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映画・演劇のレビュー

『10万分の1』

2022-03-29 15:43:43 | 映画

2010年『ソラニン』でデビューして12年で16本、(今年はなんと3本の公開が決まっている!)三木孝浩監督は着実にキャリアを重ねている。同じ三木姓で同世代の三木康一郎監督は2012年デビューで11本。彼は当たり外れがあまりに大きいけど、傑作『植物図鑑』を撮った人だからとりあえずは信用したい。それにしても彼は振れ幅は大きい。なんでも引き受けるからであろう。三木孝浩の一貫性とはまるで違う。でも、三木孝浩と同じジャンルの青春映画を撮らせたら、なかなかの腕なのだ。見逃していたこの2020年作品を見て、感動した。『弱虫ペダル』もよかったけど、本作は「難病もの」という鬼門を見事にクリアした。彼としては2本目の傑作の誕生だ。

名匠、澤井信一郎監督も難病ものを撮っている(『ラブストーリーを君に』)が、苦戦した。それくらいに難しい。泣かせに走るとつまらなくなる。三木康一郎は、10万分の1の確率でしか起こらない難病ALS(筋萎縮性側索硬化症)になった少女がどこまでも戦う姿と正攻法で向き合う。脚本、撮影、音楽とメインスタッフを女性で固めた。(たまたまかもしれないけど)

そして主人公を演じた平祐奈。彼女が素晴らしい。「ある日いきなり体が動かなくなる難病に罹り、それまで当たり前であった日常を失う少女」という過酷な現実と正面から向き合う。

ただただ明るいのではない。このどうしようもない現実を受け入れて、そこでやれる限りのことをする。冷静に受け止め、生きる。体が動かなくなる前にしておきたいことリストを作り、ひとつずつこなしていく。やりたいことをすべてしたら思い残すことはない、なんて訳はない。だけど、まず今は、今やれることをしなくては立っていられない。

やがて、セックスの問題に行き当たるのだが、きれいごとではなく、素直に正直に彼に言う。体が動く間にしてみたい、と。17歳の女の子にとって、これはとても勇気ある発言だ。やがて、機能が衰えて、体がいう事を利かなくなる。その前に大好きな彼に抱かれたい。ふつう恋愛映画ならそこは避けるところだろう。だけど、ちゃんと本音でそこと向き合う。ふたりで旅行に行くシーンでどういうふうにそこを描くのか、ドキドキして見ていたが、さすがに直接的な描写は避けた。セックスをしたからといってふたりの関係は変わらない。だけど、愛し合うということの先にあるそういう行為をちゃんと描き、その先に向かおうとするのはこの手の少女漫画の映画化としては大胆だ。旅のクライマックスをセックスシーンには出来なかったのは、この映画の限界だろうが、そこを避けなかったのは偉い。(雪山に星空を見に行くシーンで転化したけど)

旅行が終わっても人生は終わらない。次に彼女はみんなと高校を卒業するという目標を立てる。18歳まではなんとか今のままで生きていたいという切なる願いだ。映画はこの後の1年を端折って、一気に高3の終わりの春を描く。でも、その卒業式に彼女はいない。一瞬、はっとさせられる。死んでしまったのか、と。

この映画が「高校だけはみんなと卒業したい」という彼女の願いが叶うシーンをクライマックスに持ってきたのも賢明だ。しかも、みんなと同じ日には卒業できなかった、ということを逆手に取る仕掛けにも泣かされる。さらには、このラストシーンの後、彼女には、体の自由が利かなくなる闘病生活が続くことになるのだが、映画はそこは描かないけど、先に同じ病気になり寝たきりでそれでも自分に出来ることを懸命にして生きている先輩のところに行き、話を聞くエピソードを挟んでいるから、この後の彼女の生き方の想像がちゃんとできるのもいい。

諦めない。でも、無理しない。みんなで支える。恋人が彼女を見棄てないのは当然だが、自分の人生を投げ出して彼女のために生きるのではなく、彼女とともに自分たちの人生を生きようとするのがいい。そこもまた、きれいごとではない。あらゆるところで、この映画はこの現実から目を背けないのだ。

 


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