今頃になってこの小説を読んだのは、『君の名は。』の影響ではない。いつものようにたまたまだ。新刊コーナーには、読む本がなくて、なんとなく手にしたのがこれだった。彼の映画に於いて映像の圧倒的な凄さの前で言葉はどうしても後景へと沈む。だが、果たしてそうなのか、と言われると、そんなわけはない、かも、とも思う。46分の中編映画『言の葉の庭』は彼のメジャーデビュー作だ。メジャーデビューが中編映画であるなんて前例がない。でも、そんなふつうじゃない事実がそこにはある。TOHOシネマズで1本立で全国公開されたあの作品はひそかな公開だったけど、それまでも彼を応援してきたファンにとっては、とてもうれしいことだった。TOHOの大スクリーンで、彼の映画が見れる。
なのに、ケチな僕は、公開時、「46分、1500円」に腰が引けてしまい、スクリーンで見ることをしなかった。後にDVDで見て、あまりの素晴らしさに泣いてしまった。この映画を劇場で見ないで、どんな映画を劇場で見ようというのか、と。だから、今回の新作はちゃんと公開初日に劇場に行ったわけだが、でも、そこには別の驚きがあったのは、『君の名は。』のところで書いてある。(すでに興行収入は130億円らしい。もうすぐ『ポニョ』を抜いて日本映画史上第4位に浮上する。誰がこれだけのメガヒットを夢想しただろうか?)
さて、『言の葉の庭』はたった46分の作品なのに、完成度の高さは群を抜いている。『君の名は。』以上の作品だと言っても過言ではない。あの映画の完成度はその豊かなイメージが支える。そのことをこの小説を読むと改めて実感できる。46分の映画がなぜ400ページに及ぶ小説になるのか。それは映画で描かれなかったものが捕捉されるからではない。反対に映画の方が小説では描けなかったたくさんのイメージに溢れている。小説は惜しいけど、それだけの豊かさはない。そのことは新海自身が痛感したはずだ。自分は小説家ではなく映画作家であるのか、と。
では、この小説はつまらないか、というと、そうではない。近年こんなにも清冽で心に沁みる小説を読んだことがない。彼は小説家としても一流だ、と思う。だが、いくら書いても映画で描けたものには及ばない。それもまた事実だ。至福の時間を過ごせれる。とてもすばらしい小説だ。これが直木賞くらいを取っても誰も驚かない。
だが、彼はこの小説に『言の葉の庭』というタイトルを付けることはない。『言の葉の庭』はあの映画のタイトルなのだ。だからこれは『小説 言の葉の庭』なのである。そこに彼の映画作家としての矜持を感じる。
もうすぐ、今年一番の傑作小説、西川美和の、映画『永い言い訳』が公開される。ここでも同じような現象が展開されるはずだ。映画監督の書いた小説の本人による映画化作品は優れた小説を超える。不思議な時代がやってきた。表現の世界はもうボーダレスである。わかっていたけど、改めてその事実を実感させる事態と遭遇すると、やはり驚くしかない。