習慣HIROSE

映画・演劇のレビュー

『乱暴と待機』

2010-10-20 22:23:19 | 映画
 何なんだ。この異常な話は。原作は出版されたときに読んでいたから、お話自体にはさほど驚かない。充分その異常さは知ってるからだ。だが、この映画は、あの原作以上に異常なものになっている。しかも、話は原作そのままなのに、である。描写を過激にしたのではない。反対に淡々とさせたほどだ。なのに、途中で緊張は途切れない。こんな話が、日常の中でさらりと描かれる。これはコメディーではない。どちらかと言うと、ホラーだ。


 主人公の4人以外、誰も映画の中に登場しない。彼らの周囲には人がいない。いないわけではないが、関わらないのだ。こういう設定は芝居なら充分ありえるが、映画ではこういうパターンは少ない。どうしても彼らと関わりを持つ人間が周囲に存在してしまう。もちろんスクリーンから他の人物を排除したわけではないから、背景としてなら映り込む。だが、それだけだ。4人との直接の関わりはない。無理してそういう設定にしたのでもない。この4人だけで世界は閉じられているのだ。

 もともとはお兄ちゃんと妹(本当の妹ではない)の2人だけで、世界は閉ざされていた。いい歳した男女が2段ベッドで眠る。彼は彼女に復讐するため同居する。だが、そこに新婚の2人(小池栄子と山田孝之)が引っ越してきて、関わってしまったのだ。そこから、この映画は始まる。実は、彼らの因縁は浅くない。2人の女は高校のクラスメートで、あの頃を引きずっている。

 異常は、美波演じる妹である。この女の極度の他者への恐怖が、周囲をゆがませていく。幼なじみで、兄のように慕っていた男を浅野忠信が演じる。(だから、女は彼をお兄ちゃんと呼ぶけど2人は兄妹ではない)この2人の5年前の再会、彼女の高校生の頃、さらには幼い日の事件。3つの時間がここから始まる現在のお話に先行する。彼らを繋ぐ絆が徐々に明かされる。舞台の映画化にありがちな、嘘くささが一切ない。ここまで嘘くさい話なのに、である。富永監督は、演劇的なデフォルメを嫌う。

 それにしても、この話である。リアルには程遠い。なのに4人が自然体で、この異常を演じる。本人たちは極々あたりまえに過ごしている。どちらかというと、切実なくらいに。それが時には滑稽で、映画館では何度となく爆笑が起きている。だが、それは笑わせようとして、ではない。一生懸命本人たちはしているから、だ。

 この妹は、周囲の求めに応じてしまう女だ。高校時代は誰とでも寝る女だった。それは淫乱だから、ではない。求められたら断れないのだ。相手の期待をかわすことができない。押し流されてしまう。それによって反対にたくさんの人を傷つけてしまう。本人にはまるで悪気はない。それどころか本人はみんなのために必死だ。だが、誰かにいい顔をしたなら、誰かから嫌われる。言われるまま、言いなりになる。そうして生きてきた。主体性はない。

 イライラさせる女だ、と小池栄子は思う。高校時代も彼女に恋人を寝とられた。そして、今も夫が彼女と良い仲になっている。終盤、彼女が爆発するシーンからラストまで一気だ。この怒濤の展開から目が離せない。何が異常でどうなっているのかは、一切書かなかった。劇場で確かめてもらいたい。呆れるくらいに凄い映画だ。

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