
これは79歳の末期癌の老人の話だ。彼には妻と2人の娘がいる。上の娘は40になるのに結婚もせずに今も家にいる。定職も持たずフリーター。3冊本を出した作家なのだが、今は泣かず飛ばず。下の娘はちゃんと結婚してふたりの孫もいるから安心だ。
彼が余命1年の宣告を受けた時からお話は始まる。そこには4人家族の葛藤が描かれる。それぞれの視点からそれぞれの想いが描かれていく。1年は決して短くはない。ちゃんと別れが言えるから。だけど、長いわけではない。1年で何が可能か。そんな話だと思っていた。だが、事態はそんなところには止まらない。余命1年が、半年に、さらには、2.3ヶ月に。あつという間に病状は加速して悪化するからだ。
終盤の『冒険の先に幸せがあるのではない。自分にとっては、冒険することそのものが幸せなのだ』という由希子の言葉が突き刺さる。この小説の主人公は死ぬ父親の方ではなく、娘である彼女だった。
先のことばは、母親に自分の性状を告白した後のところにある。彼女はずっと隠していた。誰にも理解されないから。自分でもよくわからないから。40歳になっても結婚しない彼女に、母親は「あなたの幸せのため、お父さんを安心させてあげるため、結婚して欲しい」と言い続けていた。
人に対して恋愛感情を持てないのは異常か、悩み続いていた彼女が本当の気持ちを母に伝える。この小説のテーマは実はここにあったのか、と気づく。
父と娘を軸にして、いきなりの余命宣告から始まる一瞬の死までの時間。そんな中でこの家族に起こる新しい旅立ち。まさかのミスリードがなんだか心地よい。