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映画・演劇のレビュー

窪美澄『アカガミ』

2016-07-17 07:32:38 | その他

 

 

これは怖い。だいたいこのタイトルからして実に挑発的なものだ。近未来の世界を描く一種のSFなのだが、さりげない日常が描かれるだけで、ここにはまぁドラマは確かにあるにはあるけれども、そのドラマで驚かせようというわけではない。SFの衣をまとった純文学だ。

ここで描かれるのは、今のほんのすぐ先にある世界なのに、そこにはまるでこの世界が終ったあとのような光景が描かれる。2020年代なのである。核戦争によって廃墟と化した世界、なんていう『マッドマックス』のようなものが描かれるわけではない。今あるこの少子高齢化社会のほんのすぐ先が描かれるだけなのだ。なのに、それがこんなにも表面的には平和なのに、不気味で、荒涼として、なんだか歪にすさんでいる。

 

若者はいなくなり、いても、誰も結婚もしないし、当然出産なんてしない世界。そりゃそれでは世界は滅ぶ、わな、と思う。「アカガミ」とは、結婚や出産も可能な若い世代が志願して、適合する相手と暮らし、子供を産むためのシステム。国が完全にその志願者を保護して、安全で豊かな生活を保障する。だが申込者は少ない。興味もないし、怖い。なぜなら、自分たちは異性には興味がなく、セックスもしたくないし、出産なんかありえない、と思っているから。

 

諸事情から勇気を出して志願した。そんな主人公、ミツキの視点から描く。だが、そのうち彼女のパートナーとして登場するサツキの視点が加わる。このふたりのお話を交互に描いていくのだが、作者は、ミツキとサツキの差異もあまり厳密に描く気はない。読んでいて、主人公の視点が変わったことにも気付かないくらいに。わざと、あっさり描く。もちろん、ちょっと考えれば今はどちらの視点から描かれているのか、なんてすぐにわかるくらい。だから、この世界の若者は、個性もなく、代替可能な存在なのだ、としてそんな彼らを提示する。

 

男女の垣根の無くなった世界。人と関わらない。希望や夢なんかない。そんな世界で、ただ与えられたまま、生きる。でも、彼らは徐々に相手のことを好きになる。だが、そこでこの小説はお決まりの「恋愛もの」になんかはならない。一緒に暮らしているから情がわく、なんていうことでもない。お互いに対してなかなか心を開けないし、管理されたシステムに同調するように愛情を抱くようになるというわけでもない。彼女は彼といることに慣れてくる。やがて、セックス(まぐわい、というのだが、なんだかその言い方は卑猥な感じがする)するようになる。(でも、自然にではなく、なんとなく、せねばならないような気にさせられて)そして、子供を授かる。

 

終盤、怒濤の展開が待ち受けているのかと、思うが、そうはならない。あっけない幕切れだ。これでは漠然としか、この世界の成り立ちはわからない。主人公のふたりとともに読者である僕たちも投げ出されたように終わる。物足りないけど、そこが作者の狙いなのだから仕方がない。

 

結局、「アカガミ」は「赤紙」と同じで、お国のために子供を奪われること、となるのだが、この世界がどういう形で今の体制を保っているのかは明確にならない。システムは完全に隠されたまま。人々は、ただ、生きているだけ。そこには喜びも、悲しみもない。

 

「もっとちゃんとした謎ときが欲しい」という人は、多々いるはずだ。肩すかしを喰らった気分になることは否めない。だが、作者はそういう展開は描かない。賛否両論が沸き起こることを望んでいる。

 


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