人」というクラスメートの悪戯ラブレターを貰った新子が、「恋」という字を「変」という字に間違えるおバカな女学生たちのやっかみに立ち向かう。今考えるとこれはなんてのどかな小説だろう。でも、高校生だった僕はこんな世界にのめり込んだ。ただ、現実逃避していただけなのだ。

 

あれから40年。今、この小説世界に嵌まってしまった。これは地方の図書館を舞台にした4話からなる連作長編だ。あの頃の僕は、きっとこんなふうにして生きていたかったのだな、ということを思い出した。ひとりぼっちで、さびしくて、できることならあなたたちと一緒に暮らしたいと思いながらも何も出来なくて、静かに日々を過ごし、そんな日々こそが一番愛おしい時間だと知る。

 

1年間の話だ。ハケンとして図書館にやってきた女の子がそこで出会った3人の男女を見つめることになる。最初の3つのエピソードはsの3人の話で、4話目でようやく彼女の話になる。もちろんそれは中心となる視点の問題で(語り手がそうだ、ということ)これは彼女を主人公とする長編である。32歳の図書館司書、本田。20代後半の同じく司書である日野さん。そして、この図書館と同じ建物にある児童館で働く松田。彼らを主人公にした3つの話の後、25歳の私(春香)の話となる。

 

ほんのちょっと幸せになるラストシーンが好きだ。その先に何があるかなんて、わからないし、わかりたくもないけど、ふたりがほんのちょっと前進したというその事実だけでいい。僕もいつまでも今のままではなく、一歩踏み出さなくては、と思った。この直前に読んだ原田マハ『あなたは、誰かの大切な人』、直後に読んだ瀬那和章『雪には雪のなりたい白さがある』と3冊セットにして、今の心の弱くなっている自分をちゃんと励ましてくれる小説群がうれしい。たまたま手にした本なのに、自分の心情とこんなにもシンクロする。なんだか不思議だ。

 


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