習慣HIROSE

映画・演劇のレビュー

額賀澪『タスキメシ』

2016-07-09 08:12:46 | その他

今年の高校生向け課題図書として選定された作品である。(そんなことよりも、まず、これが額賀澪の新作である、というところで手に取るけど。)昨年の松本清張賞受賞作となった彼女のデビュー作『屋上のウインドノーツ』は、「なぜ、これが松本清張?」と思わせるような普通の青春小説だった。まぁ、青春なんてものがミステリだと言われたら、たしかに、とも思うけど、でも、なんだかなぁ、と思った。もちろん、作品自体には文句はない。おもしろければなんでもOKなのだ。

ただ、あの小説が凡百の青春物とどれだけの差異があったか、と言われれば抜きん出た作品だとはいえない。でも、彼女の魅力はあの「自信なさげ」なところ。そこがもっとうまく機能したなら、絶対に面白くなると思った。そこで、今回の第2作である。デビュー作の弱点をどう補い、新しい地平を目指したか。課題図書云々はおまけでしかない。(実は彼女の3作目が先日出たので、先に読んでいる。これがなかなかよかったので、期待大)

実はまたぞろ「スポーツもの」なので、いささか食傷気味か、とも思いつつ、まぁこのジャンルは好きだからいいけど。しかも、絶対信用できる増田明美さん(読売の人生相談もいつも楽しみにしている)が絶賛しているので、ますます期待大で読み始めて、やはり大正解だった。この手があったのか、というより、まず、これが彼女のやり方なのだ、と納得した。

 

勝者ではなく、去っていくものにポイントを置く。でも、ただの敗者ではない。逃げるのではなく、自分が今置かれた状況の中で出来るだけのことを、試みる。その中で、周囲の人たちに助けられて、なんとか、成長していける。高校3年の春から、秋にかけてのドラマだ。陸上選手として活躍していたけど怪我によって半年のブランクが出来、リハビリはするけど、恐怖もあり、もう走ることを諦める。でも、本当はもう一度走りたい。そんな主人公の男の子が料理部の女の子と出会い、彼女の指導で料理に目覚め、ふたりで毎日放課後の調理実習室でいろんなものに挑戦する。そんななかで彼は選手としてではなく、管理栄養士を目指すことになる。

大学で何を学び、将来何をして生きていきたいと思うのか。そんな誰もがぶちあたる人生の岐路について描く。たしかにこれは高校生向けの課題図書としていい作品だ。でも、そんなこと、どうでもいい。

終盤の展開もいい。彼がもう一度走ることを目指すところを簡単に描き終わる。要するに、そこが大事なのではなく、そこに至る過程こそが大事なのだ。お話全体も箱根駅伝を描くことではなく、箱根での一区間だけに焦点を定め、弟の走りを中心にして、そこから本来のドラマである挫折した兄の再生へのドラマを描くというスタイル。そこにさまざまな周囲の人たちの想いも描いていく。実にうまい作りだ。これは胸熱くなる秀作である。必見。


コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« あみゅーず・とらいあんぐる... | トップ | 片山恭一『なにもないことが... »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。