
30年前の父と母の恋を息子が追体験していく。ダムの底に沈んだ今はもうない村の記憶とともに。とても叙情的な内容なのだが、それが感傷に流されるだけで、それ以上の何かを提示し切れていない。
これは一体何を描こうとした芝居なのだろうか?そんな突っ込みを入れたくなるくらいにここには何もない。テーマとかメッセージとかが必要だと言ってるのではない。そんなものなくてもいい。だが、作者の思いは伝えて欲しい。それすら単なる絵空事では芝居を作る意味はない。何も描かれてないわけではない。だが、あまりにありきたりで見ていて辛い。作者はただ心地よい世界を見せたかっただけなのかもしれないが、正直言ってそれだけでは芝居にはならない。
30年後に彼女は何を残したかったのか。30年後の夫に向けて送られた手紙。二人にとって30年とは何だったのか。二人がその後どうなったのか。この村はいつダムの底に沈んだのか。それすらもよくわからない。この村に写真を撮るためにやって来た父はこの村で母と出会う。2人が結婚して彼は生まれた。
彼は30年前に書かれた手紙を受け取る。父が死んで4年になる。父宛のその手紙は母が書いたものだ。彼はその手紙に導かれて二人が出遭った場所に赴く。現代の時間から過去のドラマに移行する。そこから芝居は回想の中に止まったままだ。現代の時間は単なる導入でしかない。これはおかしい。もちろん記憶を失いこの村に止まりそこで彼は様々なことに出会う。その流れが30年前のドラマに繫がる。だから、決して何も描いてないというわけではない。主人公は父と母の記憶をたどることで、再生していく。そんなふうに読めたなら納得がいくのだが、残念ながら僕にはそうは読めなかった。
現在の時間と過去が交錯する中で、今、時空を越えて届いた手紙の謎が描かれていくべきだと思うが、どうだろうか。もう少しファンタジーとしての体裁を整えて欲しい。あまりにも全てが杜撰すぎて、これでは芝居の体をなしていない。たった70分の芝居が長く感じるほどである。真面目な芝居であることは認める。こんな書き方をすれば、とても失礼だということもわかる。しかし、優しいだけでは芝居にはならない。
これは一体何を描こうとした芝居なのだろうか?そんな突っ込みを入れたくなるくらいにここには何もない。テーマとかメッセージとかが必要だと言ってるのではない。そんなものなくてもいい。だが、作者の思いは伝えて欲しい。それすら単なる絵空事では芝居を作る意味はない。何も描かれてないわけではない。だが、あまりにありきたりで見ていて辛い。作者はただ心地よい世界を見せたかっただけなのかもしれないが、正直言ってそれだけでは芝居にはならない。
30年後に彼女は何を残したかったのか。30年後の夫に向けて送られた手紙。二人にとって30年とは何だったのか。二人がその後どうなったのか。この村はいつダムの底に沈んだのか。それすらもよくわからない。この村に写真を撮るためにやって来た父はこの村で母と出会う。2人が結婚して彼は生まれた。
彼は30年前に書かれた手紙を受け取る。父が死んで4年になる。父宛のその手紙は母が書いたものだ。彼はその手紙に導かれて二人が出遭った場所に赴く。現代の時間から過去のドラマに移行する。そこから芝居は回想の中に止まったままだ。現代の時間は単なる導入でしかない。これはおかしい。もちろん記憶を失いこの村に止まりそこで彼は様々なことに出会う。その流れが30年前のドラマに繫がる。だから、決して何も描いてないというわけではない。主人公は父と母の記憶をたどることで、再生していく。そんなふうに読めたなら納得がいくのだが、残念ながら僕にはそうは読めなかった。
現在の時間と過去が交錯する中で、今、時空を越えて届いた手紙の謎が描かれていくべきだと思うが、どうだろうか。もう少しファンタジーとしての体裁を整えて欲しい。あまりにも全てが杜撰すぎて、これでは芝居の体をなしていない。たった70分の芝居が長く感じるほどである。真面目な芝居であることは認める。こんな書き方をすれば、とても失礼だということもわかる。しかし、優しいだけでは芝居にはならない。